第36話 不意に訪れる胸の高なり

 お昼ご飯のお片付けも済んだし、村長さんに頼まれている、追加のポーションを作らないと。

 それには、まず素材になる薬草を採りに行かないといけないわね。


「私はこれから泉に薬草を採りにいくけれど、みんなはどうする?」

 私が尋ねると、スラちゃんがポヨンと私の頭の上に乗る。

「ボクはいつもチセと一緒ぽよ〜!」

 そう言ってポヨンポヨンと揺れる。


「ボクはチセの護衛係だからね!」

 ふんっ! と鼻息も荒く胸を張るのは、くまさん。

 いつの間にやらライバルになったのやら。

 くまさんがチラリとソックスを見て唇の片端を上げて、自分の優越性を誇っている。


 ……喧嘩はやめようねー。


 内心ハラハラして見ていたら、ソックスのヒゲがしゅんと下がる。

 あららら。尻尾も下がった。絶対これ、落ち込んでるやつだわ。

「僕は強くないから、一緒に行くのは違うのかにゃん?」

 そうじゃない、と否定の言葉を求めるように、私のすぐ前にきて上目遣いに尋ねてくる。


 ……もー。しょうがないなー。


 ちなみに、そんなことを心の中で呟いているけれど、私はソックスのそんな姿も愛おしい。

 自分も猫獣人だけど、ソックスの場合はもっと猫のパーツが多い……というか、猫が二本足で立って歩いているようなものである。

 いわゆる猫が感情を表す仕草を、自然に出すから、前世猫好き人間だった私には愛おしくて仕方ない。


 よしよし、とソックスの頭を撫でてから、指を立てて彼の片側の顎をカリカリと掻いてあげる。

 猫はここが好きなのだ。

「んにゃ〜」

 案の定、ソックスが目を系のように細める。

 なんだか、掻いている喉から、くるくるという響きまでする。

 うん、気持ちよくて、ご機嫌も良くなったらしい。


「ねえ。ソックスは、私にとって大事な森の道案内役よ? 一緒に泉にまで行ってくれると嬉しいわ」

 顎の反対側に移動させながら、彼に説明する。

「じゃぁ……僕も行くにゃん!」

 細めていた目をパチン、と開くと、その目には喜色が浮かんでキラキラしている。


 じゃあ、決まり……っと?

「俺、どうしたら……。できたら同行したいんだが」

 アルが、ソックスの横から遠慮がちに尋ねてくる。


 ……なら来ればいいと思うんだけど。

 いや、それは冷たいかしら?

 この私の情緒のなさが、前世で彼氏いない歴=年齢の原因だったのかしら?

 まあ、そこは置いておいても、ちょっと優しくないよね。


「だったら、アルも一緒にいこ!」

 私は、思い直して笑顔を作り、彼の片手を掬い取る。そして、その手をぎゅっと握った。


 ……男の子の手って、なんか、骨もしっかりしてるし、厚みもある。ざらつくのは剣ダコというやつかしら? それになんだか私より手あったかいな。


 前世の記憶ゆえか、としか認識していなかった相手に、不意になのだということを意識する。

 思わずじっと繋いだ手と手を見つめてしまう。


 ……あれ?


 耳が熱い。

 頬も、なんだか火照ったように熱い。


 ……や。ちょっと待って。私は一応前世で29歳まで生きてたんだから!

 少年好きショタとか、私はそんな属性は持ってないんだからーー!


 心の中で叫ぶものの、顔の火照りは収まらない。

 こそっと目線を上げて盗み見るように彼の顔を見ると、私の視線に気づいた彼が、おひさまのように笑う。


 ……ど、どどどどうしようーー!


 私は再び視線を彼から外す。

 心臓が早鐘のように打ってうるさい。

 彼にかける言葉も見つからない。


 すると。

「行こう」

 アルが、あっさりと、軽やかに、私にそう告げて。

 次にすべき行動を切り出してくれた。


「あ、そ、そうだね! みんなも、行こう! あ、くまさんカゴ持ってくれる?」

 わざとらしくならないように、そっと繋いだ手を離す。

 そして、私はアルの視線から逃れるように、体ごと他のみんなの方へ向き直した。

 ぎゅっとスカートを手で掴むのは、なんだか手のひらが汗ばんでいるような気がしたから。


 幸いみんな割と鈍感なようで、私のそんな心の中の葛藤には気づかないらしい。

「オッケー! 荷物持ちはボクに任せて!」

「薬草摘みのカゴくらい、僕でも持てるにゃん!」

 くまさんとソックスが、「役に立つんだー!」と争っている。


「じゃ、行こう。ほらそこ、喧嘩してないでチセの言うこと聞けよ?」

 アルが、そんな二人を注意して、私の指示に従えという言葉で喧嘩をおさめてくれた。


 そして、彼が私の肩を軽く、ぽん、とする。

「行こう」

 もう一度、おひさまのような笑顔が私に向けられて。

「うん」

 私は、恥ずかしさにはにかみながらも、家を出る準備をはじめるのだった。

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