第十三話「領主の娘と幼なじみ」


 ギルドから出た俺たちはアーティオンの神殿へと向かった。王都アンドルワに行くための旅の準備をするために何日かお世話になるつもりだ。

 アーティオンの神殿はさすがに領都にある神殿ということでケットス神殿どころかファスティア神殿と比べても規模が違っていた。これなら前世の「神殿」という言葉のイメージ通りと言っていいだろう。

 まずは神殿長に会って宿泊のお願いをしなければならない。職員を探していると本殿の前に数人の兵士が立っているのが見えた。兵士だって光の女神の信徒だからもちろん神殿に来ることはあるわけだが、誰が見ても兵士だとわかる兵装のまま来ることは普通ありえない。何かあったのか?

 俺たちが近づいていくとおっさんと若い兵士の二人は持っていた長い槍をクロスさせて道を塞いだ。槍の先がキラリと光る。

 おいおい、物騒だな。


「待て! 現在、本殿は立ち入り禁止だ。用事があるなら外で待つのだ」


 そう言ったのはおっさんの方だった。


「立ち入り禁止? 何かあったのでしょうか?」


 俺がそう聞くと若い方の兵士がイラッとした様子でこう言った。


「それをおまえたちが知る必要はない! 言われた通りに外で待ってろ!」


 おーおー、すぐ怒っちゃって。若いねえ。まあ、そういう俺も十五歳だけど、前世の年齢を合わせたら三十歳は越えているからなあ。

 神殿が大きい割に人の姿がないと思ったらこの兵士たちが帰していたのか。何があったのか気になるけど、トラブルは避けた方がいいし、俺たちもおとなしく外に出て待っていよう。俺がそう思った瞬間だった。


「どうしました? 何かあったのですか?」


 凛とした声。兵士たちが振り返る。神殿の入り口から現れたのは白いえりが付いた黒いワンピースを着た若い女性だった。腰まである金髪の長い髪と大きな眼が印象的だ。

 彼女の問いに答えたのはおっさん兵士の方だった。


「いえ、アテリア様、何でもございませぬ。お祈りの方はお済みになられましたか?」

「ええ、ありがとう。でも住民の皆様にご迷惑を掛けてしまいましたね」


 アテリア? ああ、領主の娘か! つい先程ギルドで名前が挙がったばかりの人だ。

 なるほど、婿になれると聞いて冒険者が殺到したと聞いたが、それも頷ける美しさだった。


「アテリア様は遺跡の魔獣討伐の成功祈願のためにわざわざ足をお運びになられたのでしょう? それに文句をつける住民などおりませぬよ」


 へえ、自分が魔獣退治の褒美みたいな扱いをされているというのに女神様に祈りに来たなんて人間が出来た人なんだなあ。


「あら、ところでそちらの方々は? こちらにご用があったのではないですか?」


 お、良かった。俺たちに気付いた彼女がそう言ってくれたので俺はそれに甘えることにした。


「はい、こちらの神殿長にお会いしたいのですが」


 若い兵士が何かを言いたそうにじろりと睨んだ。おまえごときが領主のお嬢様に声を掛けるなと言いたいのだろう。


「そうでしたのね。お待たせしてしまったかしら? オサカ様なら中にいらっしゃいますわ。どなたか、呼んできていただけますか?」


 アテリアがそう言うと若い兵士が「では私が」と言い、本殿の中に入っていった。

 間もなく兵士が連れてきたのはパーマ(この世界でパーマを掛けられるという話は聞いたことがないのでおそらく天然パーマだろう)が特徴的な小柄な中年の女性だった。彼女はアテリアに会釈をしてから俺たちの方を見た。その表情が驚きに変わった。


「私に会いたいというのはあなた方ですか? あの、ひょっとしたらケットスからいらっしゃったセーラ様では?」


 え、なぜセーラのことを知っているんだ?


「私のことをご存知なのですか? 初めてお会いすると思いますが」


 セーラが不思議そうにそう聞くと彼女はにこりと微笑んだ。


「聖女候補であられるセーラ様の噂はすでに届いております。神殿には、ええ、そういう技術がありますので。容姿や猫人族の従者を連れている特徴が聞いていた情報と一致したのですぐにわかりました」


