第26話 ゴブリン達の選択

「ねえ。この子達、なんとかしてあげられないかしら?」

 私は、頭を撫でていた一体のゴブリンを撫でる手を止めて、周囲に意見を求める。


 すると、騒ぎがおさまって安全になったからだろうか。それとも、ゴブリン達の処遇についての判断するものが必要だからなのだろうか?

 村長が村の若者に連れられて、私たちのもとにやってきた。


「この様子だと、騒ぎは誰も怪我なく済んだのかな?」

 そう言って、私やゴブリン達まで含めて全員を見回す。

 そしてその目が、竜族の少年のもとで止まった。


「これは……赤竜族のお血筋の方? こんな辺鄙な村によくぞお越しくださいました」

 村長が、少年に頭を下げた。


 ……あれ? 赤竜というだけで、そんなにすごいの?


「いや、俺は血を引いていると言っても、半分だけ。大した力も持っていない。そう礼を摂ってもらう必要もない」

 やや苦い顔をしながら、少年は首を横に振って見せた。


「いやいや、それでも、我が村にとっては竜族の方にいらしていただけるなど滅多にないこと。もし、支障がなければ、お名前を伺っても?」

「俺はアルフ……、いや、アルだ」


 そんな村長と少年のやりとりを見ながら、私は、自分の頭に乗っているスラちゃんに尋ねる。

「ねえ、スラちゃん。竜の中でも、赤ってエライの?」

 すると、頭上がら盛大なため息が返ってきた。

「ねえ、チセ。君は、膨大な知識をギフトとして持っているぽよ? なんで、それを使わないかぽよ……調べるぽよ、自分で」

 あらら。私、スラちゃんに呆れられてしまったみたい。


 ……うーん。知識、知識……。


 私は、頭の中のいっぱいあるような引き出し、その目次のようなものから、赤竜に関する事柄を探す。

『頭の中に知識がいっぱい』って、便利そうでしょ? それが意外とそうじゃないのよ。

 要は、分厚い用語辞書やら図鑑やらがいっぱいあるようなもの。

 意識しないと、意外と探すのにも一苦労なのだ。


 そんな中、ようやく私は関係ありそうな知識にたどり着いた。

『ビーストランド(この国)は、赤竜王が迫害を受ける獣人たちのために建国した、独立国家である。また赤竜は竜の中でも王族に近いものが多い』


 ……まさかの王子様疑惑!?


 私は驚いて、アルの方を振り返る。

 けれど、そのアルは苦い顔をしたままで。


 ……不躾に聞いていいことじゃなさそう。


 そう思って、ちょっとぼんやりしていると、その少年から私に声がかかった。

「おい、薬師だっけ? チセとやら! お前はこいつらをなんとかしてやりたいんだろう? 村長と相談が必要だろう」

 そう言って、アルが私に向かって手招きをした。


 そうだった!


 私は、慌てて、村長と少年のいる場所に近寄った。

「はて? 襲撃をしてきたゴブリンを、なんとかする?」

 首を捻る村長さん。

 まあ、今までのやりとりを知らないのだから、当然といえば当然よね。


「あのゴブリンたちは、食うに困って、森から出てきたそうなんです」

「だからといって、この村を襲われても困るがねえ。うちだって、森に頼れないから、自分たちで畑を耕しているんだからね」

 村長さんが、ため息をつきながら、項垂れているゴブリン達をチラリと見る。

「聖女様がいた頃は、国の民は何もせずとも森や草原の恵みで生きていけた。けれど、その恵みは失われた。恵みによって増えた人口を賄うために、畑仕事しているというのに、横から奪おうなどと……」


 あれ。

 そういうこと?

 なんか、前世で人類の歴史について勉強した時に、聞いたような話だわ。

 確か、狩猟や採取だけでは人口を支えきれなくなって、人は農耕を始めたのよね?


「じゃあ、あの子達も、森だけに頼るのはやめて、開墾すればいいんじゃない? 畑を広げるの!」

「え? ゴブリンに、開墾させるだって?」

「いやまぁ、この周辺には、開墾しやすい手付かずの土地はありますが……」

 アルが驚きの声をあげ、村長は頷きつつも私の発案に呆れ顔だ。


「「「開墾、ゴブ?」」」

 捕縛されているゴブリン達も、それぞれが顔を見合わせている。そして、一様に首を捻ったり首を横に振ったりしていた。


 ……開墾、っていうのがわからないかぁ。

 でも、ちゃんと会話する能力もあるんだし、あとは彼らに真面目に働く意欲があれば、お腹をすかせる生活とはお別れできると思わない?


「ねえ? 君たち」

 私は、たたっと走ってゴブリン達のもとに駆け寄る。

 そして、奥さんが妊娠中だと言っていた子のそばにしゃがみ込んで、目線の高さを合わせた。


「ちゃんと努力したら、お腹をすかせないで生きていけるとしたら、頑張れるかな?」

「ゴブ?」

 私の問いが理解できなかったのか、彼は首を捻り、周囲の仲間達に答えを求めるように見回した。


「自分で、大地を耕して、食べ物を育てるの。そうすれば、自分たちが欲しい時に食べ物を収穫したり、保存できたりするわ。……森を、出る決意をできる?」

 そう。多分それは、自分たちを今まで育み、親しんだ森に依存した生活との別れになる。


「聞いていいかゴブ?」

 うん、と私はその問いかけに頷く。

「俺の母ちゃん、お腹いっぱいになって、生まれてくる子供に、乳やれるかゴブ?」

 彼にとっては、奥さんと子供のことで頭がいっぱいらしい。


「あなたが、働ける子たちが頑張れるなら。……きっと食べられるようになるわ」

「ーーっ!」


 結局、ゴブリンたちは、妊娠中の奥さんを抱えた子を中心に、「やるゴブ!」との声が高まっていくのだった。

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