第十七話「二人の恋の行方」


 キッジが遺跡の魔獣のボスであるインビジブルキングバットを倒したことで(お膳立ぜんだてを整えたのは俺だけど)討伐隊は歓喜に包まれた。

 脅威は去ったものの行方不明になっている冒険者たちの捜索という名目で遺跡探索は続けられて、その結果、全員の遺体や遺品が発見された。残念なことだが、これで彼らはようやく家族や友人の元に帰ることが出来ると思えば、この討伐隊に参加した者の一人としては少しは救われた気分になるというものだ。

 インビジブルバットの素材についてはそれぞれ自分が倒した分を回収したが、インビジブルキングバットは大きすぎたので、遺跡の入り口で待機していた兵士たちが運搬してくれることになった。


 討伐隊がアーティオンに帰ってくると街はお祭り騒ぎになった。兵士たちが運んできたのはこれまで誰も見たことがない巨大なコウモリの魔獣ということで盛り上がっていた。

 兵士たちはギルドに併設されている魔獣の解体所にインビジブルキングバットを置くと兵舎に戻っていった。俺たち冒険者はギルドで各々の活躍に見合った報酬を受け取った。インビジブルバット、および、インビジブルキングバットの素材買取については前例がないということでギルドで一時預かりということになった。森の主の分もまだ貰ってないし、俺ってこういうパターンが多くないか?

 

 報酬をもらった冒険者たちがほくほく顔で帰っていく中、俺たちはギルドの一室で待機することになった。ギルド長が領主ガルグッチ様に遺跡の魔獣討伐完了の報告を行ってくるということで、討伐パーティーである俺たちは待っていてほしいと言われたためだ。


「それにしてもミケルすごかったなあ」


 そう言ったのはまだ興奮冷めやらずといった感じのキッジだった。


「すげえジャンプしてたけど、あれも『猫』の称号の力ってやつなのか?」


 キッジとフルーには作戦会議の時に自分の「猫」という称号について話していた。ただ、神器である魔法の長靴、マナについてはまだ黙っていた。


「え、ああ、そうだ。『猫の足』ってスキルで……」


 本当は「風術師」の力を組み合わせたからこそあれだけ高く跳べたわけだが、まあ、嘘ではないし。


「ふーん、すげえな。あ、そういえば、その前に全員ぶっ倒れた時に一瞬で治療してもらったような気がするんだけど、あれは?」


 やべえ。やはり気付いていたか。


「あ、あれも『猫』の称号の力だ。ええと、ほら、猫って癒やされるだろ?」


 我ながら無理がある説明だとは思った。


「おお、なるほど!」


 え、信じたのキッジ? 素直な子なのね……。


「そうそう、一番わかんねえのが、おまえ、空中であのでかいコウモリに火を放たなかったか? 兵士が運んできた死体にも焦げたような跡があったし」


 くっ! 痛い所を突いてきたな……。


「……俺のあいつを倒すという熱い思いが火をつけたのかもな」


 言うだけ言ってみた。


 あれ? キッジは下を向いてぷるぷる震え始めた。さすがに嘘だとバレたのだろう。怒らせてしまったかな?


「あ、ごめん、本当は……」

「かっけええええ! すごいぜ、『猫』の称号! 俺も『鳥』って称号が良かったなあ!」


 信じたらしい。ちらっとフルーを見たら双子の弟を残念なものを見る目で見ていた。

 大変ですね、お姉さん……。


 そんなやり取りをしているとギルド長のラッスルが戻ってきた。ガルグッチ様が、遺跡の魔獣を倒した冒険者パーティーに会いたいということで、領主の館まで来てほしいという話だった。もちろん行かせてもらう。キッジの一世一代のプロポーズを見届けなくちゃいけないからな!


 領主の館はアーティオンの街の中心部にドーンと建っていた。さすがはイースタ領という領土を治める者の住む場所だ。前世の感覚からすると「どこぞのホテルですか?」みたいな規模の建造物だった。こういう時だけは貴族様に憧れてしまう。その分、自由も無さそうだけど。

 門の前に居た屈強な兵士二人にギルド長が片手を上げると特に検査もなく俺たちは中へと入れた。公園みたいな庭の中を真っすぐに伸びる石畳を進んでいくと複雑な彫刻があしらわれた扉がお出ましになり、その前には白髪白髭の人族のお爺さんが立っていた。恰好からして執事だろうか?


