第二十一話「ソンクウ一座」


 次の日、俺たちはみんなでアンドルワの観光に出掛けた。そういえば今回の旅の中で純粋な観光目的で街を散策するのは初めてのことかもしれないな。ファスティアでは盗難騒ぎの捜査をしたし、アーティオンでは遺跡の魔獣討伐に参加と、とにかく慌しかったので、こういう時間が取れたのは嬉しい。

 きっかけは前日の夕食時のことだ。アンドルワの神殿長パパットさんが一緒に夕食をどうかと誘ってくれたので、俺たちは全員で参加させていただいた。

 その時にパパットさんがこんな話をしたのだ。


「おお、そういえば、セーラ様。ソンクウ一座という旅芸人をご存知ですかな?」


 ソンクウ一座? 俺は聞いたことが無かった。セーラも「いえ、知りません」と答えていたが、そこで食いついたのはモルチュだった。


「ソンクウ一座! 世界中にファンが居る申人族の旅芸人一座ですよね? 私も一生に一度は見たいと思っているんですけど、何しろ一つの街には十日間くらいしか滞在しないって話ですから会えてなくて。うわー、名前を聞いたら見たくなっちゃったなあ」


 ウルンの髪の毛をもてあそびながらモルチュは興奮していた。へえ、そんなにすごいのか。そういえばこの世界で演劇って見たことが無かったな。現代日本ではネットやテレビで気軽にドラマや映画を見られていたけど、この世界で役者の演技を見る機会ってなかなか無いからな。


「おお、モルチュさんはご存知でしたか。では喜んでいただけると思いますよ。実はですね、ソンクウ一座がこのアンドルワに来ているのです」

「えっ! 本当に!」


 ああ、それで話題に出したのか。


「昨日からこの街に滞在していましてな。中心部からは少し外れたところにある空き地に舞台を設置し明日から公演を始めるそうですよ。いかがですかな、このような機会はなかなか無いと思いますし行ってみられては?」


 セーラは返事をする前にちらっとモルチュの方を見た。そしてフフッと笑った。何も言わないが、お菓子を買ってもらいたいこどものような眼で見てくる彼女に負けたようだ。


「そうですね。みんなで行ってみたいと思います」


 モルチュが「やったー!」とウルンの頭の上で飛び跳ねていた。それにしても頭の上であんなに騒がれているのにウルンは無反応だ。慣れって怖いな……。

 そんなわけで俺たちはパパットさんに教えてもらった場所まで足を運んだ。元はある商家の使っていた倉庫があったそうだが、老朽化のため別の場所に新造することになり、最近空き地になったという話だったが、そこには大きなテントが張られていた。前世の感覚で言うとサーカスのテントのイメ―ジといえばわかりやすいだろうか。

 入り口には受付があってそこでお金を払って中に入るシステムのようだった。受付に座っていたのはパッと見た感じ人族の女性だったが、よく見ると髪の毛の毛質の感じや背中に長い尻尾が見えていて獣人族であることがわかった。彼女が申人族なのだろう。

 申人族、十二支の一族の一つで、身軽で器用、芸達者な者が多く、その能力を生かして、大道芸人や旅役者、歌い手などとして活躍しているようだ。特定の定住地を持たず、家族や気の合った仲間と旅をしながら生活していることが多いと聞いたことがある。「申人族は見ただけで覚えるから秘密にしたい技術は見せてはいけない」なんて言葉もあるようで「模倣の旅人」という異名で呼ばれているそうだ。

 すでにテントの前には行列が出来ていた。さすがは人気の旅一座だ。俺たちは街の事情通である神殿長から教えてもらったわけだが、すでに街ではかなり噂になっていたようだ。船に乗ったことがないセーラ、フルー、俺(今の人生では、だが)に対して、船に乗ったことがあるウルンたちがどんな感じか教えてくれたり、そんな話をしながら自分たちの番を待っていると、ようやくその時がやってきた。

 受付のお姉さんはにこやかな笑顔で俺たちに話し掛けてきた。


「いらっしゃいませ。大人は銀貨三枚、こどもは銀貨一枚となっております。今日の演目は『世界の七不思議』のひとつ『カフェヒーの姫と騎士』を題材にした物語です」


 うむ、意外と高いな。銀貨三枚といえば命懸けで魔獣を一匹倒さないと手に入らないくらいの金額だ。それだけ見せるものに自信があるということだろう。

 そして演目は七不思議と言われる伝説のひとつ、「カフェヒーの姫と騎士」か。この世界では有名なおとぎ話だし、演劇の題材にはもってこいなんだろう。

 大昔、今は無き「カフェヒー」という国があり、そこには当時世界一の美姫と噂された姫が居たという。そして国の安定のために隣にあった大国の王子との婚約が決まったそうだが、彼女はそれを受け入れられず、祖国から出奔したのだ。彼女の護衛をしていた一人の騎士もそれに付いていき、それから二人は、ある国で盗賊を捕まえ、別のある国では魔獣を退治し、さらにとある国では秘密裏に計画されていた反乱の芽を摘み、そんな感じで世界中で活躍して伝説を残した。ただ、それだけ派手に痕跡を残した二人が最後にどうなったのかという話は伝わっておらず、二人の行方が七不思議のひとつと言われるようになったのだ。

 ちなみに七不思議は他に「ささやきし者」「隠れ里マヨイガル」「不死者シナン」「終わりなき地下迷宮」「白虎の大予言者」「悪魔が作った鉄人族」だったと思う。俺は前世の頃からこの手の不思議な話が好きで、今世でも物知りなジーロ兄さんから教えてもらったことがあり印象に残っているのだ。

