第二十八話「央神殿」
神殿の諜報員「七草」が仕掛けてきた試練や臆病なはずの魔獣「海坊主」(しかも二体)による襲撃など、いろいろあった船旅もようやく終わりを迎えようとしていた。
俺たちは船のデッキに出ていた。俺たちだけではない。他の乗客たちも大勢ここに姿を見せていた。
その目的は徐々に見えてきた陸地だ。
この船の乗客たちはヒワン国の王都アンドルワを出港してからしばらく海ばかり見てきたので久し振りの陸地、しかも待ち望んでいたセンタル島への到着ということで居ても立っても居られないという様子だった。
徐々に港が近くなってくる。港自体はアンドルワの港と比べてそれほど違いはないが、その奥に見えてきたものに乗客たちの歓声が上がった。
それは巨大な神殿だった。
何か規制がされているのか、センタル島の街並みには平屋建ての建物しか見当たらなかった。その中心部に圧倒的な存在感を放っているのが全世界各地の神殿を統括している「央神殿」だ。その巨大さはこれまで見てきたどの神殿も足元にも及ばない、圧倒的なすごさを感じた。前世の記憶を思い起こしてみるとヨーロッパの大聖堂や宮殿といった建造物と比べても
俺の隣に居るセーラは大きな眼でじっと央神殿を見つめていた。突然聖女候補の称号に目覚め、あれよあれよという間にここまでやってくることになった。短い期間ではあったが新たな仲間たちとの出会いを始め、いろんなことがあったし、何しろ聖女になることは彼女のこどもの頃からの夢だ。きっと一言では言い表せない思いが彼女にはあるだろう。
モルチュ、ウルン、フルー、ウキーレたちはわいわい騒ぎながら央神殿を指差していた。縁あって今回の旅に同行してくれることになったみんなだ。
……そういえば央神殿に着いたらみんなとはどうなるんだろう?
ここまで不思議とそういう話はしてこなかった。大事な話なのに、ひょっとしたら無意識に全員がその話題を避けてきたのかもしれない。
別れは寂しいもんな。
央神殿からは必ず従者を一人以上連れてこいと言われているわけだが、到着後に従者はどうなるのか全く言及されていなかったから、最悪「従者は全員帰ってよし。ご苦労」と言われる可能性もあるわけだ。そうなったら俺は七草みたいに神殿の諜報員になれないか売り込んでみるかな?
冗談はさておき、俺の場合、神器「魔法の長靴」、マナの問題がある。神器は神器自身が持ち主と決めた者しか扱えないらしいし、そうなると俺も何らかの形で神殿関係者として取り込まれるのは間違いないだろう。出来ればセーラに近い位置で仕事をさせてもらいたいんだが、さて、どうなることやら。
だんだん大きくなる乗客たちの歓声と共に船はついにセンタル島の港へと到着した。
俺たちは一度部屋に戻り荷物を取ってきた。エントランスに向かうと船旅の間、お世話になった船のスタッフさんたちが並んで見送りをしてくれた。俺は彼らに
船にはすでにタラップが取り付けられていた。みんなでそこを降りて行く。久し振りの地面だ。足が着くとちょっとほっとした。港からまっすぐ伸びた広い道の先に央神殿は鎮座していた。海の上から見ても迫力があったが、改めてこうして見るとこちらを見下ろしてくる意思があるかのような強い存在感を感じさせる建造物だった。
セーラたちも異様な雰囲気に魅入られたかのように央神殿を見つめていた。そんな俺たちに近づいてきたのはカレンお嬢様一行だった。
「皆様、ごきげんよう。ついに始まりますわね」
カレンお嬢様の言った「始まる」とは聖女候補者たちによる次の聖女に一番ふさわしい者は誰かを決める試練のことだろう。海坊主たちとの戦いでは共闘したが、彼女たちは俺たちにとってライバルなのだ。それに他にも聖女候補者はいるらしいから厳しい戦いになるのは間違いない。
「先日も言いましたが、私、負けませんわよ?」
「はい、私も負けません」
