第二十話「もう一人の聖女と思わぬ再会」
港の事務所から出ていこうとしていた俺たちは自分たちにとっても馴染み深い「聖女」という単語を聞いて思わず足を止めた。
どこぞのお嬢様らしき、あの女性が聖女候補? セーラと同じ?
そういえばセーラが本当に聖女候補かどうか鑑定に来たサイオンさんが言っていた。
聖女候補は一人ではなく他にも居る、と。
その一人があのカレン・ショーニーと名乗った人だというのか。
あ、俺の中の猫がトラブルの匂いを嗅ぎつけている気がする。
早く出よう、と俺が言おうとした瞬間だった。
「えー! あなたも聖女候補様なんですか!」
大きな声で驚いたトロワさん。そして彼女はあろうことか俺たちの方を見た。
おい、守秘義務……。
トロワさんの視線に気づいたカレンさんがくるっとこちらの方を見た。一緒にメレディスと呼ばれていた若い執事もこちらを見た。
逃げたいと思っているうちにカレンさんはつかつかとこちらに近づいてきた。
「ひょっとしてあなたたちも聖女候補のご一行でいらっしゃるの? すると聖女候補は……、あなたね!」
そう言いながらカレンさんはビシッと指を差した。ウルンの頭の上のモルチュを。
いや、なんでやねん。
「お嬢様、聖女候補の称号を得られるのは人族のみです」
冷静にツッコミを入れた執事に対してカレンはちょっと赤くなった。
「そ、そうだったわね。ということは、あなたね、聖女候補は」
そう言いながら彼女はまたビシッと指を差した。今度はフルーを。
「お嬢様、よく見てください。その方も獣人族、酉人族ですよ」
そう言われた彼女はフルーの頭の羽根と鳥のような脚を交互に何度も見て「あ、ホントだ!」みたいな顔をした。
いや、この人、かなりの天然だな……。
「え、そうなると聖女候補は……」
ようやく彼女はセーラを見た。
「そう、あなたなのね。私、カレン・ショーニーと申します。ヒワン大陸の南にあるロンダルムから参りました。ショーニー商会の会長ボーエックの娘ですわ。あなた、お名前は?」
「セーラ・インレットと申します。イースタ領のケットスという街から来ました。現在は神殿の仕事のお手伝いをさせていただいております」
少し威圧的に見えるカレンの態度にも全く動じずセーラはそう自己紹介をした。
「あら、そう。それにしても世界で五人しかいない聖女候補がこんな所でばったり会うなんて女神様もいたずら好きなようね」
「え、聖女候補って五人なんですか?」
セーラが驚いていたが、それももっともだ。俺たちはサイオンさんから聖女候補が複数居るという話は聞いていたが、具体的な人数までは教えられていない。
「ええ、そうよ。まあ、あなたたちがご存じないのは当然ですわ。この情報は世界に広く情報網を持っているショーニー商会だからこそ得られたものですもの」
へえ、俺は知らないが、ショーニー商会という組織は世界規模の組織らしいな。そう思っていると、それまで黙って話を聞いていたウルンが口を挟んできた。
「あの、ショーニー商会って、あの『ショーニー商会』なのか! 先代が聖女候補だった縁で『神殿御用達』を名乗ることを許されている世界で唯一の商店で、その信用から、今や世界中の都市に支店があるヒワン王国最大の大商会だ。ロンダルムが商業都市と言われて栄えているのはショーニー商会のおかげとさえ言われているんだよな」
へえ、そんなにすごいのか。ウルンは旅をしてきただけあって詳しいな。
いや、それにしても、先代が聖女候補?
「あら、よくご存じで。その先代というのは私のお婆様ですわ」
祖母も孫も聖女候補になるなんてすごい偶然だな。そう思ったが、カレンはとんでもないことを言い出した。
「そのご様子だと『聖女とは何か』について全くご存じないようね。神殿で働いていると言っても田舎の小さな街の出身では仕方がないことかしら?」
悪かったな、俺もセーラも田舎者で。
「聖女候補になるためには最低限ある条件が必要なのよ。それは『初代聖女カトリサ様の血を引く子孫であること』よ」
なんだって?
