第三十一話「第一試合、先鋒戦、中堅戦」
互いに片手を怪我した二人が睨み合う。先に表情を緩めたのはヘーアさんの方だった。
「まさか未人族が土術士とはね。亥人族に多い称号だったはずだけど」
それを聞いたメレディスもふっと笑った。
「私の母方の先祖に亥人族が居ましてね。母本人は人族の見た目ですが」
「なるほど。ところでお互い片手を怪我しているわけだが、どうかな、私に勝ちを譲る気はないかな? 君はお嬢様の執事なんだろう? これ以上、今後の仕事に支障が出るような怪我をすると困るんじゃない?」
「おかしなことを言いますね。これ以上の怪我をしなければいい、ただそれだけのことです。それにカレン様は私がこの程度でギブアップしたらカンカンに怒りますよ。お断りします」
「あら、そう。残念。では続きを始めましょうか」
交渉が決裂すると二人は再び動き出した。ショートソードとナイフがぶつかる金属的な音。互いに片手。力は互角。舞台の中央で二人の動きが止まった。
するとメレディスは怪我をしてだらんと下げていた左手の指先をくいっと動かした。それに気付いたヘーアさんが慌ててバックステップすると地面から伸びた土の槍が彼女の鼻先をかするように通過した。
「おいおい、女性の顔に向かって随分とえげつない攻撃だね」
「あなたなら避けると思いましたから。顔が心配ならあなたの方こそ降参したらどうですか?」
「そんなことしたらデルタに一生馬鹿にされるんだよ!」
そう言ったヘーアさんはナイフを握った左手を振り抜いた。二人の距離は離れていてナイフの大きさ的にはとても攻撃が届く距離ではない。普通ならただの空振りだ。しかしメレディスはハッと驚いた表情で左後方に飛び退いた。彼が居た空間を「伸びた」ナイフの刃が通り過ぎていった。
「今のを避けるとは。やはり最初の一撃で仕留めるべきだった」
悔しそうにヘーアさんがそう言うとメレディスはふうっと息を吐いた。
「ナイフの刃が伸びましたね。『伸縮術士』ですか?」
それを聞いた彼女は目を丸くした。
「まさか、ご存知とは。自分で言うのもなんだが、かなり珍しい称号だと思うが」
「ショーニー家に仕える執事には幅広い知識が必要でしてね。称号についても勉強しているのですよ。伸縮術士は手にしたものを自由に伸び縮みさせられる称号でしたね」
「ネタバレしてしまったか。では本当の勝負はここからだね」
会話が終わり、再び二人が動き出した。ヘーアさんは卯人族ならではの素早い動きを見せながら伸縮術で伸ばしたナイフで攻撃し、それに対し、メレディスはその攻撃をショートソードと土壁で
これは持久戦だな。
称号の力を使うには魔力を使う。そして魔力は身体強化にも使われているので、それが先に切れた方が不利になり勝負は一気に決着するだろう。
あの二人もそれはわかっているはずだ。そうなると、この均衡を破るため、どちらが先に動くかだが……。
俺がそう思っていると先に動いたのはヘーアさんだった。
彼女は急に動きを止めナイフを仕舞うと胸のポケットから何かを取り出した。
なんだ? 何かを指で摘んでいるように見えるが小さくてよくわからなかった。
その時、それがキラッと光った。そしてその正体がわかった。
針だ。
ナイフよりもずっと小さく、しかも細い、簡単に折れそうな代物。あれでいったい何をするつもりなんだ?
するとヘーアさんは人差し指と親指で針を摘んだまま走り出した。それに合わせてメレディスも走り出す。相手の武器が変わったことに対して目には警戒の色が浮かんでいた。彼女の手に魔力が集中する。ナイフの時のように伸びた針。しかし大きく違っていたのはその速度だった。ナイフの時も速かったが、針が伸びた速度はまさに目にも留まらぬものだった。メレディスは防御する間もなく苦痛に顔を歪めた。手にしていたショートソードを地面に落とした彼にヘーアさんは話し掛けた。
「右肩を射抜かせていただきました。傷口は小さいでしょうが、しばらくは筋肉が麻痺して物を持つことは出来ないはずです。まだやりますか?」
「くっ……、いや、まだだ! 私はまだ動ける! 足技にも少々覚えがありますので……」
「下がりなさい、メレディス!」
両手を使えない状態でも諦められないメレディスを止めたのはカレンお嬢様だった。
「いえ、お嬢様! 私はまだ……」
「あなたが動けなくなったら誰が私の身の回りの世話をするのですか。くだらない意地で本来の仕事を放棄することは許しません。それにいつからあなたは雇い主に意見できる身分になったのです?」
カレンお嬢様の言葉には有無を言わせぬ迫力があった。さすがは世界的な商人、ショーニー商会のお嬢様だ。
「……わかりました。申し訳ございませんでした、お嬢様。ギブアップいたします」
メレディスはヘーアに向かって一礼すると悔しそうな表情で舞台を降りた。
「決着が付いたようですね。第一試合、先鋒戦の勝者はヘーア・ラファティと致します」
アンドレア様がそう宣言するとヘーアさんも舞台を降りた。勝ったというのに喜んでいるというよりはほっとした表情が印象的だった。
