第九話「真犯人」


 野良猫たちへの調査をボス猫キーシュに頼んだ俺たちは冒険者ギルドに戻ってきた。盗難事件の情報集めの他にもやりたいことがあったのだが、先程はウルンたちの騒ぎのせいで何も出来なかったからだ。

 何がしたかったのかというと俺はギルドでレオ兄様の情報を集めたかった。ギルドにはこのファスティアの街に定住して生活している冒険者の他にウルンたちのように短期間滞在して仕事をし、次の街に移るような生活をしている連中も顔を出す。村を出たレオ兄様がどこに向かったのかわからないが、いろんな人間に聞くだけ聞いてみて少しでも彼の行方に繋がる情報を手に入れられれば儲けものだと思ったのだ。

 ただ、残念なことに今回はレオ兄様に繋がりそうな情報は得られなかった。

 ギルドでの用事を済ませた俺たちは神殿に戻ってきた。ウルンとモルチュは駆け寄ってきて何か真犯人に繋がるような情報は見つかったかと聞いてきたが、俺が「野良猫たちにお願いしてきた」と言うとあまりに予想外だったらしく「……え?」と言ったまま固まった。

 俺が自分の称号のことと「猫の手も借りたい」のスキルのことを説明すると何とか納得してくれたが、それでも野良猫なんかに任せて大丈夫なのかと心配そうだった。あと、「猫の手も借りたい」ってどういう意味なのか質問されて困った。意味を教えてもこの世界には無いことわざなのでスキル名がなぜそうなるのか理解できない様子だったのだ。俺の前世のことを話したら狂人扱いされそうだし、どこかの国にそういう言葉があるらしい(この世界の、とは言ってないので嘘ではないよね?)ということで誤魔化ごまかした。

 俺とセーラ、ウルンとモルチュはその日神殿に泊まらせていただいて、次の日、俺とセーラは再びキーシュに会いに行った。




 昨日と全く同じ場所全く同じポーズで迎えてくれたキーシュを見て俺は「まさか、昨日からずっと動いていないんじゃ……」と思ったが、口には出さずにおいた。

 世の中知らない方がいいこともある。


『おお、昨日の、えーと、ミケルとか言ったかにゃ? 待っていたにゃ』

『こんにちは、キーシュさん。何かわかったことはあるかにゃ?』

『ああ、いくつか気になる話があったにゃ。おまえさんの望んでいる情報かわからないけどにゃ』

『街のことをよく知るキーシュさんが気になったのなら貴重な情報だと思うにゃ。聞かせてくださいにゃ』

『まずにゃ、変わったネズミが目撃されているにゃ』

『ネズミ? まさか、それって子人族ですかにゃ?』


 モルチェじゃなくても他の子人族がこっそり街に侵入している可能性も否定できない、俺はそう思っていた。


『ネズミの獣人じゃなくて普通のネズミの方にゃ。でもにゃ、そいつはなんかキラキラ光るものをくわえていたらしいんだにゃ』

『光るもの?』

『たぶん人間が使っているお金ってやつだにゃ。しかも一番良い奴のことだと思うにゃ』


 一番良いお金、それはたぶん金貨のことだろう。連続盗難事件の盗まれたものの中にも金貨があったはずだ。ただの偶然とは思えなかった。


『その他にも最近街でいつもより多くネズミを見掛けるという報告が上がっているにゃ。そして夜になるとネズミたちが入っていく家があるらしいんだにゃ。街外れの今は誰も住んでいない廃墟なんだけどにゃ』


 何者かがネズミを操っている? 前世の「ハーメルンの笛吹き男」という伝承を思い出したが、それよりも現実に存在する確かな事例を俺は知っている。

 魔獣を操る力を持った闇の女神の信徒の女、リレドラだ。

 まさか、あいつがこの街に居る?

