第七話「怪盗騒ぎの街」


 前世でいうところのケンタウロス的な存在である午人族が率いる馬車に乗った俺とセーラは半日ほどで最初の目的地であるファスティアという街の入り口に到着した。

 午人族と相方の馬が本気で走ればもっと速く走れるらしいが、それだと馬車に乗っている乗客の安全は保障できないということで、このくらいの速度で運行しているらしい。

 うん、今後ともぜひともそうして欲しい。

 猫人族の村とケットスの街以外、外の世界に出たことがなかった俺は道中で異世界っぽい魔獣の襲撃とか盗賊の襲来なんてイベントがあるかも、と内心身構えていたのだが、特に何事もなく問題なく無事に目的地に着いてしまった。

 どうも午人族の強さを知る盗賊はもちろん、本能でそれがわかる魔獣たちも余程のことがない限り午人族の馬車を襲ってなど来ないらしい。さすがは十二支の一族といったところか。

 俺とセーラは午人族のおっちゃんと馬に礼を言って馬車を降りた。俺たちだけではなく乗客全員がここで降りる。ファスティアの街はこれから俺とセーラが向かうイースタ領の領都「アーティオン」へ向かう馬車への乗り換え場所になっているのだ。

 ファスティアはケットスの街と比べれば大きな街で、街を囲む塀や門も立派なものだった。街に入るためには例のごとく街の入り口で門番から審査を受けなければならないが、ケットスの街とは比べ物にならないくらい長蛇の列が出来ていた。


「すごいね、ミケル君。人がいっぱい居るよ」


 俺と同じくケットスの街を出るのは初めてのセーラはちょっと興奮気味だった。


「そうだな。ケットスとは比べ物にならないな」


 俺たちがそんな会話をしていると前に並んでいた人族の商人っぽいおっさんがこちらを振り返った。


「おや、君たち、ケットスから来たのか」


 俺とセーラが声をそろえて「はい」と答えると彼は笑顔になった。


「私の親戚があそこに住んでいてな。何度か行ったことがあるんだ。そうか、ケットスか。まあ、確かにあそこよりこの街は栄えているが、いつもはこれほど入り口で並ぶことはないんだよ。今日は街の中で何かあったらしくてな。街の出入りにいつもより時間が掛かっているようなんだ」

「トラブルってことですか?」


 俺がそう言うと商人さんは頷いた。


「そうだろうな。詳しくは門番の兵士さんに聞いてみるんだね」


 それから俺とセーラは商人さんと最近のケットスの街についておしゃべりをした。おかげで待ち時間を感じず、あっという間に自分たちの順番が回ってきたが、気になったのは俺たちの前に門番と話していた彼が街には入らず引き返していったことだった。本当は門番に何を言われたのか聞きたかったが、すぐに自分たちの番になってしまったので聞く間がなかった。

 俺とセーラが門に近づくと人族と獣人族、耳と尻尾を見たところ、おそらく狐人族だろう、の門番兵士二人が俺たちに不躾ぶしつけな視線を飛ばしてきた。


「夫婦、にしては若いか。お二人さん、身分を証明できるものは持っているか?」


 俺は黙ってギルドが発行している冒険者証を出した。それを見た人族の門番が少し驚いた顔をした。


「ほお、七級冒険者か。その若さで大したもんだ」


 そう、俺は七級になっていた。ついこの間までは冒険者に成り立ての十級だったが、森の主を倒した功績を認められて特別に昇級したのだ。ケットスの街のギルド長のジョーさんは実力で言えばもっと上でもいいくらいだと言ってくれたが、大きな功績を上げた時の特別昇級は最高で三つ上までというルールになっているらしかった。


「じゃあ、そっちのお嬢ちゃんは……、ん、どうした?」


 門番のおっさんが何かを驚いていた。俺はその視線を追ってセーラを見た。顔が真っ赤だった。俺の方をちらちら見ながらもじもじしている。

 ……あ、ひょっとして夫婦って言われたことを恥ずかしがっているのか。

 セーラは顔を赤らめたまま懐から一枚の紙を出した。神殿が発行した証明書だと聞いている。人族の門番のおっさんがそれを見て目を見張った。


「神殿で働いている方でしたか。ご苦労様です」


 門番は二人とも深々とセーラと俺に向かって礼をした。ちなみに俺とセーラは旅がしやすいように旅人仕様の汚れが目立たない白っぽい服を着ていた。セーラがいつものような黒っぽい服装をしていたらすぐに神殿関係者だとわかってもらえただろう。


