第十九話「王都アンドルワ」


 イースタ領の領都アーティオンを騒がせていた遺跡の魔獣の問題を解決した俺たちはいよいよヒワン王国の首都である「王都アンドルワ」に行くために旅の準備を行った。

 旅立ちの日、午人族の運営する馬車乗り場にはこの街で知り合った人たちがわざわざ見送りに来てくれた。

 冒険者のキッジとルドハ、ギルドの職員である栗鼠りす人族のマリッサさんだ。

 すっかり意気投合したキッジとルドハは、あの後、街に繰り出して、女性に声を掛けまくったらしい。結果はもちろん惨敗で、ギルド長のラッスルとアテリアの婚姻が発表されると、二人には「失恋兄弟」というコンビ名がついたようだ。キッジはルドハがリーダーを務めるクラン「ビーストバスターズ」に加入したらしいが、このコンビ名の方で有名にならないといいけどな……。

 そういえばキッジとフルーでやっていた配達業の方もこれからはビーストバスターズのメンバーが手伝ってくれることになったそうで、むしろこれまでより規模を拡大して出来そうだと言っていた。雨降って地固まるみたいになったな。

 マリッサさんはギルドの仕事で忙しい中、わざわざ来てくれた。本当はギルド長のラッスルさんや領主の娘であるアテリア様も世話になったということで見送りに来たいと言ってくれていたようなのだが、婚姻を発表したばかりで忙しいということで代わりにマリッサさんが代表して来てくれたようだ。あと、これはあくまで想像だが、やっぱり今キッジに会うのはちょっと気まずいだろうからな……。

 キッジは俺のところに来ると固く握手をしてきて「姉貴のことをよろしくお願いします」と真剣な表情で頼んできた。なんだかんだ言っても双子の姉ということで心配なんだろう。

 出発の時間になった。俺、セーラ、ウルン、モルチュ、そして新たな仲間フルーは馬車に乗り込み、見送りに来てくれた人たちに手を振って、いろいろあったアーティオンの街を後にした。


 それから王都アンドルワまで一週間ほど馬車の旅が続いた。幾つかの領地を横断し、ある街では泊まり、ある場所では野宿をし、魔獣を退け、盗賊を捕まえ、まあ、いろいろあったわけだが、改めて振り返ってみると「まあ、いろいろあったなあ」という感想でまとまる程度の印象しか残っていない。

 それはやはりファスティアではウルンとモルチュが仲間になり、アーティオンではフルーが仲間になったのに比べて、それに匹敵するような大きな出来事がなかったせいだろう。

 さて、王都の外にある乗降車場で一週間お世話になった午人族と馬たちに感謝と別れを告げて俺たちはアンドルワに入るべく、例のごとく、街の入り口で受ける検査の行列に並んだ。さすがは王都、かなりの行列が出来ていて、しかもそれが一つではなく同じくらいのものが五列ほど出来ていた。

 列に並んで順番を待っているとフルーが俺に話し掛けてきた。


「ミケル君、アンドルワから船に乗るって言っていたよね?」

「ああ、そうだよ。央神殿はセンタル島っていう、海のど真ん中の島にあるらしいから。船で行くしかないんだって。あ、でもフルーなら飛行術で行けるかな?」

「無理無理、このヒワン大陸とヨフォー大陸の間にある広い海のちょうど中間辺りなんでしょ? 途中に休憩する場所でもないと魔力が持たないって」


 ああ、そっか、飛行術師の飛行術が称号の力である以上、魔力を使うわけだからな。鳥の獣人族ということで飛べるのが当たり前とつい思ってしまうが、そんなに上手くはいかないわけか。

 こんな風に会話を続けていると自分たちの順番が回ってきた。それぞれが身分証明書を門番の兵士に見せて、荷物チェックを受けて、特に問題なく、王都の中に入ることが出来た。

 王都の印象、それはまさに「広い」の一言だった。イースタ領の領都であるアーティオンも最初に見た時は大きな街だなあと驚いたが、ここ、王都アンドルワはその何個分の広さがあるか見当もつかないくらいだった。人の数も多く、人族だけでなく、獣人族の姿もかなり見受けられ、国中から人が集まる場所であることを改めて思い知らされた。この人込みだとちょっと油断すると仲間とはぐれて迷子になってしまいそうだ。子猫という歳でもないし、この世界には犬のおまわりさんはいないだろうから(戌人族の兵士は居るだろうけど)気を付けないとな。