「それではご案内いたします。どうぞ」


 扉が開けられると、そこはまさに別世界だった。前世でも入ったことが無いような歴史ある洋館といった感じだ。セーラは思わず「わあ」と声を上げていたし、ウルンとモルチュ、ケント姉弟は貴族の雰囲気に呑まれて借りてきた猫のように(猫は俺だけど)おとなしくなっていた。

 執事さんに案内されて屋敷の中を進む。絵や焼き物や甲冑など、いかにもお金持ちな品々が珍しくて思わずみんなしてきょろきょろしてしまった。大きな扉の前で止まると彼は「こちらです」と言ってノックをした。


「ご主人様。お客様をお連れしました」

「おお、来たか。入ってもらってくれ」


 渋いおじ様をイメージする声が返ってきて執事さんは扉を開けてくれた。

 あ、やっぱり渋いおじ様だ。

 一本に縛っている白髪交じりの長い髪、太い眉、頬に残った傷痕、大きな机に向かって何やら書類を書いている様子の領主は貴族様というより冒険者を思わせる風貌だった。


「おまえたちが遺跡の魔獣を倒してくれた冒険者か。詳しい話は隣で聞かせてもらおう」


 ここは執務室のようで隣にあった大きな応接室に俺たちは通された。


「この度の遺跡の魔獣討伐、ご苦労だった。本当は俺も出たかったんだがな。部下たちに止められてな。あっはっは」


 第一声がこれだった。ああ、なるほど、ガルグッチ様の性格がわかった気がする。元冒険者と聞いているけど、周りの人たちは大変そうだな。


「さて、早速、約束の件だが……、爺、アテリアを呼んでくれ」

「かしこまりました」


 執事さんが部屋の外に出ていく。それを見ながらガルグッチ様はこう言った。


「先に謝っておく。遺跡の魔獣を倒した者をアテリアの婿にするという俺の気持ちに変わりはない。ただ、アテリアが、娘が嫌がった場合、無理やり結婚させる気はない。騙したみたいで申し訳ないが、許してほしい」


 なんと領主様は俺たちに頭を下げた。貴族が庶民に頭を下げるなんて本来はあり得ない光景だ。戸惑う俺たちを見てガルグッチ様は笑った。


「爺、あの執事は先代、おやじの代からイースタ家に仕えてくれていてな。俺にとってはもう一人のおやじみたいなもので頭が上がらねえんだ。貴族のしきたりとか礼儀にうるさいから俺が今みたいに貴族にあるまじき言動ってやつをするとねちねち怒ってきて面倒くさくてな。あいつの前じゃ絶対にこんなことは出来ん。あっはっは」


 フレンドリーな領主様だ。俺、イースタ領に生まれて良かった。

 そんなことを考えていると執事さんがアテリアを連れて戻ってきた。彼女は俺たちを見て驚いたようだった。


「キッジとフルー? それに、聖女候補様たちも!」


 その言葉に驚いたのはガルグッチ様だった。


「あ? 聖女候補? アテリア、それはどういう意味だ?」

「お父様、そちらのセーラ様は『聖女候補』の称号をお持ちなのです。央神殿から認められた次の聖女候補なのですよ」


 話が面倒になりそうだったのでギルド長とか領主様にはわざわざ言わなかったんだが。二人は口をぽかんと開けて驚いていた。


「おいおい、ラッスル! 次の聖女様になるかもしれないお方を遺跡の魔獣討伐に参加させたのか? 何やってんだ!」

「いや、俺も聞いてねえよ! 知っていたら止めたさ!」


 なるほど、この二人は仲良しのようだ。ケンカするほど仲が良いって言うしな。原因は俺たちだけど。


「ガルグッチ様、魔獣討伐への参加は私たち自身で決めたことです。それに今の私はまだ一信徒にすぎません。特別扱いする必要などございませんから」


 当の本人であるセーラがそう言うと二人は揃って大きなため息をついた。


「それにしても遺跡の魔獣を討伐されたのがセーラ様たちだったなんて。それにキッジとセーラは私の幼なじみなんです。それをご存知の上で連れていかれたのですか?」


 アテリアは俺たちとケント姉弟が一緒に居ることが不思議なようだった。

 よし、ここはサプライズと行きますか。


「遺跡の魔獣を倒したのはキッジですよ。俺たちは少しばかり助力したにすぎません」


 嘘ではない。止めを刺したのは実際キッジだからな。


「え、本当ですか? ラッスルおじ様」


 へえ、アテリアはギルド長のことをおじ様と呼んでいるのか。


「ええ、そうですね、私も実際にこの目で確認しましたので間違いありません」


 ラッスルは遺跡の魔獣をほとんど俺が追い詰めたという部分は口にしなかった。彼もキッジのことを応援してくれているということだろう。


「あの、では、私の結婚相手は……」


 アテリアの視線がキッジに向けられた。真っ赤になった彼は緊張した面持ちで立ち上がった。


「あ、あの、魔獣退治の報酬なんて形でこんなことを言うのは卑怯というか違うんじゃないかって気がするけどよ、ええと、そんなの関係なしに俺の気持ちを伝える! アテリア! 俺と結婚してくれ!」


 おお、言った! 