「さて、街に入ってもらうのは問題ないんだが、うーん、やめておいた方が……」


 そう言ったのは狐人族の門番だった。なぜかちらちらとセーラの方を見ていた。


「あの、俺たち、ここで馬車に乗り換えてアーティオンに行く用事があるんです。やめておいた方がいいって街に入らない方がいいってことですか? いったい街で何が?」


 俺がそう聞くと人族の門番がため息をついた。


「それがな、ここ最近、ファスティアではあちこちで大事なものが盗まれたという訴えが相次いでいるんだ。伝説の怪盗ヌスタットの仕業だなんて噂も出ていてな。あんなのただのおとぎ話だって言うのに。まあ、だから街を出ていく人間は厳しく審査することになっているんだよ。ええ、ちょっと、女性には言いにくいんだが……」


 そう言うとおっさんはさっきのセーラみたいにちょっと顔を赤らめた。全然可愛くはないが。


「今、ファスティアの街から出ていく人間は下着も含めて着ているものを全部脱いで盗品を持っていないか検査を受けてもらうことになっている。それでもいいって言うなら入れてやるがどうする?」


 一瞬、俺は固まった。

 それって、つまり、セーラもだよな?


「え、セーラに、この娘にも脱げって言うのか?」

「怒るなよ。そりゃあ、神殿の関係者を疑ったりはしたくないが、なにせ犯罪に関わることなんで公平にやらないといけないんでな。それが嫌なら盗難事件の犯人が捕まるまでこの街に滞在してもらうってことになるが」


 それは困る。出来るだけ早く央神殿に来るように言われているし、同じ場所に長く留まると闇の女神の信徒の襲撃の危険性が上がるからだ。

 俺はファスティアに入らず別の街からアーティオンに行く方法がないか調べようと思い始めていた。

 するとセーラが突然こんなことを言った。


「私なら構いません。ミケル君、街に入ろう」

「ちょ、ちょっと待った! 聞いてただろ、セーラ? 街に入ったら出る時は裸にならないといけないんだぞ? 遠回りにはなっちゃうけど他の街に行ってそこからアーティオンに行っても……」

「大丈夫よ、そのくらい。旅の間、何かあるたびに我儘を言うわけにはいかないもの。もちろん恥ずかしいけど我慢できるから」


 表情は真剣だ。セーラの決意は固いようだった。


「……わかったよ、セーラ。街に入ろう」


 そう言いながら俺はセーラとは別の決意を固めていた。

 彼女を脱がせるわけにはいかない。セーラはいつか聖女様になる身だ。身体検査とはいえ人前で裸になったとあれば後で悪い噂を立てられる恐れがある。

 それに、うん、まあ、正直言って、俺が嫌だ。

 それなら方法は一つ。

 この街の盗人野郎をとっとと捕まえて身体検査なんてやらせるもんか。




 ファスティアの街に入った俺たちはまず冒険者ギルドに向かった。

 ギルドは冒険者に依頼を紹介する場所、つまりその街でどんな困りごとがあるのか、その街の最新の情報が集まる場所でもある。

 とりあえず盗難事件について聞くだけ聞いてみないかという俺の提案にセーラも賛成してくれたのだ。

 到着したファスティアの街の冒険者ギルドはケットスの街のギルドより一回り大きく、中を覗くとたくさんの冒険者でごった返していた。ただ、少し様子がおかしかった。冒険者の中に鎧を着た兵士が数人混ざっていて怒号が飛んでいたのだ。

 俺とセーラを顔を見合わせ、ゆっくり騒ぎの中心に近づいてみた。


「だから俺たちは関係ないって! 何度言えばわかるんだよ!」


 兵士に向かって唾が飛ぶ勢いで叫んでいたのは戌人族の青年だった。俺たちよりも少し上、レオ兄様よりは年下といったところか。灰色の狼っぽい耳とふさふさの尻尾が特徴的だ。

 戌人族は十二支のひとつで別名「規律の狩人」と呼ばれている。確かツーフ大陸にあるツーフ大森林に戌人族の国があったはずだ。個人の身体能力も高いが、リーダーの命令には絶対服従というおきての元、獣人族の中でも集団戦を得意としているということで「規律の狩人」という異名はそこから来ているのだろう。

