第十六話「遺跡の魔獣の王」


 太陽の光を受けたコウモリの群れはキラキラと輝いていた。先程までは攻撃するまで姿が見えなかったのに今は普通に見えている。群れを成したことによる余裕なのか、それとも他の理由があるのだろうか?


「……たぶん、こいつらは『インビジブルバット』だ」


 ラッスルの声は震えていた。


「金属質の皮膚を持っていて獲物とぶつかる瞬間に身体を硬化することで相手を切り裂くことが出来る。さらにその皮膚は色や質感を自在に変化することが出来て周囲の風景に同化することで姿が見えなくなる。成長すると攻撃にも使える音の魔術を放つようになるらしい」


 なるほど、盾や防具を壊した攻撃って言うのはそいつか。音の魔術、たぶん超音波のことだな。普通のコウモリの中にも暗闇でぶつからずに飛んだり餌を捕ったりするために超音波を出してレーダーのように使っている種類が居るが、それのパワーアップ版だろう。


「だがな、こいつらがここに居るのはおかしいんだよ。インビジブルバットは遠く離れた海の向こうのファーブ大陸の山岳地帯に生息する魔獣なんだ。一匹なら群れからはぐれたって可能性もあるが、こんな群れで他の大陸に現れたなんて聞いたことがない。俺だってギルド長として魔獣について勉強したから知っているだけで実際に見るのは初めてだ」


 ここ、ヒワン大陸には居ないはずの魔獣か……。ひょっとしたら誰かが魔獣の群れをファーブ大陸からここまで連れてきた? そんなことが出来る者が居るとしたら……、そう、リレドラだけだ。

 まさか、あいつが今回の件にも絡んでいるのか?


「インビジブルバットは単体なら五級冒険者でも対処できるレベルだ。だが、群れになった奴らの力は一級レベルに跳ね上がると言われている。つまりだ……」


 そう言うとラッスルは大きく息を吐いた。そこには覚悟を感じた。


「ここに居る全員の力を合わせて一級レベルの力を見せなければならないってことだ。いいか、おまえら」


 彼の身体から強い魔力が発せられた。


「こいつらはここで倒すぞ! 街に行かせたらどれだけの被害が出るかわからねえ。気合入れてけ!」


 場の雰囲気が変わった。絶望的といってもいい状況なのに弱気な表情をしている者はもう居なかった。言葉ひとつで人に影響を与える。さすが、これがギルド長か。

 インビジブルバットの群れが現れたことでセーラは一時治療を中断し、俺のそばに駆け寄ってきた。空を見上げる表情は不安そうだ。そんな顔するなよ。俺が守るから。


「じゃあ景気づけに派手にぶちかますぜ! 『ローリングムーン』! おらぁ!」


 最初に攻撃したのはラッスルだった。彼が鎖にぶら下がった鉄球を手で回すと、それがあっという間に高速回転を始めた。物理的にはありえないので魔力によるものだろう。それを思い切り頭上に向けて放つと鉄球に触れたコウモリたちは次々と弾き飛ばされた。鉄球を月に見立てているわけか。負けてられないな。


「俺たちも攻撃しよう!」


 俺が号令をかけると仲間たちから「おう!」と気合の入った返事が戻ってきた。


「行くわよ! 氷槍乱舞!」


 俺たちの中で最初に攻撃したのはモルチュだった。複数の氷の槍を放つ氷術師の技だ。的が多い分、氷の槍は標的をどんどん落としていった。遠距離攻撃を持たないウルンは頭の上のモルチュの指示に従いながらあっちに行きこっちに行きと彼女の足代わりになっていた。二人が組めば、まさに「飛び回る砲台」といったところか。


「おお、やるなあ。俺たちも負けてられないな。なあ、姉貴!」

「そうね。やっちゃいましょう」


 キッジが例の竹とんぼ、じゃなかった、回転槍斬という技で回転しながら舞い上がった。切り落とされていくコウモリたち。もちろん周囲のコウモリたちも静観しているわけではなく彼に襲い掛かろうとしていた。そこを正確に射抜いていくのはフルーだ。飛行術師の力で誘導された矢は弟を襲おうとしていた敵を漏れなく貫いていた。


「さっきの借りは返させてもらうぞ!」


 そう言いながら両手で斧を真っすぐ振り上げたのはルドハだ。魔力が斧に集中していく。


「大切断!」


 振り下ろされた斧から巨大な斬撃が放たれた。おっ、俺の「窮鼠猫を嚙む」にちょっと似ているな。一撃必殺の大技って感じだ。斬撃が飛んだ方向に居たコウモリたちはバラバラになって落ちてきた。

 やるじゃん。よし、俺も頑張るか。

 俺もセーラの身を守りながら猫爪斬を放ってインビジブルバットを減らしていった。他にもラッスルが連れてきた冒険者たちが剣技などを使って応戦していたし、おかげで群れの数は最初と比べて半分くらいまで減っていた。

 なんだ、意外と弱くないか? これで一級レベル?