 「囁きし者」はある日突然、心に直接話し掛けてくる妖精みたいな存在が居るという話で、そいつに話し掛けられた者は良くも悪くも人生が大きく変わると言われている。

 「隠れ里マヨイガル」は道に迷った旅人が不思議な里に迷い込んで命を助けられるが、もう一度そこに行こうとしても二度と見つけられないという話。

 「不死者シナン」は時代も国も違う複数の歴史書で言及されている男が同一人物としか思えず、つまりその者は不老不死なのではないかという噂。

 「終わりなき地下迷宮」は実在する迷宮だが、これまで数えきれないほどの冒険者たちが探索を続けてきたにもかかわらず、誰一人として最深部にたどり着いた者が居ないと言われていて、そもそもその迷宮に終わりはないのでは、と噂されている。

 「白虎の大予言者」はかつて寅人族の中に現れた「予言者」の称号を持つ白い虎の獣人が残したとされる未来に起こることを記した予言の数々。

 「悪魔が作った鉄人族」は神話に出てくる悪魔の一人が鉄で出来た人間を作り、その生き残りが今でもどこかで生きているというもの。

 前世の感覚からするとオカルトとか都市伝説と言われそうな話ばかりだが、なにせここは称号の力、魔術が普通に存在している世界だ。少なくとも話の元になった出来事は実際にあったんだろうなと思う。

 さて、俺たちは人数分の代金を支払い(モルチュがこどもと間違えられてちょっと怒るというハプニングもあったが)中に入った。テントの中には木で作ったベンチがずらっと並んでいてお尻が痛くならないように座布団も備え付けられていた。奥には客席よりちょっと高い舞台が出来ていてそれを隠すように幕が下りていた。

 この世界では始めて見る舞台。セーラたちは興味深そうにきょろきょろしていたが、俺は前世の日本のことを思い出してすごく懐かしい感じがしていた。

 席の前の方はかなり埋まってしまっているようだった。俺たちは中央の真ん中あたりに席を取った。しばらく俺が知っている七不思議の話を仲間たちに披露していると、客席もほとんど埋まり、突然「バーン」という大きな音が鳴った。セーラたちはかなりびっくりしていたけど、俺はこの音を知っていた。銅鑼どらというやつだ。幕の中から出てきたのは受付に居たお姉さん。彼女は客のざわざわが落ち着くのを待って話し始めた。


「本日ご覧いただくのは七不思議のひとつ『カフェヒーの姫と騎士』の一場面でございます。国を飛び出した姫とそれに付いてきた騎士が巻き込まれた事件の顛末てんまつとは。演じるは姫役を当一座の看板役者ウキーレ・ソンクウ、騎士役を期待の新人キカラ・オチル、悪徳領主役は座長のゴリッチ、他でございます。どうぞ、ごゆるりとご覧くださいませ」


 テントの中が暗くなった。天井部分に照明用の魔獣石が付いていたようだ。幕がゆっくり開いて隠されていた舞台が明らかになった。樹や民家、本物と見紛うようなリアルな風景がそこにあった。ただの作り物とは思えない。おそらく何かしらの魔獣石の力が使われているに違いない。

 そこに現れたのは二人の人物だった。

 一人は若い男性で普通の町民っぽい恰好をしていたが、鍛え上げられた肉体がただ者ではない雰囲気を漂わせていた。腰には一本の剣を差していて、なかなかの美男子だ。おそらく彼が騎士役のキカラという人なのだろう。


「姫様。そろそろ次の街が見えてきます。ご注意を」


 姫様と呼ばれた女性。町娘といった格好だが、歩き方や表情からこちらもただ者ではない高貴な雰囲気が出ていた。本物のお嬢様であるカレンと比べても遜色ないだろう。地味な服を着ていても隠し切れないといった感じの華やかな美しさがあった。


「姫様と呼んではならぬと申したではないか。注意するのはそちの方であろう?」


 おお! なんというか、人を惹き付ける声だ。まだ彼女は最初のセリフを発しただけなのに観客がハッと息を飲んだのがわかった。

 それから俺たちを含めて客はみんな目の前の物語に夢中になった。

 自分たちの身分を隠した姫と騎士が領民に理不尽な重税を掛けている領主の存在を知り、冒険者を仲間に付けて領主の館に乗り込み、最後に騎士と領主が一騎打ちをして、見事に騎士が勝利する。

 自分は前世の世界の日本の時代劇を思い出したが、悪徳領主役の座長さんも悪役姿が板についていて良い演技だったし、払った金額はむしろ良心的だったと思わせるだけの内容だった。

 劇が終わった。幕が下りていく。自然と拍手が起きてひとり、またひとりと立ち上がった。スタンディングオベーション。もちろん俺やセーラたちも立ち上がり握手を送った。

 鳴りやまぬ拍手の中、明かりが点いて、幕がもう一度上がった。劇に出ていたキャストが一列になり、観客に向かって深々と礼をする。全部で十人くらいか。もっと多いと思っていたが、入れ代わり立ち代わりで少ない人数を多く見せるのもプロの技術ということか。

 列の真ん中には主役の三人、姫と騎士と悪徳領主が一緒に居た。

 三人は左手、右手、そして俺たちが居る中央に向かって改めて礼をした。

 その時、偶然だろうが、姫役の女性と俺の目が合った。

 彼女の眼が丸くなった。何かを驚いている?

 俺だけでなく周りに居るセーラやウルンたちのことも見ているようだった。

 役者掛かった動作で、というより本当に役者なんだから当たり前だが、彼女は一歩前に出て俺の方をドンと指差した。横に居た騎士や座長さんが何事かと驚きの表情を浮かべていた。


「見つけたー! 運命の人!」


 芝居小屋に彼女の美声が響き渡った。観客たちが指を差された俺に注目している。

 演劇を見に来ただけなのに、なんでこうなる?




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