カレンお嬢様とセーラは互いの目を真っすぐ見てそう言葉を交わした。普段は穏やかなセーラだが、一度決心したことは譲らない頑固さも持ち合わせている。どんな戦いになろうと頑張ってくれるはずだ。
そんな二人を互いの仲間たちは温かく見守っていたが、そこに声を掛けてきた者が居た。
「カレン・ショーニー様とセーラ・インレット様、それと、お二人のお仲間の皆様ですね?」
みんなの目が一斉に声の主の方を向いた。そこに居たのは黒いローブをまとった年配の男性だった。白髪交じりの短い頭髪に
「私は現聖女アンドレア様に仕えているニコラ・スターレーと申します。この度は聖女候補者の案内役を務めさせていただくことになりました。以後お見知りおきを」
そう言ってニコラさんはこちらに向かって頭を下げた。央神殿で働いているということはエリートだと思うが、腰の低さに驚かされた。すると一番驚いていたのはカレンお嬢様だった。
「そんな! 私たちのような若輩者に頭など下げないでください、ニコラ様! 大神官の一人であるあなた自ら迎えに来てくださったことだけでも恐れ多いのに」
え、大神官? なんかすごく偉いんだろうなという響きだけど。
俺やセーラがきょとんとしていることに気付き、カレンお嬢様は解説をしてくれた。
「大神官は央神殿でも数名しかいない肩書きですわ。聖女様の代理として実務を任されていて、聖女様と意見を交わすことを唯一許された存在ですの。本来なら私たちなど一生会うことがないお方ですわ」
なるほど。聖女様が神殿の表向きの代表だとすると、実権を握っているのは大神官ってことか。そんなめちゃくちゃ偉い人が自ら港まで迎えに来るとは。聖女候補者がどれだけ重要な存在か、改めて思い知らされた気がした。
「さすがはショーニー家ですなあ。大神官という存在自体は知っていても名前や顔を知っている者など稀だというのに」
いや、すいません、大神官という存在自体、今日初めて知りました……。
「いやいや、セーラ様、ミケル殿、そんなに申し訳なさそうな顔をしないでくだされ。ショーニー家の調査能力がすごいのであって知らない方が普通ですからな」
そう言って笑ったニコラ様は優しいおじいちゃんという印象だった。先程までの目つきの鋭さは全く感じられず、どちらが本当の彼なのか判断できないほどだ。さすがは大神官、なかなかの狸親父のようだ。(人族だけど)
「さて、それでは央神殿までご案内致しましょう。少し歩きますが、街の紹介もしたいのでお付き合い願いますぞ」
そう言って先導を始めたニコラ様に俺たちは付いていった。
不思議なことに周囲に護衛らしい護衛の姿は見当たらなかった。大神官という地位の人間に護衛が居ないなんてあり得ない。そう思ったのだが、すぐに理由がわかった。街のあちらこちらに武装した騎士が歩いていたのだ。彼らはニコラ様に気付くと立ち止まり、胸に手を当て、すっと頭を下げた。訓練された無駄のない動きだ。恐らく彼らが「神殿騎士」と呼ばれる人たちなのだろう。普段は聖地であるセンタル島の警護に当たっている彼らだが、各地で戦争や武力衝突など何か問題が起きた時には派遣されることがあると聞いている。その際は武力行使も辞さないらしいので、その辺の国の兵士なら圧倒できるほどの実力者ばかりなのだ。そんな彼らが見回っているこの街で大神官を襲おうなんて頭の悪い奴はさすがにいないってことか。
ニコラ様は歩きながら「この店は最近オープンしたばかりだが安くて美味いと評判になっている」だの「この服屋は布の質が良いがデザインが今一つだ」など、ざっくばらんに街を紹介してくれた。妙に詳しいな? 街の人たちも彼に気付くと恐れるというよりも心から尊敬している態度で挨拶をしていたし、二コラ様はよく街に顔を出しているようだった。
そして俺たちはついに央神殿の入り口までやってきた。
でかい。もうその一言だ。ひょっとするとこの世界で一番大きい建造物なんじゃなかろうか? 装飾、彫刻の細かさも圧巻で世界で唯一無二のものであると感じさせるものだった。
