第十四話「姉弟への協力」


 ……あれ、終わんねえな?

 領主の娘アテリアをめぐるルドハとキッジの口喧嘩くちげんかが終わるのを待っていた俺たちだったが、言い争いはいつまで経っても終わらなかった。

 最初はどちらがアテリアにふさわしいかという内容だったのだが、そのうち自分がこれまでどんな業績を残してきたか自慢大会になり、やがてお互いの見た目をバカにする低レベルな悪口合戦になってしまっていた。


「おまえみたいな斧筋肉をアテリアは好きになるもんか!」

「なんだと、この鳥頭足!」


 聞いているこっちが恥ずかしくなる。さすがにそろそろ止めようかと思った矢先だった。


「おい、おまえら! またやってんのか! 他の冒険者の邪魔になるからやめろと言っただろ!」


 耳を塞ぎたくなるほどの怒号。声の主はギルドの受付の奥から出てきた。髭面ひげづらの小柄なおっさんだが、頭には小さなケモノ耳が生えていた。茶色っぽい毛並みに先端が黒い尻尾。どうも狸の獣人族らしい。


「マリッサさん、あの方は?」

「このアーティオンギルドのギルド長、ラッスル・セイヤーズです。鎖の先に巨大な鉄球が付いた武器を使う『鉄球使い』という称号の持ち主で元二級冒険者ですわ」


 へえ、そりゃ強そうだ。

 ラッスルさんが間に入るとルドハとキッジは渋々といった感じで離れていった。キッジはギルドの外に出ていくようだ。ちょうどいい。俺たちはマリッサさんに礼を言うと彼の後を追った。

 まだ何かぶつぶつ独り言をつぶやいているキッジにギルドの外で声を掛けると彼は怪訝そうな顔をした。


「なんだ、あんたら? どこかで会ったことあるか?」

「いえ、お会いするのは初めてですよ。噂はいろいろ聞いてますが」


 俺がそう言うと彼は明らかに不機嫌な顔になった。


「噂ね……、どうせさっきのケンカを面白おかしく見ていた野次馬だろう? 笑いに来たのか? それともおまえらも俺にケンカを売りに来たのか?」


 おっと、やはりまだ気が立っていたか。俺が何か言おうとした瞬間、口を挟んだのはセーラだった。


「お待ちください、キッジさん。私たちはそのようなつもりで話し掛けたわけではありません。私はセーラ・インレットと申します。神殿に務める者です。他の者は一緒に旅をしている仲間で」


 そう言いながら彼女が取り出した神殿発行の身元証明書を見て彼は少し冷静さを取り戻したようだった。


「ああ、えっと、それで? 神殿に仕える方が俺なんかに何の用なんです?」

「キッジさんはアテリア様の幼なじみとお聞きしたのですが」

「え、あ、そうですけど……」


 キッジの顔には「だから、どうした?」と書いてあった。

 ああ、もう、面倒臭いなあ。


「キッジさん、アテリア様のことが好きなんだろ? もう思いは伝えたのか? 遺跡の魔獣って奴をぶっ倒して求婚するつもりなら手伝ってやるぜ?」


 俺が単刀直入にそう言うと彼は見る見る赤くなった。


「ななななななななっ、なんで俺がアテリアを好きなことがわかったんだ?」


 いや、顔に書いて、って言うレベルじゃないくらいわかりやすいですから。


「私たち、アテリア様にお会いしたんです。獣人族との結婚について質問されました」

「なっ……」


 セーラのその言葉にキッジは大きく目を見開いて驚いていた。


「アテリア様はキッジさんが遺跡の魔獣を倒してくれると信じているのではないですか? 私どもで良ければ何かお手伝いできると思います」


 キッジは目をつぶり何かを考えていた。やがて彼は意を決したようにこう言った。


「……俺と姉貴の拠点に来てもらえますか? 力を貸してください」




 キッジが俺たちを案内したのはアーティオンの中心部から少し外れた地域にある小さな一軒家だった。彼はドアをノックして「姉貴! 俺だ」と声を掛けた。ガチャリとドアが開くと髪の毛の代わりに黒い羽が生えている女性が顔を覗かせた。きりっとした感じの美人だ。たぶんこの人がキッジの双子の姉であり、カラスの酉人族だった母親似だというフルーさんなのだろう。


