第二十二話「母の占いと父子喧嘩」


 有名な旅一座がアンドルワに来ているということで、そのお芝居を見に来ただけなのに、俺はなかなかのピンチを迎えていた。

 舞台からこちらを真っすぐ指差す美女。ざわつく客席。

 そしてセーラからの視線が痛い。

 いや、俺、何も知らないからね?

 こういう時に取る行動はひとつしかない。

 逃げる。


「おい、みんな、逃げるぞ!」


 俺が走り出すとセーラたちも一瞬で状況を察して一緒に走り出した。


「え、お待ちください! とうっ!」


 そう叫んだ舞台の上の姫はなんと跳んだ。なんてジャンプ力だ。観客たちの頭上を軽々と飛び越えて空中でくるりと回るとテントの入り口の前に着地してとおせんぼしたのだ。


「急に変なことを叫んで申し訳ございません。お願いします。話を聞いてください」


 少し冷静さを取り戻したのか、落ち着いた口調で彼女はそう言って頭を下げた。

 正直、トラブルの予感しかしないのだが……。

 周りはまだざわざわしていた。人気の看板役者が客の一人を運命の人と呼んで頭を下げているのだ。異様な雰囲気になるのは仕方ない。そんな場の空気を変えたのは舞台の上の女性だった。


「皆様、お騒がせいたしました。本日の公演はこれで終了となります。またのお越しをお待ちしております」


 目の前に居る姫と比べても勝るとも劣らない聞き取りやすくて通る声だった。あれは幕が上がる前に演目の紹介をしてくれた受付の女性だな。彼女のおかげで客たちは「あれ、ひょっとして今のやり取りも芝居の一部か?」と思ってくれたようで、一部の客は俺たちにまで挨拶しながら帰っていった。

 取り残された形となった俺たちに対して姫が「こちらへどうぞ」と声を掛けてきた。俺はどうすべきか迷ったが、セーラが「お話だけでも聞いてあげようよ」と言うので仕方なく付いていった。

 テントの舞台の裏には楽屋というか一座の人間たちの生活スペースがあった。机や椅子、調理器具、ベッドが並んでいて、公演中はここで共同生活をしているのだろう。モルチュは興味深そうにきょろきょろと辺りを見渡していた。

 勧められるままに俺たちは椅子に座った。テーブルを挟んで席に着いたのは姫と座長と受付の女性だった。


「まずは自己紹介からさせていただきますね。私はウキーレ・ソンクウと申します。当ソンクウ一座で演者をやらせてもらっています。それでこちらが……」


 そう言ってウキーレさんが座長の方に目をやると彼は自分から話し出した。


「ソンクウ一座の座長ゴリッチ・ソンクウだ。そしてウキーレと、そっちのシャネットの父親でもある」


 ほお。ウキーレさんと、受付をしていたシャネットさんの父親? つまりウキーレさんとシャネットさんが姉妹ってことか。


「シャネット・ソンクウです。よろしくお願いします」


 そう言って挨拶をした彼女の顔はよく見ると確かにウキーレさんに似たところがあった。しかし……。

 俺の視線に気づいたのか、ゴリッチが「ああ」と笑った。


「二人とも俺には似てないだろう? こいつらは母親似でしてね。妻は残念ながら事故で亡くなってしまったが」


 そうなのか。正直言ってゴリッチさんはその名の通りゴリラに似ていた。娘さんたちはどちらかというとキツネザルとかそっち系統だ。もちろんどちらも人族と変わらない顔ではあるけど。


「では、こちらも自己紹介しますね。俺はミケル・ジーベンです。見た通り猫人族で、こちらに居るセーラの付き添いとしてイースタ領のケットスという街のそばにある猫人族の村から来ました」

「セーラ・インレットです。ケットスの神殿で働いております。センタル島の央神殿に行く用事があり、その途中でここに立ち寄らせていただきました」

「ウルン・フェラーだ。頭の上のモルチュと一緒に世界を旅して回っている。いろいろあって今はミケルたちに同行しているって感じかな?」

「モルチュ・ラウスよ。足の下のウルンと冒険者をやっているわ。面白そうだからミケルとセーラにくっ付いているの」

「フルー・ケントと申します。アーティオン出身の冒険者で、まあ、後はモルチュと同じようなもんね」


 互いの紹介が終わったので俺は話を切り出した。


「あの、ところで、ウキーレさんが俺のことを指差して運命の人とか言っていたのはなんだったんでしょう?」


 そう、問題はそこだ。俺の問いにウキーレが真剣な表情をした。


「……少し長い話になりますが聞いていただけますでしょうか?」

「はい、大丈夫です」


 そしてウキーレは話し出した。


「私の母、リザは当一座の人気役者でした。その一方でもう一つの顔があったのです。それは『占い師』の称号を持つ占い師というものでした」


 占い師? 前世の世界にもそういう職業の方は居たが、この世界では称号としてあるのか。


「母は申人族のある一族の出身でしたが、その一族では時折そのような称号を持つ者が生まれたそうです。母の占いは『魔玉占い』というもので魔獣石を磨き上げて作った玉に魔力を通すと占う対象の知りたいことが映像として見えてくるというものでした」


 前世の世界で言うところの水晶占いみたいな感じか。しかし称号の力だとすると結構信憑性が高そうだ。


「ただ、母は役者が自分の本業と思っていたようで、占いの方は紹介制にしていました。誰かの紹介が無ければ引き受けない感じですね。それでも母の占いは評判になり、『白虎の大預言者』の再来なんて呼んでくださる方もいらっしゃったようです」


 七不思議の伝説と比べられるとはすごいな。ウキーレも話しながらどこか誇らしげで嬉しそうに見えた。しかしそこにちょっと不機嫌な感じで口を挟んできたのはゴリッチだった。


