魔法の長靴をはいた転生猫耳従者は幼なじみな聖女候補に振り回される!

蟹井克巳

プロローグ「初めましての再会」


 眠い。眠い。

 このまま、この眠気に身を委ねてしまえばどれほど楽だろう。

 でもそうするわけにはいかない。

 私にはやるべきことがあるのだから。

 あの子を見守らなければならないのだから。

 自分に残っている僅かな力を振り絞る。

 見えてきた。あなたが。

 あなたは、少し申し訳無さそうな、それでいてワクワクした顔で辺りを見渡している。

 背徳感。言葉にするとしたらそんな感情だろう。まだ小さなあなたにはわからないだろうけど。

 こどもは一人で森に入ってはいけない。

 あなたが住む村にはそこで暮らす者が守るべきたくさんのおきてがあるが、物心ついたこどもが最初に覚えさせられるとても大事な決まりを、今日あなたは破った。

 こっそり来てこっそり帰る。だからバレない。あなたはそう思っているのだろう。

 そうならないことを私は知っていた。

 あなたはふと空を見上げた。そして不思議そうに首を傾げる。

 まさか、ありえないことだけど、あなたは勘の良い子だから、ひょっとしたら私が見ていることに気付いたのかもしれない。

 あなたは改めて森の方に向き直った、その時だった。

 悲鳴。女の子。

 あなたの頭に付いている両耳が音のした方にピクリと反応した。

 一瞬の迷い。

 悲鳴の先に待ち受けているのは良くない出来事だろう。それに関わってしまえばあなたの小さな冒険は大人たちに知られてしまうことになる。小さなあなたでもそれくらいの想像はできるはずだ。

 あなたの頭に浮かんだのはおじいちゃんの怒った顔。いつもは孫に甘い彼が本気で怒ると村の誰よりも怖いことをあなたは知っていた。

 でもあなたは駆け出した。

 小さな身体には似つかわしくない飛ぶような速さ。木々の間を器用にくねくねと通り抜けて、あなたはそこにたどり着いた。

 唸り声を上げる三匹の野犬に囲まれた黒い服を着た少女。

 野犬たちがあなたに気付くのとあなたがとっさに落ちていた太めの枝を拾ったのはほぼ同時だった。

 飛び掛かってきた一頭をあなたは枝で殴りつけた。きゃんと悲鳴が上がる。それを聞いた他の野犬たちが一瞬怯ひるんだ。その隙にあなたは女の子のそばに駆け寄った。

 初めて見る顔。目に涙を浮かべ身体は震えている。恐怖のせいだろう。一生懸命、口を動かそうとしていたが言葉はなかった。でもその目はこう訴えていた。

 助けて。

 枝を握るあなたの手にぐっと力がこもった。

「じっとしててね。大丈夫。絶対守るから」

 あなたの決意に反応したように野犬たちが動き出した。右から襲い掛かってきた犬の胴体をあなたは枝で思い切り打ち付けた。ぎゃんという悲鳴。次の犬は左から。あなたは身構える。しかしそいつはあなたではなく彼女を狙った。

 卑怯だぞ!

 あなたは素早く回り込むと怒りに身を任せて枝を大きく振り回した。彼女の目前、ギリギリのところで犬を吹っ飛ばすことに成功する。間に合った。あなたはふうっと大きなため息をついたが、犬たちはすぐに起き上がって先程以上の怒りに満ちた表情で唸り出した。


 それから数分。あなたは野犬たちを相手に戦い続けた。


 たった数分。しかしそれはあなたにとってこれまで経験したことがないくらい永遠のような長い時間だったに違いない。

 あなたは強かった。しかしそれは「今の年齢にしては」だ。その小さな身体から繰り出される攻撃は野犬にダメージを与えることはできても致命傷を与えるには至らなかった。息が切れ始めたあなたを少女が心配そうに見つめた。

 でも私はそんなあなたを見ていても全く心配していなかった。こうなることはわかっていた。だからこそ手を打っておいたのだから。


「ミケル! 無事か?」


 凛々しい声。援軍。ちゃんと私の念が届いたようだ。

 あなたと違い、声の主はもう大人と言ってもいい身体をしていた。声に驚き反射的に向かってきた犬の一匹を彼は一瞬でなぎ倒した。手にしているのは立派な剣。地面に転がった野犬は二度と起き上がらなかった。残された二匹の犬は仲間が倒されたことに逆上し同時に彼に襲い掛かった。くるりと舞うように剣閃が描かれる。一瞬の出来事。あなたがあれだけ苦労した三匹の犬は地面に横たわり、あんなにうるさかったのが嘘のように静かになった。

