第十五話「遺跡の魔獣の正体」


 アーティオンの正門前から出発した遺跡の魔獣討伐隊は街の南にあるという古代遺跡を目指して行進した。まずは狸人族でギルド長のラッスルが率いる冒険者たち、その後ろを兵士たちが付いていく形だ。もちろん兵士たちには隊長がいるわけだが、討伐隊全体の指揮はラッスルが執ることになったようだ。相手が魔獣ということで戦い慣れた冒険者が中心となる作戦なのだろう。冒険者たちはそれぞれが普段から使っている武器を持っているので当然装備はバラバラだが、兵士たちは剣と槍を持つ者が半分ずつになっていた。おそらく隊長はあのゲスリのように集団戦に向いた称号を持っているのだと思う。

 遺跡までの道中は途中までは踏み固まれた整備された道があったが、その先はただの草原となり、道らしい道はなかった。当然、魔獣もいるわけで、ロックヘッドラビットやキックバードなど、この街に来る時に戦った覚えのある奴らが襲ってきたが、何しろこっちは百人を超える軍勢だ。魔獣たちは俺が武器を構える暇もなく、気持ちが高ぶっている冒険者たちの肩慣らしとして瞬殺されていた。ご愁傷様です。

 しばらく草原を進むとやがてその中にぽつりぽつりと建物の跡らしきものが現れた。自然の岩ではなく人為的に形を整えられた石の建材といった感じだ。ここが遺跡の入り口で間違いないようだ。


「一同止まれ!」


 急に足を止めたラッスルが振り返って討伐軍に指示を出した。冒険者が行方不明になったのはこの先なのだろう。


「ここから冒険者は各グループごとに分かれて行動してもらう! 優先すべきは魔獣の正体を明かすことだ! 無理はするな! 俺はここで指揮を執る! 魔獣について何かわかったら知らせてほしい!」


 遺跡といっても元は古代の街だったらしいから範囲は広そうだ。まず探索に慣れている冒険者が人海戦術で魔獣の居場所を特定し、必要があれば兵士たちも投入して一気に倒すという作戦なのだろう。


「よし、行くぞ、おまえら! 遺跡の魔獣を倒すのは俺たちだ!」


 重そうな斧を片手で軽々と掲げて仲間を鼓舞したのはルドハだった。それに雄たけびで応えているのは十数人といったところか。ルドハを先頭に遺跡の奥に向かってどすどすと音を立てて走っていったが、最初からあんなに飛ばして持つのかな?


「じゃあ俺たちは作戦通り行こうか?」


 俺がそう言うとみんなは頷いた。

 なんかいつの間にか俺がこのパーティーのリーダーみたいになっているんだよな……。

 俺としてはキッジのために協力しているわけだし、彼がリーダーの方がいいと思っていたのだが、話し合いの中で自分はリーダー向きじゃないので他の人にお願いしたいと言われてしまい、ウルンも自分もそういうタイプじゃないと主張し、セーラは冒険者じゃないし、モルチュは私がやると手を上げたが、あのノリでリーダーをされると怖いという理由でみんな反対し、そうなると俺かフルーのどちらかになるわけだが、フルーがなぜか俺を推してきたので、満場一致みたいな形で俺がリーダーの役割をすることになってしまった。


「まずは私たちだね。行くよ、キッジ!」

「おう! んじゃ、行ってくるわ!」


 そう言ったケント姉弟が称号「飛行術師」の力で宙に浮いた。周りに居た冒険者の中には驚きの声を上げている者も居たので領主の娘の婿になれると聞いて最近この街にやってきたばかりの奴らかもしれない。

 空に舞い上がった二人はきょろきょろと周囲を確認し始めた。

 作戦はこうだ。

 まず俺たちは下手に突っ込まないようにする。相手は正体不明の見えない魔獣だ。相手の手の内がわからない以上、相手が有利に動ける相手の縄張りに入るのは避けた方がいいからだ。

 そこで、ちょっとずるいかもしれないが、他の冒険者におとりになってもらうことにした。

 これだけの人数で探索すればいつか誰かが魔獣と接触するだろう。それを見逃さないようにするためにケント姉弟には空を飛んで空中から広い範囲を見張ってもらうことにしたのだ。

