第二十三話「神殿への来訪者は意外な姿で」
その日、俺たちは朝から久し振りにのんびりとしていた。ヒワン王国の王都アンドルワはかなり広いし、歴史的な建造物や他の街には無いような商店も多く、観光を楽しむには最適な場所なので、出掛けようと思えばいくらでも出掛けられるのだが、やはり昨日の騒ぎがあったせいで、みんな気疲れしてしまったようで、誰も出掛けようとは言い出さなかったのだ。
午前中はみんなで神殿の敷地内にある孤児院でこどもたちと遊び、その際ちょっとこどもが苦手な様子のウルンがなぜか一番こどもたちから人気があったのが面白かったが、神殿に戻ってお昼をいただいた後はお茶を飲みながらまったりとした時間を過ごしていた。
そんな時、神殿の女性職員の方がやってきて「セーラ様たちにお会いしたいということでウキーレという方がいらっしゃっていますが」と告げた。なぜか職員さんの顔は赤かった。女性も心を奪われるほどの美人、ウキーレ本人で間違いないだろう。
職員さんに「ここに通してほしい」とお願いして俺たちは待った。部屋のドアがノックされたので「どうぞ」と声を掛けるとウキーレが入ってきた、と思ったのだが……。
知らないイケメンが立っていた。
茶色の短髪、白いシャツに黒っぽいボトムス、シンプルな恰好なのにすごく似合っているのは顔が良いからだろう。どこぞの王子様がお忍びでやってきたと言われても納得してしまう。そして背中には長い尻尾が見えた。この尻尾は申人族か? 申人族ってことはソンクウ一座の一員?
あれ、でも、こんなイケメン、昨日の劇に出ていたっけ?
騎士役として出演していたキカラさんという方は確かに二枚目だったが、いま目の前に居るのはその人ではない。そうだとすると兵士や領民役で出ていた中の一人か? でもこんなイケメンが脇役として出ていたら印象に残っていそうなんだけどな?
「あの、どちら様でしょうか? ウキーレさんはどちらに?」
セーラがそう尋ねると彼はちょっと驚いた顔をして、それから笑った。
「ああ、そうか、こっちの格好で会うのは初めてだったね」
こっちの格好? そしてこの声にはどこかで聞き覚えがあるような……。
「先程、職員さんに名乗ったんだけどな。私がウキーレだよ。ウキーレ・ソンクウ」
俺も含めて、みんなの眼が丸くなった。遅れて同時に出た声が神殿に響き渡った。
「「「「「えええええええええええええええ!」」」」」
ウキーレ? ウキーレって昨日の姫だろ? ゴリッチさんの娘でシャネットさんの姉で……、そこまで考えてから俺はあることに気付いた。
ゴリッチさんはウキーレさんを俺の娘と紹介したか? シャネットさんも「お姉ちゃん」なんて一言も言っていなかった気がする……。
男の娘ってやつ? いや、昨日のは芝居のためか?
「あの、ウキーレさんは男性で役のために女装していたってことでいいんでしょうか?」
こういうことは前世の日本の記憶がある俺が一番理解があるだろうから、俺が代表して聞いてみた。
「いえ、役とは関係なく、私は私生活でも日常的にその日の気分によってどちらの格好もするんです。昨日の自分も今日の自分も本当の自分ですし、どちらでもあってどちらでもないといった感じですね」
昨日の姫の時よりも低い声。でも確かに落ち着いて聞いてみると声の高さに違いはあるけど口調や声質は似ているかも、というか、同一人物なんだもんな。
顔は……、ああ、なるほど、中性的な美形だし、メイクを施せば昨日の姫になるのか。昨日会ったのが妹で、今日会ったのが兄です、と言われれば信じていたかもしれない。
「家族も一座の仲間たちも私のことは男とか女ではなく『ウキーレ』という存在として扱ってくれています。あ、そうそう、面白い話が一つありましてね。ある日、父が私にこう言ったんです。『あれ、おまえ、生まれた時はどっちだったっけ?』って。毎日、私の見た目の性別が変わるのを見ているうちに混乱してしまったようですね。母に聞けばわかったんでしょうが、もうその頃には母は亡くなっていたので」
「え、それでなんて答えたんですか?」
「もちろん、『ひ・み・つ♪』と答えました。父は『じゃあ、どっちでもいいや』って」
いいんかーい!
