第五話「聖女と神器」


 これは俺が意識を失ってからの出来事なので自分の記憶ではなく後で聞いた内容だ。

 俺がレオ兄様の所に向かっていた、まさにその頃、森の主が出たことを聞いた御爺様は村に残っていた猫人族の戦士たちを召集し、すぐに俺の後を追ったらしい。

 しかし森の中はいつも以上に魔獣が多くなっていて、森の主が居る場所はすぐわかったが、そこまで来るのに時間が掛かってしまったらしい。俺が移動している時はまだそんなことにはなっていなかったので恐らくリレドラの仕業だったのだろう。

 その間に俺が森の主を撃破、リレドラが俺の前に姿を現した頃だと思うが、御爺様たちは気を失ったレオ兄様を発見したようだ。そしてリレドラの呼び集めた魔獣たちと俺が戦う音を聞いて駆け付けた御爺様たちが見たものは巨鳥の足につかまって逃げる赤ずきんの女と真っ二つになった森の主、血を流し倒れた俺の姿だったのだとか。

 俺とレオ兄様はすぐに猫人族の村に運ばれた。幸いにもレオ兄様はすぐに意識を取り戻したそうだ。それでもかなりの重傷で起き上がることはできなかったようだけど。

 問題は俺の方だった。血を流しすぎた上にポイズンディアの毒を受けていたから、かなりやばい状態だったらしい。誤解のないように言っておくが、本来ポイズンディアの毒は命にかかわるようなものではない。身体が痺れて動きづらくはなるが、安静にしていれば自然と治る程度の物である。しかしこの時の俺はひとつひとつは致命傷ではなかったが、身体中に多くの傷を負っていたために毒の影響が強く出てしまったようだ。

 猫人族の村での治療は不可能と判断された俺はルロに背負われてケットスの街に運ばれた。蛇足になるが、この時のルロは号泣しながら「ミケル! 俺が絶対に助けてやるぞおおおおお!」と叫びながら全速力で駆け抜けてくれたらしい。見たかったな。いつも俺をからかってくるルロのそんな姿を見られていたら一生ネタにできたのに。

 俺が運ばれた場所はケットスの街の神殿だった。その目的は神殿長であり孤児院長のクリスチナ様に助けてもらうためだ。彼女はこの街でたった一人の「治療術師」の称号持ちで瀕死の俺を助けられそうな唯一の人物だった。

 しかし神殿にたどり着いたルロは応対したリンダさんから絶望的な情報を伝えられた。

 クリスチナ様は神殿長としての仕事で隣町まで出かけていて留守だったのだ。ルロは間に合うわけがないとわかった上で、それでも彼女を迎えに行くために神殿を飛び出し隣町に向かって走り出したそうだ。

 刻一刻と俺の顔色は悪くなっていったらしい。


 そしてここから先は聞いた話ではなく、俺はぼんやりとだが覚えている。


 騒ぎを聞きつけたのか、孤児院のこどもたちがこちらにやってきた。身体中に血止めの布を巻いた俺の姿を見て泣き出した子も居た。ミケル兄ちゃん、ミケル兄、ミケルちゃん、俺を呼ぶいろんな声が聞こえた。その中で俺の耳にはっきりと聞こえてきた声。


「ミケル君! しっかりして!」


 セーラの声だった。俺の左手を彼女がそっと握ったのがわかった。彼女の手の温かさが少し冷たくなった俺の手に伝わってきた。


「きっとすぐにクリスチナ様が帰って来てくれる! だからそれまで頑張って!」


 俺は返事をしたかったが、口を動かすことが出来なかった。かすんだ視界の中に泣いている彼女の姿が見えた。彼女を泣かせてしまった自分が情けなかった。


 そういえば、魔法の長靴、あ、そうそう、俺がマナって名付けたんだったな、はどうしたんだろう? あいつなら魔法の力で俺を治してくれそうなのに。自分の足には履いている感触はなかったし、まさか、森に置いてきてしまったんだろうか? 寂しがってないといいな。


 俺は自分が死にかけているというのにのんきにそんなことを思っていた。


「女神様。サンエトリア様」


 小さな声だったが、はっきりとセーラがそうつぶやいたのが聞こえた。


「ミケル君をお助けください」


 ぽたっ。俺の手に何かが落ちた。セーラの涙だった。


 その瞬間、俺は全身を暖かい何かに包まれた気がした。これは……、魔力? それはセーラから発せられていた。しかもかなりの強さだ。それと共に自分の中に渦巻いていた気持ち悪さがすうっと消えていくのがわかった。身体中の痛みも嘘のように無くなっていく。なんだ、これは? まさか、治療術? ぼやけていた視界もだんだんはっきりとしてくる。俺はセーラの顔を見上げた。驚きの表情。自分でも何が起きたかわからないといった顔だった。


