第32話 同居問題

「ところで、チセ様。お願いがあるのです」

 急に村長さんに声をかけられて、私はちょっと驚きに目をぱちぱちさせる。

 そして、声の主の方へ体を向けた。


「ゴブリンたちを村民として受け入れることになりました。これから、皆で協力して彼らの住まいを作ったり、畑を耕していったりしなければなりません」

 それは確かにそうだろう。

 私は、合いの手を打つように、ひとつ頷いた。


「そうすると、きっと不注意で怪我をしたりするものも出てきましょう。前にチセ様に売っていただいたポーションは、体を患っていた村人たちで全部使い切ってしまいました。……なので、追加でポーションを作ってきていただきたいのです」

「あ。確かにそうね!」


 村長さんの言葉に納得をしながら、私には、見守るだけじゃなくて、みんなの力になれることがあることに気付かされる。

 そのことに、とても嬉しくなって、私の体の猫のパーツが興奮してくるのを感じた。

 もし、ソックスのようにおひげがあったら、きっとおひげも前のめりになっているはずだわ!


 そして、村長さんの依頼話はまだ続く。

「ですから……これは、こちらの勝手な望みなのですが、いつ誰が怪我をしても、すぐ対応できるように、作っていただいたらすぐに買い取らせていただきたいのです」


 そこで、ソックスがトコトコと二本足でやってきて、くいくいと私の服の端を引っ張る。

「薬草採取と、お薬作りをしないとにゃ!」

 彼と一緒にやってきたくまさんも、その横で胸をドンと叩いて胸を張る。

「じゃあ、ボクが森の中の護衛をするよ!」

 頭上のスラちゃんが上から覗き込むようにして話しかけてくる。

「じゃあ、森のアトリエに帰るぽよ!」


「……帰る」

 そこに、ぽつりとアルの声がした。

 そういえば、私の隣にはアルがいた。

 というか、アルってこれからどうするんだろう?


「ねえ、アル」

「ん?」

「アルはこれからどうするの? おうちに戻るの? ここに残るの?」

 私が尋ねると、アルがぽつりと呟く。

「俺は、……ここにいたいな」


 私たちのやりとりに気づいたらしい村長さんが、慌ててこちらにやってくる。

「アル様。こちらにお住まいを移されるのですか? ええと、ご準備などは?」

 こんな外れも外れの辺境の小さな村。

 王族に近しいと思われるアルが住むのにふさわしいと思われる家などない。


「そういえば、チセは確か『帰る』って言ってたよな?」

 アルの話題なのに、なぜか彼は私に話題を戻した。

 うーん? 今、私のことは必要ないと思うんだけど。


「うん。私は森の中にアトリエを兼ねたおうちがあるの。だから、ポーションの調合なんかをするために、一度森へ帰るわ」

「そこは広いのか?」

「ある程度はね。この、スラちゃん、ソックス、くまさんも一緒に住んでいるわ」

 不思議に思いながらも、私は素直に彼に私の素直事情を説明した。


 すると、アルが、唇に手を添えて「うん」などとひとりでつぶやいていた。

「なんだか、楽しそうな生活だなぁ。俺もその中に加えてくれない?」

 サラッとアルがその言葉を口にした。


 ……は???


 私は混乱で返すべき言葉が思い浮かばない。

 そのかわりなのだろうか? 周囲が勝手に論争を始めた。

「ダメくま! ボクたち年頃の女の子と、男の子が一緒に住むなんて、ダメくま!」

「え? ちょっと待つにゃん! 僕は男なのにゃ!」

「は? ソックスは別にチセと結婚できるとか、そういう種族ものじゃないくま!」

「ちょっと待つにゃ! いつ、僕がチセに興味が全くないとか決めつけてるにゃ! 広義で言えば、猫系種族という縁があるにゃ!」

「は? 逆にお前はチセに気があるのかくま!?  なら、アトリエを出ていくくま‼︎」

「決めるのは、チセにゃん!」

「落ち着くのだぽよ〜。僕は性別不明ぽよ〜。そこはどうなのぽよ〜?」


 えーっと。

 ソックスは私が好きなのかな? いや、違うわね。多分『売り言葉に買い言葉』。

 って、問題はそこじゃないか。


 みんながじっと私を見ていた。アルも含めて。

 森のアトリエの居住権に関する判断は、私に一任されたらしい。


 問題は、女の子と男の子が同居してもいいのか、そして、アルを受け入れるのか、だよね?


 森のアトリエは、結構広い。

 居間にも個室にも、まだ十分余裕がある。

 個室には、中からかけられる鍵がある。

 すでに、男の子ソックスを受け入れ済みである。


 ……いいんじゃない?


 なんか、色々整理すると、別にいいんじゃないって思った。

「いいんじゃないかな? 内鍵付きの個室にもまだ余裕があるし。それに、アルをダメって言ったら、ソックスをどうしようってことになっちゃう。私は、それは嫌だな」


 私のその結論に、アルは嬉しそうに笑う。

 くまさんは、ちょっと不服そうに、ぷうっと頬を膨らませる。

 ソックスは、へへんといった様子で前足で鼻を擦る。

 スラちゃんは、やれやれ、と言った様子だ。


 こうして、私たちは新たな住人、アルを伴って森に帰ることになった。

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