 しかし冷静に考えてみると、この街で盗難事件が起きている頃に俺は遠く離れた猫人族の村がある森であいつと戦っていた。リレドラじゃないとするとネズミを操る未知の称号持ちが他にいる可能性もあるよな。


『有力な情報だにゃ。助かったにゃ。俺たちの用事が済んだら魚を買ってくるにゃ』

『役に立ったようで良かったにゃ。魚、楽しみにしてるにゃ~』


 再び握手した俺とキーシュを見ながらセーラが羨ましそうに「猫聖女って称号あったりしないかなあ」と小さな声でつぶやいたのが聞こえたが、うん、まあ、聞かなかったことにしよう。




 俺とセーラは神殿に戻ってきてウルンとモルチュにこれまでわかったことを説明した。この街に一か月ほど滞在している彼らはその廃墟のことを知っていた。

 そこは昔この街で商売をしていた商人のものだったが、その商人一家が盗賊に襲われて全員亡くなってしまい、それ以来、誰も住んでいないのだという。この街ではすっかりお化け屋敷だと噂になっていて、以前、若者たちが面白半分に忍び込んで怪我をしたことがあったそうで、今は街が管理していて立ち入り禁止になっているんだとか。

 とにかく行ってみるしかないな。そう思った俺は夜になったら一人でそこに調査に行くと言った。もしそこに連続盗難事件の真犯人が居るとしたら戦闘になるかもしれない。そんなところにセーラを連れてはいけない。守りながらの戦闘は経験がなく、まだ自信がなかった。

 ところがセーラは一緒に行くと言ってきかなかった。ああ、これか。いつもは穏やかな彼女だが突然頑固になることがあるのだ。それは自分のしたいことについてではなく他人の心配をする時だ。彼女は自分の能力が役に立つはずだと主張した。それはわかっている。俺もそれで治してもらったからな。でもセーラに何かあったら誰が治すんだ? そう思うとうんとは言えなかった。

 そんな俺たちの会話を聞いていて口を挟んできたのはウルンだった。


「それなら俺とモルチュも連れて行ってくれませんか? そうすればセーラさんを守りながら戦えるでしょう?」


 モルチュもそれを聞いてウルンの頭の上でうんうんと頷いていた。


「いや、でも事件の容疑者になっている二人が動くと後で変な言いがかりを付けられるかもしれないですよ?」

「覚悟の上です。正直、自分たちのことなのに他人に任せて見守るなんて性に合わないんでね」

「そうよ。私もウルンも普段はわざわざそんなこと言わないけどね、自分は十二支の一族の一員だという誇りを持っているの。疑われたままじっとしているなんて出来ないわ」


 二人の決意は固そうだった。確かにセーラを連れて行くとしたら冒険者である二人が参加してくれれば心強い。


「わかりました。じゃあ四人で行きましょう。それで真犯人を捕まえましょう」


 こうして俺、セーラ、ウルン、モルチュは即席のパーティーを組むことになった。




 夜。街灯が無い田舎街は真っ暗だった。今夜は雲が出ているのか月明かりもなく、ランプや照明魔道具がなければ出歩くのも危険だろう。

 俺たちは夜になるのを待って噂の廃墟までやってきた。照明を持っていると真犯人に気付かれるかもしれない。そこで俺が案内人となり、みんなをここまで連れてきた。

 「スキル猫の目」、真っ暗な中でも昼間のように物を見ることが出来る「猫」の称号の力を使ったのだ。

 石の塀で囲まれた屋敷。入り口は鉄門になっていてしっかりと太い鎖で封鎖されていた。壊せないこともないが、かなり大きな音がしてしまうだろう。そこで俺は次のスキルを使った。

 「スキル猫の足」、猫のような身体能力を体に宿すことが出来る能力だ。

 俺は助走も付けずにぴょんとその場でジャンプした。塀は自分の身長以上の高さがあったが、大きな音を立てることもなく、難なく上に乗ることが出来た。上から手を貸してセーラたちを引き上げて全員なんとか中に入ることに成功した。

