第三十話「武の試練開始」


 他の聖女候補たちとの顔合わせをした翌日、俺たちは再び謁見の間に集められた。昨日と変わらず柔らかい笑顔を浮かべたアンドレア様は試練について話し始めた。


「次の聖女を決める試練は三つあります。それぞれ『武の試練』、『知の試練』、『魂の試練』と呼ばれています。今回の聖女候補者は四人なので、一つの試練で一人の候補者が失格となり、三つの試練の終了時点で残っていた一人が正式な次の聖女候補となります」


 おっと、三つの試練を全チームが受けさせてもらえるわけじゃなくて試練一つごとに脱落者が出るというやり方なのか。これは思っていた以上に厳しいな。


「最初に受けていただくのは『武の試練』となります。チームの中から三人の代表者『先鋒、中堅、大将』を決めていただき、一対一の試合を行っていただきます。失神したり負けを認めた者は敗者となり、先に二勝したチームが試練をクリアーしたことになります。そして負けた方のチームは敗者復活戦に回っていただき、三チームが次の試練に進めるというわけです。試合については武器や称号の能力の使用を許可する真剣勝負と致します」


 おいおい、いいのか、それ? 死人が出るぞ?


「当神殿には優秀な回復術士がおりますし、いざという時には私もお手伝いしたいと思っています。ただ、もちろん死んでしまった者を生き返らせることは私でも出来ません。そのため私の判断で試合を止めさせていただく場合もあるのでご了承ください」


 聖女様自ら治療してくれるのか。でもそんな試合にならないことを祈るばかりだ。


「それではこれから皆様には神殿騎士が訓練に使っている闘技場に移動していただきます」


 そう言ったアンドレア様が脇に控えていた係の女性に目配せすると、彼女は「ご案内します」と言って俺たちを先導して歩き出した。

 謁見の間を出て、しばらく廊下を歩いていくと目の前に広い空間が現れた。一段高くなっている石畳の舞台があり四つの角には杖を持った男女が立っていてこちらに気付くと軽く頭を下げてきた。俺の視線に気づいたのか案内してくれた女性が口を開いた。


「角に居るのは結界術士の称号を持っている職員です。称号を使った試合をやる場合は彼らが結界を張りますので攻撃が外に影響を与える心配はございません。全力で力を試すことが出来ますよ」


 ん、それって金網デスマッチみたいに試合の決着が付くまで逃げられないってことじゃ? さらっととんでもないことを言ってくれるな。

 俺たちは舞台に上り、石畳の感触や広さの感覚を確かめた。そんなことをやっているとアンドレア様や大神官たちが遅れて闘技場にやってきた。


「くじを用意してきました。この箱の中には四人の聖女候補者の名前が入っています。私が引かせていただきます」


 そう言うとアンドレア様は大神官ニコラ様が持っていた穴の開いた箱に手を入れてかき混ぜるような仕草をした。すっと引き上げられた手には一枚の紙が握られていた。


「第一試合、最初の出場者はカレン・ショーニー!」


 おお、カレンお嬢様たちがいきなり登場か!


 アンドレア様はまた穴の中に手を入れて次の紙を取り出した。


「そして、その対戦者は……、デルタ・キングマン!」


 おお、あの強そうな聖女候補様か! 面白い戦いになりそうだな。


「それではそれぞれのチームは代表者三名を決めてください。先鋒、中堅、大将と順番も大事になります。五分ほど時間を取りますのでよく考えてくださいね」


 アンドレア様の言葉に俺は思わず頷いた。そうだよな、先に二勝することが勝ち抜けの条件ってことは大将に回らず敗退ってこともあるわけだから。

 そんなことを考えていると突然デルタさんが手を上げて発言の許可を求めた。アンドレア様が「どうぞ」と言うと彼女は楽しそうにこう聞いた。


「代表者っていうのはあたし自身が出てもいいってことかい?」


 ああ、やっぱり見た目通りの戦闘狂なんだな……。


「ええ、もちろんです。チームにはもちろん聖女候補者自身も含まれていますから。実際、過去には自ら参戦した聖女候補者も居たようですよ?」


 そうなのか。しかし今の質問からしてデルタさんは出場する気満々だな。なんか小さくガッツポーズしてるし。

 そして自然とカレン一行とデルタ一行は離れ、それぞれ小声で話し合いを始めた。それを見守っているとウルンが俺のそばに近寄ってきて小声で話し掛けてきた。


「なあ、ミケル、俺たち、勝ち目あると思うか?」


 なるほど、その心配はよくわかる。

 カレンお嬢様のチームには特級冒険者の闘王ガオルと一級冒険者の雷姫アデレードが居る。ガオルの強さは当然として、その彼に育てられたというアデレードもかなりの強さのはずだ。実際、俺たちは船の上で巨大な魔獣「海坊主」を瞬殺した二人の強さを目にしている。

 一方、デルタさんのチームも強そうだ。デルタさん本人も「力持ち」と「聖女候補」の二つの称号を持つ希少な二重称号者だし、その相棒の卯人族ヘーアさん、デルタさんの育ての親である鷹人族ファルコさんと鹿人族ディアーノさんも一流の冒険者の気配を感じる。

 さらに俺たちが戦うことになるメアリーさんのチームも猛者揃いだ。メアリーさん本人は強そうには見えないが、母親のセシャルさんは「侍」とのことだし、辰人族のドラレックと丑人族のモギューは称号の力がどうこう言う前に種族として高い戦闘力を持っているだろう。

 これを踏まえて真剣に考えてみると……、あれ、俺たちに勝ち目無くね?