 彼は犬たちが動かないのを慎重深く確認すると剣を鞘に仕舞い、あなたの方に歩いてきた。


「ミケル! おまえ、おきてを破ったな!」


 怒った声。あなたは彼が怒ると祖父の次に怖いことを知っていた。しゅんとしたあなたの耳がぺたっと倒れるの見て隣に居た少女は目を丸くした。


「しょうがないやつだ。おまえの姿が見当たらなくて、妙な胸騒ぎがしたから、まさかとは思ったが、本当に森に来ているとは」

「ごめんなさい」


 今にも泣きそうなあなたを見て彼はようやく表情を崩すとふっと笑った。そして彼女の方に向き直った。


「ところで君は? なんで『人族』の女の子がこんなところに居る? ここはこんな弱っちい野犬だけじゃなく恐ろしい『魔獣』が出ることもある森なんだぞ?」


 彼はあなたが死に物狂いで戦った犬たちを弱いと言い切った。「魔獣」という言葉に少女はぴくっと震えた。


「おまえもだ、ミケル。こんな犬どもに手こずるおまえが魔獣と出会っていたら今頃そいつの腹の中だったろうな。だからこそのおきてなんだ。村に戻ったら御爺様からたっぷり叱ってもらうからな。覚悟しておけよ」

「えー、そんなー。兄様ー」


 がっくりと肩を落としたあなた。それと一緒に尻尾もしょんぼりする。それを見た少女はやっと笑顔を見せた。


「あ、あの、私、セーラって言います。セーラ・インレットです。助けていただいてありがとうございます」


 少女はあなたと彼に向かって深々と頭を下げた。


「インレット? ひょっとしてケットスの街の神殿長さんの?」


 彼がそう言うと少女はこくっとうなずいた。


「はい、私はケットス神殿孤児院でお世話になっていて。インレットはクリスチナ院長の名字を名乗らせていただいています」


 見た感じ、弟のミケルと同じくらいの歳の少女。それなのに弟よりずっとしっかりしている。環境がそうさせているのだろうな。彼はそう思った。


「へえ、街の子か! あ、僕、ミケル! ミケル・ジーベンだよ。すぐそこの猫人族の村に住んでいるんだ。五歳。よろしくね、セーラ!」


 あなたがそう名乗ると、少女、セーラはニコッと微笑んだ。


「わあ、私も五歳なの! よろしくね、ミケルくん!」


 小さな二人が握手するのを微笑ましく見ていた彼はすぐに真面目な顔に戻った。


「俺はレオ・ジーベンだ。こいつ、ミケルの兄だ」


 その言葉にセーラはレオとミケルを交互に見比べた。二人が持つ薄茶色の猫耳と尻尾は確かによく似ていた。


「さて、二人ともさっさとうちの村に移動するぞ。さっきも言ったが、こんなところでうろうろしているといつ魔獣がやって来てもおかしくないんだ。俺だってまだ一人で魔獣の相手をするには不安がある。ほら、行くぞ」


 彼がそう言うとセーラは慌てた様子で「待ってください!」と叫んだ。


「私、熱冷ましの薬草を取りに来たんです! この森に生えているって前にお姉ちゃんが教えてくれて」


 必死な様子の彼女にレオはふっと笑った。


「それならうちの村にあるぞ。熱冷ましの薬草は生の状態より一度乾燥させたやつの方が効くんだよ。だからうちの村では常に乾燥した状態のやつを保存している。たくさんあるからな、遠慮する必要はない。それを持ってけ」


 それを聞いたセーラの顔がぱっと笑顔になった。


「ありがとうございます!」

「良かったね、セーラ。じゃあ、行こう、兄様」

「そうだな。では、付いてきてくれ」


 三人は猫人族の村に向かって歩き出した。


「ところで、セーラ、熱冷ましの薬草が必要と言ったが、確か、クリスチナ・インレット神殿長はケットスの街でも数少ない『治療術師』だったはず。彼女はお留守なのか?」


 レオがそう尋ねる。当然の疑問だろう。彼女が居れば多少の病気や怪我は治せてしまえるのだから。それに対してセーラは「なるほど」という答えを返した。


「それが、熱を出したのはそのクリスチナ院長なんです。昨日の夜から高熱が続いていて。近隣の方々に熱冷ましの薬を持っていないか聞いて回ったんですけど、みんな、院長の治療術に頼っていたので、薬を持っている方がいらっしゃらなくて。それで、私、この森の熱冷ましの薬草の話を思い出して。居ても立っても居られなくて」

「その様子だと孤児院の人たちには黙って来たんだな。今頃、心配しているぞ」

「言ったら止められると思ったから。ごめんなさい」

「まあ、君を怒るのは俺の役目じゃないしな。覚悟はしておくんだな」


 レオにそう言われたセーラは泣きそうな顔になっていた。それを見たミケルは元気づけるようにこう言った。


「大丈夫だよ。セーラは院長さんのためにこんなところまで来たんだろ? 僕なんかただ遊びに来ただけだし。僕は怒られるだろうけど良いことをしたセーラはそんなに怒られないよ。なんなら僕がセーラの分も怒られてあげる。どうせ怒られるんだから一回も二回も変わらないからね」


 セーラはそれを聞いて目を丸くし、そして声を出して笑った。


 そうこうしているうちに猫人族の村が見えてきた。竹を組んで作った壁で覆われた村の入口には見張りの者が立っていた。大きな身体。焦げ茶色の大きな耳と太い尻尾は迫力があった。


「おお、レオ。急に飛び出していったと思ったら帰ってきたか……、って、なんでミケルの坊主が一緒に居るんだ? 今日は朝から俺がここで見張りをしていたけど会ってねえぞ?」