「ふん、大袈裟だな。あいつの力はずばり未来が見えるとかそんな大層なものじゃなかった。俺の見ていた感じ、当たったり当たらなかったり、半々ってところだったぜ」


 父親にそう言われたウキーレはちょっとイラッとした感じで言い返した。


「そんなことない! お母さんに占ってもらった人はみんな感謝してたもの!」

「それはあいつが依頼者の悩みを真剣に聞いてアドバイスしてやったからだ。占いが当たったかどうかの問題じゃねえのさ」


 まあ、前世の世界でも「当たるも八卦当たらぬも八卦」って言葉があったからな。


「でも称号の力だよ? お母さんの占いの力は本物だった……」

「だったらよ!」


 突然ゴリッチが声を荒げた。


「だったら、なんで、あいつは自分が馬車に轢かれて死ぬことを占えなかったんだ……」


 後半は涙声になっていた。


「自分にべた惚れの旦那と愛する小さなこども二人を残してってしまう、そんなことすら占えないなんて意味が無いだろうがよ……」


 うつむく父に声を掛けたのはシャネットさんだった。


「お父さん、お母さんが自分のことは占えないって言っていたの知ってるよね? 『占い師』の称号の制約だって。だからあの事故は誰にも防げなかった。だから私たちは前に進もう。そう話し合ったよね?」

「わかってるよ、そんなことは。ただ、ウキーレがあいつの占い師の力の話をしたからちょっと思い出しちまっただけだ。すまねえな、皆さん、おかしな空気にしちまって」


 そう言うゴリッチに優しい言葉を差し伸べたのはセーラだった。


「そんなことありません、ゴリッチさん。奥様はきっと光の女神様のところで微笑みながらご家族のことを見守ってくださっています」

「……ああ、ありがとう」


 少し微笑んだ父を見ながらウキーレが話を再開した。


「実はそんな母が生前こんな話をしてくれたことがあったのです。占いの練習をしていたら突然はっきりとウキーレあなたの未来が見えたって。こんなことは初めてだと言っていました」


 ほお、まさか、それって……。


「ある日、人と猫と犬とネズミと鳥が大人になったあなたの前に現れる。その者たちに付いていけ。特に猫はあなたの運命を決める者になるであろう、って」


 なるほど。人と猫と犬とネズミと鳥(の獣人族)が一緒に行動しているなんて、まあ、確かに俺たちくらいしか居ないだろうからな。占いの通りの人間たちが目の前に現れたからウキーレは興奮したわけか。

 ただ、俺が運命の人っていうのがわからない。どちらかといえばそれはセーラだろう。俺はあくまで彼女の従者なんだから。

 それとも俺に何かあるとすればマナ、魔法の長靴に関係したことか? 俺は自分の中に居るであろうマナに向かって「おまえ、何か知ってる?」と心の声で聞いてみた。返ってきたのは「?」みたいな感情だ。そりゃわかんないよなあ。


「先程あなたたちを舞台の上から見た瞬間、母の占いの人だと確信しました。どうか、私もあなたたちの仲間にしてください」


 そこに居たウキーレさん以外の人間たちが「え?」という顔をした。


「ちょ、ちょっと待て、ウキーレ! おまえ、この一座はどうするんだよ?」


 ゴリッチさんは焦っていた。そりゃ看板役者だもんな。


「もちろん役者は辞める。あ、皆様、ご安心ください。私はこう見えて冒険者登録もしておりますので腕には自信がありますよ。公演優先だったので依頼があまり引き受けられなくてまだ六級ですが」


 俺より上じゃん。本業の役者をやりながら六級になっているってすごくね?


「辞めるって、お前だけの問題じゃねえんだぞ? 主役が居なくなったらうちの一座は公演が出来なくなる。父親と妹と寝食を共にした仲間を一遍に無職にする気か!」

「運命の人が現れたら私は役者を辞めるって、ずっと前からお父さんには言っていたよね?」

「あんなもん当たると思わねえだろ! ぐ、偶然、そうだ、偶然だよ! この人たちはおまえの運命の人なんかじゃないって。ご迷惑を掛けるな!」

「いえ、そんな。別に迷惑ではありません」


 いや、あの、セーラさん、空気読もうね? ゴリッチさん、困った顔してるよ?


「大丈夫よ、お父さん。私が抜けても代わりが居るから」

「は? なに言ってやがる! おまえの代わりが出来そうな役者なんて今のうちには……」

「シャネットよ」


 そう言われて一番驚いた表情を浮かべたのはシャネットさん本人だった。


「む、無理だよ! 私が主役なんて……」

「そうだ、確かにシャネットも勉強熱心だし最近はだいぶ演技も良くなってきた。だが、まだまだおまえレベルとは言えない。代わりなんてとても……」

「お父さんはシャネットを甘やかしすぎなんだよ。だからいつまで経ってもシャネットは自信を持てないんだ。お母さんが死んでまだ小さかったシャネットが心配だったのはわかるけど、もうこの子も大人なんだよ? チャンスを与えてやってよ!」


 さて、どうしたもんかな? これはもう家族の話だ。俺たちが口を挟めることじゃない。


「……あの、俺たち、センタル島に行く船が故障して出られないようなので、しばらくはこの街に居るんです。とりあえずもっとご家族やお仲間で話し合われた方がいいんじゃないでしょうか? 僕たちは本神殿に泊めていただいているので話がまとまったらいつでも来てください」


 俺がそう言うと父娘は少し頭が冷えたようだった。


「そうですね。そうします。私の意見だけをぶつけても仕方ないですものね。ありがとうございます」


 ウキーレはそう言って頭を下げたが、その眼には父と妹を絶対に説得して俺たちに付いていくという気概が感じられた。

 まだ一波乱ありそうだよなあ。




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