第二十五話「船旅の始まり」


 セーラと同じ聖女候補のカレン、その後ろに居た獅子人族の男を見てウルンが動揺していた。どうも有名人らしいな。「特級」とか「闘王」とか現実感が無くて「とにかくすごそう~」というこどもみたいな感想しか出てこなかった。


「あら、ガオルのこと知っているのね。冒険者としては有名だと聞いているけど」

「有名なんてもんじゃねえ。ガオル・ライアンといえば世界で数人しかいない特級の冒険者だぜ? 一級の上、冒険者ギルドの幹部が集まった特別審議会で認められた者だけがなれるって聞いたことがあるが、それを与えられるのは一国の危機を救ったとか災害レベルの魔獣討伐を成し遂げたとか歴史に残るような業績を上げた者だけなんだ」

「へえ、すごいのねえ」


 熱っぽく語ったウルンに対してなぜかカレンは他人事のようにそう言った。


「そして称号『闘王』といえばガオル・ライアンの代名詞! 単純な戦闘力では彼に敵う者はいないと言われている最強の称号っすよ!」


 そりゃ闘いの王だもんな。でも、なんだろう、このカレンお嬢様との温度差は? それに目の前でべた褒めされている本人もあまり反応が無かった。


「どうなの、ガオル? あなた、そんなにすごかったの?」

「まあ、昔の話です。今の私はショーニー商会に雇われているただの護衛に過ぎません」


 ふーん、ガオルは現在ショーニー商会に雇われていて、カレンお嬢様は彼の昔の活躍は知らないって感じか。なんか特級冒険者にもいろいろあったっぽいな。


「あら、そう。まあ、いいわ。じゃあガオルのことはご存知のようだからこちらの彼女を紹介するわね。アデレード、自己紹介をしてちょうだい」


 アデレードと呼ばれたのは赤髪の女性だ。


「は! アデレード・マシソンと申します。一級冒険者です。『雷術師』の称号を持っております。幼き頃、孤児になったところをガオル様に拾われて冒険者としての生き方を教えていただきました。ガオル様の娘であり弟子であり、現在は妻の座を狙っております。よろしくお願いします」


 それを聞いたガオルは先程までの落ち着きが嘘のように「ぶほっ」と吹いていた。


「あ、アデレード! また、おまえはそんなことを……」

「前にも言いましたけど、私は本気ですよ、ガオル様」


 ガオルはそれに対して何も言わず大きなため息をついた。闘王の称号を持つ特級冒険者が困っている。これは良いものが見れたな。


「あらあら、相変わらず仲が良いのね、二人は。では私たちの紹介はもういいかしら? ええと、確か、セーラさんでしたわね? 他の皆様も紹介していただけます?」

「あ、はい、ではまず……」


 セーラがこちらを見たので俺は自己紹介を始めた。猫人族でセーラとは幼なじみであること、その縁で従者になったこと、七級冒険者で「猫」の称号を持っていること、などだ。魔法の長靴、マナの存在についてはあえて言わなかった。正直、侮ってもらった方が都合が良い。やはりというかカレンたちは称号「猫」の部分に驚いていたが、意外なことに笑ったり馬鹿にするような感じはなかった。本物の一流だからこそ見た目や名前には惑わされないってことか。ライバルになった時のことを考えると厄介だな。

 続いて、ウルンとモルチュが自己紹介を行い、ウルンがガオルに握手をしてほしいと頼むという一幕もありつつ、その後はフルーとウキーレが自己紹介を行い、ウキーレがソンクウ一座の者だと聞いて、その存在を知っていたカレンお嬢様が驚くという場面もあった。やっぱりソンクウ一座って有名なんだな。


「それにしても」


 そう言い出したのは執事の未人族メレディスだった。


「セーラ様のご一行は途中参加された方が多いのですね」


 まあ、言われてみれば確かにそうだな。ケットスの街を出た時は俺とセーラの二人だけだった。ファスティアでウルンとモルチュが、アーティオンではフルーが仲間になって、アンドルワでウキーレが参加してきた。不思議な縁だよな。それとも女神様の導きなのか。

 ここはいっちょかましてやりますか。


「セーラの人徳ですかね? 彼女は困っている人をほっとけないので」


 俺がそう言うとセーラは「え?」と驚いていた。


「そ、そんなことないです! 私の方が助けてもらってばかりなので!」


 赤くなってそう言う彼女を見てカレンは口に手を当てて「ふふ」と笑った。


「こちらも仲が良さそうね。それではこの間も言いましたけれど良い勝負にしましょう。ではこれで失礼するわ。ごきげんよう」


 そう言ったカレンはメレディス、ガオル、アデレードを引き連れてエントランスの階段を登っていった。

 あれ、船に乗ったばかりだけど、部屋がどこかわかっているのか? ショーニー商会の情報網ってやつかな?

 そう思っていたらカレン一行はまた階段を下りてきた。お嬢様は顔を真っ赤にして受付で自分たちの部屋はどこか聞いていた。

 やっぱり天然だわ、あの人。


 受付で自分たちの部屋を聞くと男性と女性に分かれた大部屋二つが割り当てられていた。

 俺は思わずウキーレを見た。今日は男装なので一見男性だが、船旅は三日ほど掛かるということで、その間に女性になったりしないのだろうか? うーん、どうすればいいのだろう?