 しかし、このことを正直にウルンに伝えるわけにはいかない。試合をする前から諦めていたら勝てる試合すら落としてしまうだろう。そうなるとこうするしかない。


「大丈夫だ。確かに強敵ばかりだけど、能力には相性ってやつがあるだろ? それ次第でなんとかなるさ」


 題して「嘘も方便」作戦だ。俺は自信満々を装ってそう答えた。


「おお、そうだよな! 俺たちにだってチャンスはあるよな! よっしゃ、頑張るぞ!」


 やる気をみなぎらせたウルンを見て彼が単純で助かったと俺は密かにほっと胸を撫で下ろした。

 やがてそれぞれの話し合いが終わったようで、二つのチームに紙と羽ペンが渡された。あれに代表者の名前を書くのだろう。紙は係の女性が回収しアンドレア様に渡された。


「それでは第一回戦それぞれの代表者を発表します。先鋒戦はメレディス・バートン対ヘーア・ラファティ!」


 なるほど、カレンお嬢様を出すわけにはいかないからやはりもう一人はメレディスが出ることになるよな。彼は執事としては優秀だと思うが、戦闘力についてはどうなんだろう? そういえば称号についても聞いたことが無かったし、彼の戦闘を見るのはちょっと楽しみだ。


「続いて中堅戦はアデレード・マシソン対ディアーノ・フィールド!」


 若き雷姫に対して経験豊富そうなディアーノさんがどう対処するのか、こっちも見ものだな。


「最後に大将戦はガオル・ライアン対デルタ・キングマン!」


 おお、デルタさん、やっぱり自分が出ちゃうのか。しかも相手は特級冒険者闘王ガオルだ。よく見るとファルコさんはやれやれといったポーズをしていたし、ディアーノさんもあきれ顔だった。


「へっへっへ、闘王と戦えるなんてこんな機会二度とないだろうし、ダメ元で胸を借りるよ!」


 デルタさんはガオルの方をびしっと指差してニッと笑った。指を差された方のガオルは腕組みしたままフッと笑っていた。


「それではこれから武の試練一回戦、先鋒戦を始めます。代表者は舞台に上がってください」


 アンドレア様がそう言うとメレディスとヘーアさんがゆっくり舞台に上がった。すると四隅に居る結界術士たちが杖を目の前に立てて魔力を込め始めた。次の瞬間、ブオンという音と共に光の壁が現れた。壁と言ってもガラスのような感じで透けていてちゃんと舞台の上の二人も見えるものだった。

 初めて見る。これが結界か。どのくらいの強度があるんだろうな?

 俺がそう思っていると突然手を上げたのはガオルだった。


「アンドレア様。お願いがございます」

「なんでしょう?」

「試しに結界に攻撃してみてもよろしいでしょうか?」


 どうやら彼も俺と同じことを思ったらしい。


「ええ、どうぞ」


 アンドレア様がそう言うとガオルはゆっくり結界に近づいていき正拳突きの構えを取った。拳に強い魔力が集まっていく。「はああああ!」の一声と共に突き出された正拳が結界に当たるとゴオオオオンという金属的な大きな音がした。しかし壁は消えることはなく、しっかりとその存在を保っていた。


「ふむ、結構本気で殴ったのだが大したものだ。さすがは央神殿の結界術士が作った結界だな。これなら安心して見ていられる」


 ガオルは本気で感心しているようだったが、結界術士たちが皆ほっとしたような表情を浮かべたのを俺は見逃さなかった。


「それでは皆様よろしいでしょうか? では第一試合、先鋒戦、始め!」


 アンドレア様の掛け声と共に二人は静かに戦闘態勢を取った。

 メレディスはショートソードを構え、ヘーアさんはナイフを両手に持っていた。どちらも手慣れた印象だった。


「……へえ、執事さんって聞いていたけど、武器の扱いも上手そうね」


 わずかに笑みを浮かべたヘーアさんがそう言うとメレディスは表情を崩さずにこう答えた。


「常にお嬢様の近くに控えている立場ですので最低限の武芸は身に着けておりますよ」


 二人は間合いを測るようにじりじりとにじり寄った。先に動いたのはヘーアさんだった。卯人族らしい素早い動き、まるでタックルをするような低い姿勢で一気に飛び込んだのだ。しかしそれに対してメレディスは冷静だった。一瞬、驚いたような表情をしたが、すぐにバックステップで華麗にかわして見せた。

 そう思ったのだが……。

 メレディスはわずかだが眉をぴくりと動かした。左腕から血がぽたぽたと落ちて石畳を濡らしていた。


「間違いなくかわしたと思ったのですが。何か称号の力ですか?」


 確かに俺の目にもメレディスはヘーアさんの攻撃をしっかり回避したように見えた。それが当たったということは何か称号の力を使ったとしか思えなかった。


「さあ、どうでしょう?」


 とぼけるヘーアさんにメレディスは「ふん」と鼻を鳴らした。

 再びお互いの距離を測りながら睨み合う二人。次に仕掛けたのはメレディスだった。ヘーアさんにも負けない速い踏み込みから剣を突き出したのだ。

 しかしそれを読んでいたのかヘーアさんは左手のナイフで剣をいなしながらすぐさま右手のナイフを振り抜いた。

 やられた! 俺がそう思った瞬間、メレディスはにやりと笑った。

 ヘーアさんの右手の前に突如現れたのは土で出来た壁だった。慌てて寸止めしようとした彼女だったが勢いは止められずナイフを握った右手が土の壁を殴るような形になってしまった。鈍い音がして彼女は苦痛に顔を歪めた。ナイフを手放してしまった右手からは血が滴っていて、そのダメージが軽くはないことを表していた。


「改めて名乗っておこう。カレン様の執事で『土術士』のメレディス・バートンだ」


 武の試練の第一試合、先鋒戦は波乱の幕開けを迎えていた。




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