そのまま俺たちはニコラ様の案内で神殿の中へと踏み入れた。壁や柱の一つ一つにまで細かく施された装飾は見事で、照明の魔道具もふんだんに取り付けられていたが、それでいて明るすぎるわけではなく、光の当たり方が隅々まで計算されている気がした。この神殿自体が芸術作品であり、この神殿を訪れた人間は改めて神の存在を確信することになる、そんな神秘的な荘厳さを感じさせる作りになっていると感じた。
神殿の中を進んでいくと年齢性別問わず多くの職員さんが働いていたが、ニコラ様に気付くとみんな作業を止めて深々と礼をしていた。それでいて俺たちを見る時は一瞬、興味深そうな、悪く言うと値踏みされているような視線を感じた。たぶんニコラ様が連れているのは次の聖女候補者だと噂になっているのだろう。そんな居心地の悪さを感じながら俺たちはある場所に付いた。
大きな扉。その前には神殿騎士が二人立っていた。ニコラ様はこちらを振り返り、にこりと笑った。
「こちらに聖女アンドレア様がいらっしゃいます」
俺だけでなく、他のメンバー、カレンお嬢様一行たちも驚きを隠せないといった様子だった。先程センタル島に到着したばかりなのに心の準備が出来ていない感じだ。するとニコラ様はさらなる爆弾発言をしてきた。
「これで聖女候補者四人が全員揃ったわけですな。他のお二人とお仲間の皆様は数時間前にお着きになりましてな。すでにアンドレア様との挨拶を終えておりますよ。それにしても全員が同じ日に到着するとは珍しいですなあ」
四人? あれ、聖女候補者は五人だってカレンお嬢様が言っていたような?
そう思っているとそう言っていた彼女本人がひどく驚いている様子だった。
そのことに気付いたようでニコラ様はフフッと笑った。
「ショーニー家の調査では聖女候補は五人だと聞いていたのですかな? 実は途中の審査で残念ながら御一方が失格となりましてな」
俺たちが船上で七草の一人ノーザに仕掛けられた試練。あれと同じようなことをされて失格の判定を受けた聖女候補がいるってことか。いったい何をやらかしたのか気になるが、この場にはもう居ないようだし確かめようがないな。
戸惑う俺たちにお構いなく、騎士が扉を開けた。中は大きな広間だった。奥は階段になっていて壇上には一つの椅子があった。光を模したと見られる装飾がなされたそれに座っているのは白髪のお団子ヘアが似合う小柄なおばあさんだった。
あの人が聖女アンドレア様……。
部屋に入るニコラ様に続いて俺たちも慌てて扉をくぐった。次第に聖女様が近く見えてくる。品が良い微笑みを浮かべ、こちらを見つめている彼女は、正直、どこにでも居る穏やかなご老人といった第一印象だった。しかしそれでいて簡単には近づけない、近寄りがたいと感じさせる何かも持ち合わせている、そんな感じだった。
「アンドレア様。セーラ様、カレン様、従者の皆様をお連れしました」
「ご苦労でしたね、ニコラ」
初めて聞いたアンドレア様の声は想像よりずっと若々しく、それでいて落ち着いた声だった。俺たちは全員自然と
「皆様、遠路はるばる、ここまでいらっしゃってくれてありがとう。突然『聖女候補』という称号に目覚めて戸惑われたことでしょう。私もだいぶ昔のことだけれど経験があるから気持ちはよくわかりますよ」
そう言って彼女は笑ったが、その笑顔はどこか寂しそうにも見えた。
「長旅でお疲れでしょうから今日はゆっくり休んでくださいね。これからの詳しい話は明日全員揃ったところでしますので」
アンドレア様はそう言ってニコラ様の方を見て軽く頷いた。
「それでは皆様お部屋にご案内します」
俺たちはニコラ様に付いて広間を後にした。
アンドレア様か。不思議な雰囲気を持った人だったな。
そして他の聖女候補たち。どんな人たちなんだろう?
ついに始まる、そして何かが起きる、俺はそんな予感がしていた。
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