「あれ、お客さん? 珍しいね、キッジが友達を連れてくるなんて」

「友達じゃねえよ。さっき知り合ったばかりなんだ」


 キッジがそう言うとフルーは不思議そうな顔をした。


「ふーん。まあ、用があるからこんなところまで連れてきたんでしょ? まあ、立ち話もなんだから入って」


 彼女にうながされ俺たちは中に入れていただいた。

 最低限の家具しか置いてない感じのシンプルな室内。でも隅々まで掃除が行き届いているようで清潔感があり好感が持てた。部屋の真ん中にある広めのテーブルには六脚の椅子があり、俺たちは勧められるままにそこに座った。

 フルーさんは台所の方に行き、お茶を入れてくれた。余談だが、この世界のお茶は前世でお馴染みだったチャノキの葉から作るお茶とは違い、全く別の植物の葉を煎じたもので、苦みと甘みがほどよく混ざった薬草茶のようなものである。ちなみにモルチュは身体が小さいのでウルンが自分のお茶を分けてあげていたのが見ていて微笑ましかった。

 お茶を飲み終わるとまず俺たちがここに来た経緯について説明した。セーラが聖女候補であることを明かすと姉弟はかなり驚いていた。そしてアテリアと会い、彼女の想い人の獣人族は誰なのかギルドに調べに来たところキッジのことを知り声を掛けたと説明するとフルーは首を傾げた。


「それ、本当の話なんですかね? アテリアがキッジに想いを寄せている? 確かに私たち姉弟はアテリアと幼なじみで今でもたまに会うような関係ですが、私から見ると三人姉弟みたいな感じで、ちょっと信じられないんですが……」


 姉にそう言われたキッジはやれやれといった感じだった。


「わかってねえな、姉貴。そんなんだからその歳まで彼氏が出来ないんだって。アテリアの俺への秘めた想い、俺は気付いていたぜ」

「は? あんただって彼女いたことないでしょうが! 双子なんだからあんたも『その歳』でしょ!」

「いや、俺にはアテリアが居たからな」

「付き合っていたわけじゃないじゃん! ずっとあんたの片思いだったでしょ!」

「だからアテリアは俺のことが好きだけど言い出せなかっただけなんだって。セーラさんたちの話、聞いてた? 遺跡の魔獣を倒せば両思いの俺とアテリアは結ばれるんだよ」

「だからそれが信じられないんだって! 他の人なんじゃないの?」

「アテリアと親しくしている獣人族って俺たちだけだろ? だったら俺じゃん」

「私って可能性もあるじゃん」

「姉貴、女だろ!」

「アテリアが女性を好きになるタイプだったらどうするのよ? 私、アテリアのことは好きだけど、それは恋愛対象としてじゃなくて友達として好きってことであって、結婚は出来ないかなあ? 婿むこって言われても、私、女だし、どっちかって言うと嫁になっちゃうだろうし……」

「戻ってこい、姉貴! なんだ、その妄想は! 論点がずれちゃっているよ!」


 今日はやけにケンカを見学する日だな、というか、いつの間にか姉弟漫才になってないか、これ? この姉弟はこの街で有名人だってマリッサさんが言っていたけど、冒険者としての実績とか配達業関係じゃなくて面白姉弟として有名なんじゃなかろうか?