 俺が思わずそう思った瞬間だった。

 バアアアアアン!

 頭上で何かが壊れたような音が鳴り響いた。宙に伸びた鎖の先にあるはずのものがない。ラッスルの鉄球が破壊されたのだ。降ってくる鉄球の破片がセーラに当たらないように短剣で叩き落とした。

 それにしてもあの大きな鉄球を超音波で破壊するなんて。

 そう思って空を見ているうちに俺はあることに気付いた。

 これまでと違い、群れが統率されている?

 ラッスルの鉄球が放たれたと思われる場所には同じ方向を向いた十数匹のインビジブルバットが飛んでいた。おそらく鉄球に向かって同時に超音波を放ったのだろう。こんなことが出来るのは……。


「やはり居やがったか……。インビジブルバットの群れには進化したリーダーが現れることがある。群れに指示を出してコントロールできるほどの知能を持った奴がな。そいつはこう呼ばれているそうだ。『インビジブルキングバット』と」


 キイイイイイイイイイ!

 耳を抑えたくなるような耳障りな高音が辺りに響いた。

 インビジブルバットの群れのさらに上空、その空間が蜃気楼のように揺らいだ。

 現れたのは巨大なコウモリだ。

 でかいな。十メートルくらいある。コウモリというよりもはや翼竜だ。

 あいつ、姿を消して上から手下どもの戦いを見ていたのか。

 群れの仲間を道具としか思っていない、そんな残忍な性格が想像できた。

 さて、どうやって戦うかな?

 俺が作戦を練ろうとした、次の瞬間だった。

 ドン!

 何が起きたのか、わからなかった。

 痛み。身体中に激痛が走る。攻撃を受けた? 身体から力が抜けて倒れそうになりながらも俺は周囲を確認した。

 ウルンとモルチュ、キッジとフルー、ラッスルやルドハたち、みんな、倒れていた。

 ……セーラ!

 すぐそばに居た彼女の姿を確認するために振り返ると、口から血を流し俺の方に手を伸ばしている彼女の姿があった。

 ぷっつん。俺の中の何かが切れた。


「マナあああああ! 出て来い!」


 一瞬で俺の靴は魔法の長靴と入れ替わった。どんな力が必要か言わなくてもわかるようだ。俺はマナが貸してくれた「治療術師」の技を自分に向かって使った。


「治療!」


 身体が光に包まれると同時に痛みがすうっと引いていく。動くようになった手を伸ばしてすぐさまセーラを抱きかかえた。彼女の身体にも「治療」の魔力を送ると、うつろだった彼女の眼に光が戻った。

 良かった、間に合ったようだ。

 ふー、焦ったー。


「み、ミケル君? 今、何が起きたの?」


 俺に抱きかかえられながらセーラは不思議そうにそう尋ねた。


「いや、わからないけど、何か攻撃を……」


 俺は空を見上げた。今まであんなに居たインビジブルバットの群れが数えるほどに減っていた。ぼとぼとと地上に落下してくるコウモリたち。

 そして俺は悟った。

 あの、ボス野郎、特大の超音波を地上に向けて撃ちやがったな!

 その間に群れが、自分の仲間が居るにも構わず……!


「……治療の場!」


 俺は倒れている連中に向かって両手を突き出して広い範囲に魔力を放出した。複数の人間を同時に治癒する、治療術師の中でも高レベルの者にしか出来ないと言われている技だ。マナ、魔法の長靴に借りている力だからこそ出来ることだろう。


「ふー、助かった。死ぬかと思ったぜ。それにしても、今の、ミケルがやったのか?」


 そう言ったのはウルンだった。もちろんウルンとモルチュには魔法の長靴のことは話してあった。一緒に旅をするようになったので、いつかはマナを見せることになると思ったからだ。だが実際に力を見せたのは初めてだった。


「まあな。ウルン、セーラの守りを頼む」

「え、ああ、それはいいけどよ。おまえ、何をする気なんだ?」

「あいつを地上に叩き落とす。頼んだぞ」

「え、おい、待て、おまえひとりで……」


 ウルンが止めたが、もう俺は頭に来ていた。

 よくもセーラを傷つけやがったな。

 マナが出てきてくれたから良かったものの、そうでなかったらと思うと……。

 マナ、力を貸してくれ!

