第四話「赤ずきんと魔法の長靴」
称号「猫」を得て何とか森の主を倒せた俺の前に突然現れた「リレドラ」と名乗る赤ずきんの女。
そいつは自分が森の主を操っていたと言った。
そして十年前の事件にも関わっていた、と。
「おまえがこれを操っていたって? それに十年前って……」
俺がなんとか絞り出すようにそうつぶやくと女はにやりと笑った。
「そうよ。十年前はまだあたしもこどもでさ、『称号』をもらったばかりだったから上手くコントロールできなくてねえ。ちょっと傷つけられくらいで支配が解けちゃって、あいつ、森の主なんて大層な名前で呼ばれているくせに森の奥に逃げ帰っちゃったんだよ。情けないよねえ。あーあ、この十年、修行を積んできたから今回はいけると思ったのにさ」
「称号だと?」
「そっ。あたしの称号は『魔獣使い』ってやつ。闇の女神ダスハムラ様にいただいた『闇の称号』よ」
「闇の称号だって? おまえ、『闇の女神の信徒』なのか!」
神話として語られている光の女神と闇の女神の戦い。その時、光の女神に生み出された人族は光の女神に付き従い、光と闇の女神二人に生み出された獣人族は十二支を除くと中立の立場を貫いた。しかしごく少数ではあるが、闇の女神に魅入られて忠誠を誓った人族や獣人族が居たという。それが闇の女神を信奉する「闇の女神の信徒」と呼ばれる者たちだ。
光の女神が勝利し闇の女神が封印された後も彼らはしぶとく生き残り、これまでの長い歴史の中で様々な事件や騒ぎを起こしたと言われている。
もちろん彼らはこの世界にとって異端者となるため表舞台に出てきて自分が闇の女神の信徒だと宣言することはない。それが常識なわけだが。
「あ、わざわざ名乗ったことにびっくりした? そりゃそうよね、街に行って私は闇の女神の信徒ですなんて名乗ったら袋叩きにあってもおかしくないもんねえ」
「口封じするから関係ないってことか?」
この女がペラペラと自分に不都合になる自己紹介をする理由。それはすぐに俺を殺すつもりだから教えても問題ないってことだろう。
「正解。あはは、君、頭いいんだねえ」
「なぜうちの村を何度も襲ったのか、教えてもらうぞ。あと、その人を馬鹿にした態度も土下座して謝ってもらうからな」
俺はそう言いながら短剣を女に向けた。すると彼女はケラケラと笑った。
「いいねえ、いいねえ、好きだよ、そういう強気な奴は。でも、君、忘れてない? あたしは魔獣使いだって言ったよね? 確かに森の主は死んだ。でもこの森に棲んでいる魔獣は森の主だけだと思う?」
そう言った女の身体からすごい魔力が発せられた。ただの魔力じゃない。自分が使っている魔力に比べて、黒く暗い、そんな感じがした。それは触手を伸ばすかのように森のあちこちに伸びていき、次の瞬間、森が騒がしくなった。獣が駆ける音があちこちから聞こえてきて、あっという間に女の周りに魔獣の群れが出来ていた。
牙が槍のように鋭い猪の魔獣スピアボア、角に毒がある鹿の魔獣ポイズンディア、それぞれ十数頭、自然界では絶対に共闘しないはずの種族が違う魔獣たち。
女の力を認めざるを得ない光景だった。
「意外と少ないわねえ。まあ、こんなものか。さあ、面白い戦いを見せてね。簡単に死んじゃ嫌だよ? 行けええええ!」
女が号令をかけるとまず一匹のスピアボアが突っ込んできた。俺は先程使えるようになったばかりの猫爪斬を放とうと魔力を出した。そして気付いた。魔力が足りない。森の主を倒した「窮鼠猫を噛む」は追い込まれないと出せない大技だった。言ってみればそれは火事場の馬鹿力みたいなもので自分の限界を超えた力を無理やり出していたのかもしれない。今の俺は燃料切れ、とても称号の力を使える状態じゃないということだ。
思わず舌打ちして攻撃を中断、スピアボアの突進をギリギリで何とか
こいつは……、やばいぞ……。
そこからは一方的な展開だった。俺は防戦一方で魔獣たちの攻撃を避け切れずに少しずつ傷が増えていった。自然界では連携しない連中がリレドラの力でチームワークの取れた攻撃を仕掛けてくるのだ。特に痛かったのは途中ポイズンディアの角攻撃が左腕にかすってしまったことだ。毒と言ってもすぐさま死ぬような猛毒ではないのだが、少しずつ身体が
もうちょっと時間稼ぎが出来れば村のみんなが来てくれそうだけど、それまで持ちそうにないな……。
森の主という大物を倒せたっていうのに、ここで終わりか。
最後に会いたかったな、セーラに……。
……はっ! そうだ、セーラ!
