第6話 フワしゅわパンケーキ

 アトリエに帰ると、私は木桶を厨房の床に置き、ショルダーバッグをテーブルの上に載せて、バッグの蓋を開けて、中にしまってある薬草を取り出す。


 そして、床下のひと区画線が入って、取っ手のついた扉を開ける。ここは、湿度と温度の保たれた床下収納になっているのだ。

 その中に、湿った布巾で包んできた薬草を大事にしまう。


「まずは、今日の飲み水を確保かな」

 そう呟いて、私は厨房に行き竈門の上に鍋を置く。

 そして、さっき汲んできた水をなみなみと注ぐ。


 そして竈門の前に立つ。

「サラちゃん、出番よ〜!」

 そう呼びかける。


 ふわりと竈門の前に火の塊が浮遊し、その真ん中に、赤いトカゲのようなものがいる。この子がサラちゃんこと、火の精霊サラマンダーだ。


「チセ、お呼び?」

「うん、竈門に火をつけてくれるかな? お鍋でたっぷり湯ざましを作りたいの」

 そう言って、前にもお願いした、れんが作りで、真ん中に薪を燃やすための空洞が空いた、竈門を指さした。


「ああ。毎朝の僕のお仕事になりそうだね。了解だよ」

「じゃあ、他の用意しているから、よろしくね」

「了解!」

 サラちゃんが、竈門の中に入っていき、その体が発火した。

 しばらくすると、ごうごうと火が燃える音がする。


 ぐらぐら鍋の中で水が沸く。

 しばらくしてから、サラちゃんにもう大丈夫だと伝えた。

 これが冷めれば、私の飲み水、湯ざましの準備は完了ね。


 そうして色々厨房で作業をしていると、ようやくスラちゃんの声がした。

「おはよう、チセ」

 ぽよんぽよんと飛び跳ねながら、寝ていたソファから、厨房にいる私のもとにやって来る。

、スラちゃん」

 私は、遅い目覚めの挨拶に、少しからかい気味に返事をする。


 ぽよん、と私の頭の上に乗ったスラちゃんが、ぽよんと揺れる。

「おそよう、ってなぁに?」

 ああ、こんな言葉、多分にはないよね。


「うーんとね。おはようって挨拶なんだけど、『ちょっとお寝坊さんですね』って意味を込めた挨拶、かな?」

 確か、そんな感じに使っていたわよね?

 すると、頭の上でスラちゃんがぷるんと震えた。

「ボク、そんなにお寝坊じゃないやい」

 ちょっと拗ねちゃったみたい。


 ご機嫌を取らないとね。

「ねえ、スラちゃん。パンケーキって食べ物食べたことある?」

「ぱんけーき?」

 スラちゃんは、知らないのか、その名前を復唱するだけで、特に返事はない。


「ふんわりシュワっと口で溶けちゃうような、小麦粉とか卵で出来た食べ物よ」

 あ、なんか頭の上から何かが溢れてきそうな……。

「スラちゃん、よだれよだれ!」

 慌てて指摘をすると、頭の上で、じゅるり、と音がした。


 ……あ、危ない……(汗)


「そのよだれは、美味しそうだって思ったってことね?」

「うん!」


 だったら決まりね!

 だったら、食材はたまごと小麦粉、それに砂糖……。

 食料保管庫に移動して、それらを取り出す。

 本当はふくらし粉、ベーキングパウダーが欲しいところだけれど、この世界にはまだ一般的じゃないようす。

 だから、私のは、メレンゲを作ることで、膨らみを与えるパンケーキだ。


 私は取っ手に手をかけて、冷蔵扉を開けると、二段に分けられた庫内の上段に、水の精霊さんの亜種、氷の精霊さんが氷のベッドの上でお昼寝していた。


「シラユキ。いつも、食材を守ってくれて、ありがとう」

「お安いご用よ、チセ。後で、甘いジャムをちょうだいね」

「はぁい」


 そうそう。

 氷の精霊さんがいるなら、水の精霊さんに頼んで、水汲みやめたら? って思う?

 あれは、私の日々の運動とお散歩を兼ねているの。

 お花を見て回るのもとても楽しいもの!


 説明がずいぶん続いちゃったわね……。


 私は、冷蔵庫から、バターと牛乳を取り出して、調理台に載せる。

 その頃、窓をコンコンと突く音がした。


 小鳥さんだ!


 私は家の扉を開けて、外に出る。

「カゴいっぱいになったから、僕たちは帰るよ!」

 そう私に告げると、小鳥さん達は、パタパタと一斉に飛んで行ってしまった。

 小さなカゴには様々なベリーがこんもりと山になっていた。

 溢れて溢れてしまいそうな程!


 ……美味しそう!


「いっぱい、ありがとう!」

「君のためなら当然さ!」

 私は、飛び去っていく小鳥達に手を振って、見えなくなるまで見送ってからカゴを大事に抱えて、家の中に戻ろうとした。


 その時。

「……ん?」

 くいくいっとスカートの端を、背後から引っ張られた。


 そこにいたのは、二本足で立つ猫さん。

 顔は白黒のハチワレ。

 四本の脚は、全てソックスを履いたように白い。

 森を映すような両の緑色の瞳は、ビー玉のように澄んでいる。

 その頭にかぶるのは、ちょっとくたびれた落ち着いた赤い帽子。そして、飾りなのか、一枚葉っぱを挿している。


 猫の妖精、ケットシー……かな?

 私は、頭の中にある知識から予想した。

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