第22話 森の薬師様

「ところで、この初級ポーションはおいくらくらいで買い取っていただけるでしょうか?」


 薬師の出現に、奥さんと一緒に感激している村長に対して、本来の話題に戻すために、私は声をかける。


「ああ、そうでしたね。すみません」


 村長さんが苦笑いし謝り、そして奥さんも会釈してから、テーブルを押しながら部屋を出て行った。


 本来の話題に戻せて、上々なのに、ソックスがなぜか私にお説教を始めた。


「……チセ。普通売り込みというものは、相場を把握してからするものにゃ」


 あ。それはそうか!


 そうとは思いたくないけれど、仮に村長さんが悪い人だったら、安く買い叩かれることだってある。そして他所に転売して儲けることだって可能だろう。


「私が無計画すぎだったわ。教えてくれてありがとう、ソックス」


 隣に座るソックスに反省の意味も込めた感謝を告げ、彼の頭を撫でる。すると、えへんとばかりに、お髭が前を向き、心なしか尻尾の先がぱたりぱたりとしている。


 ……多分、満足してご機嫌なのね。可愛いわ。


「僕が以前この村を覗いた時は、三千マニーで村人に分けていた気がするにゃ!」


 あら。市場調査はバッチリね!


「頼もしいわ、ソックス。ありがとう!」


 今度は、ソックスが大好きな喉元から口の端あたりを、こしょこしょと指先で掻くと、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らした。


「確かに、三千マニーですね。ただ、本来初級ポーションそのものは、販売価格で千マニーなのです。この村があまりに僻地だからと足元を見られて、二千マニーも輸送費を上乗せされていまして……」


 神様がくれた頭の中の知識によると、ものにもよるけれど、大体日本の1円=1マニーのようだ。


 とすると、一瓶あたり、本来千マニーなのに、三千マニーになってしまうなんて、かなりの負担なんだろうな。


 それと、販売価格と買取価格は違うから、もう少し安い買取り金額にしてあげたほうがいいかしら……?


 そう思って、そのことをソックスと村長さんに相談してみた。


「ボクは、チセがそれでいいなら、いいにゃん。値段設定の理屈としても良心的で妥当だし、ますますチセが好きになったにゃん!」


 そう言うと、ソックスが、甘えるように私の体に自分の体をすりっとさせる。


「……私としては、大変ありがたい申し出なのですが、流石に破格すぎて、申し訳ない気がします……」


 村長さんは、嬉しさと申し訳なさからなのか、困ったような表情を顔に浮かべる。


「あ、そうですね……。私は、村長という立場から、貴重な薬を管理しているだけで、販売目的というわけではないのです。だから、販売価格と卸価格に差をつけていただく必要はありません」


 村長さんが、そう、思いついたように口にする。


「じゃあ、法外な輸送費を除いた千マニーにしましょうか? 前が高かったと言っても、薬は人々にとって必需品。それがあまりにも法外な値段じゃあ、みんなが薬を買えなくなってしまうもの」


 村長と商談している私を見守るソックスは、私のその申し出に満足なようで、口が笑みの形をとっている。


「千マニー……。薬が、本来の値段で手に入る……!」


 村長さんの声は、喜びからからか、僅かに震えている。


「ええ、そうしましょう!」


 私は、村長さんに利き手を差し出す。


 その手をとって、硬く握ると、私に村長さんは頭を下げた。


「チセ様。村民が救われます。……本当にあなたは、神が我々を憐れんで遣わしてくださったのかもしれない。ぜひ、その価格で取引をさせてください……!」


 結局、初級ポーションはその値段で取引することに決まった!


 早速、十八瓶のポーションと、一万八千マニーを私達は交換した。


「じゃあ、早速村民に渡してやりたいので……、失礼しても良いでしょうか?」


「うん! おうちに病気の人がいる人たちが、外で待っているものね!」


 十八瓶も村長さん一人で持てるわけもなく、くまさんを筆頭に、私たちもお手伝いして、家の外で待っている人たちのもとへ、それを運ぶ。


「みんな、よく聞け! 薬師のチセ様は、我々に薬を一瓶一千マニーでお譲りくださった!」


 村長さんがよく通る声で告げると、「おおー!」と感激の声があちこちから上がる。


「森の薬師様が、我が村に遣わされたぞ!」


「もう、病に悩むこともないんだ!」


 歓喜の声で沸く、行列を作る人々に、村長さんが一人一瓶ずつ、一千マニーと引き換えに手渡していく。


 薬を受け取った人々は、家に走って持ち帰り、しばらくすると、家々から、喜びの声が聞こえてきた。そして、その家の玄関が開いて、それぞれ何かを持った村民が駆け寄ってくる。


「チセ様! うちで取れたじゃがいも、持っていってください!」


「薬師様! うちの鶏達の産んだ新鮮な卵です! ささやかですが、受け取ってください!」


 あれ? 私、これらを買うために売りに来たんだけど?


 もちろん、欲しいもの全てを満たすわけではないが、病気からの回復のお礼として、なんだか色々な品を買うことなく手に入ることが出来てしまったのだった。

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