 そんな戌人族の青年に対して仁王立ちして睨みつけていたのは中年の人族の兵士だった。ちょび髭で他の兵士がシンプルな鎧を付けているのに対して彼は装飾が入った鎧を着ていた。どうやらお偉いさんらしい。


「状況証拠というやつだ。最近この街で連続している盗難事件、その犯人はおまえたちしか考えられん。話なら牢で聞いてやる。無駄な抵抗はやめろ」


 なんだって? なんと俺たちは噂の盗難事件の容疑者逮捕の瞬間に行き当たったらしい。これで事件解決となれば懸念していた身体検査は無くなるだろう。名探偵ミケルの出番は無さそうだ。

 俺はそんな期待を抱いたが、どうもそんな簡単な話ではないらしかった。


「だから俺たちじゃないって! なあ、モルチュもなんとか言ってやれよ!」


 モルチュ? 青年は一人だ。近くに居るのは兵士だけ。他の冒険者はそれを取り囲むように少し離れたところで騒ぎを見守っていた。いったい誰のことを言っているのだろう? そう思っていると青年の髪の毛、右狼耳と左狼耳の間がもぞもぞと動いた。ぴょこんと顔を覗かせたのは小さな女の子だった。前世の感覚で言うなら十センチメートルくらい。よく見ると頭部に大きめ(といっても小さいが)のケモノ耳が付いていた。初めて見るが噂には聞いたことがある。

 子人族だ。

 十二支のひとつ、ネズミの獣人族である。身体の大きさはハツカネズミくらいしかないが、見た目は人族の身体にネズミの耳と尻尾が生えている感じだ。

 子人族は別名「小さな導き手」と言われている。国はスリーミ―大陸にあるが、国に残るのはその家の跡継ぎになる者だけで他の兄弟姉妹は国を出なければならないらしい。なぜそんなことになっているのかというと子人族は多産の一族だからだ。自然に任せれば増えすぎて一族が飢えてしまうため長い歴史の中でそんな風習が出来たようだ。国を出た者は旅の間に他の種族の中から一生を捧げる「相棒」「相方」「パートナー」を決めるらしい。身体が小さく一見戦闘力が無さそうな子人族だが、実は自然魔術系(御爺様の炎術師、俺がマナに使わせてもらった風術師などがそうだ)の称号を持つ者が多く、小さな身体を逆に利用した巧みな戦い方をするようで、実は強いらしい。子人族の相棒を持つ冒険者は結構羨ましがられると聞いたことがある。そんなところから「小さな導き手」と呼ばれているのだろう。

 モルチュという名前らしい子人族の女の子はぷくっと頬を膨らませていた。どうやら怒っているようだ。


「私もウルンも何もしてないわ! 私たちを疑う理由は何よ!」


 それを聞いた兵士のお偉いさんがビシッと指差したのは他ならぬモルチュだった。


「おまえだよ、おまえ! 盗難事件が起き始めた時期とおまえらがこの街に滞在し始めた時期が同じなんだよ! ギルドに調査済みの情報だから間違いはない!」

「は? 確かに俺たちはついこの間この街に来て冒険者として活動している。でもそんな奴は他にも何人もいるはずだ。なんで俺たちだけ……」


 そう反論したウルンというらしい戌人族に対してお偉いさんはふっと笑った。


「バレないと思ったのか? 迂闊うかつだったな。これまでこの街で数々の事件を解決してきた、このファスティア守備隊長のゲスリ・チャドウィック様にとっては簡単な事件だったわ! 街の奴らは怪盗ヌスタットなんておとぎ話の噂をしているようだが、そうじゃねえ。いいか、盗難品にはある共通点があった。それはな、全て『高価だが小さい物』ということだ!」


 自ら様付けでゲスリと名乗ったファスティアの街の守備隊長さんは「ぐっはっは」と高笑いをした。あんなに大きく口を広げてよく顎が外れないな。人族にしか見えないけどわに人族の血でも入っているんだろうか?(ちなみにこの世界にわに人族というものが存在するかは知らないが)


「だから何なのよ?」

「おや、内心、動揺しているのではないか、子人族? この事件の現場にはもう一つ共通点がある。それはどの現場も鍵が掛けられた無人の室内から物が消えたということだ。では犯人はどうやって侵入したのか? 現場を念入りに調べたところ、あることがわかった。どの現場にも小さな抜け穴があったのだ」

