第十二話「遺跡の魔獣」


 戌人族のウルンと子人族のモルチュを仲間に加えた俺たちは午人族の率いる乗合馬車に乗り、三日間掛けて領都アーティオンに到着した。

 この三日間、小さな村での一泊、二回の野宿、途中何度か魔獣の襲撃も受けたが、特に大きなトラブルもなく、アーティオンの街の大きな門が見えてきた時は自分でも驚くほど、ほっとした。

 道中で襲ってきた魔獣は頭が岩のように硬いウサギ「ロックヘッドラビット」や空を飛べない代わりに足が速く蹴り技まで使ってくる鳥「キックバード」など猫人族の村があった森には居ないタイプの奴らだったが、俺だけでなく、ウルンとモルチュも居てくれたので難なく対処できた。一緒に馬車に乗っていた乗客の中には軽い怪我をしてしまった者も居たが、セーラが聖術を使って治してあげたりして、結果、俺たちは他の乗客たちからかなり感謝された。旅は道連れ世は情けって言うしな。


 馬車を降りてみるとアーティオンの門の前には例のごとく長蛇の列が出来ていた。まさか、この街でも何か事件が起きていて入念な身元確認が行われているのかと思い、すぐ前に居た商人っぽい恰好かっこうをした人族の青年に聞いてみたら、アーティオンの門ではこのくらいの検査待ちの行列はいつものことだよということだった。これが普通なのか。さすがはイースタ領の中心となる都だな。

 前世の感覚で言うと三十分くらい待たされてようやく俺たちの番が回ってきた。それぞれが身分の証明となる書類を見せると門番を務めていた熊の獣人族らしき兵士が「ほお」とつぶやいた。


「神殿所属のお嬢さんと冒険者三人か。ひょっとしてあんたらも遺跡の魔獣退治に来たのかい?」


 遺跡の魔獣退治? なんだ、それは?

 俺たちが顔を見合わせていると熊さんは豪快に笑った。


「ぐっはっは、その様子だと違ったみたいだな」

「あの、遺跡の魔獣退治って何のことですか?」


 俺が代表してそう聞くと熊さんは困ったような顔をした。


「あー、話してやりたいが説明すると長くなっちまうからな。悪いが興味があるならギルドで聞いてくれんか?」


 それはそうだな。俺たちは熊さんに許可をもらい街へと入った。

 領都アーティオン。うん、道が広い。そして活気があった。今日はお祭りです、と言われれば信じてしまうくらい人が多い。建物もファスティアと比べて高いものが多い印象だ。

 前世の日本の都市の記憶がある俺だからちょっと驚いたくらいで済んでいるが、セーラは先程から口が開いてしまっている。これで国の中心である王都に行ったらどんな反応になるのか、ちょっと楽しみだ。

 さて、本来ならここは王都に行くための中継地でしかない。神殿に泊まらせていただいて王都行きの馬車に乗ればいいわけだ。しかし俺たちは話し合いの結果、ギルドに行ってみることにした。熊さんにあんなことを言われたらからには確認せずにはいられない。好奇心を抑えられない、それが冒険者ってもんだろう。まあ、セーラは違うんだけど、この娘も困っている人は見捨てられないみたいな性格だからなあ。


 アーティオンのギルドはやはりというか歴史と風格を感じさせるたたずまいだった。ファスティアのギルドの数倍はある。しかもここは「アーティオン本部」であり、アーティオンの街には他にも支部が数か所あるらしい。それだけ依頼や冒険者も多いということだろう。

 中に入ると規模自体は大きいがいつもの光景が広がっていた。奥が受付、右手に依頼書、左手は素材買取所だ。ギルドはどの街に行っても広さは違えど構造自体は同じになるように作られているらしい。ウルンたちのような旅する冒険者がいちいち迷わないようにするためだろう。

 俺たちは受付がある奥まで進んだ。それなりの数の冒険者たちが居たが誰も俺たちを気にしていなかった。大きな街ということで余所者よそものが訪れることは珍しくないのだろう。