怪我をした二人のところにはそれぞれ女性が駆け寄ってきた。手に集まった魔力と共に二人の怪我がみるみる治っていく。神殿所属の治療術士か。
「それにしても小さな針に魔力を集中させることでナイフ以上の速さと強度を持たせて伸縮させるとはな。土壁での防御が間に合っていたとしてもあれなら貫通していただろう。しかしそれだけ武器への負担も大きいはず。魔力の加減を少しでも間違えれば針は砕けてしまっていただろう。ヘーアという娘、大したものだ」
ガオルはそう言いながらうんうんと感心していた。
「それでは第一試合、中堅戦を始めます。アデレード・マシソン、ディアーノ・フィールド、それぞれ舞台にお上がりください」
次は雷姫アデレードと鹿人族のディアーノさんの戦いか。アデレードはその名の通り雷の術を使うが、ディアーノさんの称号は未知数だ。アデレードは名のある一級冒険者だが、先鋒戦を落としたカレンチームはもう後がないのでプレッシャーがあるだろうし、ディアーノさんの能力次第では良い戦いになりそうだ。
二人が舞台に上がった。全く表情が変わらないアデレードに対してディアーノさんは少し緊張気味か。アデレードの武器は一般的な剣、ディアーノさんの武器は短剣だった。
「それでは第一試合、中堅戦、アデレード・マシソン対ディアーノ・フィールド、始め!」
先に動いたのはディアーノさんだった。彼女は短剣を逆手に持ち、一気に距離を詰めた。恐らくアデレードの雷術を警戒して術の発動の前に先制攻撃を加える作戦なのだろう。しかしそうは上手くはいかなかった。
「雷壁」
アデレードがそう言葉を発すると彼女の身体の周りに放電が見られた。ディアーノさんは「しまった」という顔をしたが、時すでに遅し、短剣がアデレードの身体に触れた瞬間、バチッっという音と共にディアーノさんは弾き飛ばされた。しかし勢いよく空中に舞った彼女はくるくると回転すると難なく着地して見せた。
「雷の術は強力ではあるけど魔力操作が難しくて発動まで時間が掛かる、そう聞いていましたけど」
ふうっと息を吐きながらディアーノさんがそう言うとアデレードは無表情にこう答えた。
「普通の雷術士ならそうだろうな。だが、私は『雷姫』だ」
「なるほど、二つ名は飾りじゃないということですか。では私も本気で行かせていただきます」
ディアーノさんの身体から魔力が溢れたのがわかった。これはなかなかの強さだ。次の瞬間、彼女の身体から何かが飛び出した。
いや、何か、ではない。
それは紛れもなくもう一人のディアーノさんだった。
そしてそれで終わりではなくディアーノさんの身体からは次々と「ディアーノさん」が飛び出してきた。
あっという間に舞台の上には本体+六人のディアーノさんが出現した。
これは分身の術ってやつか?
俺たち観客側からは驚きの声が上がっていたが、対するアデレードは眉一つ動かさずこう言った。
「分身の術……、『くのいち』、かな?」
それに対して驚いた表情を浮かべたのは七人のディアーノさんだった。
「へえ、雷術士以上に珍しい称号なんだけど、よく知っているわね」
七人を代表するように本体の彼女がそう答えた。
「奇妙な技を使うと聞いたことがあるけど、私の雷術の前では無力」
「大した自信ね。本当にそうか、試してみましょうか!」
本体の号令と共に七人のディアーノさんは四方八方に走り出した。目まぐるしく、どこを見ればいいのかわからないほどの動きだった。アデレードは慌てることなく落ち着いた口調で「雷壁」と呟いていた。
ディアーノさんの一人が短剣で切り掛かる。先程と同じように守りの雷がバチっと反応して彼女は弾け飛んだ。
ただ、その後が先程とは違っていた。
弾け飛ばされた彼女の身体が煙のように消えたのだ。それを合図にしたように次々と他のディアーノさんたちがアデレードに襲い掛かった。
バチッ! バチッ! バチッ! バチッ! バチッ!
次々と分身たちが音を立てて弾け飛んで消えていく。しかし最後の音は違っていた。
キン!
ディアーノさんの短剣とアデレードの剣がぶつかっていた。
「雷壁っていう技は連続して守れるのは六回までみたいね」
「それがわかったからどうだって言うの? あなたの分身は全部消えたし、本体のあなたの攻撃もこうして防いだけど」
「私がいつ『分身は六人しか出せない』って言った?」
それまで全く表情を変えなかったアデレードが驚愕の表情を浮かべた。本体のディアーノさんの背中から飛び出してきた八人目のディアーノさんが上段蹴りを放ったのだ。
本体ディアーノさんの短剣を剣で受け止めていたアデレードは両手が塞がっていたため成すすべなく蹴りを受けて吹き飛んだ。
地に横たわる雷姫。まさかの展開に場が静まり返った。
そんな中で闘王ガオルがぽつりと呟いた。
「あー、ありゃ久し振りにキレそうだ。結界が持てばいいが」
え、それってどういう意味……。
俺のそんな疑問は一目で解決した。
ゆらりと立ち上がったアデレードの身体からは抑えきれないといった感じで溢れた電撃がバリバリと音を立てて四方八方に放出されていた。
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