「お婆様はともかく私が聖女候補になったのは偶然ではないと思っているわ。お父様は自分の母親、お婆様が叶えられなかった夢を自分の娘に託すためにお母様を探して結婚されたのよ。先祖から聖女を輩出している家の娘だったお母様と」
すごいことをするな。言ってみればカレンは聖女のサラブレッドみたいなものか。
「初代聖女カトリサ様は勇者ヒューゴと結ばれて、その子孫は世界中に散らばったの。しかし長い歴史の中でその血は薄くなってしまった。でもごく稀に先祖返りというか聖女としての血が色濃く現れた人間が現れる。それが聖女候補となるのよ。そのことに気付かれたお父様はお母様と結婚することで娘の私の聖女としての血を濃くすることに成功したのよ」
正直、狂気に近いものを感じる話だった。そこまでするか、と。
「お嬢様。その話はショーニー家、さらにその中でも一部の者しか知らない話です。お口が緩すぎるのでは?」
あ、執事に怒られた。
「そ、そうでしたわね。そちらの娘があまりに無知そうだったのでつい。忘れてくださいませ」
いや、無理だろ。
「あ、そうそう、誤解されたくないのですが、お父様とお母様は今でもラブラブですわ。娘の私が恥ずかしくなるくらいですの。出会いのきっかけは褒められたものではないかもしれませんが、夫婦になってみたら相性が良かったようで」
まあ、それを聞いたら少しはほっとできるかな?
「それでは今日はこの辺でお暇しますわね。メレディスの眼がちょっと怖いですし」
これ以上余計なことを言わないでください、彼はそういう眼をしていた。
「セーラさんと言ったわね? あなたとは次の聖女を争うライバルになるわけですわ。正々堂々、良い戦いにしましょうね」
お、宣戦布告というやつか。そしてセーラはそれを真正面から受け止めた。
「はい、私も聖女になりたいとこどもの頃から思ってきましたから。負ける気はありません」
「ふふ、それでこそライバルですわ。ではごきげんよう」
事務所を出て行ったカレンたちを見送りながら俺はセーラを聖女にするのはやはり簡単なことじゃないなと改めて思っていた。
港の事務所を出た俺たちはアンドルワの神殿に向かった。王都の神殿ということでどれだけの大きさだろうと思っていたが、意外というか、アーティオンの神殿と規模はあまり変わらなかった。受付をしてくれた職員の若い人族の男性に聞いてみたら、そこはアンドルワ本神殿であり、アンドルワには他にも同じ規模の四つの地区神殿というものがあるとのことだった。
アンドルワの神殿長はパパット・マカルピンという中年の大柄な人族の男性だった。そうそう、アンドルワの神殿といえばサイオンさんだ。彼について話したらもう戻っているということでお会いできることになった。
応接室に入ってきたサイオンさんは俺たちを見ると笑顔を見せた。
「これはこれはセーラ様、ミケル様、ようこそ、アンドルワへ」
「いろいろありましたが、無事ここまで来ましたよ、サイオンさん」
「それは何よりでした。ミケル様、何か少したくましくなられたように見えますな」
俺は苦笑いを浮かべた。この短期間にいろいろあったからな。
「それに仲間も増えたご様子。セーラ様、旅はどうでしたか?」
「はい、初めて経験することばかりで大変なことも多かったですけど、とても楽しかったです」
それから俺たちはここまでどんな旅をしてきたか話し、サイオンさんとの再会を改めて喜んだ。
「……ところでセンタル島への船が故障して出航できないと言われたのですが」
「ああ、先に港に行かれたのですね。もちろんその話は聞いております。船の修理が終わり次第、神殿に連絡をいただけるようにお願いしてありますのでご安心ください」
さすがはサイオンさん、出来る男だ。
「あと、その、船の手続きをする事務所でカレン・ショーニーという方に会ったのですが」
俺がそう言うとサイオンさんは少し驚いたようだった。
「おや、もう会われたのですか。同じ船に乗るはずなので、その時に初対面になるかと思っていたのですが。彼女たちはアンドルワにあるショーニー商会の支店に泊まるということで、こちらにはいらっしゃらないのですよ。どうでしたか、彼女の印象は?」
「なんというか、すごい人でしたね……」
