第二十七話「聖女一行×2 vs 海坊主×2」


 センタル島への船旅一日目は神殿の諜報員「七草」の一人「ノーザ」が仕掛けてきた試練を仲間になったばかりのウキーレの活躍で乗り切ることが出来た。

 それから二日目、三日目と特に大きな出来事もなく、つい先程のことになるが、明日にはセンタル島へ到着するという旨の船内放送が流れて乗客たちから軽い歓声が上がった。

 あれ以来、試練のような出来事は起きていないが、ノーザは何食わぬ顔でスタッフとして働いていて、食事時などホールで何度も俺と目が合っているのだが、全く動じる様子はなく、普通にスタッフとして挨拶をしてくる。肝が据わっているというかなんというか、さすがは神殿の諜報員だ。俺に正体がバレた時はかなり動揺していたが、やればできる子なんだな。

 その夜、俺たちはホールで船内で最後の夕食を取っていた。カレンたちも姿を見せていたし、他の乗客たちも船旅の思い出話に花を咲かせながら食事を楽しんでいた。魔道具を使っているのかどこからか華やかな音楽が流れてきていて最後の夕食ということもあり、元々豪華だった料理はさらに手が込んでいるように感じられた。

 平和な時間だ。明日はいよいよセンタル島、央神殿か。どんなところかな?

 俺がそんな感慨にふけっていた時だった。

 ドーン! 船が揺れた。

 乗客から悲鳴が上がる。台から落ちた料理や飲み物が床に散乱し、先程までの優雅なホールの雰囲気が一変してしまった。

 この船は魔道具で制御されていて多少の波や風ではびくともしないはずだ。その船がこれだけ大きく揺れた。考えられる理由はただ一つ。

 何者かが船を襲った。


「セーラ!」


 俺が名前を呼びながら彼女の方を向くと彼女は大きく頷いた。周りに居たウルン、モルチュ、フルー、ウキーレも同じく頷く。みんな考えたことは同じのようだ。

 俺たちは走り出した。

 それとほぼ同時にカレンお嬢様の「行きますわよ!」という号令の下にカレンたち一行も走り出した。

 二組の聖女候補一行はホールを飛び出し、階段を上り、すでに暗くなった夜のデッキに出た。

 月明かりに照らされていたのは船の横に並ぶ二つの大きな影だった。

 真っ黒なつるんとした体に大きな目と口。その一方で腕は小さい。下半身は海中にあるので見えなかったが、とにかく巨大で先程の船の揺れは船とこいつが接触したせいなのだろうと推測できた。


「で、でけえ! なんだ、こいつらは?」


 ウルンが驚きの声を上げると、それに答えたのはガオルだった。


「おそらく『海坊主』という海の魔獣だな。俺も実際に目にするのは初めてだが。魔獣ではあるが、巨体の割に臆病な性格で船には近づいてこないため遠目に目撃情報があるだけと聞いたことがある。そいつが船にぶつかるほど近づいてくるとは」


 臆病な性格? それならちょっと驚かせれば海に帰ってくれるんじゃ?

 俺がそう思った矢先だった。なんと海坊主二頭は船に身体をぶつけてきた。先程以上に揺れた船体。よろけたセーラを俺は慌てて支えた。カレンお嬢様も転倒しそうになったようでメレディスがすっと肩を支えていた。


「魔道具で守られているとしてもこれはまずいな。うむ、討つしかないか。……おい、そちらの、ああ、ミケル殿だったか? 一頭は我らが相手をする。もう一頭をそちらで頼めるか?」


 ガオルがそう頼んできた。特級冒険者の頼みとあらば受けるしかないな。


「ああ、任せてくれ!」


 俺が力強くそう答えるとガオルはフッと笑い、自分たちの仲間の方を振り返った。


「メレディスはそのままお嬢様を守れ。行くぞ、アデレード!」

「はい、ガオル様! 海の底であろうともお供します!」


 二人が後方の海坊主に向かって駆けていくのを見ながら俺たちも動き出した。

 最初に攻撃したのはフルーだった。素早い動作で背中から取り出した弓をつがえ、まずは小手試しといった感じで一発の矢を放った。眼前に迫る矢を海坊主は巨体の割に素早い動きで短い腕を振って叩き落そうとした。しかしフルーが放つ矢はただの矢ではない。称号「飛行術師」の力が込められているのだ。矢は鳥のように空中でくねっと海坊主の攻撃をかわし、相手の目に向かって突撃した。すると海坊主はとっさに目をつぶった。当然、矢はまぶたに当たったが、とても生物の体に当たったとは思えない金属同士がぶつかったような音を立てて跳ね返された。どうやらあいつの表皮は相当硬いようだ。


「あら、あれが刺さらないなんて。やるわね」


 悔しそうにそう言ったフルーだが、それにしても初撃でいきなり相手の目を狙うとはなかなかいい性格をしている。

 次に動いたのはウルンとモルチュだった。相手は海の中に居るため、称号「格闘家」の所持者で近距離攻撃型のウルンは攻撃しづらいだろう。一方、その頭の上に乗るモルチュは氷術師という遠近どちらも攻撃できる万能なタイプだ。長年コンビを組んできた二人ならこういう場面でも最適な行動を取れるはずだ。


「ウルン、もうちょい左!」

「はいよ!」


 モルチュの指示に従い、ウルンは素早く左に移動した。海坊主は攻撃してきたフルーに気を取られていて、その動きに目が付いていかなかった。死角。その隙をモルチュは見逃さなかった。