「抜け穴?」

「そうだ、戌人族。家宝の宝石が盗まれたある家では窓が少しだけ開いていたそうだ。だが防犯用に面格子というものが付けられていたから人族が出入りするのはもちろん不可能だった。別のある家では金貨が数枚盗まれたが、その部屋の壁に通気口が空いていてな。そんなところを出入りできるものが居るとすれば、それは……」


 ゲスリはもう一度モルチュをビシッと指差した。


「おまえだ! 連続盗難事件の現場に共通している小さな抜け穴、そこを通れる奴は今この街におまえしかいないんだよ! 言い訳なら牢で聞いてやる! さあ、おとなしく着いてこい!」

「ま、待てよ! だから俺たちは関係ないって! 何かの間違いだ!」

「おっ、抵抗する気か! おい、おまえら!」


 ゲスリの号令に兵士たちが素早く反応した。今にも二人に飛び掛かろうという構えだ。まずいな。この世界には俺の前世の世界のような裁判所や弁護士なんて存在していない。確かにあの子人族が犯人だという証拠はないが、このまま捕まれば一番怪しい人物というだけで有罪となる可能性が高い。

 すると俺の横で事態を見守っていたセーラが突然動いた。


「あの、すいません、ちょっとよろしいでしょうか?」


 一触即発の冒険者と兵士の間にすっと入った彼女を見て俺はちょっと驚いた。セーラって普段は穏やかな性格でおしとやかな感じなのに妙に度胸があるというか肝が据わっているんだよな。


「え、いや、なんだ、お嬢ちゃん? 今、取込み中なんだが……」


 見せ場を邪魔された感じになったゲスリが戸惑いの声を上げるとセーラはぺこりとお辞儀をした。


「私はセーラ・インレットと申します。神殿に仕えている者です」


 セーラがそう言いながら神殿の発行した証明書を見せるとゲスリの眉がピクリと反応した。ほとんどの者が光の女神の信徒であるこの世界で神殿は大きな影響力を持っている。神殿に所属している人間は尊敬の対象となるし、兵士といえども無下に扱うことはできない存在なのだ。


「神殿の人間が何の御用ですかな?」

「これまでのやり取りを拝見しておりました。確かにゲスリ様のおっしゃることも理解はできます。しかしこのお二人が犯罪に関与した直接的な証拠も無いご様子。犯人と決めつけるのは少々乱暴ではないでしょうか?」

「しかしですなあ、犯人でない証拠も無いなら無実だという証拠も無いのですよ? この二人が犯人だった場合、あなたはどう責任を取ってくださるのですかな?」


 は? ゲスリとかいうおっさん、大きく出たな。これはセーラにケンカを売ったと考えていいんだな? いいだろう、そのケンカ買ってやる!


「失礼。俺は彼女の従者を務めているミケル・ジーベンと申します」

「え、ああ、なんだ?」

「お二人が無実、つまり他に犯人が居るという証拠があればいいのですね?」


 俺がそう言うとゲスリだけでなくウルンとモルチュも驚いた顔をした。


「なんだと? そんなものがあるのか?」

「これから探します。三日ほど時間をいただけますか? その間、この二人はこの街の神殿で身柄を預かるというのはどうでしょう?」

「三日? うーむ、しかしそれで他の犯人が見つからなかった場合はどうするのだ?」

「その時は二人を牢に入れて気が済むまで取り調べを行えばいいでしょう?」


 俺がそう言うとウルンという戌人族が慌て出した。


「お、おい! あんた、勝手に話を進めるなよ! 俺もモルチェも関係ないって言って……」


 そのセリフを遮ったのは疑われている本人のモルチュだった。


「いいじゃない、ウルン。この人たちにお任せしましょ」

「え、いいのかよ、モルチュ!」

「ええ、いいわ。神殿の人なら信用できるし。それにこの二人ならなんかやってくれそうだわ。女の勘ってやつよ」


 ウルンは「またそれかよ……」とつぶやいて大きな溜め息をついた。よくあることらしい。二人の力関係がわかった気がした。


「……まあ、よかろう。いいか、三日、三日だぞ? 万が一その二人が逃げたら神殿の責任ということで領主様に訴えさせてもらうからな。それでいいな?」

「はい、責任をもってお二人をお預かりします」


 こうして俺たちはファスティアの街で起きている連続盗難事件に思い切り首を突っ込んでしまった。

 さて、どうなることやら。




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