第三十二話「第一試合の決着と第二試合の始まり」


 全身から電気をほとばしらせるアデレードを見てディアーノさんの表情に恐怖と焦りの色が感じられた。彼女の身体から再び魔力があふれ、分身が生成されていく。それをアデレードは表情を変えずに黙ってじっと見つめていた。


「行くわよ。『疾風七連』!」


 その掛け声と共に七人のディアーノさんが動き出した。速い! 残像が見えるほどのスピードで飛び回る彼女たちに、どこを見ればいいのかわからないほどだった。アデレードはそれを目で追おうとはせずに、ただじっと前を見つめていた。それがかえって不気味だった。

 分身のうち二人が仕掛ける。同時に切り掛かってきた彼女たちに対してアデレードはすっと左手を上げた。雷壁の時と同じようにバチッと音がしたが、分身たちは先程のように吹き飛ばされたのではなく、その場で「蒸発」した。戦いを見守っていた観客たちの間から「おお……」という声が漏れていた。

 ディアーノさんは一瞬驚いたような表情を見せたが、攻撃の手を緩めなかった。次は四体の分身を同時に攻撃させたのだ。正面から二人、後方から二人、普通なら逃れようのない布陣だったが、次の瞬間、アデレードの姿が消えた。そして一瞬遅れてバリバリと雷光が走ると四体の分身は同時に消滅した。

 なんて速さだ。

 ディアーノさんの動きも疾風というだけあってかなり速いと思ったが、アデレードの今の動きはスキル「猫の目」を使った俺でもなんとなく動いた方向がわかったくらいでほとんど見えなかった。

 ディアーノさんの顔には絶望の表情が見られた。それでもこの戦いは次の聖女を決めるための重要な一戦だ。諦めるという選択肢は無いだろう。覚悟を決めたようにきゅっと口を結んだディアーノさんと残り一体の分身が気合を込めて「はあ!」と叫び同時に突っ込んだ。

 アデレードの身体から異常に強い魔力が溢れ出していた。

 やばいと思った次の瞬間には耳を抑えたくなるほどの雷鳴と地響きと共に強烈な光が舞台の上を包み込んでいた。

 くっ、目をやられた! 勝負はいったいどうなったんだ?

 見たいのに見られない、そんなもどかしい時間を耐えると、少しずつぼやけていた視界がはっきりしてきた。

 結界が張られた舞台の端に倒れているディアーノさん、たぶん先程の衝撃波で吹き飛ばされて結界の壁に叩きつけられたのだろう、気を失っているようだ。そしてそれを見下ろしているアデレードはすでに身体の周りにまとっていた電撃が収まっていた。


「試合続行不可能とみなし勝者アデレードさんと致します」


 アンドレア様がそう宣言すると結界が解かれた。倒れているディア―ノさんのところに駆け寄るデルタさんを横目に見ながらアデレードはゆっくり歩いて舞台を降りた。

 これで一対一。勝負は大将戦で決まるってことか。

 普通に考えれば世界でも数えるほどしかいないと言われている特級冒険者のガオルの方が勝つだろう。しかし相手のデルタさんは元々「力持ち」の称号を持つ冒険者であり、「聖女候補」の称号にも目覚めた二重称号者だ。二つの称号の力が合わさった時にどれだけの力を発揮するのか予想もつかない。

 ひょっとしたら大番狂わせがあるかもな。

 俺がそう思っていると気絶したディア―ノさんをお姫様抱っこしたデルタさんが舞台を降りてきた。その表情は半分は怒り、半分は泣いているような感じだった。


「くっ、かたきは取るからなあ、母さあああああん!」


 いや、あの、盛り上がっているところ悪いが、ディアーノさんはたぶん気絶しているだけだし、そもそもデルタさんの対戦相手はアデレードじゃなくてガオルなので勝ったとしても仇を取ったことにはならないんじゃ……。