 ああ、サイオンさんも連絡を受けたとか央神殿に連絡したって言っていたっけな。遠く離れた場所に連絡する魔道具を神殿やギルド、権力者は当然持っているんだろう。

 いや、しかし、その前にオサカさん、大きな声でセーラが聖女候補とバラしちゃうのはちょっと……。


「まあ! このお方が聖女候補様であられるのですか!」


 アテリアが貴族の令嬢らしからぬ大きな声で驚きの声を上げた。

 まあ、そうなるよね……。


「お会いできて光栄です、聖女候補様。あ、失礼いたしました、自己紹介をさせていただきますわ。私、イースタ領の領主ガルグッチの長女でアテリアと申します。あの、ご迷惑でなければ私の話を聞いていただけないでしょうか?」


 話か。すごく嫌な予感がする。

 避けたトラブルが向こうからやってきたみたいな。


「それでしたら当神殿の応接室をお使いになられてはどうでしょうか?」


 オサカ神殿長がアテリアにナイスアシストしてきた。これは逃げられそうにないな。

 俺はセーラの方をちらっと見た。まあ、答えはわかっているけど。


「えっと、はい、私で良ければ」


 セーラは困っている人、ほっとけないもんね。




 神殿の応接室で俺たちはオサカ神殿長も交えてアテリアの話を聞いた。それはギルドでマリッサさんに聞いてきた話とほぼ同じだった。

 これはきっと協力してほしいって言われるんだろうなあ。

 領主の娘から直々に頼まれたとなるとちょっと断りづらい。セーラが聖女になった時に「あの聖女様はアーティオンを救ってくれなかった」なんて噂されたら困るもんな。

 そう思っていたのだが、アテリアは意外なことを言い出した。


「こちらの事情を一方的にお話してしまいましたけれど、私はセーラ様に助力を求めようとは思っておりませんの。セーラ様は聖女候補様。いずれ我々『光の女神の信徒』を導く立場になられるかもしれないお方。そんなお方を危険な魔獣退治に参加させられませんわ」


 いや、じゃあ、なんで話がしたいって言ったんだ?


「……あの、セーラ様にお聞きしたいことがありますの」


 そう言ったアテリアは気のせいか少し顔を赤くしていた。


「人族と獣人族の婚姻についてどう思われます?」


 ん? なんか急に遺跡の魔獣とは関係ない話になってきたな。

 いや、全く関係ないこともないか。アテリアは遺跡の魔獣を倒した者を婿にするわけだから、その相手が獣人族になる可能性だってある。

 セーラはなぜかちらっと俺を見た。あの、聞かれたのは俺じゃないんで、こっちを見られても困るんですが……。


「そうですね。一部の人族や獣人族が純血にこだわっていて同じ種族以外の婚姻を認めていないという話は聞いたことがありますが、神殿の教義としては、この世界の者は全て、光の女神から生まれた存在であると考えていますので、純血とか混血というくくり自体が私はおかしいと思います」


 確かに人族と獣人族の夫婦って今は珍しくないし、ちゃんとこどもが出来るんだが、それでも「結婚は出来れば同じ種族で」みたいなことをいう人間は居るんだよな。

 セーラの考えを聞いた彼女はわかりやすく表情が明るくなった。


「そうですわよね! 人は皆同じですものね。ありがとうございます!」


 アテリアはセーラに対して丁寧に礼を述べると兵士を引き連れて帰っていった。




「なあ、どう思う、セーラ?」


 オサカ様が俺たちの宿泊の準備のために席を外すとすぐに俺はそう聞いた。


「アテリア様、心に決めた、好きな人が居るんじゃないかな? その人は獣人族なんだと思う」

「だよなあ」

「領主の娘というお立場があるから言い出せなくて、でも遺跡の魔獣を倒して婿になってくれるのがその人だったら……、そう思っているんじゃないかな?」


 まあ、確かにそんな感じがしたな。


「貴族って面倒くさいな」


 ウルンがそう言うと、モルチュが彼の頭をぺしぺし叩いた。


「きゃー! 許されざる恋ってやつだわー! 萌えるー! そして燃えるー!」


 楽しそうで何よりだ。


「……ねえ、ミケル君、明日もう一度ギルドに行ってみない?」


 あちゃー、これは。


「アテリア様の想い人ってたぶん冒険者だよね? それが誰か突き止めて、その人が遺跡の魔獣を倒せるように何か力になれないかな?」


 やっぱりそうなったか。


「俺の聖女様がそうしたいなら従者としては反対できないな。でも、アテリア様が好きな相手は誰なのかなんて余所者よそものの俺たちにわかるかな? 魔獣退治に参加するかどうかはその後の話だよ」


 俺がそう言うと自信満々に手を上げたのはモルチュだった。


「お姉さんに任せておきなさい! 女の勘で何とかするから!」


 ……便利だな、女の勘。神器よりすごいんじゃないの?




