第十一話「事件の結末と新たな仲間」


 ゲスリとの戦いは終わった。

 それにしてもセーラの技はすごかったな。闇の女神の信徒の力にかなり有効そうだ。

 ……ひょっとしたら俺は勘違いしていたのかもしれない。央神殿が俺とセーラに一緒に来いと命じたのは、俺が聖女候補のセーラを守るためではなく、セーラに神器を持つ俺を守らせるためだったのかも。わー、恥ずかしい。

 さて、紳士淑女にはとても見せられない姿で地面に転がっているゲスリをどうするか思案していると騒ぎを聞きつけたらしい兵士たちが駆け付けてきた。

 目の前に居るのは連続盗難事件の容疑者とその身柄を預かったはずの神殿関係者、そして無残な姿になった自分の上司。兵士たちが何を考えたか言うまでもない。

「お、おのれ! よくもゲスリ守備隊長を! おまえたち、囲め!」

 副隊長らしき大柄な男性が号令を出すと兵士たちは一糸乱れぬ連携の取れた動きで輪になって俺たちを取り囲んだ。よく訓練されているな、というか、ゲスリの称号の力無しでもこの動きが出来るならゲスリなんていらないんじゃ?

 それにしても面倒なことになった。状況だけ見たら俺たちが悪者に見えても仕方ない。もちろん真実を説明するつもりだが、信じてもらえるかな?

 俺がそう思っていると援軍は思わぬところからやってきた。先程から俺たちの戦いを遠巻きに見ていた住民たち、野次馬の皆さんだ。

「おい、兵士さん! どう見ても悪そうなのはそっちの守備隊長さんだったぜ」

「そうだ、そうだ、そいつ、ネズミを操ってその人たちを襲わせていたんだ」

「そこのお嬢ちゃんの光を出す技、かっこよかったぜ! 握手してください! 出来ればサインも!」

「ひょっとして最近続いていた泥棒ってそいつがネズミにやらせていたんじゃないか?」

「お、そうかもな。兵士さん、この人たちを捕まえる前にその守備隊長の家を調べた方がいいんじゃないか?」

 お、中には名推理を見せている人もいるな。

 あと、セーラには指一本触らせんぞ!

 兵士たちは野次馬たちのヤジを聞いて「おい、どうする?」みたいな感じで顔を見合わせていたが、やがて副隊長が俺たちにとりあえず兵舎の方で話を聞きたいと言ってきた。取り調べという奴だろう。俺たちにやましいことはないのでもちろん了承した。兵士たちはどこからか担架を持ってきてゲスリを載せて運んで行った。

 ファスティアの街の兵舎は街の中心部にあった。歴史のありそうな石造りの建物だ。普段は尋問などを行っているのであろう机と椅子が並んだ部屋に通されて、俺たちは副隊長さんになぜあそこでゲスリと戦闘になったのか説明した。俺の「猫」の称号や猫と話が出来るスキルについて説明すると驚いていたが、女神様が与える称号ならばそういうこともあるのだろうと納得していた。

 俺たちが話を聞かれている間に他の兵士たちはゲスリの家を捜索していたらしい。息を切らした兵士が尋問室に入ってきて盗品のいくつかがゲスリの家で見つかったことを知らせてくれた。

 その後、街の治療術師によってゲスリは回復したが、まるで憑き物が落ちたように自分の罪を認めて何があったのか話し出したという。事件に巻き込まれた関係者ということで副隊長が教えてくれた内容はこんな感じだった。


 二か月ほど前、ゲスリが酒場で酒を飲んでいると真っ赤なワンピースを着た女に声を掛けられたのだという。女はこの街では見覚えがない美人で突然ゲスリの顔を覗き込んでくると「あなた、才能あるわね」と言ったそうだ。

 女に誘われるまま二人はゲスリの家に移動して話をしたようだ。

 リレドラと名乗った女はふところから鈍く光る魔獣石を取り出してその使い方を教えてくれたという。仮にもゲスリは兵士、この街の守備隊長という立場だ。力を与えるから犯罪に使え、そんな申し出を受けるわけがない、自分でもそう思っていたそうだ。

 しかしリレドラの眼と魔獣石を見ているうちに「揺らいだ」のだとか。

 自分は若い頃から兵士として勤め続けて時には危険な業務にも携わり守備隊長という地位を手に入れた。だが、それだけだ。わしは本来もっと評価されるべき人間なのではないか。もっと地位や名誉や金を手に入れるべき存在なのではないか。段々とそう思えてきたらしい。それがリレドラの力によるものなのか、ゲスリの精神的な問題なのか、そこはよくわからなかった。

 リレドラが去った後、ゲスリは魔獣石の力の実験を続けた。魔獣石に宿されていたのはリレドラの力の一部でネズミを操って狂暴化させる能力だったという。そこに自らの「指揮官」の称号の力を合わせることであんなことが出来るようになったらしい。


 二か月前ということはリレドラがこの街に来たのは俺と戦う前だろう。気になるのはなぜゲスリに力を与えたのかということだ。相手の目的がわからないのですごく不気味だった。

 まあ、情報が少ない今の段階ではあれこれ考えても仕方ないかもしれない。ファスティアの連続盗難事件は解決したのだ。今回はそれで良しとしよう。

 俺たちは神殿に帰った。夜にこっそり出て行ってしまったため神殿長のスタットさんは姿が見えない俺たちのことを心配してくれていたようだ。ゲスリの起こした事件について説明するとかなり驚いていたが、さすがは聖女候補様だと感激していた。

