第二十四話「劇団ミケルの初公演」


 人気の旅芸人一座であるソンクウ一座の公演ということで客席はいつものように満員になっていた。

 但し、いつもとは違うことが一つだけあった。

 客席の中に一座の座長であるゴリッチの姿があったことである。

 そう、今日の彼は演者ではなく客なのだ。

 亡き母の占いを信じ続けていたウキーレは一座を抜けて俺たちに付いていくと宣言。それに反対したゴリッチは妹のシャネットが代わりに主役を務められるだけの実力があることを見せられたら納得すると条件を付けた。そこには「演目は新作で」という無茶な要求があった。

 そして出来上がったのが「脚本ミケル・ジーベン」というまさかの演目だ。

 しかも明日になれば俺たちはセンタル島行きの船に乗らなければならないわけで、そうなるとチャンスは今日一回だけということになる。

 ちなみに当然と言えば当然の話だが、今回の劇にウキーレは出ていない。看板役者のウキーレが出ればどんな劇だろうと盛り上がってしまうわけで、正当な評価が出来ないということで出演は認められなかった。かなりの不安要素だが仕方ない。

 時間だ。テントの照明魔道具の明かりが消えて客席が暗くなった。スポットライトが幕の前に居る人物を照らし出す。今回、物語の案内をするのは何を隠そう俺だった。


「皆様、ようこそソンクウ一座へ。本日、皆様にご覧いただく演目はこれまでまだ誰も見たことが無い世界初公開となる新しい演目です!」


 客席から「おお」という声が上がった。つかみは良い感じのようだ。


「主演を務めますは当一座、期待の若手役者シャネット・ソンクウ!」


 俺がそう言うと、どこからか「ウキーレじゃないの?」という声が上がった。ざわざわする客席。まあ、予想していたことだ。それ目当ての客も少なからずいるだろうからな。


「それではごゆるりとお楽しみくださいませ」


 スポットライトが消える。俺は舞台袖に引っ込んで次の準備を始めた。

 いよいよだ。

 そして幕が上がった。




 現れたのは二人の人物。おじいさんとおばあさんだ。一座の中でもベテランの役者男女二人が演じてくれていた。

 二人は仲睦なかむつまじいが、子宝に恵まれなかったということがセリフの中で説明される。そして二人はそれぞれ仕事に出掛ける。

 おじいさんは山へ竹を取りに。おばあさんは川へ洗濯に。

 すると、おじいさんは山で光っている竹を発見。割ってみると中には小さな女の子が居た。

 一方、おばあさんが川で洗濯していると小さな船に乗った男の子が流れてくる。

 二人はそれぞれ自分が見つけた赤ん坊を連れて家に帰ってきて、互いが抱いているものを見て驚く。そしてこんな偶然はあるはずが無いからこの子たちは女神様からの授かりものだろうと思い、二人を大切に育てると誓う。

 うん、勘の良い方、というか、勘の悪い奴でもわかると思うが、俺の前世の有名なおとぎ話、桃太郎とかぐや姫を大胆に足してみた。赤ん坊が果物に入ってくるのはおかしいと思ったので、そこは原作からアレンジしてある。そもそも桃太郎も元々は桃を食べたおじいさんとおばあさんが若返って、おばあさんが桃太郎を妊娠出産するという話らしいし。

 それにしても一座の持っている魔道具は優秀だ。光や音を操れる魔道具が揃っていたので、こんなファンタジーなお話も充分演出できるのだ。

 さて、場面は変わり、成長した二人が登場する。桃太郎、改め、「モタロ」と、かぐや姫、改め、「カグメ」の兄妹だ。

 演じるのはモタロをキカラさん、カグメはもちろんシャネットさんだ。

 ある日、カグメは家族に信じられない告白をする。自分は普通の人間ではなく異世界からこの世界に送り込まれた魔族という種族で、この世界を魔族が侵略するために情報を集める役目があったと。世界を越えるためには一度赤ん坊まで戻らなければならなかったが、おじいさんとおばあさんに拾われてモタロと兄妹として過ごすうちにこの世界のことが好きになってしまい、魔族を裏切る決意を固めたのだと。しかし裏切りがバレれば自分は殺されてしまうかもしれないと。

