第45話 王都への旅立ち

「ねえ、初級回復ヒールとかで治らないの?」

 私は、アルの隣に並んで、焦げた鱗の入れられた容器の前に立った。


「これは脱皮後の皮のようなものだからな。初級回復ヒールで治すってものでもないんじゃないかな……でもチセが言うならやってみるか」

 アルが容器に手をかざした。


初級回復ヒール!」

 アルの手のひらからぽうっと優しい光が溢れ出たけれど、焦げた鱗は治らなかった。


 初級回復ヒールじゃダメなのか……。

「ちょっと待っていて! 村長さん、村長さんのお宅に置いてきた荷物、取りに行ってきます!」

 私は村長さんに断りを入れてから、彼の家にお邪魔して、置きっ放しだったショルダーバッグの中から初級ポーションの入った瓶を一本持ってきた。


「チセ、それは?」

 私が手にしている瓶を見て、アルが尋ねてきた。

「初級ポーションよ」

 もう、アルがいるのだから、この村の人たちは怪我や病気の心配はしなくて済むはず……。


 いやでも待って。

 アルがこの村に残るとは限らないんじゃない?

 すごい聖竜になったんだから、おうちの人……王様とか(?)だって、帰ってきなさいって言うのかな?

 でも、なんだかそれに思い至ると、急に胸の中に寂しさが押し寄せた。


「ねえ、アル」

「どうした、チセ」

「アルは……王都に戻るの? 戻って、ずっとあっちで暮らすの……かな?」

 私は、私よりずっと背が高くなったアルを見上げて尋ねた。


「真剣な顔をして、何を言い出すかと思えば」

 ぷっとアルが吹き出すように笑った。

「もう! 真面目に聞いているんだから!」

 私はぷうっと頬を膨らませた。


「俺は王都には住まないよ。俺の守るべき場所は、ここだから。ここから、国全部を祝福するよ。父上にもそう伝えるつもりだ」

 アルはそう言うと、私の頭の上に優しく手を置いた。


「チセのいるこの村と、森のアトリエが俺の場所だよ」

 前よりも一段低くなった甘い男の人の声で、囁くように言われて、私は頬に熱が集まるのを感じた。


「あああ、あの! だったら、この村にはアルの初級回復ヒールがあるから、初級ポーションはそんなに必要なくなるわね?」

「まあ、急な容体悪化に対応できるように、いくつかあったほうがいいと思うけれど、たくさんは要らなくなるかもな」


 じゃあ……。

「試してみるわ!」

 私は、初級ポーションをぱしゃっと焦げた鱗に満遍なく振りかけた。


「え! チセ、何す……」

「ダメ元よ! !」

 すると、焦げた鱗を濡らすポーションがキラキラと輝きだした。

 やがてそれらは徐々に焦げ色から赤に変わっていく。そうして、全部、元の赤い色の鱗に戻ったのだった。


「やった! 大成功!」

 戦闘で全く非力だった私にも、できることがあったじゃない! と反動のように嬉しくなった。

「……」

 真横で見ていたアルは絶句していた。


「なあ、チセ」

「なあに?」

「これは流石に、ズルくチートじゃないか?」

 そう言うと、喜ぶ私を他所に、アルがため息をつくのだった。


「ところで、この鱗を運びながら、チセを連れて王都へ行きたいんだが、いいかな?」

 ん? どうして私だけが一緒に行くんだろう?

 アルの言葉に首を捻る。


「ああ、それがいいぽよ!」

「お薬は村長さんと相談して売っておくにゃん」

「ボクはスラちゃんとソックスをちゃんと守るよ! 二人で行ってくるといいよ!」


 意味がわからない。

 よくわからないのだけれど、村人たちも背中を押してくる。


「じゃあ……、もしアトリエに戻りたくなってもいいように、鍵を預けておくわ」

 スラちゃんが、ゼリー状の手を伸ばしてきたけれど、それは丁重に遠慮した。

 スラちゃん、あなたが鍵番って、ちょっと違うと思うのよね。いざというときに、この鍵を守りきれるのかとか……。


 しっかりしていて、一番安心なのはくまさんかなぁ?

 そう思って、くまさんにお願いして、鍵を預かってもらうことにした。


「ご飯はどうするの?」と尋ねたら、「お腹が空いたら森の木のみでも取ってくるくま!」なんだそうだ。


 鱗はたくさんあって、私が抱えていくのは無理そうだということになった。だから、箱に詰めて、ロープで括り、アルが足で掴めるように持ち手を作ってもらった。


「じゃあ、行くぞ」

「うん」


 竜の姿で私を待っているアルを前に、さてどうやって乗ろうと私は首を捻った。

 しゃがんでくれても、アルの背中はだいぶ遠いように思えたのだ。


「手伝うよ」

 くまさんが、「女の子同士だから!」と言って、肩車をして乗せてくれると言い出したのだ。


「じゃあ、お願いね」

 多分、足台になりそうなものを持ってきて貰えばいいんだろうけれど、せっかくの申し出なので、くまさんの言葉に甘えることにした。


「よいしょ……っと」

 くまさんが私を肩車して、私はそこから、アルの背中に移動した。


「じゃあ、しばらくみんなで仲良くしていてね!」

 くまさん、ソックス、ソックスの頭の上にいるスラちゃんに手を振った。


「動くぞ」

 アルの言葉とタイミングを同じくして、アルの体が持ち上がって背が揺れた。アルが立ち上がったからだ。


「わっ!」

「ちゃんと掴まってろよ」

 私は、竜の姿をとるアルの、たてがみのような部分をぎゅっと掴む。


 バサリ、バサリと翼がはためいて、徐々に視界が上がっていく。


「「「行ってらっしゃーい!」」」


 私は、手を振る三人(三匹?)に手を振り返す。そうして私たちは、王都へと旅だったのだった。

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