 ずらっと並んだ受付の中にこの世界の言葉で「総合案内」と書かれた窓口があった。ケットスやファスティアのギルドには無かったものだ。質問するならここが良いだろう。


「あの、すいません」

「はい、なんでしょうか? あら、お見掛けしたことがない皆さんですね。初めてですか?」


 俺が声を掛けると応じてくれたのはおそらくリスの獣人族と思われる若い女性だった。茶髪で頭に付いたリス耳は小さいが、その頭よりもはみ出た大きな尻尾が特徴的だった。


「はい、この街に来たのは初めてです」

「そうですか。私は当アーティオン本部で受付を担当しております、マリッサ・クワールと申します。以後お見知りおきを」

「マリッサさんですね。よろしくお願いします。俺はミケル・ジーベンです。七級冒険者です」


 俺はそう言ってギルドが発行した身分証明書を見せた。


「あら、お若いのにもう七級なんですか? すばらしいわ。才能がおありなんですね」

「え、いや、それほどでも」


 花が咲いたような笑顔で褒められた俺はさすがにちょっと照れた。そんな俺を見たセーラがちょっとだけ不機嫌そうな顔をしたのは気のせいだろうか。自惚れすぎかな?


「それで、ミケル様と皆様は本日どのようなご用件でいらしたのでしょうか?」

「あの、門の所で兵士さんに聞いたのですが、遺跡の魔獣退治の依頼っていうのがあるんですか?」

「ああ、あれに興味を持たれたのですね。でも、ミケル様には可愛らしいガールフレンドがいらっしゃるご様子ですし……、そうねえ、教えるだけなら問題はないかしら?」


 それを聞いたセーラは一瞬で真っ赤になった。その横でウルンの頭に乗っているモルチュが「可愛いなんて、そんな~。お姉さん、正直者ね」と、くねくねしていたが、君のことじゃないからね?


「それじゃあ、説明しますね。このアーティオンの街の南には古代遺跡がありまして、アーティオンの街がまだ無かった頃、遥か昔に古代の人たちが暮らしていた街の跡だと言われています。街と言っても建物自体は残っていなくて崩れた石の建材とか家の跡とか、そのようなものが点在しているだけなんですけどね。実は数か月前からその遺跡に謎の魔獣が住み着いたようなのです」

「ようなのです、ってことは、はっきりとした目撃情報はないんですか?」

「はい。その遺跡は元々弱い魔獣たちの住処すみかになっていたのですが、いつものように魔獣狩りに行った冒険者が数日経っても帰ってこないという事例が数件続けて起きました。そこでギルドはこれまで居なかった強い魔獣が住み着いたのではないかと判断し、腕利きの三級冒険者、四級冒険者、五名からなるパーティーに調査を依頼したのです。数日後、戻ってきたのはパーティーの回復役だった治療術師の女性一人だけでした。彼女は魔力を使い果たし歩くのもやっとという大怪我を負った状態でした。治療院に運ばれた彼女はギルドの調査に対してこう答えました。『みんな、やられた。見えない何かが襲ってきて自分も含めて全員なすすべなく切り裂かれた。必死に治療し続けたけど、魔力が足りなくなって、リーダーからおまえだけでも逃げてギルドにこのことを伝えろと言われた』と……」


 マリッサさんは説明をしながら少し蒼褪あおざめていた。悪いことをしたな。この街の冒険者だったら誰でも知っているような話でわざわざ説明する機会など無かったのかもしれない。


「あの、すいません、マリッサさん、怖いことを思い出させてしまって」

「あ、いえ、大丈夫ですよ。冒険者に情報提供するのは私たちの仕事ですので」

「ありがとうございます。えっと、それでその謎の魔獣の討伐依頼が出ているってことなんですか?」

「ええ、まあ、そうなんですが。今回の依頼は特殊な形になりまして」

「特殊?」

「はい。我々、アーティオンの冒険者ギルドは今回の件を通常の依頼では解決困難な事例であると判断し、ギルド長が領主様の元におもむいて協議を重ねました」


 領主様か。話が大きくなってきたな。


「その結果、冒険者と兵士による合同討伐隊を結成し、多人数で謎の魔物の調査と討伐を行うということになったのです。ええと、今日が『獣の日』ですから……、三日後、『空の日』に実施される予定になっておりますね」


