第八話「ファスティアのボス」
ファスティア守備隊長のゲスリと話を付けた俺とセーラは戌人族のウルンと子人族のモルチュのコンビを連れて神殿に向かうことにした。
道中、互いの自己紹介を行った。
ウルン・フェラーとモルチュ・ラウス、二人は特定の街に居つくのではなく旅をしながら冒険者の仕事をしている昔ながらのタイプの冒険者だという。まだ若いのに二人ともすでに五級冒険者の資格を持っているそうで腕は確かなようだ。三年ほど前に、とある街で出会い、意気投合。子人族の風習通り、モルチュはウルンを相方に決めて、それ以来、一緒に旅をしているのだとか。
ファスティアの街に来たのは一か月くらい前らしい。ゲスリの言うとおり、この街では他の子人族の姿は見たことがないということだった。
そんな話をしているうちにファスティア神殿に到着した。街が大きい分、ファスティア神殿はケットスの街の神殿よりも一回りくらい大きく、中で働いている人たちも多かった。俺はその中から若い男性の職員に声を掛けて神殿長への取次ぎをお願いした。セーラがケットス神殿に務めているとはいえ普通はいきなり来て神殿長に会わせろと言っても拒否されてしまうだろう。しかしセーラは神殿関係者であることを証明する書類の他にサイオンさんが書いてくれた聖女候補であることを証明する書類も持っていた。これの効果は絶大でそれを見せると職員の顔色が変わり、すぐにファスティア神殿長に会うことが出来た。ウルンとモルチュもセーラが聖女候補だと知るとかなり驚いていた。
ファスティア神殿の神殿長はスタット・オーマンという白髪のオールバックがお似合いな人族の男性だった。前世の世界でいうなら海外の映画に出ているベテラン俳優のような雰囲気を持つ渋いおじさまだ。自分もこんな歳の取り方をしたいと思うが、もれなく猫耳と尻尾が付いてきてしまうから難しいかもしれない。
スタットさんに事の成り行きを説明すると責任をもってウルンとモルチュの二人を預かるとおっしゃってくれた。これから盗難事件について調べるわけだが、容疑が掛かっている二人を連れて行くわけにはいかない。俺とセーラで調査に行くと告げるとウルンは頭を下げた。
「俺たちのトラブルに二人を巻き込んでしまって悪い」
「巻き込まれたのはウルンさんとモルチュさんも同じでしょう。こっちが勝手に首を突っ込んだんだから気にしないでください」
「ありがとうございます。でも、あの……」
「なんですか?」
「なぜ俺たちのことを信じてくれたんですか? ゲスリって人が言っていたように状況だけ見たらモルチュが怪しいと思われても仕方ないのに」
「勘です」
そう言い切ったのはセーラだった。
え、そんな理由だったの?
「私は神殿に勤めながら様々な方を見てきました。だから人を見る目には自信があるんです。お二人が嘘をついているとは思えませんでしたので」
勘というと乱暴な理由に聞こえるかもしれないが、この世界は称号の力、魔術があるような世界だ。そしてセーラはなんといっても聖女候補。ただの勘とバカには出来ない。
「モルチュさんが犯人だとすると自分が一番疑われる状況のままにしておくなんておかしいですよね? 盗んだ後で犯行現場の鍵を開けておけば鍵を掛け忘れたのかなと思うのが普通でしょ? そうすれば身体が大きい他の人間たちも容疑者になる。それをやっていないってことはモルチュさんに疑いが行くように仕向けている感じがするんですよね」
俺はセーラの勘に論理的な説明を補足した。モルチュでなくても鍵が掛かった部屋に出入りする能力を持つものがいるのかもしれない。ここはそう言う世界だ。例えば体のサイズを自由に変えられる「伸び縮み師」みたいな称号を持つ者が居たり……、いや、なんだよ、伸び縮み師って?
「えーと、ちょっと聞きにくいんですが、ウルンさんかモルチュさんに恨みがありそうな人間って心当たりはないですか?」
そう、もしも真犯人がモルチュさんに疑いの目が向けられるように仕組んでいるのだとしたら、二人に何か恨みがある者と考えるのが当然だろう。
「それは、この街の女性全員ですね」
俺の質問にモルチュがとんでもないことを言い出した。
「え、全員って、モルチュさん、いったい何をやったんですか?」
「私の可愛らしさに、この街の男みんなが釘付けでしょうから女性たちに嫉妬されたのかもしれないわ」
彼女の表情は真剣だった。え、冗談ですよね?