 そして誰かと魔獣の戦いが始まったら……。


「あっ、始まったぞ! 向こうだ!」


 頭上で叫んだのはキッジだった。ここからだと南側の奥だな。

 地上に降りてきたキッジとフルーと合流し、俺たちは戦闘が始まった場所に向かって走り出した。

 その場所が近づくにつれて音が聞こえてきた。

 風切り音。何かが壊れるような音。怒号。悲鳴。


「急ごう!」


 やがてそれは見えてきた。現場に駆け付けた俺たちが見たものはうめき声を上げながら地面に転がった冒険者たちと大きな斧を支えにかろうじて立っているルドハの姿だった。

 そうか、魔獣をいきなり引き当てたのはルドハだったのか。伊達だてにクランのリーダーやってないな。この場合、運を持っていると言っていいのかわからないが。

 俺たちの足音に気付いたのか、ルドハはこちらを振り向いた。全身のあちこちから出血していて防具も壊れているところがあり、その顔は苦痛に歪められていた。


「ちっ、よりにもよって、てめえらか。今すぐここから離れろ」


 忌々いまいましいといった感じでそう言った彼にキッジが言い返した。


「は? おい、おまえ、立っているのもやっとじゃねえか! そんな状態で、まだそんなこと言ってんのか!」

「……魔獣は一体じゃねえ。複数いる」

「な、なにを言って……」

「姿は見えないが、風切り音がする。飛んでいるんだ。牙か爪かわからねえが、ぶつかると生身の部分は切り裂かれる。硬い盾や防具なら大丈夫かと思ったんだが、急に耳鳴りがしたかと思ったらそれもぶっ壊された。直接ぶつかった感じはしなかったから、おそらく魔獣が使う何らかの魔術的な遠距離攻撃だと思う」

「おい、なんでそんなこと俺にべらべらしゃべってんだよ!」


 キッジがそう叫ぶとルドハは溜め息をついた。


「わかんねえか? まだ元気なてめえらが入り口まで戻ってギルド長に今の情報を伝えてこい。そうすれば次に来る奴らは上手くやるだろうよ」

「は? ちょっと、待て! おまえらは……」

「覚悟の上なんだよ。冒険者が依頼を受けるってのはそういうもんだろ。この命にかけて簡単におまえらを追わせはしねえ。だから早く行け」


 キッジは絶句していた。斧を杖代わりにしなければ立っていられないような状態の奴が言うセリフではないだろう。だが、欲だらけに見えたルドハにも冒険者としての魂があったことに驚き、そして悔しいことに感動したようだ。


「かっこつけんじゃねえよ! ざまあって言いにくいだろうが!」

「うるさい! 早く行けと……」


 その時、上空から空気を切り裂くような音が聞こえてきた。風切り音。しかも速い!

 次の瞬間、ルドハの首筋から鮮血が舞った。


「に、げろ、ぐう……」


 ばたりと倒れた彼にセーラはすぐ駆け寄ろうとした。治療するつもりなのだろう。だが……。


「待った、セーラ! 近づくのは危険だ! まずは作戦通りやるぞ!」


 ハッとした様子で彼女は止まり、こくんとうなずいた。


「モルチュ、例の奴を頼む!」

「はいよ! 任せて! リーダー!」


 今回パーティーのリーダーをすることになってから俺はウルンとモルチュを呼び捨てで呼ぶようにした。その代わり、二人にも俺のことを呼び捨てで呼んでくれて構わないと言ってある。こういう緊急事態の時は特にその方が緊張感が出ていいだろうし。


「行くわよ! 氷霧!」


 ウルンの頭の上でモルチュがそう叫ぶと彼女の身体から発せられた魔力がまるで前世でいうところのドライアイスのように変化した。周囲が霧で覆われていく。あの小さな身体にこれだけの魔力を持っているとは。話には聞いていたが、実際目にすると大したもんだ。

 再び風切り音。しかし今度は見えた。霧を切り裂いて飛んでくる何者かの姿。俺はスキル「猫の足」を発動して思い切り地を蹴った。


「猫爪斬にゃ!」


 どんな生き物であろうと、あの速さで飛んできて空中で急ブレーキをかけるなんてありえない。俺はそいつが通過するであろう空間に向かって五つの斬撃を放った。


「ぴぎゃあ!」


 よっしゃ、当たった! 小動物の悲鳴みたいなものが聞こえて何かが地面に転がり落ちた。駆け寄ってみると、それはどうも大きなコウモリのようだった。ただ、普通のコウモリではない。あのお馴染みの黒っぽい色ではなく、金属のような光沢がある銀色の皮膚をしていたのだ。

 こいつが遺跡の魔獣の正体?