 肯定の感情がマナから伝わってくる。

 俺は自分の称号「猫」のスキル「猫の足」を使い、さらにマナの力を借りた。


「風術師の力を借りるぞ! 『突風』!」


 スキル「猫の足」に、足から出した強力な風を合わせての高速ハイジャンプ、俺はロケットのように打ち上がった。

 流れるように景色が流れ、下を見ると、そいつが居た。上を取った、そう思った瞬間、俺の殺気に気付いたのか、そいつは首を上げた。さっきの超音波砲をまた撃つ気か。

 そうはさせるか! 御爺様、技を借ります!

 目の前の巨大なコウモリに有効な技は何か。相手は金属質の皮膚を硬化できる、しかも進化した種だから猫爪斬だと切れない可能性がある。ではどうするか。思い出したのは炎術師である御爺様が一度だけ見せてくれた技だった。御爺様は森が火事になることを恐れてあまり炎術師としての技は見せてくれなかったが、一度だけ森の中にある岩山のような場所で「これも勉強だ」と言って、それを見せてくれたのだ。あの時、感じた畏怖の感情は今でも忘れられなかった。


「マナ! 炎術師の力を借りる!」


 肯定。熱い魔力がマナから俺に流れ込んできた。


「炎の舞!」


 俺の突き出した右手から火炎放射器のように炎が噴き出した。それは意思を持っているかのようにインビジブルキングバットの身体にまとわりついた。

 キイイイイイイイイイヤアアアアアア!

 翼の部分を焼かれ、飛膜に穴が開いたそいつが悲鳴と共に落下を始める。

 まだまだ! これで終わりだと思うなよ?


「これはついでだああああ! 取っておけえええ!」


 俺はインビジブルキングバットの脳天にかかと落としを決めた。きりもみ回転しながら落下していくそいつを見ながら俺も一緒に落ちていった。

 やば! このままだと俺も地面に叩きつけられる!

 マナ! 飛行術師の力を……。

 無理。

 マナから伝わってきたのはそんな意味の感情だった。

 三つまで。

 え、それって一定時間のうちに使える称号の力は三つまでってこと?

 治療術師、風術師、炎術師。

 確かに俺はもう三つ使ってしまっていた。

 前世の言葉で言うところのチートだと思っていた神器にも思わぬ弱点があったようだ。

 そういう重要なことは早く教えて、いや、そんなことを言っている場合じゃない。

 自分より下に居たインビジブルキングバットが轟音ごうおんと共に地面に叩きつけられたのを見ながら俺はとっさにあることを思いついた。

 ……猫って高い所から落ちても着地するよな?

 スキル「猫の足」! 頼む!

 くるくるっと空中で回転した俺はあの高さから落ちたのが嘘のようにスタッと着地した。

 あぶねえ。ぶっつけ本番だったが上手くいったー。

 俺が胸を撫で下ろしていると真っ青な顔をしたセーラが駆け寄ってきた。


「ミケル君! 大丈夫?」

「ああ、ごめん、大丈夫だよ。『猫』のスキルで何とかなった。あはは」

「もう! 心配したんだよ! 無茶なことばっかして!」


 うわあ、怒っているな、セーラ。


「だから、ごめんって。……あ、そうだ、忘れてた!」


 誤魔化そうと思ったわけじゃないが、俺は大事なことを思い出した。慌てて地面に落としたばかりのインビジブルキングバットを確認した。ぴくぴく。まだ生きている。さすがの生命力だ。舌打ちすべきところだろうが、今回ばかりは好都合だ。


「キッジ! こいつこそ討伐対象の遺跡の魔獣だ! おまえが止めを刺せ!」


 ハッとした様子でキッジは俺を見て、その後で側にいたライバルにも目を向けた。ルドハはやれやれといった感じで大きな溜め息をついた。


「その猫人族はおまえの仲間なんだろ? 好きにしろ」


 ギルド長のラッスルも「まあ、いいだろう」みたいな顔をしていた。

 キッジは覚悟を決めた顔をした。虫の息になっているインビジブルキングバットに近づいていき、槍を掲げた。


「やあああああ!」


 魔力を込めた槍の一撃がインビジブルキングバットに突き刺さる。

 遺跡の魔獣のボスはぐったりと動かなくなった。


「遺跡の魔獣! このキッジ・ケントが討ち取ったああああああ!」


 キッジの勝ち名乗りが遺跡に響き渡った。

 こうして遺跡の魔獣討伐戦は終結を迎えたのだった。




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