 眠そうなセーラを神殿に休ませて、俺とウルンたちは街の市場に向かった。もちろん今回の事件を解決に導いた立役者であるボスのキーシュを含めた野良猫たちに持って行くお礼の魚を買うためだ。本当は容疑者扱いされて精神的に疲れているだろうウルンたちにも休んでもらうつもりだったが、野良猫たちにぜひお礼を言いたいということで一緒に連れて行ったのだ。

 俺とウルンで大漁の魚を持って会いに行くとキーシュはやはり前回と全く同じ場所同じポーズで待っていた。俺たちが持つ紙袋を見て彼は察したように「にゃあ」と言った。

 あ、いけね、スキル「猫の手も借りたい」使うの忘れてた。


『その様子だとおまえさんのトラブルってやつは無事解決したようだにゃ』

『はい、おかげさまで。助かりましたにゃ』

『ちょっと仲間を呼ぶから待ってくれるかにゃ?』


 そう言うとキーシュは傍らに居た猫に仲間を呼びに行かせた。


『……ところで、一緒に来たそいつらはおまえさんの仲間だよにゃ?』

『え、はい、そうですけど?』

『さっきから俺たちに向かって人間の言葉で「にゃあにゃあ」言ってくるんだが、これは何をやっているにゃ?』

『えっと、あの、たぶん俺の真似をして猫の言葉でお礼を言っているつもりなんだと思いますにゃ……』

『おまえさんの言葉はわかるけど、そいつらのは通じないにゃ。早く教えてやらないと、そいつら、みじめだにゃ』

『あ、はい』


 俺は周りの猫に向かってにゃあにゃあ話し掛けていたウルンとモルチュに全然通じていないことを告げた。二人は赤面した。


「早く言ってくれよー。じゃあ俺たちの代わりに礼を言ってくれるか?」


 ウルンがそう言うので俺は二人の代わりに野良猫たちへ猫語で礼を言った。猫たちはウルンの所に行って「疑いが晴れて良かったな」「いいってことよ。気にすんな」などと言いながら前足でぽんぽんと彼の足を叩いて元気づけていた。セーラが見たら歓喜の叫びを上げそうな光景だな。

 そんなやり取りをしているとぞくぞくと連絡を受けたこの街の野良猫たちが集まってきた。最初に出会ったフィロ爺の姿もあった。そうだな、五十匹ってところか。これなら買ってきた魚で足りそうだ。

 現代日本なら野良猫に餌を与えるのは褒められた行為ではないかもしれないが、ここは魔獣さえ居るような異世界だ。お許しいただきたい。

 野良猫たちに魚を振舞った後は食べ残しなど奇麗に掃除させていただいた。


『それではお世話になりましたにゃ』

『こっちこそ美味い魚を食べられて得したにゃ。おまえさんならいつでも歓迎するにゃ。また来るにゃ』

『ありがとうございますにゃ。いつかまたにゃ』


 俺とキーシュは握手をし再会を誓った。




 次の日、俺とセーラはファスティアから領都アーティオンに向かうための馬車乗り場に来ていた。もちろん盗難事件が解決したので服を脱いで検査を受ける必要はなく一安心だ。

 後で聞いた話によると街を出る者に服を脱いで検査することを主張したのはゲスリだったらしい。おまえかよ!

 すっかり足止めを食らってしまった。アーティオンからスムーズに王都アンドルワに行ければいいのだが。でもなんか嫌な予感がするんだよな。ここに来て、俺ってトラブルに巻き込まれる体質なんじゃないかという懸念が生じてきた。そもそも転生している時点でそうだもんな。あ、それはセーラも同じか。

 ウルンたちが見送りに来てくれた、と思っていたのだが、二人は意外なことを言い出した。


「ミケルさん、セーラさん、あの、良ければ俺たちも央神殿まで従者としてお供させてもらえないかな?」

「二人が居なかったら私たち今頃まだ牢の中だったわ。運命を感じたのよ。聖女候補様の従者になるチャンスなんて人生で二度と無さそうだし、二人についていけばすごい冒険が待ってそうだもの。お願い」


 ゲスリとの戦闘中、俺は一人でセーラを守りながら戦う難しさを思い知らされた。今後この二人が居てくれたら確かに心強いが。


「どうしよう、ミケル君? 二人が一緒なら楽しそうって思うけど、いいのかな?」


 いいのかな、というのは恐らく央神殿が許すか、ということだろう。従者の人数については一人以上ということで特に指定されなかったはずだが、途中参加が許されるのかは聞いていない。ただ、俺は確信していることがあった。


「たぶん大丈夫だと思う。初代聖女カトリサ様だって旅をしながら賛同者を増やしたっていう話があったはずだ。聖女の資質として旅の途中で仲間が増えることをマイナス評価にはしないと思うぞ?」


 俺がそう言うとセーラは安堵したように笑顔を見せた。


「それでは、ウルンさん、モルチュさん、よろしくお願いします!」

「おう、よろしく頼む!」

「やったー! セーラちゃん、女同士、仲良くしてね」

「うん!」


 どうやらこれからにぎやかになりそうだ。

 まさか、領都アーティオンであんなことが起きるなんて、この時、俺たちは思ってもみなかった……、なんてね。




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