「ミケル君、最初はどこに行くの? ギルド? それとも神殿?」


 そう聞いてきたセーラはどことなく不安そうだった。人の多さに人酔いという奴を起こしたのかもしれない。前世の記憶から俺は慣れているが、セーラがこれだけの人の居る場所に来るのは初めてだろうから気を付けてあげないとな。


「そうだな、まずは船の確認に行こうか」

「センタル島に向かうための船ね? え、つまり、それって……」


 セーラの表情がみるみる明るくなった。


「海! ミケル君、海だよ、海を見られるんだよ!」

「ああ、そうだな。じゃあ行こうか」


 そう、彼女にとっては初めての海だ。王都アンドルワは海に面した港町だが、イースタ領はヒワン国の中でも内陸部にあったためネットやテレビが無いこの世界では海を見ることが出来なかった。セーラはあくまで物語の中の存在だった「海」を見ることを楽しみにしていたのだ。

 俺たちは港まで街並みを見ながらのんびり歩いた。白を基調とした石造りの建物が並ぶ街は前世のイメージだと地中海の街を思わせる雰囲気がある。おそらく漆喰しっくいが塗られているのだろう。道も放射状に作られていて、しっかりとした計画の元に作られた都市であることがうかがえた。さすがは王のお膝元といったところか。

 街の中心地に見えてきたのは大きな城だった。前世の世界の中世ヨーロッパに建てられた城をそのまま持ってきましたと言われても信じてしまうような立派なものだった。あそこにヒワン国の王様や王族たちが暮らしているのだろう。本来、庶民の俺たちが足を踏み入れる機会は一生無い場所だが、セーラが聖女に選ばれたら可能性はゼロではないかもしれない。ただ、その場合、セーラがここに来るというより、王族が聖女の居るところに来る、という形になると思うので、結局はこの中に入る機会はないのかもしれない。

 入れない王城を観光客になった気分で見上げながら俺たちは王都の奥へと進んでいった。

 やがて、視線の奥、遠くの方にキラキラしたものが見え始めた。俺にはそれが何かすでにわかっていたが、セーラのテンションはどんどん上がっていた。


「ミケル君! すごい! なんか向こうがキラキラしてるよ!」

「うん、そうだな」

「あれが海? 海って光るんだね!」

「水が太陽の光を反射しているんだよ」

「……ミケル君、なんでそんなに落ち着いているの? ミケル君も海見るの生まれて初めてなんだよね?」


 お、痛い所を突いてきたな、セーラ。


「いや、そうだけどさ。ああ、そういえば、ウルン、モルチュ、フルーはどうなの? 海は見たことがあるのか?」


 俺が誤魔化ごまかすためにそう聞くと、旅をしていたウルンとモルチュは何度か海を見たことがあって、アーティオン育ちのフルーは初めてだという答えが返ってきた。セーラがあまりにウキウキだからフルーはあえて抑えていたようだが、内心すごく楽しみにしていたようだ。普段はクールな感じだけど可愛いとこあるな。

 そして俺たちの眼前に海が広がった。先程まで騒いでいたセーラは急に静かになり、じっと目の前に広がる光景に見惚れていた。フルーはむしろ目をつぶり海から吹いてくる風の感じを楽しんでいるようだった。まずは風を楽しむ、この辺は酉人族ならではの感覚なのかもしれない。ウルンとモルチュも久し振りの海だそうで、結構楽しんでいるようだった。


「さあ、そろそろ港に行ってみようか? 船を管理する事務所みたいなものがあるはずだから、そこでセンタル島行きの船について聞いてみよう」


 俺がそう言うとセーラはまだ海を眺めていたかったようで名残惜しそうにしていたが、「歩きながらでも海は見られるでしょ?」と言うと、「あ、そっか」と恥ずかしそうにしていた。おいおい、頼むぞ、聖女候補様。

 港には大きな木造船が並んでいた。あのうちのどれかがセンタル島に行く船なのかもしれない。帆が見当たらないが、この世界の船は称号の力と魔獣石が使われることで巨大な魔道具化していて風が無くても進めるし、多少の嵐でも転覆などしないと聞いていた。頼もしい限りだ。

 港の一角にはレンガ造りの建物があり、大きな荷物を抱えた人たちがひっきりなしに入っていくのが見えた。どうやらあそこが船の手続きをする場所らしい。

 みんなで建物の中に入ると受付には白っぽい羽根が頭部から生えている酉人族の女性が五人ほど座っていた。俺たちがその一つに近づくとその女性はにっこりと営業スマイルを浮かべた。


「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件ですか?」


 それに応じたのはセーラだ。


「はい、センタル島に行く船に乗りたいのですが」

「あら、センタル島ですか?」


 そう言った彼女は少し困った顔をした。ん、なんでだろう?