「釘付けの前に俺の頭に乗っているおまえに気付いていた奴なんてほとんどいなかったけど……」
ウルンは大きなため息をついていた。
うん、可愛い相方を持つと大変ですね……。
俺とセーラはファスティアの街の中心部にやってきた。そこまで俺は何の説明もせず、セーラも黙って付いてきていたが、不安になったのか、彼女は俺の袖を引っ張ってきた。
「ねえ、ミケル君」
「え、なんだ?」
「盗難事件があった家の場所、まだ聞いてないよね? ギルドに行くんじゃないの?」
「ああ、それはいいんだ。ちょっと試したいことがあるからさ」
俺がそう言うとセーラは小首を傾げた。可愛い。
「いいって……、あっ、ひょっとして魔法の長靴の力を使うの?」
セーラには魔法の長靴の力のことは話してあった。ただ、それを見せる機会がこれまでなかったのだ。そのため彼女はちょっとワクワクした目をしていた。
「んー、確かにマナ、魔法の長靴の力を使えば簡単に事件解決しそうだけどさ、問題は、その場合、ゲスリ様(笑)を納得させられるのかってことなんだよな」
「え、どういうこと?」
「神器のことは出来るだけ秘密にした方がいいだろ? 闇の女神の信徒の件もあるし。それに伝説の神器がここにありますなんて言ったらファスティアの街が大騒ぎになるからな。ケットスの街もお祭り騒ぎになったじゃん」
「あっ、そっか」
「神器の存在は隠すのにその能力は使う、そうなるとなぜ真犯人がわかったのか説明できなくなっちまうんだ。だから出来れば俺とセーラの称号の力だけ使って証拠集めをしたい」
「何か考えがあるの?」
「まあな。ああ、えーと、たぶんこの辺に居るかな?」
俺はそう言うとファスティアの街の大通りから逸れた脇道に入った。いわゆる路地裏というやつだ。メインストリートとは違い、小さな店や民家が並ぶ生活感を感じる場所だった。
「え、こんなところに用があるの?」
「うん、えーと、あ、居た居た」
俺の視線をセーラが辿る。その先に居たのは白と黒の模様の野良猫だった。
「あ、猫ちゃん?」
「う、うん……」
もちろんセーラが言ったのは俺のことじゃないが、なんかちょっと照れた俺である。
俺は静かに猫に近づいて行った。猫の獣人である猫人族はもちろん猫に好かれやすい。そのため俺がかなり近づいてもそいつは逃げなかった。
「さてと、じゃあ、やるか。『猫の手も借りたい』発動!」
そう言った俺が使ったのは称号「猫」のスキルの一つだった。称号を得てからいろいろ試しているうちに使えるようになった能力だ。
「あー、『そこの君。俺の言葉がわかるかにゃ?』」
俺がそう呼びかけると目の前の猫はわかりやすく飛び上がって驚いた。
『にゃ、にゃんだ、おまえ? にゃんで猫の言葉を話せるにゃ?』
そう、俺の称号「猫」のスキル「猫の手も借りたい」は猫と言葉を交わせるようになるという能力だった。普通は猫人族といっても猫と会話をすることはできないが、このスキルを使えば人間同士のように話が出来てしまうわけだ。
『猫の獣人には何度か会ったことがあるけど、あいつら人間の言葉を話すから、会話できたことなんてにゃいのに。あ、ひょっとして、おまえ、猫の獣人じゃなくて、人みたいな猫にゃ? 突然変異なのかにゃ?』
『いや、これは俺の称号の能力で、俺は猫人族で間違いにゃいにゃ。それにしても野良猫がよく突然変異なんて言葉を知ってるにゃあ』
『吾輩、昔、学者の先生に飼われていたにゃ。未人族のおじいちゃんだったけど優しくて良い人だったにゃあ。その人が死んだ後、引き取ってくれる人がいにゃくて野良猫ににゃったんだにゃ』
『そうか、苦労したんだにゃ』
『まあにゃ。ところで珍しい猫人族さん、にゃんか吾輩に用にゃのか?』
『おっと、そうだったにゃ。この街の野良猫のボスが誰か知らにゃいか? えーと、君の名前は?』
『フィロだにゃ。ボスというか、一番強いのはキーシュかにゃ? 吾輩の身体の倍はあるにゃ』
『そのキーシュに頼みたいことがあるにゃ。もしよかったらそいつのところに連れて行ってくれにゃいか? 礼はするにゃ』
『いいにゃ。猫の言葉が話せる珍しいお客さんだからにゃ。案内してやるにゃ』
『じゃあ、お願いするにゃ』
フィロと話が付いた俺はそれまで静かにしていたセーラの方に振り返った。
……あれ、なんかセーラの目がキラキラしている。顔もちょっと赤い?
