第15話 「くま」さん

 再び場所は戻り、チセ達の住まう森の一軒家。


「さて、クマさんの治療は終了ね」

 まだ少し赤みが残るものの、ひどい腫れもひき、傷口も綺麗に消えていた。


「うん、ちょっとピリピリするけど……。ずいぶん楽になったよ、ありがとう」

 クマさんも嬉しそうだ。


 そして、あっ! と気が付いたように声をあげて、クマさんが何事かゴソゴソと動く。


 彼女は、ずいっと何かを私に差し出してきた。


 蜂蜜が入った壺だった。


「僕を追いかけてきた蜂さん……正確には、キラービーっていう魔物なんだけどね。彼らの蜜は特別に美味しいんだ。だから、食い気に走って、つい手を出しちゃって、追いかけられちゃったの」


 クマさんが差し出している壺の中を覗き込むと、確かに中には以前食べた蜂蜜よりも濃い色で、てりてりとした艶のある蜜が収められていた。


「治してくれたお礼に、これをチセに受け取って欲しいんだ」


 その言葉に、私は慌てて両手を横に振った。


「ダメよ。クマさんが命がけで採ってきた蜂蜜でしょう?」


 けれど、クマさんは、ぐいぐいと私に蜜壺を押し付けてくる。


「くまは! 受けた恩は返したい! そしてこれでも足りないと思ってる!」


 すると、頭の中でまた声がした。


『フォレストベアが、名前「くま」を受け入れました』


『「くま」は仲間になりたそうにこちらを見ています。どうしますか?』


 ……えーっと。いつからこれはゲームになったのかな?


 頭の中の声が、かつてやった仲間集めゲームを彷彿とさせるようなことを言うので、ため息が出てしまった。


 すると、私のその様子を見て、さんが、しゅんと下を向いてしまった。


「……やっぱり、フォレストベアと一緒なんて怖くてやだよね」


 そう言って、俯いたまま立ち上がって、くるりと出口の扉の方へ向きを変えた。


「ねえ、チセ。フォレストベアは、力持ちで攻撃力もある、立派な魔獣ぽよ。仲間になってくれて一緒に住んでくれるなら、とても安心ぽよ?」


 私の頭の上に乗るスラちゃんが、珍しく積極的に勧めてきた。


 そして、その言葉に期待を持ったのか、くまさんも、こちらに向き直る。


 つぶらなその瞳は、期待でキラキラしている。


 ……名前も付けちゃったみたいだしね。仲間決定よね。


「我が家へようこそ、くまさん」


 私は挨拶のために、片手を差し出した。


 その手は、くまさんの手にぎゅっと握りしめられた。


『おめでとう! テイムを使って仲間が五匹になりましたね! くまを眷属にしたことで、『鋭利な爪』を継承します』


 ……なんで急に、ゲームのアナウンスみたいになるの。


 思わず私は頭の中の声に突っ込んでしまう。


 確かに、小鳥さん三羽に、スラちゃんと、くまさん。五匹かぁ。


 精霊さんは、召喚だから、扱いが違うのかもね。


 ……それにしても、私は今、チュートリアルか何かの最中なのかなぁ。


 相変わらず、謎な頭の声に、ため息が溢れる。


「そういえば、くまさんってかなり大きいけれど、テイムしたと言っても、一緒に村に入れるのかしら?」


 使った分、もう少しポーションの数を増やしてから、村に売りにいく予定なのだと説明した。


「……僕は村人には怖がられるかも……」


 しゅんとなる、くまさん。


 そこに、頭の中の声の続きが響いた。


『お祝いに、一匹だけ獣人化出来ます! どの子にしますか?』

 →スラ

 ピー

 チュン

 ピッピ

 くま


 ……ゲームかっ!


 とうとう、選択カーソルまで出てきた。


「ねえ、くまさん。だったら、獣人化できるようにしてみる? 私の能力で、一人だけ変化可能みたいなの」


「獣人化……」


 くまさんが、私の言葉にキョトンとしていた。


「ああ、それいいね! 獣人化していれば、見た目は人に近いし、クマっぽさも薄れるんじゃない?……きっと怖がられることも減るはずだよ!」


 スラちゃんが私の頭の上で、賛成! とでもいうように、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「……怖がられない……。お友達も増えるかな」


 クマさんの顔は、友達が増えることの期待感でなのか、紅潮して嬉しそうだ。


「決まりだね」


『お祝いに、一匹だけ獣人化出来ます! どの子にしますか?』

 スラ

 ピー

 チュン

 ピッピ

 →くま


 くまさんを選択っと。


 すると、何やらくまさんが足元から順番に発光し出して、その光は最後に彼女の全身を覆った。


 そして、上から順に光が消えていくと、くまさんの新しい獣人としての姿が現れた。


 肩にかかる焦茶色の髪の毛に、愛らしいくりっとした黒目。


 そして頭の上には、まあるい二つのくま耳がついていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る