第十八話「それぞれの再出発」
アテリアの衝撃告白を受けて俺たちはケント姉弟の家へと帰ってきた。最初は予想外の事態にただただ固まっていたキッジだが、歩いている途中でしくしく泣き出してしまい、すれ違った街の人から
さて、家に帰ってきたキッジは「……寝る」と言って自分の部屋に引っ込んでしまった。俺たちは後のことをフルーさんに任せて神殿へと帰ってきた。
俺たちが姿を見せるとオサカ神殿長は
遺跡での戦闘や領主のお屋敷での一件もあり、すっかり疲れた俺たちはその日は早めに休んで(といってもすっかり夜だったが)次の日にいろいろ動くことにした。
次の日、俺たちはまずギルドに向かった。あの後、どうなったのか、ギルド長に聞ければいいなと思ったからだ。ギルドに入った俺たちが見たものはお祭り騒ぎになっている冒険者だった。活気があるというか、かなり盛り上がっていた。遺跡の魔獣討伐の件かと思ったが、聞こえてくる声を聞いてみるとそうではなかった。
「おい、聞いたか! ギルド長が領主のお嬢様から求婚されたらしいぜ?」
「え、遺跡の魔獣を倒したのってギルド長なの? ケント姉弟の弟の方って聞いてたけど」
「魔獣を倒したのはキッジだけどよ。アテリア様が好きなのはギルド長だったんだって」
「マジかよ! 奇跡ってあるんだな」
「それでどうなったんだ?」
「ギルド長は受け入れたらしいぞ。イースタ家の婿になるわけだから、次の領主はギルド長ってことだな」
「は? ギルド長と領主様ってそんなに歳は変わらなかったと思うけど」
「じゃあギルド長とアテリア様のこどもが次の領主かもな」
「は? うらやましい! ギルド長、
噂って広まるのが早いな。この世界にはネットとか無いから逆にこういう人から人への噂話は一種の娯楽としてみんな熱狂するのかもしれない。
……あ、俺は見つけてしまった。あそこで昨日のキッジと同じように目と口を開けたまま固まっているのはルドハだ。キッジとどちらがアテリアの婿にふさわしいかの勝負をして敗れ、その挙句、愛しのアテリアはなぜかライバルのキッジではなくギルド長のおっさんとの結婚が決まってしまったわけで、えーと、心中お察しします。もう少しすると「固まり期」から「しくしく期」に移行し最後には「もう寝る期」にたどり着くと思うのでクランの仲間たちは頑張って支えていただきたいものである。
受付に行くと、そこにはギルド内のお祭り騒ぎをよそにいつもと変わらず営業スマイルを浮かべたマリッサさんが居た。今日も大きなリス尻尾がふさふさしていて可愛かった。
「おはようございます、マリッサさん」
「おはようございます、ミケル様、皆様」
「すごい騒ぎになっていますね」
「そうですわね。冒険者は特に噂には敏感ですから」
「マリッサさんはあまり驚いていないみたいですね」
「なんとなくそうじゃないかなとは思っていましたので」
「え?」
「ギルド長とアテリア様が一緒に居る場に同席したことが何度かありますが、アテリア様がギルド長を見る時の視線は恋する乙女でしたから」
うわあ、全てお見通しか。この人には敵わないな。敵に回してはいけない人だと改めて感じた。
「そ、そうですか。あの、それで、ギルド長にお会いすることは出来ますか?」
「ええ、ミケル様たちは関係者ですので。少しお待ちください」
そう言ってマリッサさんはギルドの奥に消え、少しすると帰ってきて俺たちをギルド長室に案内してくれた。
「やあ、君たち。昨日は、ああ、いろいろとご苦労様だったね」
部屋に入るとすっきりした顔のラッスルが迎えてくれた。
「まあ、もう聞いているとは思うが、報告したいことがあるから座ってくれ」
俺たちがソファに腰を下ろすとギルド長も向かいに座って話を始めた。
「あの後、アテリアと二人で話したんだ。まあ、最初は改めて彼女の思いを聞いた。彼女の気持ちは、その、なんというか、こどもの頃の初恋の延長、美化されてしまった妄想みたいなものなんじゃないかと思ってね」
ああ、なるほど、それは大人の意見かもしれないな。
「でも彼女は真剣だった。お父様、ガルグッチ様が反対したら親子の縁を切られてもいいと言い出してね。実はメイドに頭を下げて家事のやり方を習ったりもしていたらしい」
ラッスルは照れたように笑った。
「あはは、自分で言うのもなんだが、ここまで本気で惚れられちゃあ、こっちも真剣に考えないといけないと思ってね。それで考えてみたんだが」
彼はちょっと赤くなった。
「ずっとこどもだと思っていたが、それこそ俺の妄想だったのかもしれんな。目の前に居る彼女は一人の大人の女性だった。それで俺は彼女を受け入れよう、いや、受け入れたいと思ったんだ」
セーラが小さい声で「まあ」と言ったのを俺は聞き逃さなかった。本当は「きゃー」って騒ぎたいんだろうな。
「それで二人でガルグッチ様のところに行き、結婚させてほしいと頼んだ。彼はしばらく目をつぶって考えていたが、こう言ったんだ。『俺と勝負しろ』って」
「え、勝負ですか?」
思わず俺はそう言った。現冒険者ギルド長と元冒険者の領主が勝負なんてしたらどちらもただでは済まないだろう。でも、目の前のギルド長はどこも怪我をした様子がなかった。つまり……。
「ギルド長、一方的に、その、やっちゃったんですか?」
「おいおい、ミケル君、何を勘違いしているのか知らないが、勝負というのは腕相撲だよ!」
「は? 腕相撲?」
「そうだよ。まさか、武器を使った真剣勝負だと思ったのか? お互い、責任のある立場なんだから、そんなことしないよ!」
いや、領主様もギルド長もこどもっぽい所がありそうだから、つい……。
「それで、その腕相撲勝負はどうなったんですか?」
「きわどい勝負だったが、俺が勝った。ガルグッチ様は腕が折れちまったが」
おいー! 何やってんだ、おっさん!