あきらめかけた俺の心に浮かんだのはセーラの姿だった。俺の幼なじみで前世では最愛の恋人だった存在であり、光の女神の信徒にとっては雲の上の存在である聖女になりたいという大きな夢を持つ少女だ。
俺が死んだら誰が彼女を聖女にするんだ?
思い上がりかもしれない。
俺なんかがセーラの夢に何か協力できることがあるのか正直わからない。
でも、少なくとも、セーラの夢がどうなるか見届けるまで、俺は死ねない!
強くそう思った瞬間だった。身体の中心、胃の辺りが突然熱くなった。
なんだ、毒のせいか? いや、違う、何かが身体の中にある!
うっ、うー、うげえっ!
食道を駆け上ってきた何かが俺の口から飛び出した。
なんだ、これ?
自分の吐き出したものが宙に浮かんでいた。
それは光の玉だった。
「なっ、何よ、それ?」
リレドラが驚きの声を上げた。何って聞きたいのはこっちだ。「猫」の称号を持つ俺が吐いたんだから、まさか、毛玉か? 光り輝く空飛ぶ毛玉なのか?
光の玉はぐにぐにと形を変え始めた。光が収まってくるとその正体がわかった。
……長靴?
もちろん長靴と言っても前世の世界にあったようなゴム長靴ではない。動物の皮で出来ているような、どちらかと言えば「ブーツ」と言った方が正しいだろう。左右一組、つまり一足が空中に浮かんでいた。
それを見ながら俺の頭の中にはある文章が浮かんでいた。
長靴を吐いた猫。
違う、違う! 有名なお話の「長靴をはいた猫」は「履いた」である。賢い猫があれこれ知恵を働かせて主人を成り上がらせていくお話だったはずだ。こんな長靴が口から飛び出した猫の話ではない。
目の前に浮かぶ謎の長靴に思わず現実逃避を始めてしまった俺に対して驚きの一言を口にしたのはまさかのリレドラだった。
「これって、まさか、神器『魔法の長靴』! 本当に猫人族が持っていたなんて!」
神器だって? 魔法の長靴? もしそれが俺の知っている神器のことだとしたら初代聖女カトリサの従者だった勇者ヒューゴが光の女神から与えられて身に着けていたと言われている装備のことになる。神器の名の通り、ひとつひとつが不思議な力を持っていて、まさに神の力を扱えるという伝説のアイテムだ。
そんなものが俺の身体の中にあったっていうのか?
「あはははは、あのうさん臭い古文書に載っていた情報が本当だったなんてねえ。神器の一つを十二支に成り損ねたと笑いものにされている猫人族が守っているなんて嘘だろうと思っていたけど、こんなことってあるんだねえ。世界中に散らばっている猫人族の村を襲い続けるって、くそ面倒な任務からやっと解放されるわ。ありがとねえ、坊や」
余程嬉しいのか、リレドラは聞いてもいないことをペラペラと教えてくれた。古文書とか任務とかよくわからない話だったが俺にとってこれは聞き捨てならない内容だった。
「まさか、おまえ、うちだけじゃなくて他の場所にある猫人族たちも襲っていたのか。それも、この変な長靴のためだけに?」
「おやおや、自分の身体から出てきたものを変とか言うもんじゃないよ? 神器ってのは一つ手に入れただけで世界を変えると言われている代物だよ。だからさ……」
それまで笑っていたリレドラが急に真顔になり目をカッと見開いて
「そいつをよこしな!」
それまで魔獣たちに自分を守らせていた彼女は長靴に向かって手を伸ばし飛び込んで来た。もしこれが本当に神器というやつだとしたら闇の女神の信徒にくれてやるわけにはいかない。それにこいつは俺の身体から出てきたのだ。どう考えても俺の物だろう。
「来い! そんなやつに触らせるな!」
自分でもなぜ長靴に向かって話し掛けたのかわからない。前世の頃なら変人扱いされていただろう。でもなぜか確信があった。
こいつには俺の言葉が通じる、と。
リレドラの右手が触れる寸前、長靴は「ひゅっ」といった感じで消えた。彼女は突然目の前で消えた長靴の行方を驚いた様子できょろきょろと探していたが、俺はそれがどこに現れたのかわかっていた。
俺の足だ。
今まで履いていた靴と入れ替わり、まるで最初から俺のために作られたかのように長靴はぴったりと俺の足に装着されていた。それと同時に俺の心に何かが伝わってきた。はっきりとした言葉という形ではなかったが、思いや感情のようなものを感じられたのだ。
こいつには意思がある。生きている。それがわかった。
俺の視線を追ったのか、リレドラも俺の足のブーツに気付いたようだった。にやりと笑った彼女は腰に付けていたナイフを取り出した。
「面倒なことになったけど、この際、『足ごと』持って行っちゃえばいいわよねえ!」
彼女が左手を振り下ろしゴーサインを出すと動きの止まっていた魔獣たちが一斉に俺に向かって襲い掛かってきた。先程までなら絶望的な状況だ。でも今の俺は
俺はどうすればいいのか、思いが伝わってきたからだ。
行くよ、一緒に!
