第37話 仰ぎ見る青空

 私達は、みんなで以前水汲みと薬草摘みをした泉に向かった。


「着いたぽよ〜!」

「へえ。ここがチセが言っていた泉か。確かに綺麗だな」

 私の頭の上に載っていただけのスラちゃん、そして、アルが、目の前に姿を現した泉に、歓声をあげる。

 今日も良いお天気なので、おひさまを水面が反射して、キラキラと輝いている。

 優しい風が頬を撫でていく。

 ここは相変わらず心地が良い。


 まあ、そこはおいておいて。

「薬草を集めるの手伝ってくれるかな?」

 また、「何をしたらいいか」とか、「僕が」「ボクが」と争わないで済むように、先手を打ってお願い事を頼んでしまうことにした。


 まずは、初級ポーションの素材の、癒し草、苦味取りの実、中和の葉。


「スラちゃん。これが、癒し草よ。こうやって、原っぱのどこかに生えているから、探してくれるかな?」

「任せるぽよ!」

 まずスラちゃんに、地に生える薬草採取をお願いする。


「ソックス。これが苦味取りの実よ。こうして低木に実っているはずだから、見つけたら集めて欲しいわ」

「了解! 僕に任せて!」

 くまさんよりも背の低いソックスには、実の採取をお願いする。


「くまさん。木登りできるかな?」

「もっちろん!」

 くまさんから、頼もしい返事が返ってくる。

「なら、中和の葉を集めて欲しいの。あそこに、立っている木があるでしょう? あれが、中和の葉が茂る木だから」


 そしてアルと私は、と。

 実は頼まれたのは、初級ポーションだけなんだけれど、開墾作業するゴブリンたちが疲れたときのために、もっと手軽な疲労回復ポーションが作れたらいいな、と思っていたのだ。


 うーん。

「材料は……」

 私は頭の中から、その情報を探し出す。

「リッカの葉と、中和の葉、あとはカルカルの実か……」

 答えを呟く私を見て、アルが驚いたように目を瞬かせる。


 そ、そうか。普通に考えれば、薬の材料をポッと思い浮かべられるっていうのは、すごそうに見えるよね。

「あ、うん。前に頭で覚えて、それを思い出したのよ」

 嘘は言ってないよね。

 多分、神様に頭に知識を入れられて、今、それを引き出したんだもの。

 うん。嘘じゃぁない。


「そっか。すごいな。俺に手伝えることは?」

 アルが私の答えを聞いて、目を細める。


 そして、よしよしといった感じで、頭を撫でられた。すると急に、頬が熱くなるのを感じる。

「あ、アルは、リッカの葉を集めて欲しいんだけど……」

 私は、火照った頬を隠すように手を添えながら、あたりを見回す。


「あ、あった!」

 私が低木に茂るリッカの葉のもとに歩いていくと、アルがその後をついてくる。

「これか。どれくらい要り用だ?」

「うん。これを、このザルいっぱいに集めて欲しいの。摘むのは、できるだけ元気で柔らかい若い葉にして欲しいわ」


 そうお願いしながらザルを手渡すと、アルが爽やかに笑う。

 その口から覗く白い歯は彼の健やかさを表すかのように眩しく映る。

 木々の合間から差し込む陽射しに照らされた彼の髪は、一段明るくつやややかだ。


 爽やかな美少年って、こういう人のことを言うのかしら。なんだか前の世界のゲームや小説の登場人物や、俳優さんに出くわしたら、こんな気持ちになるのかな。

 一度意識したら、なんだか、ことあるごとにぶり返してしまう。

 なんだかそれはまるで不治の病のよう。


 私は手渡していたザルを、半ば押し付けるようにして、アルから視線を外すために、体ごと向きをかえる。

「さてと! 私はカルカルの実を探さないとね!」

 そうしてアルの元を離れた。いや、逃れたと言った方が正しいのかもしれない。


 ーーもう! 私は前世で立派に成人女性してきたじゃないの!


 そういう趣味はないのだ、と制御不能にでもなりそうな自分自身の心を叱咤するのだった。

 そうして私たちは、必要な素材を集めてまわる。


「なあ、チセ」

 カルカルの実を摘んでいると、アルに背後から声をかけられた。

「どうしたの?」

 用向きを尋ねると、摘んだ葉が私の希望どおりなのか、確認をしに来てくれたそうだ。

「これで大丈夫よ。ありがとう」

 アルの選んでくれた葉は若くて瑞々しく、きっと良い薬品になってくれるだろうと思えた。


「少し、休憩しましょうか」

 感謝の気持ちから、私は彼に息抜きを提案した。

 木漏れ日を受けて、泉は小さな宝石を散りばめたようにキラキラ輝いている。

 私自身も少し、それを眺めながら休憩をしたかった。


「んーー!」

 泉の周りに生い茂る、青々とした草を絨毯がわりにして、二人で腰を下ろす。そして私は両手を上で組んで大きく伸びをした。

 そして、伸びをしたタイミングで息を吸い込むと、大きく広がった胸に新鮮な空気が一気に入ってきて、清々しい気持ちになった。


 そんな私の仕草を見て、アルがパチパチと目を瞬かせる。

「これ、気持ちいいわよ。アルもやってみて!」

「そう? やったことがないけど……」

「息を吐いてから、こうやって両腕をうーんと伸ばして……大きく息を吸うの! そうして、だらーんと手を下ろして大きく息を吐き出すのよ!」


 アルが見よう見まねで伸びをする。

「はーーっ」

 そして、私と同じように大きく息を吐き出した。


「ここの空気は美味しいな」

「でしょう?」

「それに、今チセが教えてくれたのは、無駄に入れた力が緩む」

 そう言って、アルは下草の上にゴロンと寝転んだ。


「俺はチセの言うとおりにしたんだから、チセも横になれよ」

 それもいいかもね、と思って、アルの誘うとおりに私も草の上に横になった。

 下草たちは、私の体を柔らかく受け止める。その瑞々しく青い香りが、私の鼻腔を刺激する。


 アルは、ゴロンと大の字になっていたけれど、私はスカートだったと、ふと思い至って、腕だけを軽く伸ばした。

「んー。気持ちいい!」

 真っ直ぐ見上げた先は木立の葉が折り重なっていて、その合間から青空が覗く。

 その上を白い雲がゆっくりと流れていく。

 その光景は青い画用紙に白いクレパスで描いたよう。


 ーーお伽話の世界のようだわ!


 前世過ごした世界では、あまり見ることがなかったほど空は澄み切っていた。

「だろう?」

 二人で空を見上げていると、アルから声をかけられた。

「うん!」

 私は一言返事をする。


 気持ちいいなぁと思って、私は目を細めさらに力を緩めた。

 すると、私の腕が伸びて、互いの指先が軽く当たった。

 反射的に腕を引っ込めようとしたけれど、まぁいいか、と思い直した。

 それは彼も同じだったようで、二人の指先は軽く触れ合って、そして自然に離れる。


「気持ちいい青空ね」

「ああ」

 なんだか、私は心地よく力が抜けていくのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る