「え、ああ、そうなんですか……」
「心配しなくてもいい。さすがは領主、腕のいい治療術師を雇っておったからな。すぐに元通りになった。アテリアを賭けた真剣勝負だったし、お互い、遺恨などないよ」
いや、あの、あなた、腕を折られた方がどう思っているかが気になるんですけど。
「勝負が終わった後は結婚を許してもらった。すでに噂になっているようだが、近いうちに正式な発表があると思う」
たぶん、その治療術師辺りから情報が漏れたんだろうなあ。
「それは、改めまして、おめでとうございます」
「ありがとう。……ところで、ひとつ、聞きたいことがあるのだが」
「なんでしょう?」
「ええと、キッジ君はどうしているかな、と……。今日はケント姉弟は一緒でないようだが」
ああ、やっぱり気になりますよね……、というか、あんなことがあって気にならないとしたら鬼だな。
「昨日は今ギルド内に居るルドハさんみたいな状態でした。今日はまだ会ってませんが」
「ルドハ? ああ、ああいう感じか。さっき物陰からちらっと見たが」
見たんかい!
「俺が何を言っても彼を傷つけてしまうと思うから、悪いが君たちキッジ君と仲が良さそうだし、彼が立ち直れるように力を貸してやってほしい。頼む」
ラッスルはそう言って頭を下げた。いや、もうすぐ俺たち、この街を出て行かなくちゃならないんだけど、という言葉が喉から出かかったが、それは言わぬが花というものだろう。
「……わかりました。キッジのことは任せてください」
参ったな、遺跡の魔獣退治より難しい仕事を任されたかも。
ラッスルから結婚の報告を受けた俺たちはギルドを後にしてケント姉弟の家へと向かった。
家のドアをノックするとフルーの「はーい、開いてるから入っていいわよ」という返事が返ってきた。ドアを開いて中に入るとテーブルにパンやスープを並べたフルーがこちらを向いてニコッと笑った。
「ごめんね。朝ごはん食べていたの。私も疲れていたみたいで起きるのが遅くなっちゃって。ミケル君たちは?」
俺たちがもう食べたと答えると、フルーはテーブルの上を片付け始めた。俺たちも手伝おうとすると「いいよいいよ、座ってて」と言われたので、俺たちは椅子に座った。
「あの、フルーさん、キッジさんの様子は?」
俺がそう尋ねると彼女は笑った。
「パーティーを組んでいた時みたいに呼び捨てでいいよ。命を懸けて一緒に戦った仲じゃん。えーと、そうだね、キッジの奴は昨日と同じ感じかな? まだショックみたい」
「まあ、そうでしょうね。……あの、俺たち、今ギルドに行ってきたところなんです」
「あ、そうなの? どうだった?」
「ラッスルさんにお会いして話を聞いてきました。ラッスルさんとアテリア様は結婚するそうです。ガルグッチ様にも認めていただいたそうで、近々正式に発表があると思います」
俺がそう言うとフルーはちらっとキッジの寝室の方を見た。
「そっか。それはおめでたいね。一人を除いてはだけど」
「大丈夫です。ルドハも噂を聞いて昨日のキッジみたいになっていましたから。二人です」
我ながらよくわからない慰め方をしてしまった。
「あはは、そうか。でも、やっぱり、このままじゃダメだよね……。よし!」
そう言うとフルーはキッジの寝室にドスドス入っていった。部屋の中から「ちょっとこっち来なさい!」「なんだよ、姉貴、一人にしておいてくれ!」みたいな声がして、やがて襟首を掴んで弟を引きずってきたフルーが飛び出してきた。
「姉貴! 痛い! 痛いって! あれ、ミケルたちじゃん? 恥ずかしい! 恥ずかしいって姉貴ー!」
「大事な話があるの! いいから聞きなさい!」
「今日をもって私たち『ケント姉弟』はコンビ解散よ! 私はミケル君たちに付いていく!」
「はあ? な、なんだよ、急に? どういうことだよ、姉貴?」
キッジは驚いていたが、それ以上に驚いたのは俺たちだった。
「あの、フルー、それはどういう?」
俺が代表してそう聞くと偉い剣幕で彼女は返してきた。
「ちょっと待って! キッジに話したらそっちにも話すから!」
「あ、はい……」
「あんたが女にふられたくらいでいじいじするような性格になっちゃったのは私がこれまで甘やかしてきたからだと思う。お父さんやお母さんが死んで、元々あんたの方が精神的に弱かったから私がお姉ちゃんとして支えなくちゃ、しっかりしなくちゃ、そう思ってきたけど、それがあんたの成長を遅らせちゃったんだね」
