第31話 アルフリートの帰還

 アルフリートは、嫌な相手から逃れた後も、早足で王城の廊下を歩く。

 そして、渡り廊下となっていて、一歩足を踏み出せば庭に出られる場所に辿り着いた。


「さて、行くか」

 廊下を歩いていたときとは、うって変わって彼の表情は明るい。

 バサリ。

 彼の背中から赤い翼がはえ、今までの窮屈さを払拭するかのように、伸びやかに広がる。


 ……あの子に会いたい。


 彼の脳裏から離れない、薬師と呼ばれていた少女。

 彼女の一挙一動。

 そして、そんな彼女の言動によって、善き方へと変わっていくものたち。

 あそこは温かい。

 思い出すだけで、自然と唇が柔らかに弧を描くのを、アルフリートは感じた。


 それに比べて、王城は窮屈だった。


 彼には能力がないのか。

 まだ、を破れていないだけなのか。

 理由はわからないが、彼の能力は中途半端にしか発現されていない。


 そんな彼に対して、優しさゆえにその身を案じ、父と兄の間で時折意見の対立が起きている。

 彼は、薄々それに勘づいていた。

 それはありがたい。

 けれどそれと同時に、申し訳ない気持ちで、ぎゅうっと心が締め付けられるのだ。


 加えて、彼が竜である王族の一員として生まれたのにもかかわらず、その力がないことに不満を持つものも多い。


 そんな窮屈な場所よりも、彼女と彼女によって変わっていく者たち。

 そこに在りたいと、寄り添っていたいと、そんな温かな感情が湧き上がってくるのだ。

 それは、今までアルフリートが感じたことはない感情だった。


「帰ろう」

 そんな言葉が、アルフリートの言葉をついてでた。

 故郷でもなんでもない、片田舎の村に過ぎないけれど、そこに在りたいと思う。


 そうして彼はにつくのだった。



 どれほど長い時間飛んだだろうか。

 ようやく、目指していた村が、ぽつりとそこにあるのが見えてきた。

「……よし、あともう少し!」


 空は雲ひとつない青空。

 彼を束縛するものは何もない。

 アルフリートは空中で軽やかに一回転すると、村目指して降下しながら向かうのだった。


 ◆


 ちょうどその頃、私は村長さんたち村人や、ゴブリンたちと一緒にいた。

 新たに開墾する区画を決めたり、決めた場所に杭を打ったりと、開墾準備を見守っていたのだ。


 そんな時、ふっと自分の目の前に影が一瞬よぎった気がして、私は手のひらで日差しを避けながら、空を見上げた。


「ん? チセ。どうしたぽよ?」

 私の頭の上に乗っていたスラちゃんが、ずり落ちないように私の頭の上を絶妙な加減で移動する。


「おーい!」

 頭上からかかる声は、軽やかで明るい。

「アル!」

 私がその人の名を呼んで、両手を振る。

 その声で彼の帰還に気がついて、次々と皆が空を見上げる。


「結果は〜!?」

 私を含めた、一番聞きたいこと。

 それは、彼の交渉結果だ。

 それでこの村……、ゴブリンたちの運命が決まるのだから。

 みんなが、その答えはまだかと、固唾を飲んで彼を見つめる。


 アルが、両手で大きくの形を作る。

「成功だ! ここは国王しか統治者はいない。その統治者が納税免除すると言ったぞ!」

 アルが、高らかに結果を伝える。


 晴れやかな空、その空を背にしたアルの晴れやかな笑顔。

 そのどちらも、眩しかった。

 わあぁっ! っと村中から歓声が上がる。


 そんな時、私の洋服の端が、くいくいと引っ張られる感触がした。

 なんだろう? と思ったら、もうすぐパパになる予定のゴブリンがいた。

「ねえ。成功ってことは、母ちゃん連れてきてもいいゴブ?」

 ああ、そうよね。

 きっと彼の頭の中には、それでいっぱいよね。


「村長さん! 彼らの家族を連れてきても大丈夫そうですか?」

 私から、村長に尋ねると、彼はゴブリンのリーダーの子に、彼らの群れの規模を確認した。


「うむ。その規模ならなんとかなるでしょう!」

 ざっと頭の中で計算したらしい村長が大きく頷いた。

 なんか、とっても逞しく見えるわ!


「ゴブリンたちを、その家族も含めて村民に迎え入れましょう! さあ、開墾組と出迎え組とに分かれて、行動しなさい!」

 村長の指示に、一斉に歓声があがり、次に、誰をどの役に当てるかなどを熱心に話し合うゴブリンたち。


 そんな彼らを眺めていると、隣にとん、とアルが降りてきた。

!」

 私は、大きく笑って、彼にそう言う。

 その言葉に、一瞬彼は目を大きく見開いて言葉を失った。

 けれど、その表情はあっという間に緩んで、笑顔に変わる。


「……ただいま」

 彼はそういうと、笑顔のまま、なぜか私の髪の毛をくしゃくしゃしながら、撫でる。

「もう! そんなにしたら、後が大変じゃない!」

 ぷうっと頬を膨らませて抗議すると、彼はポンポン、と最後に叩いて撫でるのをやめる。


「なんか、嬉しかったんだよ」

 くすっと笑って、その行動の理由を口にすると、彼も私も、視線を忙しそうに動きだす村民とゴブリンたちに移すのだった。

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