「ね、猫ちゃんとミケル君がにゃーにゃーお話してる! 可愛いーーー!」
あまりの大声にその辺の店や家からなんだなんだといった感じで人が顔を出した。
あ、そういえばセーラって可愛いものに目がないんだっけ?
そう、このスキル、「猫の手も借りたい」の弱点は「他人からは俺と猫がにゃーにゃ鳴き合っているようにしか見えない」ということだった。時と場所を選んで使わないと俺は「自分が猫だと思い込んでしまった猫人族」というよくわからない烙印を押されかねないのだ。
俺は顔を覗かせた人たちにぺこぺこ頭を下げながら「なんでもないでーす! お騒がせしましたー!」と叫びセーラの手を引いてフィロの後を付いて行った。
フィロが案内してくれたのはファスティアの街の中心部から少し離れた飲食店街の路地裏だった。
そこに「奴」が居た。
グレーの身体、白い胸元と白い足、周りの猫の倍はある体格からはこの街を支配する者の風格がにじみ出ていた。
いや、それはさすがにちょっと言いすぎか。
まあ、でも迫力があるのは確かだ。小さい子が道でばったり会ったら泣くかもしれん。
俺とセーラが近づいてもそいつは座ったままぴくりとも動かなかった。代わりに周りに居た数匹の猫が立ち上がり、フィロの前まで歩いてきた。
『フィロ爺、なんでそいつらを連れてきた? この街じゃ見掛けねえ顔じゃにゃいか』
そう言ったのは身体は小さめだが眼光鋭い白猫だった。へえ、フィロはフィロ爺と呼ばれているんだな。
『キーシュと話がしたいって言うから連れてきたにゃ』
『おいおい、フィロ爺、頭、大丈夫か? 猫の獣人族だからって俺たちと話せるわけじゃねえだろ』
まあ、そう思うのが普通だよな。
『こんにちはにゃ。この街のボスさんにちょっとお願いがあってきたにゃ』
俺が猫語でそう言うとその場の猫たちが騒然とした。
『あいつ、猫の言葉を話したにゃ!』
『猫の獣人じゃなくて人っぽい猫にゃのか?』
『猫と猫の獣人のこどもなんじゃ?』
『猫と人の間にこどもが出来るなんて聞いたことにゃいにゃ』
そんな中、ふっと笑ったのはキーシュだった。
『はっはっは、面白い奴が来たもんだ。おまえ、名前は?』
『ミケルだにゃ。この街の東にある猫人族の村から来たにゃ』
『ほお。それで俺に頼みたいことがあるとか言っていたにゃ? にゃんだ?』
『キーシュさんはこの街の野良猫を束ねるボスってことでいいですかにゃ?』
『まあにゃ』
『この街の野良猫たち、出来れば全員に聞きたいことがあるんですにゃ。こちらが求める有力な情報があれば一人一匹ずつお魚を差し上げるってことでどうかにゃ? ああ、もちろんキーシュさんには大目に差し上げますにゃ』
ファスティアの街は海が近いわけではないが、周りに大きな湖や川が流れていて魚が豊富に捕れることは前もって調べてあった。
『この街の野良猫って、かなりの数ににゃるが、おまえさん、金は持ってんのかにゃ?』
『はい。ちょっと前に運よく大物を仕留められて大金を手に入れたので』
『へえ、若そうなのにやるじゃにゃいか。気に入った! やってやろう。それで何を調べればいいにゃ?』
『最近この街で何か変わったことが起きていないか、ですにゃ。皆さん、猫の目線で何か気付いたことがあれば何でもいいので教えていただきたいにゃ』
もちろん俺が調べたいのは連続盗難事件についてだが、たぶんそれだけをピンポイントで追っても事件の解決はできないような気がしていた。すでに兵士たちが散々調べた後なのだ。それよりも不審な人物が居なかったか、いつもと違うことが街で起きていなかったか、など、もっと広い目で見た方が良い、そう直感したのだ。
ちなみに俺とキーシュが契約成立の握手をしていると横でセーラが「ミケル君と大きな猫ちゃんがにゃーにゃー話して仲良しになってるー!」と興奮していたことは余談である。
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