 それを聞いていたモタロも驚くべき告白を始める。自分はカグメの言う異世界とはまた違う異世界から来た転生者と言われる存在で、この世界に生まれ変わる時に不思議な力を授かり、その力で世界の危機を救ってほしいと頼まれたのだという。世界の危機とはおそらく異世界の魔族の侵略だろうと。

 こうしてモタロとカグメは協力して異世界からやってくる魔族たちと戦うことになる。

 しかし二人だけではとても魔族たちとは戦えないということで、仲間を探す旅に出るのだ。

 旅の中で、斧使いのキンタロ、亀使いのウラシを仲間に加えた二人はこの世界にやってきていた魔族たちと対決することになる。

 物々交換バトル、より強い家を建てられるのはどっちだ対決、マッチ早売り合戦、など、激しい戦い(?)は続いたが何とか勝利する。

 そしてモタロとカグメは兄妹としてではなく男と女として互いを意識するようになる。

 この辺りで客席の女性から「きゃー」みたいな声が上がっていたので反応は悪くないようだ。

 物語は終盤。ついに魔族の王である魔王がこの世界に現れる。但し、この世界に来たばかりなのでまだ赤ん坊だ。小さな人形を使ってそれを表現して、なんと人形の服の中に隠れたモルチュがその声を担当した。


「我は魔王! 我が部下よ! この世界ではカグメと名乗っているようだな? なぜ魔族を裏切った?」


 声は人形からしているのに役者の姿が見えない。観客から驚きの声が上がっていた。単純な仕掛けだけど、上手くいったな。


「恐れながら魔王様、この世界で暮らす者たちのことが私は好きなのです。どうか侵略をあきらめてもらえないでしょうか?」

「うん、いいよ」


 ここで観客たちから「いいんかい!」と総ツッコミが入った。悪くない反応だ。

 ところが魔王はカグメに侵略をあきらめる代わりに条件を付ける。それは元の世界に帰って自分と結婚すること。そう、魔王はカグメのことが好きだったのだ。

 カグメはこの世界を救うため、モタロへの思いを隠して、元の世界に帰ることを決め、仲間たちには何も告げず魔王のところに行く。

 そして魔王とカグメは元の世界に戻るための魔法陣に乗る。

 その時、モタロと仲間たち、そして旅の中で出会った、この世界の人たちが現れる。

 彼らはカグメを犠牲にするくらいなら自分たちが魔族と戦うと宣言する。

 それを見た魔王は魔法陣が発動した瞬間カグメを突き飛ばし「幸せにな」と言って消えてしまう。

 モタロはカグメを抱き締めて自分の気持ちを伝える。カグメもそれに応えて舞台の幕は下りた。




 客席はしーんと静まり返っていた。おかしい。先日見た七不思議「カフェヒーの姫と騎士」の演目の時はすぐに拍手が起きて立ち上がる人もいてスタンディングオベーションが起きたのに。

 失敗か? まだ客席は暗くてゴリッチさんの表情はよくわからなかった。渋い顔をしている彼の姿を想像してしまう。

 しかし耳を澄ませてみると俺はあることに気付いた。客席のあちこちからすすり泣くような声がしていた。遅れて拍手が鳴り出す。先日とは比べ物にならない豪雨のような拍手の音だ。次々とお客さんは立ち上がり「良かったぞ!」「面白かったわ!」という声があちこちから飛んできた。

 ふう、何とか上手くいったかな? 一晩で考えた物語だったのでツッコミどころが多かったと思うが、お客さんは喜んでくれたようだ。

 幕が開き、役者たちが一列となった。そこには看板役者のウキーレの姿はないが、もう誰もそのことを気にしてなどいなかった。称賛は今回の演者たち、特に迫真の演技を見せたシャネットに送られていた。