 神殿に一泊した俺たちは翌日ギルドに向かった。

 あれ、なんか昨日よりも騒がしいな?

 よく見るとギルドの一角に人だかりが出来ていた。大声で言い合っている声が聞こえてくる。

 ケンカか?


「遺跡の魔獣は俺たち『ビーストバスターズ』が倒させてもらう! 当然、アテリア様と結婚するのはリーダーの俺様だ!」

「そうはさせるか! 俺たち『ケント姉弟』が先にそいつを倒してやる! アテリアは渡さない!」


 お、ひょっとすると、これは……。

 人だかりに囲まれるようににらみ合う二人。

 一人は人族だ。黒髪短髪。大きな斧を担いでいて、それに見合ったよく鍛えられた肉体をしていた。

 もう一人はたぶん酉人族だろう。鳥の獣人族だ。身体のほとんどは人族と変わらないが、足の先が鳥っぽい鉤爪かぎづめになっている(そのため裸足である)のと頭髪が羽毛になっているのが特徴だ。ちなみに顔は普通に人族でくちばしは無い。一概に酉人族と言っても元になる鳥の種類ごとに細かく一族が分かれているらしく、頭の羽毛の色でそれを見分けるのだそうだ。目の前の青年は緑っぽい羽が頭から生えていた。

 よく見ると人だかりから少し離れた場所に昨日話を聞いたマリッサさんが立っていた。リスの尻尾が目立つからすぐわかった。なんかあきれた表情だな。何か知っているみたいなので話を聞いてみることにした。


「マリッサさん、昨日はありがとうございました」

「あら、ミケル君、だったかしら? もうこの街を出たのかと思っていましたけど」

「いろいろありまして。ところであの二人は?」

「ああ、あれね。お知りになりたいですか?」

「実は昨日あの後でアテリア様と知り合う機会がありましてね……」

「え、本当に?」

「あの二人のこと教えていただけますか?」


 マリッサさんは俺の眼をじっと覗き込み、俺が嘘をついていないことがわかったのか、二人について教えてくれた。


「人族の男の方はルドハ・ヘイフォードです。『斧使い』の称号を持つ四級冒険者ですね。数十人のメンバーが所属するこの街最大のクラン『ビーストバスターズ』のリーダーです」


 ちなみにクランというのは冒険者が集まった集団で、個人や少人数では達成が難しい依頼を協力して解決することを目的としているものである。


「ビーストバスターズは依頼達成数は多いですが、荒くれ者が多いせいか、問題も多く起こしています。そんな連中をまとめている人物ですので良くも悪くも有名人ですね」


 なるほどね。そんな奴なら当然アテリアの婿というチャンスを狙ってくるだろうな。


「酉人族の方はキッジ・ケントですね。双子のお姉さんと一緒に『ケント姉弟』というコンビを組んでいらっしゃいます。二人はともに六級冒険者ですが、双子ならではのコンビネーションが見事で、二人が組めば四級冒険者に匹敵する実力を発揮するとも言われております。冒険者のかたわら、すでに他界されたご両親から受け継いだ配達業も営んでいらっしゃって、この街ではルドハに勝るとも劣らないくらい有名です。お父様はきじの酉人族でお母様はカラスの酉人族だったらしく、キッジさんは父親似、姉のフルーさんは母親似です。……これは大事なことですが、ケント姉弟はアテリア様の幼なじみでして」

「え、貴族である領主の娘と冒険者が幼なじみなんですか?」

「ええ、実はアテリア様は今では見た目麗うるわしいご令嬢ですが、こどもの頃はかなりのお転婆で、領主の館をちょくちょく抜け出してはこのギルドに遊びに来ていたのです」


 へえ、人は見かけによらないな。まあ、領主様も元冒険者らしいし血は争えないってやつか。


「その頃、冒険者に憧れていた幼きケント姉弟もこのギルドによく来ていまして、同世代だった三人はすぐに仲良くなったそうですわ。大人になった今でも交流は続いているようでアテリア様を呼び捨てに出来るのはあの姉弟くらいですね」


 おっと、これはもう間違いないかな?


 俺はセーラたちの方に目線を送った。みんな、頷いていた。同じことを思ったようだ。


「ルドハさんとキッジさん、あのお二人は、この数日ああやって、どちらが遺跡の魔獣を倒してアテリア様の婿になるか、どちらがアテリア様にふさわしいか、言い合っているのです。今のところ暴力沙汰まで発展したことはないので、まあ、大丈夫でしょうけど」


 じゃあ取り合えず見守って騒ぎが収まったらあのキッジさんに話を聞いてみようかな?




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