スピアボアの突進をひらりと
舞踏武道家。
長靴が伝えてきたのはそんなイメージだった。まさか、これって「称号」の力なのか? 長靴は俺と違う称号を持っていてそれを俺に使わせてくれているのか?
そんなことを考えながら今度はポイズンディアの角攻撃を避けた。すでに俺はあいつの毒を食らっている。これ以上の毒を貰うのはまずい。出来れば接近したくない。そう思った瞬間、俺は手から強い風を放っていた。ポイズンディアが空高く打ち上がり、そのまま落下して地面に叩きつけられた。
風術師。
長靴が伝えてきたのは先程とは別の称号のイメージだった。
「おまえ、一つだけじゃなく複数の称号の力を使えるのか! すごいな、長靴!」
思わず俺がそう言うとなんか怒ったような感情が伝わってきた。どうも「長靴」と呼ばれたことが気に入らないらしい。
まあ、俺も「おい、猫」って呼ばれたら「俺にはミケルって名前があるんだよ!」と言いたくなるから気持ちはわからないでもない。
そうなると名前を付けてやらないとなあ。
魔獣たちの攻撃をかわし反撃を加えながら俺はのんきにそんなことを考えた。
長靴か。「ながっち」とか。
なんか違うな。
ブーツだろ。「ブッツ」は……、無いか。
どうもピンと来ない。そういえばこいつはただの長靴じゃない。「魔法の長靴」と呼ばれていたな。
魔法? 魔術じゃなくて、魔法か。
この世界の称号の力は「魔術」と呼ばれている。例えば火の技を出すことができる御爺様は「炎術師」と呼ばれている。「火魔法使い」ではない。魔法と魔術、似ているようで違うのだ。魔力だけだとただの強化しかできないが、称号を得ることでそれを技として使うことができるようになる。そういう技術だから魔術と言われるわけだ。魔法という言葉にはもっと自由なイメージがする。技術とか理論とか無視した何でもありなもの。俺が知る限り、この世界で魔法という言葉を使ったものはこの「魔法の長靴」以外に無い。
マナ。なんてどう?
まほうのながぐつ、略して「まな」だ。我ながら単純な考えだったが、意外なことに長靴からは肯定の感情が伝わってきた。前世の感覚からすると、ちょっと女の子っぽい名前だが、靴に性別があるかわからないから、まあ、いいだろう。
気が付いたらシーンとしていた。俺のネーミングセンスがスベッたわけではない。あんなに居た魔獣たちが全て地面に転がっていたのだ。舞踏武道家と風術師の力を使い分けることにより驚くほど簡単に戦闘が終わっていた。
それに、信じられない、この戦闘中、俺は魔力を使っていない。
俺が「猫」の称号の力を使う場合はもちろん自分の魔力を使うことになる。しかし長靴、じゃなかった、マナが与えてくれた二つの称号の力を使う時は自分の魔力の消耗を感じなかった。
この世界の常識に当てはまらない力。まさに魔法の長靴だ。
残っているのは真っ青な顔をしたリレドラだけだった。こいつにはいろいろと聞きたいことがある。先程ペラペラ話していたことが事実だとしたら俺の両親の
俺は一歩を踏み出した。ビクッと女が反応する。そして慌てた様子で突然指をくわえた。
ピーッ! 指笛だ!
巨大な影が地面に映った。突然のことに俺の反応が遅れた。頭上を見上げると巨大な鳥がこちらに突っ込んでくるところだった。確か、硬い羽毛を持つハードバードという魔獣だ。リレドラは俺の一瞬の隙をついて大きくジャンプして、その鳥の足につかまった。
「今日のところはあたしの負けだねえ。またね、坊や!」
「逃がすか!」
そう叫んだ俺は風術師の力で攻撃をしようと右手を上げたが、その瞬間、大きな
くっ、血を流しすぎたか……。
それにポイズンディアの毒が全身に回って限界を迎えてしまったようだった。目の前が少しずつ暗くなっていく。無念。
遠ざかっていくハードバードの姿を見上げながら俺は意識を失った。
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