「まあまあ、アテリアさんの気持ちは後で直接聞くしかないですし、それよりも、あのルドハってやつがアテリアさんの婿になるのはお二人とも嫌なわけでしょ?」


 俺がそう言うと二人はさすが双子といった感じで揃って大きくうなずいた。


「私も言い寄られたことあるのよ、あいつには。あんなのがアテリアの婿になったらアーティオンの街どころかイースタ領の終わりだわ」


 フルーさんの表情は冗談を言っているようには見えなかった。俺もイースタ領の領民の一人だ。もう無関係とは言ってられないな。


「じゃあ、お二人と俺たち四人で臨時のパーティーを作りませんか? ビーストバスターズよりも早く遺跡の魔獣を見つけて倒しちゃいましょう」


 俺がそう言うと二人は顔を見合わせ、目だけでお互いの意思を確認したのか、こくっとうなずいた。以心伝心、言葉にしなくてもわかるようだ。


「「よろしくお願いします!」」


 話はまとまった。



 

 それから俺たちは作戦会議を始めた。

 自分たちの能力を説明して、次にキッジとフルーの能力について聞いた。二人は共に「飛行術師」という称号を持っているということだった。酉人族の多くが持っている称号で翼が無くても魔力を使うことで自由自在に空を飛べる能力だ。キッジは短距離型でスピードは速いが長時間は飛べず、フルーはスピードでは弟に劣るが長時間の飛行が可能ということで長距離型だという。親から受け継いだ配達業でその空を飛ぶ能力は大活躍しているという。冒険者として魔獣と戦う時も空を飛べるとかなり有利になるだろうし、二人の力を合わせれば格上とも戦えるということだろう。

 相手は見えない敵だ。対策なしに戦えば行方不明になった冒険者たちと同じ目に合うだろう。今の俺たちの能力で何が出来るか真剣に話し合った。場合によっては最後の手段として、マナ、魔法の長靴の力を借りなければならないこともあるかもしれない。でも、この間、ゲスリと戦った時のようにここぞという時に拒否される可能性もある。当てにはしない方がいいかもしれない。

 それからも俺たちは何度か話し合いを行い、そしてとうとう遺跡の魔獣討伐、決戦の日を迎えた。




 遺跡の魔獣討伐の参加者の集合場所はアーティオンの街の正門の前だった。整然と奇麗に整列した兵士たちに対して、パーティーやクランごとに固まっている冒険者たち。その中にはもちろんルドハの姿もあった。周りには強そうな男たちがたくさん居たので、あれがクラン「ビーストバスターズ」のメンバーで間違いないだろう。

 するとルドハもこちらに気付いたようで、のしのしとこっちに近寄ってきた。


「よお、キッジ。それにフルーじゃねえか。何しに来たんだ? まさか、遺跡の魔獣を退治しに来たなんて言わねえよな? おまえらは街で配達でもやってろよぉ」

「おまえもその斧で樹でも切っていた方がいいんじゃねえかぁ?」


 睨み合ってバチバチと火花を散らす二人に周囲はまた始まったという雰囲気だった。

 それにしても兵士と冒険者合わせて百人くらいは居そうだな。この人数なら相手が正体不明の見えない魔獣でもすぐに何かしらの手掛かりを掴めるに違いない。

 俺たちが集まっている場所には急遽きゅうきょ作ったらしい木組みのステージが設置されていた。

 やがてざわざわする冒険者をかき分けるように現れた人影がその壇上に上がった。嘘のように騒ぎが収まる。集まった者たちをじろりと眺めたのはアーティオンギルドのギルド長ラッスルだった。


「みんな、よく来てくれた! ここに集まってくれた者は皆、立場は違えど、アーティオンのために命を懸けてくれる者だ! 相手は正体不明、姿が見えないという情報もある! だが臆すことはない! 我らが力を合わせれば倒せない魔獣など居ない! そうだろ、おまえたち!」


 冒険者、兵士たちの「おおおおおおお!」という声が地鳴りのように響いた。不謹慎かもしれないが、ちょっとワクワクしてしまう自分が居た。前世の俺は争い事を好まない性格だったと思うが、やはり異世界に染まってしまったということだろうか。

 ラッスルは部下らしき人に預けていた自分の武器を受け取っていた。長い鎖が付いた巨大な鉄球だ。かなり重そうだが、彼は鎖を体に巻いて難なく鉄球を持ち上げて見せた。単なる力持ちの枠組みを超えているような気がするので称号「鉄球使い」の能力なのかもしれない。


「よし、移動開始だ! 行くぞ、おまえら!」


 再び「おおおおおおお!」という声が上がる。

 こうして遺跡の魔獣討伐は開始された。




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