 考えるのは後にしよう。俺はセーラに向かって叫んだ。


「セーラ、今のうちに治療を頼む! 俺たちで守るから!」

「あ、う、うん!」


 セーラが倒れているルドハに駆け寄り、手から光を放ち、治療を始めた。その間も俺たち他のメンバーはモルチュが出した霧を頼りに周囲の警戒を続けた。

 風切り音。今度はウルンたちの頭上から聞こえた。


「見えてんだよ! おらぁ!」


 おお! ウルンの右腕が消えて見えた。おそらくパンチを放ったのだろうが、速すぎて俺の眼にもとらえられなかったのだ。鈍い音がして先程と同じ銀色のコウモリがすぐそばの地面に叩きつけられていた。これが称号「格闘家」のパンチか。ウルンが味方で良かったぜ。

 またもや風切り音。それもおそらく二体。次はキッジたちの方だった。


「見えました! 行くわよ、キッジ!」

「おう、任せろ、姉貴!」


 フルーの武器は弓矢だ。何の変哲もない普通の弓矢だが、彼女はそれに称号「飛行術師」の力を使うことでパワーアップさせるのだという。通常、放たれた矢は重力や風の影響を受けてしまい、離れた相手に当てるのは難しいし、威力も下がってしまう。しかし矢を「飛行」させることで、ありえない動きをさせることが出来ると聞いている。

 彼女が放った矢はビュンと音を立てて飛び、少しカーブして目標に命中し、見事に魔獣を射落とした。

 キッジが使うのは長い槍だ。空を飛べる彼が使えばそのリーチを最大限に生かしてほぼ一方的に攻撃が出来るだろう。

 彼は魔獣に向かって飛び上がると槍を横に持って頭上に掲げ、そのまま身体ごと回転を始めた。


「秘技! 回転槍斬!」


 コウモリは空中で切り倒されて地面に落ちた。うん、まあ、強いんだけど、動きの無駄が多い技だなあ。やっていることはすごいんだけど、前世の記憶がある俺の感想としては「竹とんぼ」なんだよね……。

 おっと、セーラから出ていた光が消えた。治療は終わったようだ。意識を失っていたルドハはゆっくり目を開くと不思議そうにセーラの顔を見上げた。


「……女神様? ここはあの世ってやつか?」


 は? セーラを女神と呼んでいいのは俺だけだぞ? もう一度眠らせた方がいいか?


「とんでもないです! 女神様だなんて恐れ多いこと。私は今回キッジさんたちとパーティーを組ませていただいている者です。勝手ながら傷の手当てをさせていただきました」

「あ、治療術師か! 頼む! 仲間も治療してやってくれ!」

「もちろん、そのつもりですが……」


 セーラは俺の方を見た。わかった、そうだよな。


「ルドハさん、それにはまず安全の確保が必要です。四匹ほど魔獣を倒したんですが、あなたたちを襲った奴らはどのくらい居たんですか?」

「倒した? あの見えない奴らを? すげえな、あんたら! あ、いや、そんな場合じゃなかったな。ええと、そうだな、仲間の倒され方からして、五匹くらいだったと思うが……」


 そうなると最低もう一匹は居るってことだな……。


「では警戒しながら治療をしましょう。セーラ、いけそうか?」


 ルドハの仲間は十数人。みんな倒れているが、パッと見た感じでは先程のルドハほどの重傷者は居なさそうだ。傷が浅ければそれだけ治療に使う魔力も少なくて済むはずだ。


「うん、このくらいの人数なら大丈夫だと思う。じゃあ始めるわ」


 セーラは傷が深そうな人間を優先して治療を始めた。その間、俺たちは周囲を警戒した。その時だった。


「おーい、おまえたち、無事か!」


 この声は。数人の冒険者と一緒に尻尾を振り乱しながら走ってきたのはギルド長のラッスルだった。どうやら俺たちの戦いに気付いてギルド長に連絡してくれた冒険者が居たようだ。


「おお、みんな、一応は無事みたいだな」


 呻き声を上げているルドハの仲間たちを気にしながらも彼はほっとした様子だった。


「魔獣はどこだ? もう倒したのか?」

「はい、でも、まだ居るみたいですが……」


 俺が先程倒したコウモリを指差すとラッスルの表情が変わった。


「こいつが遺跡の魔獣だと? コウモリ? まさか、あいつなのか? いや、しかし……」


 反応からして彼はこの魔獣に心当たりがあるようだった。


「こいつが何という魔獣か、ご存知なんですか?」

「聞いたことがあるってだけだ。姿を消す魔獣はいくつか知られているが、こいつもその一つと言われている。だがな、こいつがここに居るなんてどう考えてもおかしいんだ」

「おかしい?」

「ああ、なぜなら、こいつは……、ん?」


 話の途中だったが、突然ラッスルは空を見上げた。俺やウルン、キッジたちもほぼ同時に気付いた。ルドハはまだわかっていないようだった。獣人族は人族よりも耳が良い。

 その音の主たちはすぐに現れた。

 空を埋め尽くさんばかりの銀色のコウモリの群れが俺たちを見下ろしていた。





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