 そんな俺の視線に気づいたのかウキーレは苦笑いを浮かべた。


「大丈夫だよ。船に居る間は男として過ごすから」


 俺はちょっとほっとした。

 それにしてもウキーレは荷物が少ないな。男性用、女性用、両方の服を持っていたらもっと大荷物になると思ったんだが。

 そう思って聞いてみたらなんとウキーレはファンタジーでお馴染みの「無限収納」が使える魔道具を持っていた。腕輪型の魔道具で使用者の魔力に応じた収納力があるのだとか。まさか、そんなものがこの世界にあったとは。俺も欲しい幾らぐらいするんだと聞いてみたら、ウキーレの演技に惚れ込んだどこぞの国の国王が国宝として王家に伝わっていたものをプレゼントしてくれたようで値段は付けられないとのことだった。大丈夫なのか、それ?

 荷物を部屋に置くと俺たちはデッキに出てみた。船には俺たちやカレン一行の他にもたくさんの乗客たちが居るようだった。センタル島行きの船なのだから熱心な光の女神の信徒さんたちなのだろう。

 ピーッという音が鳴る。この船は蒸気で動いているわけではないので汽笛ではなく出航を知らせる音を魔道具で出しているだけなのだろう。船がゆっくり動き出す。見送りに来てくれた人たちの姿が見えた。ソンクウ一座の人たちに向かってウキーレは大きく手を振って「行ってきまーす!」と叫んでいた。船は港から少しずつ離れていき、その姿が見えなくなるまでウキーレはずっと手を振っていた。




 その夜、船の中では初めての食事の時間となった。船での食事は乗客がホールに集まって並べられた料理の中から好きなものを取る、いわゆるビュッフェ形式だった。肉料理、魚料理、デザートまで、この世界では見たことが無いくらい豪華なメニューだ。俺たちは聖女候補のセーラの従者ということでこの船に乗れたわけだが、ひょっとしてこの船、自分で金を出して乗ろうとしたら相当高いんじゃなかろうか? 金額はあえて聞かない方がいいかもしれないな……。

 そんなわけで、みんなで食事を楽しんでいる時だった。突然その場には似つかわしくない怒号が響き渡った。なんだ、喧嘩か? 意識して聞いてみると言い争う声が聞こえてきた。


「おい! こいつは俺が食うはずの肉だったんだ! よくも盗りやがったな!」

「なに言ってやがる! これは俺がずっと目を付けていた肉だ! おまえのじゃねえよ!」


 どうやら肉料理の最後の一個を食べた人族の若者と食べられなかった人族のおっさんが言い争っているらしかった。

 くだらねえー。

 まあ、でも食べ物の恨みは恐ろしいっていうからな。

 今にも殴り合いに発展しそうだし、ここは俺が止めるべきかな?

 そう思って俺が一歩踏み出した時だった。すっと俺の前にウキーレが進み出た。


「ここは任せてよ。まだみんなに私の力も見せてないし」


 なるほど、仲間にしてほしいと言った以上、自分の力は見せておきたいってことか。

 ウキーレはすたすたと二人に近づいていき、その間にすっと身体を入れた。


「はいはい、お兄さん方。ちょっと頭を冷やそうか」

「はあ? なんだ、おまえ? 引っ込んでろ、兄ちゃ、あ、姉ちゃんか?」

「そうだ、おまえは関係ないだろう! 姉ちゃ、いや、兄ちゃんか?」


 ウキーレの中性的な容姿に混乱している様子の二人だったが、まだ興奮は収まっていないようだった。


「どけ! 女でも、いや男だったらなおさら容赦ようしゃしねえぞ!」


 おっさんが叫ぶ。するとウキーレは挑発した。


「やってみれば?」


 その言葉におっさんはキレたようで思い切り殴り掛かってきた。しかしその拳はウキーレの身体には届かず空中で止まった。拳を止めたのはおっさんの腕に巻き付いた長い尻尾だ。そういえばウキーレは申人族だった。妹のシャネットさんも長い尻尾を持っていた。これまでウキーレの尻尾は見たことが無かったが、服の中に隠していたらしい。いざという時に使う自在に動く尻尾。これがウキーレの武器の一つか。


「私の称号は『芸達者』って言うんだ。さあ、さあ、お立ち会い!」


 ウキーレの尻尾に魔力が集まったのがわかった。


「気をしっかり持ちな! 『独楽こま回し』!」

「な、何をす……、びゃあああああ!」


 尻尾がびゅっと振られるとおっさんの身体はその技の名の通りコマのように高速回転し始めた。悲鳴を上げながらぐるぐる回ったおっさんは床にばったり倒れて完全に目を回していた。直接的に傷つけられるわけではないが、えげつない技だな……。

 おっさんの惨状を見て喧嘩相手のお兄さんは一瞬躊躇ちゅうちょしたが、一度振り上げた拳は止められないといった感じでウキーレに向かっていった。


「君にはこれでいいかな? 『パントマイム・剣の舞』!」


 そう叫んだウキーレは剣道の胴打ちのような動きをした。手には何も持っていない。それなのにお兄さんは木刀で打たれたように吹っ飛んだ。パントマイムと言えばその場に無いものをまるであるかのように身体の動きだけで表現する芸だが、ウキーレのそれはまるで実体化したような効果を与えるようだ。

 ウキーレはくるりとこちらに振り返り、舞台が終わった時の役者のように辺りを見渡した。


「皆様、お騒がせいたしました。どうぞ、引き続き、お食事をお楽しみくださいませ」


 そう言って仰々ぎょうぎょうしく礼をしたウキーレにその場に居た乗客たちは一瞬呆気に取られていたが、次第にパラパラと拍手が起き、やがて割れんばかりの拍手がホールに鳴り響いた。

 やっぱり役者だなあ。

 そう思いながら俺はそっと動き出した。

 ウキーレのショーの最中、目に入ったあの違和感の正体を確認するために。

 さて、俺も俺の仕事をやりますか。




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