「いや、姉貴、ふられたくらいっていうけど、俺にとっては、こどもの頃から好きだった相手で……」
「言い訳するな! 勝手に両想いだと勘違いしていたくせに!」
「なっ……、う、ううっ!」
あの、フルーさん、弟さんの傷口を
「そこで私は考えたの。あんたは私と居るといつまでも成長が出来ない。だったら一度バラバラに別れて冒険者をやった方がいいんじゃないかって。女神様のご厚意なのか、ちょうど、今、目の前に聖女候補様のご一行がいらっしゃるし、護衛代わりに雇ってもらって、私も広い世界を見に行くチャンスなんじゃないかってね」
そしてフルーは弟から目線を外しこっちの方を向いた。
「というわけです。よろしくお願いします」
いや、何が「というわけで」なんだよ? こっちの都合を全く聞いていないじゃないか。
「そんな急に言われても困るよな、なあ、セーラ?」
同意を求めて俺がそう言うとセーラはこう答えた。
「え、別にいいよ、私は」
あ、そういえばセーラってそういう娘だった……。
「やったー! ありがとう、セーラ様!」
「やめて。セーラでいいよ」
「じゃあセーラちゃんって呼ぶね。私のことはフルーちゃんって呼んで。あと、モルチュのこともモルチュちゃんって呼んでいい?」
「いいよー。よろしくフルーちゃん」
なんかきゃっきゃしてきたな……。
「姉貴ー! 俺はどうすんだよ? 今更ソロ冒険者になれって言うのか? 配達業もあるだろうが!」
悲痛な叫びを上げた弟に姉はドライに通告した。
「誰か他の人と組みなさい。どこかのクランに入ってもいいし。配達業は……、まあ、これからは一人で出来る分でいいよ」
「適当すぎるだろ! 姉弟で有名になっていたのに今更俺と組もうなんて奴いるわけ……」
その時突然ノックの音がケント家に響き渡った。お客さんか。
「失礼する。クラン『ビーストバスターズ』のルドハ・ヘイフォードだ。キッジ・ケント殿に話したいことがある。どうか、会ってもらえないだろうか?」
ルドハ? ついさっきまで抜け殻になっていたはずじゃ?
一同、何の用だろうみたいな顔をしていたが、フルーが玄関まで行ってドアを開けた。
「フルー殿か。あの、弟さんは?」
「え、ああ、居るけど、何の用? またケンカするって言うならお帰りいただきたいんだけど」
「いや、そんなつもりでは……、まあ、今までの行いを見ていればそう思われても仕方ないな。フルー殿、今まで弟君に失礼な態度を取ってすまなかった! どうか許していただきたい!」
「え、あの、ちょっとー!」
そっと覗いてみるとルドハは土下座していた。それを見たキッジが見ていられないといった感じで飛び出していった。
「おい! 人の家で何やってんだよ、斧筋肉!」
そう言われたルドハはこの間のように怒るかと思ったが、まさかのキッジの脚に
「キッジさん! これまでの態度を謝罪させてほしい! 申し訳なかった! そして頼みがある! うちのクラン、『ビーストバスターズ』に入ってもらえないだろうか?」
おっと、渡りに船?
「はあ? な、なんだよ、急に?」
「遺跡の魔獣を倒したあんたの槍に感動したんだ! 飛行術師としての力もすごかった! そして、何より大事なことがある!」
「だ、大事なこと?」
「俺とあんたは同じ女を好きになって、そして同じくふられた、失恋仲間だろ!」
え、そうか? なんかちょっと立場が違う気がするけど……。
「俺たちは世界に二人しかいない同じ経験をした兄弟だ!」
いや、それもなんか違う気がするけど。俺はそう思ったがキッジは違ったようだった。目から鱗が落ちたみたいな顔をしていた。
「そうか! 俺たちはもう兄弟なんだな? ルドハの兄貴!」
「そうよ! さあ、二人でアテリアにも負けないくらいのいい女を見つけに行こうぜ!」
「よっしゃ! さすがは兄貴! そう来なくっちゃ!」
仲良く肩を組んだルドハとキッジは俺たちのことなど忘れて外に飛び出していった。
しーん。取り残された俺たちの間に居心地の悪い気まずい空気が流れた。
「……というわけで、これからよろしくね、皆さん」
フルーがにっこり笑顔でそう言ったが、みんな、黙って
こうして酉人族の女性冒険者フルー・ケントは俺たちの新しい仲間になったのである。
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