 ……いや、それにしても「猫」の称号、便利すぎる。これって「猫」って付ければなんでもいけちゃうんじゃないだろうか? そのうち「猫ミサイル」とか「猫ビーム」とか撃てるようになったりして。……それはないか。

 それにしても荒れているな。かつては手入れされていただろう広い庭は草が生い茂り、二階建ての建物も壁のあちこちが崩れているのがわかった。確かにこれではよく見えない夜に来たら怪我をしてしまうかもしれない。

 再び「スキル猫の目」を使った俺が先導し、みんなで慎重にそっと建物に近づいた。窓から中の様子をうかがっていると足元で何かが動いた。セーラが小さく悲鳴を上げる。ネズミだった。俺たちには目もくれず、そいつは崩れた壁に空いていた穴から中に入っていった。しばらく息を潜めて様子を見たがバレてはいないようだ。セーラが声に出さずに「ごめん」と口を動かした。

 さて、俺たちも中に入らなければならない。窓は開かなかったので玄関に移動して試しにゆっくりと彫刻が彫られた豪華な扉を押してみた。少しきしむ音がしたが思っていたよりもスムーズに扉が開いた。みんなでそっと中に入る。耳を澄ませると、どこからか人の声がした。明かりは点いていないが誰か居るようだ。声がするのは一階の奥の部屋か。みんなで抜き足差し足忍び足で近づいた。


「うむ、今日はこんなものか。少ないな。まあ、神殿の関係者が絡んできたからには派手な活動は出来んしな」


 あれ? 俺はその声に聞き覚えがあった。

 そうだ、このどこか他人を見下しているような声は……。

 俺は三人に身振り手振りで「行くぞ!」と指示を出した。みんな黙って頷いた。


「こんなところで何をしているんですか?」


 部屋に踏み込んだ俺がそう言うと相手は「ひっ」と悲鳴を上げた。その時、雲が晴れたのか、窓から入ってきた月明かりがそいつの顔を照らし出した。やはりそうか。

 そこに居たのはゲスリだった。


「なっ、おまえたちは……。なぜここが……」


 ゲスリの前には数匹のネズミ、そして光るものが並んでいた。銀貨や指輪、魔獣石が付いた魔道具らしき腕輪もあった。

 さあ、名探偵ミケルの出番だな。


「おまえがネズミたちに命じて盗ませていたんだな? そういう称号持ちか? 自分で起こした事件を自分で捜査する、自作自演ってわけか。その罪をモルチュさんに着せるとは卑劣な奴め」

「くそ! おまえらのような若造にバレるとはなあ。ふん、まあ、いい」


 そういうとゲスリは気味悪くニヤリと笑った。


「さっき、俺の称号を聞いたな。俺の称号は『指揮官』、俺が指揮すると部下の能力が上がるという、まさに俺のような立場の者にうってつけの能力だ。そして……」


 彼は腰に付けていたサーベルを抜いた。持ち手の部分に付けられた赤い魔獣石が鈍く光る。魔道具なのか?

 するとゲスリは驚くべきことを言った。


「リレドラ様からいただいたこのネズミを操る魔道具と俺の称号の力を合わせることで、俺は『ネズミの王』となったのだ! さあ、集え! 我が軍勢よ!」


 リレドラだと? しかしそんな疑問を持つ暇もなかった。奴の号令と共に家のあちこちからざわざわという音が鳴り始めたのだ。無数の小さな足音がこの部屋に集まってくる。数えきれないほどのネズミが俺たちの足元を駆け抜けていった。


「に、逃げるぞ! 外に出よう!」


 狭い室内であの数のネズミを相手にするのはまずい。俺はとっさにそう判断して叫んだ。部屋を飛び出して玄関に向かってダッシュしていると背後で窓やドアが壊れるような破壊音が鳴り響いた。

 玄関のドアを乱暴に押しのけ、外に飛び出し振り返った俺たちが見たものは轟音ごうおんと共に部屋をぶち壊して出てきた、二階に届くほどのネズミの山に乗って笑うゲスリの姿だった。



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