 相手の正体がわからない以上、目を増やして少しでも情報を集めて数の暴力で何とかしようという考えだな。しかし……。


「あの、変なことを聞きますけど、三級四級冒険者すら殺すような正体不明の敵と戦わなければならないんですよね? 兵士はともかく冒険者で参加する人なんて居るんですか?」


 兵士は街に雇われている身分だから命懸けで強制参加することになるのだろうが、冒険者はその街の依頼が気に入らなければ別の街に移ってしまってもいいわけだ。俺の前世の言葉に「命あっての物種」というものがあるが、冒険するにしても死んでしまったら意味がない。無謀と勇気は違うからな。


「まあ、その疑問はもっともですね。もちろん領主様もそう思われたようで、実は今回の討伐依頼には命を懸けるにあたいする特典が用意されまして」

「特典? 大金だとか貴族の地位みたいなものですか?」


 イースタ領があるヒワン国には貴族が存在する。もちろん領主様も貴族だ。国に大きな貢献をした冒険者や商人が貴族の地位を与えられるという話もかなり珍しくはあるが全く無い話ではない。


「それに近いかもしれませんね。実はイースタ領の領主ガルグッチ・イースタ様には一人娘がいらっしゃいまして。今回、謎の魔獣を倒された方をその婿に迎えるという話になっているのですよ。アテリア様というのですが、イースタ領でも三本の指に入る美人と言われていて、その話が出た途端、討伐に参加したいという冒険者が殺到しまして……」


 うわあ、娘を褒美に使うわけか。現代日本だったら大問題だな。


「……あの、そのアテリア様の意思はどうなのでしょうか?」


 それまで黙って話を聞いていたセーラがそう確認した。神殿の者としても女性としても気になるところだろうな。


「アテリア様は受け入れていると聞いております。ガルグッチ様の奥様、つまりアテリア様のお母様はご病気でお亡くなりになられたのですが、亡くなる前に遺言を残されたそうです。それは『アテリアの結婚相手には強き者を望む』というものだったのだとか。これはガルグッチ様と奥様の馴れ初め《なれそめ》と関係しているそうです」

「馴れ初め?」

「はい。ガルグッチ様は若い頃、当ギルド所属の冒険者をしていたお方なのです。その時に盗賊にさらわれそうになっていた大きな商家の娘だった奥様を助けられ、二人は結ばれたそうです。ガルグッチ様は三男ということで本来は領主を継ぐはずではなかったそうですが、お兄様たちが病気や事故で相次いでお亡くなりになり、領主を継がれたのです。奥様は自分を助けてくれたガルグッチ様を自分だけの勇者様のように思われていたようで、娘の婿も夫に匹敵するくらい強い者でなければならないと思われていたようですね」


 なるほど。亡くなった母の遺志となると娘もないがしろにはできないということか。


「謎の魔獣を倒したとあれば、お母様の遺された婿の条件も満たされますし、そういうわけでアテリア様も表向きは嫌がる様子は見せていないようです」


 まあ、でも、それは結局相手によるんじゃないかな? 謎の魔獣を倒した奴がうちの御爺様とかゲスリとかだったら婿にはしないだろ? しないよね?


「どうなされます? 皆様も討伐隊に参加することは可能ですが……」


 そう言ってマリッサさんはちらっとセーラを見た。セーラは俺を見た。ウルンとモルチュも俺を見た。いやいや、俺はそんなつもりないからね?


「俺たちは旅の途中なので申し訳ないのですが参加はできません」


 謎の魔獣、確かに気になるし、力になりたい気持ちもあるが、領都の冒険者や兵士が総力を挙げて討伐にあたるというなら任せておいて大丈夫だろう。


「そうですか。皆様、お強そうなので残念ですが」


 マリッサさんは本当に残念そうだったが、その一方でセーラがちょっとほっとしていたように見えたのは俺の気のせいだろうか。




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