 デルタさんはディアーノさんを養父のファルコさんに渡した。治療術士がやってきて治療が始まると二人でその様子を心配そうに見守っていた。

 そういえば中堅戦、なぜファルコさんではなくてディアーノさんだったんだろう? 俺がそんな素朴な疑問を抱いているとファルコさんが号泣しながらその答えを叫んだ。


「くそっ、俺がじゃんけんで勝っていさえすればあああああ!」


 じゃんけんで決めたのか……。次の聖女を決める大事な戦いなんだけどな……。

 デルタさんのチームは見た通りのみんな戦闘好きらしい。


「ん、あれ、私、負けたのね……」


 目を覚ましたディアーノさんがそう呟くとデルタさんはただ一言「……行ってくる」と言って舞台の上に上がった。

 すでにガオルは舞台の上で待ち構えていた。その彼を真っすぐ見つめるとデルタさんはえた。


「闘王ガオル! 今のあたしの全力をぶつけさせてもらうよ!」


 それを聞いたガオルは嬉しそうにニヤッと笑った。


「久し振りに闘志溢れる良き戦士と出会えたようだ。こちらも全力でお相手致す!」


 そしてアンドレア様が試合開始の宣言をすると二人はいきなり真正面からぶつかった。


「おおおおおおおお!」


 咆哮ほうこうを上げながらデルタさんが思い切りパンチを繰り出す。小細工なしの一撃。それをガオルは両腕でガードした。ヒットの瞬間、ドンという音と共に空気がビリビリと振動をした。しかしガオルの身体は微動だにしなかった。「力持ち」の称号を持つというデルタさんの攻撃でも闘王には通じないのか。そう思っていたらアデレードが驚いたようにぼそっと呟いた。


「ガオル様が防御するなんて。久し振りに見た」


 どうやら彼が腕で防御すること自体、かなり珍しいことらしい。それだけデルタさんの攻撃力を認めたってことか。

 デルタさんの攻撃はそれで終わらなかった。休むことのない連打、連打、連打。それをガオルは両腕でガードしたまま受け続けた。一見、防戦一方。しかし彼の表情には全く焦りの色はなく、逆にデルタさんは次第に「はあはあ」と息を切らしていた。疲れのためか、その攻撃がわずかに緩んだ。

 その瞬間、ガオルが動いた。


「ふん!」


 気合と共に放たれた何気ない正拳突き。しかしそれはデルタさんの鍛え上げられた身体を軽々と吹っ飛ばした。結界に叩きつけられた彼女を見てファルコさんたち仲間から悲鳴が上がる。倒れたデルタさん。勝負は決まった。そう思えたが、なんと彼女は立ち上がった。身体がほのかに光っている。見覚えがある。これは聖女候補の力だ。治療術士の治癒の力とはまた違う、物事を正常な状態に戻す聖なる力だ。

 それからは繰り返しだった。

 デルタさんの攻撃はガオルに通用せず、反撃を食らって吹っ飛ばされる。しかし聖女候補の力でダメージを回復させて立ち上がり、また向かっていく。

 しかし称号の力を使うには魔力が必要だ。そして当然、魔力には限界が存在する。その永遠とも思われた繰り返しにも終わりの時が来た。殴り飛ばされて結界の前で倒れたデルタさんは何とか立ち上がったが、回復することが出来ず、もう歩くのもやっとという状態だった。


「もういいだろう。強き戦士よ」

「……アハハ、ここまで差があるなんてなあ。参った、ギブアップだ」


 デルタさんが自分の負けを認めたことでようやく勝負は終わった。


「勝者ガオル・ライアン。よって第一回戦はカレンチームの勝利となります」


 カレンさんがチームを代表するように舞台に向かって深々と礼をした。

 こうして武の試練一回戦は終わった。




「それでは武の試練二回戦を始めます。二回戦はセーラ・インレット対メアリー・メンシアとなります。それぞれのチームは代表者三人、先鋒、中堅、大将を決めてください」


 いよいよ自分たちの番だ。俺たちは訓練場の角に集まって話し合いを始めた。


「はいはい、最初は俺! 俺が行きたい!」


 そうアピールしたのはウルンだった。いや、声でかいって! 相手チームにバレバレだろ!