「シャネットも私のことは兄であり姉という認識でいるみたいです」
あれ、待てよ、ということは……。
「あの、つまり、ウキーレさんの性別を知っている人って……」
「誰もいませんね。強いて言えば私でしょうけど、自分でもわからなくなることがあるので」
まあ、うん、本人がそれでいいなら何の問題もないや。。
でも、これで、昨日ゴリッチさんがシャネットさんではウキーレさんの代役は務まらないと言った意味がわかった気がする。男役も女役も素で出来る、この人の代役が可能な役者なんて世界中を探しても居ないかもしれない。
「あの、それで、あの後、話し合いはどうなったんですか? あ、どうぞ、座ってください」
あまりの驚きにすっかり立ち話をしてしまった。改めてみんなでテーブルに着いて俺たちは話を始めた。
「あの後、まずはシャネットと話し合いました。あの子は私のことを尊敬していると言ってくれていて、それはもちろん嬉しいんですが、逆に言えば、自分はその足元にも及ばない、なんて卑下しているところがあって、その誤解をこの機会に解いておきたいと思ったのです」
ああ、その気持ちは俺もわかる。自分もレオ兄とはそんな感じだった。偉大な兄を持つとどうしてもそれと自分を比べてしまい自分の実力が今どのくらいなのか、よくわからなくなるのだ。特にシャネットから見たらウキーレは特別だろうしな。
「昨日は出番がありませんでしたけど、シャネットも舞台には時々出ているんです。上から目線になってしまいますけど、私の眼から見ても彼女の演技力は主役を務めるにふさわしいレベルだと思っています。それを伝えました」
「へえ、それはシャネットさんの舞台も見てみたいわね」
モルチュがそう言うとウキーレは嬉しそうに笑った。
「機会がありましたらぜひ。ええと、それでシャネットはとりあえず納得してくれました。ウキーレがそう言ってくれるなら頑張ってみたいと」
「おお、良かったじゃん。そうなると、問題は親父さんの方か?」
ウルンがそう言うとウキーレは苦笑いを浮かべた。どうやら当たったようだ。
「はい、もう一度、父に私は一座を抜けてシャネットに後を任せる。母の占いを信じてミケルさんたちに付いていく、と伝えました。しかし、父は首を縦に振ってくれませんでした」
やっぱりか。昨日の感じだとそう簡単ではないだろうな。
「父曰く、看板役者が抜ければ客は来なくなる、そんな一座を妹に押し付けるのか、と。私はシャネットが主役をやってもお客さんは来てくれると主張しました。そうしたら父は証拠を見せて見ろ。試験してやる、と言い出して」
「試験? 役者試験なんてのがあるのかい?」
フルーがそう聞くとウキーレは首を横に振った。
「いえ、内容は父が考えたものですね。それは『新しい作品で観客を満足させてみろ』というものです」
あ、絶対、面倒くさい奴だ。
「父が言うにはこれまでも人気があった既存の作品だとその作品自体に力があるせいでシャネットの力を測ることが出来ない。だからシャネットが主役を務める新しい演目を自分たちで作ってみろ。それをお客さんに見せて評判が良かったらシャネットを一座の次の主役と認めるって」
そう来たか。新しい作品なんてそう簡単に作れないことは親父さんもわかっていることだろう。無理難題だな。つまりウキーレに諦めさせる口実ってことだ。
でも、これはチャンスでもある。ゴリッチさんが設定した条件は確かに厳しい。だが逆に言えば、それをクリアー出来たら彼はもう文句が付けられないということだ。
……あれ、なんで俺、ウキーレに協力しようって気になっているんだ?
俺はセーラに視線を送った。俺は彼女の従者だ。こういう時は主人の指示を仰がないとな。彼女はそんな俺の視線に気づくと、小さくコクリと頷いた。
あ、はい、「助けてあげて」ってことだな……。
「ソンクウ一座では普段どんな演目をやっているんだ? 昨日の奴は七不思議のひとつだったろ?」
俺がそう聞くとウキーレの目が輝いた。
「ああ、そうだよ。七不思議は人気のある演目だね。他にはやっぱり光の女神様と十二支の話は外せないかな?」
この世界で有名な話っていうとその辺りか。それとは違う新しい話となると……。
「ちなみにウキーレは劇の脚本って書いたことあるのか?」
あ、びっくりしすぎていつの間にかウキーレ相手に敬語を忘れていたけど、うん、まあ、いいか。
「私は演じる専門でやってきたから無いんだよね」
「じゃあ、シャネットさんは?」
「あの子も出演と受付とかしかやったことないはずだよ」
「じゃあ台本を作っているのは誰なんだ?」
「ほとんど父だよ。それに演目自体は先代、先々代から伝わっているものだからね」
俺は周りを見渡した。
「一応、聞くけど、この中に脚本を書いたことがある奴はいるか? 物語とかでもいいけど」
しーん。モルチュがおずおずと手を上げた。
「経験はないけど、やる気はあります!」
うん、却下。
「……あのさ、ミケル君」
セーラは何かを思い出したようだった。
「こどもの頃、ミケル君が聞かせてくれたお話があったよね? あれ、すごく面白かった覚えがあるんだけど、後で大人に聞いたら誰も知らなかったの。ひょっとして、あれって……」
いや、あの、その、あれは……。
普通に前世の世界のおとぎ話です。
桃太郎とかかぐや姫とかシンデレラとか白雪姫とか。
あの当時は前世のお話をしてやればセーラが前世の記憶、「みゃーこ」としての記憶を思い出してくれるんじゃないかって期待していたからなあ……。
でも、今それを言うわけにはいかないし。そうなると、こう言うしかない。
「あー、あれね、俺が考えた奴だけど……」
みんなの視線が集まる。「話を作るのはおまえに決定」と言わんばかりに。
はいはい、やればいいんでしょ?
それから俺は徹夜で何とか話を作り上げた。
次の日、ウキーレの紹介で一座の人たち(ゴリッチを除く)と顔合わせをして俺が書いた脚本を見せると軽く読み合わせをやってみてもらった。
最初は一座の人たちも「素人の書いた話だろ?」といった雰囲気が出ていたが、読み合わせを続けていくうちに何か感じてくれたようで徐々に真剣さが増していくのがわかった。
そんなことをしているうちに港事務所のトロワさんから連絡があり、センタル島行きの船が二日後に出航できる見込みであると知らされた。つまりこういうことになる。
チャンスは明日のみ。
そしてその日がやってきた。
ミケル・ジーベン作の物語を客に見せる日が。
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