「ショーニー家といえばヒワン王国で一二を争う有名一族ですからね。ここだけの話ですが、今回の次期聖女選びに携わっている者たちの間ではカレン様が最有力候補と言われて……」
「サイオン君、その辺で」
サイオンの話を途中で止めたのはパパット神殿長だった。
「これは失礼しました。セーラ様の前でこのような話を。ご無礼をお許しください」
深々と頭を下げたサイオンさんをセーラは慌てて止めた。
「頭をお上げください、サイオン様! 私は全く気にしていませんので」
頭を上げた彼は本当に反省している表情だった。
「かたじけない。おしゃべりが過ぎるところが私の欠点でして」
落ち込むサイオンさんには悪いが、今後何か知りたい情報がある時は彼に聞いてみようと密かに思った俺だった。
その後、俺とセーラたちは別行動を取ることになった。セーラはこの街の神殿孤児院のこどもたちと交流したいということで孤児院に向かった。ウルン、モルチュ、フルーも一緒にこどもたちと遊んでくれるということになり、セーラについていったのだ。ちなみにもちろんファスティア、アーティオンの神殿にも孤児院はあったのだが、土地の問題で神殿とは離れた場所にあったので、こどもたちに会いに行く時間が取れなかったのだ。こどもが大好きなセーラにとっては大事な時間なので今回はそういう暇があって良かった。船が故障してくれて意外と良かったのかもしれない。
では俺はと言うと、ギルドに向かった。アンドルワのギルド本部は前世の感覚で言うと体育館みたいな規模だった。冒険者もそれだけ多く、それはつまり俺の目的も果たしやすいということだ。
レオ兄様の行方についての情報集めだ。
ここは王都、ヒワン大陸の中心地だ。そのギルドと言えばアンドルワのみならず全国各地の情報が集まってくるはず。レオ兄様について何かわかるかもしれないという期待があった。
結果は残念ながら何の収穫もなかった。
冒険者たちはもちろん窓口のギルド職員にも猫人族の冒険者について何か見たり聞いたりしたことがないかと尋ねてみたのだが、全く目撃情報が無かった。
レオ兄様、一体どこに行ったんだ……。
俺はアンドルワのギルドに尋ね人の依頼を出すことにした。ひょっとしたらレオ兄様本人が依頼に気付いて連絡をくれるかもしれない、そう期待したのだ。
再会する時はお互い笑顔で会いたいな。
それが俺の心からの本心だった。
そして、俺がギルドに来た理由はもう一つあった。
武器を買い替えるためだ。
俺が今使っているのは何の変哲もない鉄のナイフだ。手入れは欠かしたことがないし、今でも充分切れ味は良いが、闇の女神の信徒リレドラの暗躍の件もあり、今後、思わぬ強敵との戦いも予想されるので、お金の余裕もできたし、王都の武器屋なら良い品があるだろうと思い、思い切って買い替えることにしたのだ。
武器屋はギルドのすぐ横にあった。どこの街でも基本そうなのだ。
さすがは王都の武器屋だ。種類も数も多く、品揃えは見事だった。
その中で俺はある二本の短剣に目を奪われた。壁に飾られたその短剣の下に書かれている説明書きを見て、俺は店員を呼んだ。
鼬人族とみられる男性店員さんはにこやかに説明してくれた。
「お客様、お目が高い。こちらの二本の短剣は入荷したばかりでして。なんとイースタ領で『森の主』の異名を持っていたジャイアントベアウルフという魔獣の牙と爪から作ったものなのです。通常それだけの魔獣と戦闘をすれば倒せたとしても牙や爪が損傷しているものです。しかしこの魔獣と戦った冒険者はかなりの強者だったようでなんと一太刀で真っ二つにしてしまったのだとか。そのためこうして短剣を作れるほど素材を取ることが出来たそうですよ」
俺のことじゃん。うわ、なんか恥ずかしい。
それにしても素材の売却はギルドに任せてあったが、もうここで商品化されていたとは。早いな。先程は確認しなかったけど売却金ももう入っているのかもしれない。俺、もう一生働かなくてもいいかも。
しかしこの短剣がこの店で売っている限り、今の話を店員は客にし続けるってことだよな。
自分が倒した魔獣の素材で出来た品、それをわざわざ高い金を出して買い求めるなんて、なんか変な感じがしたが、俺は恥ずかしさに負けて、それを買うことにした。
奇妙な縁だが、これから頼むぞ、相棒。
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