「じゃあ、それで。中堅はどうする?」


 俺がそう言うとすっと手を挙げたのはウキーレだった。


「私が行ってもいいかな? 腕試しがしたいんでね」


 みんな、黙って頷いた。異論はないようだ。


「じゃあ大将はセーラってことでいいよな?」


 俺がそう言うとセーラは大きな声で「えっ!」と驚いた。


「む、無理だよ! ミケル君!」

「冗談、冗談だって。もちろん俺が行くさ」

「もう! あー、びっくりした」


 セーラを怒らせてしまったが、これで俺たちのチーム分けは決まった。用意された紙に名前を書いて係の女性に渡すと向こうのチームもすでに代表者が決まったようで紙を渡していた。

 両チームの紙を集めたアンドレア様が口を開いた。


「それでは武の試練、二回戦の対戦表を発表します。まずは先鋒戦はウルン・フェラー対モギュー・バインズ」


 おお、ウルンの相手は丑人族のモギューか。ウルンのスピードに対してモギューのパワーという対決になりそうだな。


「中堅戦はウキーレ・ソンクウ対セシャル・メンシア」


 ウキーレの相手はセシャル、「侍」の称号を持っている人だな。母親なら娘のメアリーを聖女にしたいと思っているだろうし、母は強しって言葉もあるくらいだから油断はできない相手だな。


「大将戦はミケル・ジーベン対ドラレック・ドイル」


 そして俺の相手は辰人族のドラレックだ。十二支最強と言われている辰人族相手に十二支に入り損ねたと言われる猫人族の俺がどこまでやれるか、期待半分、怖さ半分ってところだな。


「それでは第二試合の先鋒戦を開始します。代表者は舞台に上がってください」


 アンドレア様がそう告げるとウルンはふうっと大きく息を吐いた。


「おっしゃ! 行ってくるぜ!」


 気合十分な様子の彼は頭の上に乗っているモルチュをセーラに預けると無駄にジャンプして空中でくるりと一回転して舞台に上がった。

 一方、相手のモギューはゆっくり歩いて位置に付いた。

 対照的な二人を見ながら俺は戦力分析をしてみた。

 ウルンは「格闘家」の称号を持っていてコンビを組む「氷術士」のモルチュが居ない場合の主な攻撃手段は当然近接攻撃になるだろう。

 モギューは丑人族だが、どんな称号を持っているか、まだわからない。ただ、舞台の上の彼にそのヒントがあった。武器らしいものは持っていないが、その手には巨大な盾が持たれていたのだ。

 ひょっとして「大楯士」か?

 複数人でパーティーを組んで活動している冒険者の中に時々見掛ける称号持ちだ。魔獣の攻撃を引き受けて攻撃の隙を生み出す、そういう役割を果たしているパーティーの防御の要となる存在だ。

 武器を持たないウルンは不利かもしれないな。だがスピードで攪乱すればチャンスはありそうだ。


「それでは、始め!」


 俺の思考を中断したアンドレア様の掛け声と共に飛び出したのはウルンの方だった。小手試しとばかりに突っ込んだ勢い任せにパンチを繰り出す。それに対してモギューは大楯を構えてぐっと腰を下ろした。


「おらあああああ!」


 雄叫びと共に放たれたウルンの一撃はドオオオオンという音と共に大楯を揺らした。しかし次の瞬間、彼は驚きに目を見開いた。


「なっ!」


 その強力な一撃を受けてもモギューの身体は全く後ろに下がらなかったのだ。


「それならこれでどうだ!」


 ウルンは間髪入れずに次々とパンチを繰り出した。相手に反撃の隙を与えないラッシュだ。普通の相手ならこれでダウンしてしまうだろう。

 しかし巨大な盾に隠れたモギューはその連続攻撃を受けても平然としていた。もちろんウルンはパンチ一発一発に魔力を込めて攻撃力を上げている。それを簡単に防御しているところを見るとモギューも構えている盾に魔力を込めて防御力を上げているのだろう。しかしこのままだと攻撃を続けているウルンの方が先に息切れと魔力切れしてしまう可能性が高い。

 ウルン本人もそれを感じたのか、次の動きを見せた。バックステップで一度モギューから距離を取ると次の瞬間消えたのだ。セーラは急に消えたウルンに驚いてきょろきょろしていたが、俺はスキル「猫の目」を使ってその動きを捉えていた。

 モギューの後ろ。一瞬でそこまで移動したウルンは無防備な背中に向かって蹴りを放とうとしていた。しかし次の瞬間、驚くべきことが起きた。

 突然ウルンに勝るとも劣らないスピードでモギューが動き、蹴りをかわしたのだ。


「な、な、なんだ、今の動きは!」


 驚くウルンに向かってモギューはにやりと笑った。


「牛が遅いなんて誰が決めた?」




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魔法の長靴をはいた転生猫耳従者は幼なじみな聖女候補に振り回される! 蟹井克巳 @kaniikatsumi

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