「……『聖女候補』? 私が?」


 彼女がそうつぶやいたのを聞いて俺も驚いた。そう、それは俺も体験したことだったからだ。


 称号を得た時に頭に浮かぶ言葉だ。


「セーラ」


 俺は彼女の名を呼んだ。先程まではうめき声さえ出せなかったのにはっきりと声に出せた。彼女はハッとした様子で俺の顔を覗き込んできた。


「ミケル君! 大丈夫?」


 まだ心配そうな彼女に向かって俺はニコッと笑って見せた。


「聖女候補になれたんだって? おめでとう」


 思ってもみなかった言葉だったのだろう。彼女は驚いた顔をしていたが、すぐにニコッと笑った。


「もう、そんな場合じゃないでしょ? でも、ありがとう」






 それからはもうなんというか大騒ぎといった感じだった。

 まず俺が回復してすぐに御爺様が神殿に到着した。御爺様は意識を取り戻し起き上がれるようになった俺を見て大泣きしていた。そしてその後でめちゃくちゃ怒られた。冒険者に成り立ての未熟者が制止を振り切って勝手に一人で森の主に挑んだわけだから、まあ、怒られても仕方ないけど。

 そしてあの場で何があったのか問い詰められた。俺はレオ兄様と合流してからの出来事を説明した。俺が戦闘中に「猫」の称号を得たことを説明したら御爺様もセーラも神殿の人たちも「え?」みたいな顔をしていた。

 まあ、そうなるわな。

 その後、自分の身体から光が出てきて(吐いた、というところは適当に誤魔化したけど)、それが「ブーツ」で、あの女、闇の信徒を名乗ったリレドラが「神器・魔法の長靴」と呼んでいたことを話した。その時の御爺様の顔は俺がこれまで見た中で一番驚いていた。どうやら猫人族の身体に神器が隠されているというのは長老しか知らない一子相伝の情報だったらしい。御爺様も先代からこの話を受け継いだが、ただのおとぎ話だろうと思っていたということで、衝撃を受けたようだ。

 そしてその神器はどこにあるのかと聞かれ、俺は改めて心の中で念じてみた。

 マナ、居るか?

 すると裸足だった俺の足に突然長靴が現れた。御爺様はますます驚いていた。

 どうも俺の意識がない時はマナも眠った状態になってしまうらしい、マナからそんなイメージが伝わってきた。

 その後、瀕死状態だった俺がなぜ回復できたのかという話になると、セーラが「聖女候補」という称号を得たことがわかり、神殿はさらに大騒ぎになった。

 ちょうどそこに大慌てのクリスチナ様が帰ってきてピンピンしている俺を見て驚き、リンダさんからセーラが聖女候補の称号を得たことを教えられるとさらに目を丸くしていた。

 クリスチナ様によるとセーラが使った技は治療術ではなく聖女と聖女候補しか使えない「聖術」なんだとか。それは「物事の負を払い、正に戻す」というすごい術で、それによって俺は健康な状態に戻ったらしい。

 神器と聖女候補、ケットスの街がこの二大ニュースでお祭り騒ぎになるまでそう時間は掛からなかった。






 それから数週間ほど何事もなく平和に時間が過ぎた。ちなみにこの世界の一週間は前世の世界のような七日間ではなく六日間になっている。曜日を表す言葉も前世のような日月火水木金土ではなく「地・空・海・人・獣・樹」なのだ。これは創世の神話に出てくる「女神が世界を作った順番」が元になっているようだ。ちなみに日曜日という概念もないので休みは同じ日ではなく仲間と相談しながら各自取ることになっている。

 あの時、俺が倒した魔獣たちはその後ケットスの街に運ばれたのだが、俺はかなりの、というか、見たことがないくらいの大金を手に入れることになった。それもスピアボアやポイズンディアの分だけで森の主の素材はケットスの街のギルドでも取り扱われた前例が無いということで今後どれだけの値段が付くかわからないという話だった。やったぜ。

 そんな大金を家で保管するのは心配だったが、ギルドには前世の世界で言うところの銀行のような仕組みがあるそうで必要な分だけ出金することができて残金はちゃんとギルドが管理してくれるとのことで一安心だ。

 しばらく金には困らなそうだが、俺はセーラのおかげですっかり元気になったことだし、冒険者の仕事を少しずつ再開していた。

 そうだ、ひとつ、朗報がある。「猫」の称号を得た時に語尾が「にゃ」になってしまい絶望したが、その後、いろいろ試してみた結果、語尾が「にゃ」になるのは称号の力を使った時だけだった。すぐに元に戻るのだ。それを聞いたセーラはなぜかちょっとがっかりしていたが、俺は心底ほっとした。

 レオ兄様も、さすがというか、驚異的な回復力を見せて、もう起き上がれるようになっていた。森の主を俺が倒したと聞いて、最初は信じられなかったようだが、俺の「猫」という称号や神器のことを聞いてかなり驚いたようだ。


