第10話 水の精霊さんのお願い

 鑑定さんの言葉では、まだ薬が強すぎるみたい。

 となると、水で薄めないといけないんだけど……。

 一つ、空のコップを用意したあと、私は思案に耽る。


 泉の水をそのままは、問題外。

 湯ざましは、安全なお水なんだけど、かといって不純物が入っていないわけではない。

 やっぱり、純水が必要よね……。


 ……水の精霊さんなら、可能かしら?

 ここでスラちゃんに相談すると、多分『水の精霊に聞けばいいじゃない』って多分言われるのよね。

 そんな当人はソファで疲れて眠っている。


 よほど疲れたのか、鼻らしき位置から、シャボン玉のような透明なちょうちんがぷうぷうしている。

 頑張ってくれたスラちゃんを、そんな質問のために起こすのは、私はかわいそうになった。


 頭の中の知識では、いるとされているんだから、大丈夫よね。

「水の精霊さん、いるかしら?」

 思い切って、宙に向かって尋ねてみる。


「はぁい♪ お呼び?」

 ふわりと水色ドレスの少女が私の顔の前に現れて、くるりと宙を舞う。


「あなたは、純水……不純物の混ざっていないお水を出すことはできるかしら?」

 私は、目の前の彼女に尋ねる。


「まぁ! それは水の一番初級の魔法よ! 当然できるわ」

 ちょっとご機嫌を損ねてしまったらしい。彼女はぷい、とそっぽを向いてしまった。


「ごめんなさい。私が欲しいのはただのお水じゃなくて、純水だったから、そこをきちんと確認したかったのよ。悪気はないの。ね、許して」

 顔を背けている妖精さんの前で、謝罪とお願いの気持ちを込めて、私は両手を合わせた。


 ……うーん。怒らせちゃったかしら。

 困ったわ。


 すると、そっぽを向いていた彼女の顔の向きが、私の方へ戻ってきた。

「一つ、お願いがあるのよね。叶えてくれたら、お願いを聞いてあげてもいいわ」

 そう言うと、人差し指を小さく愛らしい唇の前に添えて、にっこりと悪戯っぽく笑ったのだ。


「……お願い?」

 大変なものじゃないといいのだけれど……。

 私は、そのとやらに身構える。


「やぁだぁ! そんなに難しいことじゃないのよ。私に、素敵な名前をつけて欲しいの!」

 つい、と顔を近づけてきて、にっこり笑いかける水の精霊さんは美少女だ。

「え? 名前? それだけ?」

 そんな花のかんばせを前に、私は意表をつかれて呆けた顔になってしまう。


から聞いたのよ。名前をつけてもらったって!」

 ああ。冷蔵庫の中の氷の精霊さん!


「確かに、彼女に名前をつけたのは私ね」

 私は、自分の顔を指さす。


「私は彼女と近い存在でお友達なの。彼女だけ可愛い名前があるなんてずるいわ〜。ねえ、ねえ、素敵な名前、つけて頂戴」

 甘えて強請っているのか、彼女は私の頭上を踊るようにクルクルと回り始めた。


 水の精霊、かぁ。

「アクア、エレイン、二ニュー……」

 私がなんとなく呟いて、候補を挙げていく。


 安直なものは、最初の一つしか思い浮かばず、あとは、湖の乙女だかなんだかの物語の精霊の名前の羅列になってしまった。

 私の命名センスがないのは、経験を積んでもどうにもなるものではないらしい。


「アクア! アクアがいいわ!」

 水の妖精さんが嬉しそうに叫びと、その体がキラリと光る。


 そして。

『テイムしたことにより、水魔法を継承しました』

 また、バグったままらしい私の頭の中に、謎の声が響くのだった。


「ふふ。名前をもらったおかげで、私あなたの眷属になったみたい。なら、主人あるじ様のご要望にお応えしないとね!」

 そう言いながらも、私のそばを離れていく。

「私はアクアよー!」

 アクアは、宣言して家の中じゅうを飛び回ってから、満足したのか、私のもとに帰ってきた。


「そういえば、純水を出してってお願いだったのよね?」

「そうよ。アクア、ここにこのあたりまで注いでくれるかしら?」

 私は、ビーカーの外側から、だいたい八割程度のところを指で指し示す。


「了解! 水作成ウォーター!」

 アクアがビーカーの中に手をかざす。

 すると、緩めの水道水くらいの勢いでチョロチョロとビーカーの中に、水を注いでくれた。


 うん、念のため、スラちゃん鑑定(命名)で見てみよう。


【純水】

 詳細:水魔法で作成されたまごうことなき純水。


 うん、大丈夫!

「アクア、ありがとう! ジャムが出来たら、お礼にご馳走するわね!」

 すると、水を出すのが終わったアクアが私の方を見て、瞳をキラキラさせる。

 ほっぺたも少し紅潮していて、愛らしい。


「嬉しいわ! 待っているわね、チセ!」

 私のほっぺたに、ちゅっとキスをすると、彼女は消えてしまった。

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