 苦労して遺跡の魔獣を倒したのは、アテリアの気持ちに応えさせるため、キッジにこれを言わせるためだ。

 アテリアは驚いた表情で言葉が出ない様子だった。まあ、想い人から思ってもいなかったプロポーズをされたんだからしょうがないよな。

 するとようやく彼女は口を開いた。


「ごめんなさい」


 ……あれ?


「キッジのことは好きよ。でも、それは幼なじみ、大事な友達というか、弟みたいな気持ちで、なの。恋愛対象になるかと言われるとちょっと……」


 ふられたー!

 キッジは固まっていた。目と口が開いたままだ。それを見ながらフルーが溜め息をついていた。


「ほらね。私、言ったよね? アテリアがキッジを好きだなんて信じられないって。まあ、なんとなくこうなるんじゃないかって思ってたのよねえ」


 ええと、これ、どうすんだ?


「あの、アテリア様、獣人族との結婚についてセーラに質問しましたよね? あれってキッジのことではなかったのですか? ……あっ」


 俺は言ってから「しまった」と思った。キッジが意中の相手じゃなかったとすると別の相手が居るということになる。それはアテリアのプライバシーに関わることであってここで追及することではない。思わぬ展開にちょっと焦ってしまった。


「なに? アテリア、おまえ、結婚したい獣人族の相手が居るのか?」


 驚いた様子のガルグッチ様がそう言うとアテリアは恥ずかしそうにこう言った。


「……はい、おります」


 キッジがこの世の終わりみたいな顔をした。

 いや、えーと、ごめん。


「俺も知っている奴か? 兵士の中にも獣人族の者は何人か居るが、おまえと親しくしている者など覚えがないが……」


 父親にそう言われてもアテリアは言いにくそうにしていた。ここはいろいろやらかした俺が気を使う場面かもしれない。


「あの、我々は席を外しましょうか? ここからは親子の話になるでしょうし」


 するとそれにギルド長のラッスルが乗ってくれた。


「そうだな、ミケル君の言うとおりだ。魔獣討伐の報告も終わったことだし、我々はこれで失礼することにしよう。キッジ君への代わりの報酬は後日考えるということでいいかな?」


 ガルグッチ様は頷いた。


「そうだな。悪いがそうしてくれ」

「うむ、では我々はこれで」


 そう言ったラッスルが席を立ち、俺たちもそれに続こうとした瞬間だった。


「あの! 私が好きなのはラッスルおじ様です!」


 ……えっ?

 真っ赤になったアテリア。その他の一同は意味がわからないといった様子で固まっていた。いや、俺も。


「こどもの頃、冒険者ギルドに行ってラッスル様を一目見た瞬間からずっとお慕い申しておりました。ギルド長になられてお父様のところにいらっしゃるようになってからその思いは募るばかり。ラッスル様が私のことを友人のこどもとしか思っていないことはわかっています。それでも私はあなたが好きです!」


 そう言ってアテリアは泣き出した。


 その場に居る全員が「どうしよう?」みたいな雰囲気になる中、口を開いたのはセーラだった。


「ラッスル様はアテリア様のことをどうお思いなのですか?」


 ラッスルは授業中、先生に名前を呼ばれた生徒のようにビクッとした。


「わ、私か?」

「大事なのはお互いが相手をどう思っているのかということです。そうでしょう?」


 改めてセーラにそう言われて彼の表情が引き締まった。


「まずはお二人で話し合われてみてはいかがでしょう? アテリア様の思いを知ったばかりでラッスル様も混乱されているでしょう?」


 場の雰囲気が「そうだな、それがいい」といった感じになったので、ラッスルを残して俺たちは帰ることになった。

 それはいいんだけど、えーと、あの、ここにもさっきから絶賛混乱中の、目と口を開いたまま固まっている酉人族の青年が居るんだけど、これ、どうしよう……。




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