 そして今日ケットスの街の神殿から猫人族の村に使いの者がやってきた。大事な話があるので俺と御爺様にケットスの神殿まで来てほしいということだった。

 呼び出しなんて初めての経験だ。悪いことじゃないといいな。そう思いながら俺は御爺様と街に向かった。

 神殿に着くとリンダさんが応対してくれて俺たちは神殿の中にある応接室に案内された。この神殿にはこどもの頃から通っているが、応接室に入るのは初めてだ、というか、この神殿に応接室なんてあったのか。知らなかった。

 応接室に入るとすでに複数の人間が俺たちを待っていた。クリスチナ様、セーラ、それと、知らない人族のおっさん。髪がちょっと薄いせいか苦労人って感じの見た目だ。黒っぽい服からして神殿の関係者だろうけどケットスでは見かけない顔だった。誰だろうと思いながら勧められたソファに腰を下ろすとクリスチナ様が話し出した。


「急に呼び出してしまってごめんなさいね。マダナイ様、ミケル君」


 ちなみにマダナイというのは御爺様の名前だ。若い頃は冒険者として活躍し、猫人族の長老となった今でも魔獣石に炎術師の力を込めて火をおこす魔道具の一部を作るという重要な仕事をしている御爺様はケットスの街でも尊敬を集めているのだ。


「こちらは王都アンドルワの神殿からいらっしゃったサイオン・バニスター様です」


 王都か。俺たちが住む村やケットスの街はヒワン大陸という大きな大陸にあるが、その大陸が丸ごとヒワンという名前の一つの国だ。この辺りはその中のイースタ領という地域でヒワン大陸の北東に位置している。王都アンドルワはヒワンの首都であり大陸の西の端にあって話には聞いたことがあっても行ったことがない場所だった。


「初めまして、サイオンと申します。お二人にお越しいただいたのは光の女神の信徒にとって大事なお話をするためです」


 俺はそれを聞いてちらっとセーラの方を見た。いつもは明るく柔らかな印象がある彼女だが、緊張と困惑が入り混ざった、そんな表情に見えた。


「先日、クリスチナ様からアンドルワ神殿に連絡をいただきました。セーラ様が聖女候補の称号に目覚められたこと、そしてミケル様が神器の所持者になったこと、闇の女神の信徒を名乗る者についてです」


 ケットスの街と王都アンドルワはかなり距離が離れているはずだ。少なくとも気軽に行ったり来たり出来る距離ではない。神殿は離れた場所と話が出来る魔道具を持っていると聞いたことがあるのでそれが使われたのだろう。


「連絡を受けてすぐにアンドルワ神殿は央神殿に報告を行いました。そして央神殿からの指示を受けて『鑑定士』の称号を持つ私が真偽の確認のためにこちらへ派遣されたというわけです」


 央神殿。それは今の聖女様が居る場所だ。ヒワン大陸から見ると西にあたる「センタル島」という島にあり、世界中の神殿の中心ということで央神殿と呼ばれている。

 それと、鑑定士? 初めて聞く称号だった。前世の記憶のせいか骨董品や芸術作品の価値を見る仕事が頭に浮かんだ。


「さて、不躾ぶしつけですが、ミケルさん。今ここに神器を出現させることはできますか?」

「え、あ、はい、やってみます」


 俺はそう答えると心の中で「マナ、出てきて」と頼んだ。すぐに俺の靴は魔法の長靴と入れ替わり、それを見たサイオンさんは小さく「おお……」とつぶやき目を丸くした。


「……では失礼します」


 そう言うと彼はしゃがんで俺の履いている魔法の長靴を見つめ始めた。魔力が彼の眼に集まっているのがわかった。数秒後、彼は小さく「すばらしい」とつぶやくと立ち上がった。


「これはまさに間違いなく神器『魔法の長靴』ですな。まさか、神話に登場する神器のひとつを実際にこの目で見られる日が来るとは。感動いたしました」


 そう言った彼は立場上冷静を装っていたが、それでも興奮を隠せない様子が見て取れた。


「セーラ様が聖女候補の称号を持っていることも先程確認させていただきました。あ、鑑定と言っても何もかもわかるわけではございません。私の今の力では鑑定したものが何なのかという基本的な情報しかわかりませんのでご安心くださいませ」


 セーラを鑑定した、ということで誤解されては困ると思ったのか、彼は慌てた様子でそう付け加えた。まあ、身長、体重、スリーサイズまで一目で見抜かれたりしたら女性は嫌だよな。


「さて、セーラ様が聖女候補の称号を持っており、ミケル様が神器の所持者であることを確認させていただいた上で、お二人にお話がございます」


 サイオンさんの表情がより一層引き締まった。


「聖女候補セーラ・インレット様、あなたには次の聖女としてふさわしい人間かを確かめる試練を受けるために央神殿まで来ていただきたい」


 やっぱりそうなのか。聖女候補という称号の名前からそんな想像をしていた俺はそこまで驚かなかった。


「そしてミケル・ジーベン様。あなたにはセーラ様の従者としてこれから彼女と行動を共にしていただきたいのです」




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