第42話 赤竜と黒竜の激突

「ああ、……やるぞ!」

 アルの声を契機にして、一斉に攻撃が始まった。


凍てつく吹雪ブリザード

 シラユキが片手を掲げると、その手の周りに凍てつく氷柱や雪、氷の塊が顕現する。彼女が黒竜に向けてその手を振り下ろすと、それらが黒竜に向かって勢いよく襲いかかる。


「は! 無駄だ!」

 シラユキの作り上げた吹雪を打ち消すように、黒竜が黒炎を吐く。

「きゃっ!」

「危ない!」

 相殺してまだ残る黒炎が、シラユキに襲いかかる。

 そんな彼女を庇うように、アルが彼女の前に出て、背後に隠す。


「ぐ……!」

 竜の鱗が丈夫とはいっても、同種が吐いたブレス。それをシラユキに代わって真正面から受けることになったアルが、呻き声を漏らす。

「アルフリート様!」

「……大丈夫」


 その炎が消えると、今度はくまさんと獣人たちが黒竜に向かって駆け出す。

「行けーー!」

 大きな掛け声とともに黒竜に群がって、あるものはその翼を切り裂こうと、あるものは、竜の足元に攻撃しようとして反撃を受けそうになり、襲いかかる鋭利な竜の爪から逃れるために、サイドステップで身を躱す。

 無謀にもゴブリンのうちの一人が、農作業用のクワを手に持って走り出そうとして、他の仲間に取り押さえられていた。


「次のはどうかな⁉︎」

 くまさんは、一人の獣人の肩を借りてさらにもう一段跳躍する。

 そして、振り下ろされた彼女の鋭い爪が、黒竜の上瞼から下瞼に向かって赤い線を描く。


「あああああああああ!」

 黒竜が、その傷つけられた片目を両手で覆う。


「一匹の熊ごときが、俺に傷をつけるなど……!」

 そうして、残った片目が、くまさんを睨みつける。その目は怒りに燃えたぎっている。


 地面に着地して、まだ体勢を整えきれないくまさんの背に、黒竜の爪が振り下ろされようとしていた。

「くまさん、危な……!」

 思わず体が動いて、私はソックスの制止を振り払って前に出る。頭の上にいるスラちゃんは、その勢いで私の頭の上から落ちていく。


「チセ……だめだ!」

 スラちゃんが私を止めようとする悲痛な声が、背後から聞こえる。


 私は無力だ。

 意味がないのかもしれない。

 みんなの足枷にしかならないのかもしれない。

 でも、それでも、私は走った。


 ーーでも、くまさんを、大事な仲間を失うなんて、いや!


 ただ、その思いでくまさんに駆け寄る。

 まるで、そこからはスローモーションのようで。


「ば……!」

 馬鹿と言いたいのだろうか。くまさんが駆け寄る私と襲いくる爪を見比べて、目を大きく見開いた。

 私はくまさんに向かって手を伸ばし、助けたいと、それだけを願う。


「チセ、馬鹿! こっちへ来るな!」

 私を見たアルが、私の方へと体の向きごと変える。


 それはちょうど、黒竜へ背を向ける体勢で。

 それを見た黒竜が、無防備なアルの背中に向かって呟いた。

 目前の敵に背を向けるという、ありえない行為を見て、黒竜が笑う。


「ふうん。か」

 黒竜がバサリと大きく羽ばたくと、アルの上を飛んで追い越し、私へその手を伸ばしてきた。


「……え?」

 私は、黒竜に鷲掴みにされた。

 私を囚えた黒竜が、また一段高く空へ舞い上がる。


「「「チセ‼︎」」」

 スラちゃん、ソックス、くまさんが叫ぶ。


「「チセ!」」

 シラユキとアクアも、目を見開いて私を見ていた。


「「薬師様!」」

「「「聖女様ーー!」」」

 村長さんや、獣人、ゴブリンたちも黒竜に囚われた私を見て、口々に叫んでいる。


「はーん。やっぱり、か」

 私を囚えた黒竜が長い首を曲げ、口の端を上げて私を片方の目で見下ろす。

 そして、ギリ、とその手に力が入る。


「……くる、し……」

 私はその力に体がへし折られるような圧迫感を感じた。私を囚える手は大きくて、胸は苦しくて息を吸うにも困難だ。もっと力を込められたら、内臓はどうなってしまうのだろう?


 幾らかでも抵抗しようとして、自由になる両手で、その戒めを解こうと抵抗するけれど、くまさんから継承したはずの爪も効果を発揮しない。私自身の猫の爪が硬化しても、その手に食い込みもせず、ほとんど無力だった。


 ーー怖い。


 生存本能が、私の頭の中でアラームを鳴らし続ける。

 目を開くと、景色が霞んで、私の目に涙が滲んでいるのがわかる。


「助け……」

 情けない。

 そう思いながらも、私は仲間に手を伸ばした。


「チセ! くそっ! 光の矢ライトニングアロー!」

 アルの周りに、たくさんの矢が浮かぶのが見えた。そして、それらが飛来する。


「はっ。そんな矮小なもの、効くか!」

 軽く嘲笑うと、黒竜はさらに高度を上げる。大きな体とは思えないほど軽やかに、言葉どおりにそれら全てを避けていく。


「チセを、返せえぇぇーー!」

 アルが叫ぶ。

 そして彼は、私を囚える手に向かって急上昇してくるのだった。

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明日からは一日一回更新に戻ります!

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