「乗船券はもう買われていますか?」

「あ、いえ、あの、こちらを見せるようにと言われているのですが……」


 そう言ってセーラが取り出したのは央神殿が発行した乗船許可証だった。人数分の購入が必要な乗船券とは違い、この許可証を持つ者とその仲間は何度でも無料でセンタル島行きの船に乗ることが出来ると書かれているもので、サイオンさんが持ってきてくれたものだった。

 それを見た女性の顔色が変わった。


「これはこれは聖女候補様! 失礼いたしました!」


 どうやらこれを持つ者が聖女候補であることは知られているようだ。


「私、こちらの事務所を代々任されております、シーガル家の三女、トロワと申します。カモメという鳥の酉人族です。以後お見知りおきを」


 代々ってことはシーガル家という一族が国からこの港のことを任されている感じか。そういえば他の受付の女性たちもよく見るとトロワと名乗った女性に似ている気がする。そんな俺の視線に気付いたのか、彼女は笑ってこう言った。


「私たちは五人姉妹でして。全員ここの受付を担当しております」


 ああ、やっぱりそうなのか。


「あの、それで、聖女候補様。実はセンタル島行きの船については問題が起きておりまして」


 え、問題?


「ご存知かもしれませんが、大型の船はかなりの数の魔獣石を使って魔道具化されております。もちろん普段からメンテナンスを欠かさず行っているのですが、数日前の点検の際にその幾つかに不具合が見つかりまして。現在、緊急修理中なのです」


 つまり船が出せないと。


「その船の修理はいつ頃終わりそうなんでしょうか?」


 セーラがそう聞くとトロワさんは申し訳なさそうに頭を下げた。


「不具合が起きた魔獣石には少し珍しい称号の力が込められていたということで代わりのものを探すのに苦労しているようなのです。最低数日、ひょっとすると一週間ほど掛かるかもしれません」

「そうですか。わかりました。ではまた改めて伺います」

「聖女候補様に何度も足を運ばせてしまい申し訳ございません。お待ちしておりますわ」


 しばらく王都で足止めか。まあ、仕方ないよな。

 俺たちが振り返り、事務所の入り口に向かって歩き出そうとした瞬間だった。

 事務所のドアが開き、二人の人物が入ってきた。

 一人は人族の若い女性だった。まず目を引くのは奇麗なブロンドのウェーブヘアと華やかな青いドレスだ。ドレスの腰の所には大きなリボンが付いていて、全体に花の模様の刺繡ししゅうも施されていたり、一言で表すなら「高そう」な服だった。他にはドレスに負けないくらい高そうなネックレスや指輪も身に着けていたが、決して下品な感じはせず、本物のお金持ちといった雰囲気を漂わせていた。

 もう一人は未人族のようだ。十二支の一つに数えられる彼らは羊の獣人族で好奇心が旺盛な種族と言われていて、学者や研究者などの仕事をしている者が多く、頭に生えた大きな渦巻き状の角から「螺旋らせんの追究者」という異名を持っている。目の前の彼はまだ若いが、着ているものがイースタ領の領主ガルグッチ様のお屋敷で会った執事の服と似ているので、おそらくこの人族のお嬢様に仕えているのだろう。

 なんというか、とにかく目立つ二人組だった。

 二人は俺たちに目もくれず受付の方に歩いて行った。お金持ちのお嬢様がのんびり船旅ってところかな? 手続きなど執事に任せておけばいいのに、社会勉強と称して自分も行きたいと我儘を言った感じかもしれない。

 まあ、俺たちには関係ないし。そう思った俺がドアに手を掛けた瞬間だった。


「センタル島への船が出られないですって! そんなの困るわ! 私、聖女候補として一刻も早く央神殿へ行かなければならないのよ!」


 ……なんだって?

 俺だけでなくセーラや他のみんなも驚いた様子で受付の方を振り返った。


「お嬢様! 聖女候補の件については出来るだけ内密にとお願いしたではありませんか。それをそんな大きな声で……」


 あきれたように羊の執事が溜め息をついた。


「あら、メレディス、言ったでしょ? こそこそするのは私の性に合っておりませんの。私、ショーニー商会のカレン・ショーニーと申します。今は聖女候補であり、必ず次の聖女になる者ですわ」




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