「行け! 氷山槍!」


 彼女の手から放たれた強い魔力が冷気に変わり目の前に巨大な氷の塊が形成されていく。それは以前見せたような複数の氷の槍ではなく、大きな一本の氷柱で出来た大槍だった。放たれた槍は海坊主の左の脇腹辺りに命中し、半分ほど身体に突き刺さり止まった。


「ぎゅおおおおおおおおおお!」


 海坊主の苦痛に満ちた大きな叫び声が船や海面を揺らした。耳がキーンとする。声だけでこの破壊力とは。これ以上、あの巨体で暴れられると船が持たないかもしれない。一気に決着を付けよう。


「ウキーレ! セーラを頼む!」

「あいよ! お任せあれ!」


 セーラの護衛をウキーレに任せた俺はスキル「猫の足」を使ってダッシュジャンプして船の縁に飛び乗った。腹に穴を開けられ痛みのために怒り狂った表情を浮かべた海坊主は俺を真っすぐ睨みつけてきた。船にも匹敵するこの巨体を一撃で倒すにはあれしかない。だが、あれを放つには自分自身が命の危機を感じるくらい追い込まれていなければならない。俺は腹を括った。


「行くぜ、海坊主!」


 俺はそう叫ぶと船の縁から海に向かってジャンプした。背後から仲間たちの悲鳴が聞こえる。それはそうだろう。船から海に飛び降りる、しかもそこには海坊主が待ち構えているのだ。頭がおかしくなったと思われても仕方ない行為だ。でもこれで俺は命の危機をはっきりと感じることが出来た。空中で俺はアンドルワで買ったばかりの森の主の牙の短剣に魔力を込めた。お、違う! これまで使っていた鉄の短剣とは比べ物にならないくらい魔力がスムーズに短剣に流れていくのを感じた。


「窮鼠猫を嚙むにゃああああああああああ!」


 振り切った短剣から巨大な斬撃が飛んだ。森の主を倒した時に放ったものは叩き切るような荒々しい感じだったが、目の前の斬撃はまさに「斬る」といった感じだ。そのイメージ通り、海坊主に当たった斬撃は何の抵抗もないようにその身体を通り抜け、その巨体を縦に一刀両断した。船の上では仲間たちが驚きの声を上げていた。そういえば仲間たちに「窮鼠猫を嚙む」を見せたのは初めてだったな。そんなことを思いながら俺の身体は海面に向かって落ちていった。

 さて、マナに頼むか。眠ってないといいけどな……。

 ファスティアで守備隊長のゲスリが操るネズミの大群と戦った時に魔法の長靴「マナ」に力を貸してほしいと頼んだことがあったが、あの時は「眠い」という理由で断られた。今回もそうならないとは限らない。

 そんなことを考えていると落ちていたはずの俺の身体は突然落下を止めた。そして背中に何か柔らかいものが。後ろを振り返ると俺の身体を羽交い絞めのような恰好で支えていたのはフルーだった。飛行術を使って飛んできてくれたらしい。


「お、フルー、サンキュー」

「ちょ、ちょっと動かないでよね。人間一人を抱えて飛ぶのはさすがにきついんだから」


 ちょっと顔を赤くしたフルーに運んでもらい俺は船の上に戻った。

 船の上から海を覗くと俺が真っ二つにした海坊主はゆっくり沈んでいくところだった。身体が半分にされているというのに血が流れたような跡は無かった。魔獣とはいえ不思議な生き物だ。

 さて、こっちは片付いた。大技を使ったので魔力の消費は激しかったが、まだ戦える。相手の攻撃を分散させるおとりになるなどまだ出来ることはあるだろう。そう思い、カレンお嬢様たちに加勢しようと振り返ってみたのだが……。

 すでに向こうの戦いは終わっていた。

 海面に浮かんでいるのは黒焦げになった海坊主だった。しかも額の辺りがべこっと凹んでいた。それは俺が倒した奴のようにゆっくりと沈んでいった。


「え、どんな戦い方をしたんだ? 見たかったな」


 俺が思わずそうつぶやくと答えてくれたのはウキーレだった。


「まずはアデレードさんが雷の術を放って海坊主の動きを止めて、そこにガオルさんが顔面に正拳突きを一撃。そしてああなったわけです」

「え? それで終わり?」


 一級と特級冒険者のコンビだ。もちろん強いとは思っていたが、それでもそれぞれたった一回の攻撃でこの大物を倒してしまうとは。


「うむ、思っていたほど硬くはなかったな」

「そうですね、ガオル様。私も軽く様子見のつもりで攻撃したのですが、あの程度で動きが止まるとは思いませんでした」


 うん、余裕である。

 いつの間にかデッキは騒がしくなっていた。俺たちが海坊主を倒したことで遠巻きに様子を見ていた乗客たちが出てきたらしい。ちょっとしたお祭り騒ぎになっていて特に闘王ガオルの戦いを見られたということで盛り上がっているようだった。船のスタッフもデッキに出てきて事態の確認に動き出していた。その中にはあの七草「ノーザ」の姿もあった。彼女は俺の所に近づいてきて、すれ違いざま小声でぽつりとこう言った。


「どちらも助けは必要なかったみたいね」


 どうやらどこかで隠れて俺たちの戦いを見ていたらしい。さすがにこれが試練というわけはないから想定外のまさかのトラブルだったのだろう。

 こうして船旅最大の危機を俺たちは乗り越えたのだった。




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