 客席が明るくなった。立ち上がった観客たちの中に一人だけ座っている人影があった。ゴリッチさんだ。彼はうつむき加減で目頭を押さえていた。

 興奮冷めやらずといった感じの客たちが一人また一人と帰っていき、テントにはソンクウ一座の者たちとミケル一座、じゃなかった、セーラと従者たちが残った。

 客席に座っているのはゴリッチさんだけだ。他は全員舞台の上に並んでいた。

 今日は女姿のウキーレとシャネットが二人並んで一緒に前に出た。


「お父さん、いや、座長! 見てくれましたか、お客さんのあの反応を!」

「座長、私の演技はどうでしたか?」


 ゴリッチはすっと静かに立ち上がった。


「……良い舞台だった。物語の中に客が引き込まれていくような、一体感があった。正直、こんな演目は見たことがねえ。シャネット、おまえの演技も良かったぞ。悔しいが、一瞬、おまえが俺の娘だって忘れて見惚れちまった。合格だ。おまえは充分うちの主役を張れる役者になった!」


 一瞬あっけにとられたような間があった後、二人は飛び跳ねた。


「やったー! ウキーレ! 私、やったよ!」

「うん、シャネットすごかったよ! おめでとう!」


 きゃっきゃと喜び合う美人姉妹、いや、美形兄妹? いや、どっちでもいいや。


「それでは明日からよろしくお願いしますね、ミケル君!」

「あー、ウキーレ、あの、えっと……」


 俺は助けを求めるようにちらっとセーラを見た。今更だけど。彼女は笑顔でこくっと頷いた。まあ、そうなるよな。


「えー、よろしく」


 こうしてまた頼りになりそうな仲間が増えたのだった。




 それから俺たちはウキーレに神殿に来てもらい、俺たちがなぜセンタル島に行くのか、詳しい説明をした。

 仲間になることが確定するまでセーラが聖女候補であることや俺の魔法の長靴のことは教えられなかったのだ。ウキーレはさすがにちょっと驚いていたが、すぐに納得したようだった。俺たちの素性を聞いて、母の占いは当たっていたと強く確信したらしい。


 次の日、俺たちは港に向かった。もちろんウキーレも一緒だ。今日は男装だった。

 港には大きな船が泊まっていた。この前は見当たらなかったので、どこか別の場所で修理をしていたのだろう。この世界の文明レベルから大した船は想像していなかったが、驚いたことに目の前にあるのは前世の世界で言うところの豪華客船に近いものだった。機械を使わずこれが動くってことは魔道具の力を相当使っているんだろう。

 見送りに来てくれたゴリッチさんやシャネットさん、ソンクウ一座の人たちに別れを告げて、俺たちはいよいよ船に乗り込んだ。ついに今回の旅の目的地、センタル島に行けるわけだ。さすがにちょっとワクワクしている自分が居た。

 タラップを上っていき、船に入ってすぐのエントランスは吹き抜けになっていることもあって、開放感があり、まるでホテルのロビーのような雰囲気があった。

 俺たちみんなであっけに取られていると後ろから「あら」と言う声がした。聞き覚えがある声だった。


「この前はどうも。あら、そちら、人数が増えました? こちらも今日は全員揃っていますし、改めてお互いに自己紹介しませんこと?」


 カレン・ショーニー。セーラと同じ聖女候補の一人。彼女曰く、世界に聖女候補は五人らしいが。後ろにはこの前も会った執事のメレディスと名乗った未人族も居たが、その横には見知らぬ二人が居た。

 一人は人族の女性だ。ウェーブした赤い髪、腰に差した長剣、恰好からして冒険者か。美人だが、目つきが鋭くてちょっと怖い感じがしてしまう。

 もう一人は獣人族だ。間違いようがない。なぜなら顔が完全に雄のライオンだったからだ。通常、獣人族と言えば人族とほぼ同じ見た目にケモノ耳や尻尾など一部分が種族を表す動物になっているのだが、目の前の彼は頭部が丸ごと雄ライオンで、それが人族の身体に付いていた。聞いたことがある。「先祖返り」と呼ばれる現象だ。獣人族の中に稀に現れる獣の特徴が強く出た者で、一般的な獣人族より身体能力が優れていると言われている。ライオンってことは獅子人族なのか。

 すると俺の後ろに居たウルンが少し震えた声でこうつぶやいた。


「な、なんでこんなところに? 特級冒険者『闘王』ガオル・ライアンじゃねえか……」




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