「飛び越えたんだろ? 壁を」


 レオがそう言うとミケルはバレたかといった感じで舌を出した。


「はあ? ミケル、まだ五歳だろ? 俺たちもガキの頃は大人たちの目を盗んで壁を飛び越えて遊びに行っていたけどよ、それは十歳を過ぎてからだぞ? この高さをその歳でもう越えられるのかよ。全くとんでもないやつだな」

「試してみたら出来ちゃった。へへ、すごいでしょ?」

「褒めてねえよ! おまえが悪さをすると見張りの俺たちの責任になるんだよ! かー、めんどくせー!」


 そのやり取りを見ていたセーラがくすくす笑う。それでようやく見張りの男は彼女の存在に気付いたようだった。


「あれ、人族の娘? 珍しいな、こんなところに。ミケルの友達か?」

「うん、さっき、友達になったんだ!」


 ミケルがそう言うと男は嬉しそうに笑った。


「おお、そうか。うちの村にはミケルの坊主と同い年くらいのこどもが他には居なくてよ。ミケルは遊び相手がみんな大人だったから可哀想に思っていたんだ。こいつと仲良くしてやってくれよ、お嬢ちゃん」

「はい! あの、私、セーラって言います」

「おう! 俺はルロって言うんだ。よろしくな!」


 握手をするセーラとルロを見ながらレオは声を掛けた。


「セーラに村を紹介してやりたいところだが、これから街に帰ることを考えるとそんなにのんびりもしてられないな。暗くなってしまう。セーラ、ちょっとここで待っていてくれ。薬草を取ってきてやる。送っていくから一緒に街まで行こう」

「はい、ありがとうございます」


 そんな二人の会話を聞いていたミケルが目を輝かせた。


「兄様、僕も行くよ! いいでしょ?」

「ダメだ。おまえ、街に行ってみたいだけだろ? 何かあった時におまえと彼女二人だと守りきれるかわからない。おまえはとっとと御爺様に叱られてこい」


 ミケル、いや、あなたは「えー」と不服そうに口をとがらせた。それを無視してレオは村の中に入っていった。あなたとセーラはレオが戻ってくるのを待っている間、楽しそうに話をしていた。お互い、今どんな暮らしをしているか、自己紹介を兼ねた情報交換をしていた。


 そんなあなたたちを見ているうちに私は焦り始めた。


 おかしい。なぜ何も起きない?

 あなたは今日こうして彼女と出会った。

 運命の出会い。

 そう、これは私が導いた運命の出会いなのだ。

 二人は仲良くなれたようだし、今後ケットスの街でまた会うこともあるだろう。ひょっとしたらミケルの方が懲りずに村を抜け出して遊びに行くなんてこともあるかもしれない。そうやって何度か会っているうちに私が望んだことが起きる可能性はある。

 でも、それではダメだ。今日、今、この瞬間でなければ意味がないのだ。

 私はこの目で見届けなければならない。

 この世界の運命が動き出す瞬間を。

 そのために残っている力を振り絞った。

 でも、ああ、眠い。


「ほら、セーラ、これが熱冷ましの薬草だ。持っていけ」


 ……あれ? いつの間にかレオが戻ってきていた。私は眠っていたのか。次に目を閉じたら私はもう起きることはできないかもしれない。


「ありがとうございます」


 セーラは両手でしっかりと大事そうに薬草を受け取った。別れの時だ。


「じゃあ行こうか。ほら、ミケル、ここでお別れだ。挨拶あいさつしろ」

「うん、じゃあ、またね、セーラ。次に会った時はもっとゆっくりお話ししよう」


 あなたは手を振った。それにセーラも手を振り返した。


「うん、また会おうね、ミケル君」


 兄に連れられた少女が背中を向けて村から離れていくのをあなたは名残惜しそうに見つめていた。今だ。これが最後のチャンスになるかもしれない。


 私は薄れゆく意識に抗いながら、あなたの名前を呼んだ。


 その瞬間、あなたの表情が変わった。

 驚きと戸惑い。

 何かを言いたいように口が開くが言葉は出ない。

 私は確信した。

 良かった。届いた。私の目的は果たされた。

 もう限界だ。眠い。でもきっとこれで運命は動き出す。そうであってほしい。

 私は安堵と不安が入り混じった不思議な気持ちのまま、いつかやってくる未来に向けて意識をそっと手放した。






 呼ばれた気がした。名前を。でもそれは僕の名前じゃなかった。聞き覚えのない名前。いや、そもそも、なぜ僕はそれが「名前」だとわかったのだろう? 音だけ聞けば名前っぽくない響きの単語なのに。でもわかる。懐かしさすら感じる。あれは僕の名前だ。

 そう、「俺」の名前だ。

 俺? 僕は混乱した。

 俺って誰? いや、僕は、俺は誰だ?

 俺、違う、僕の名前はミケル・ジーベン。五歳。今いる場所、つまり猫人族の村に住んでいる。猫人族はほとんど人族と変わらない見た目だけど猫のような耳と尻尾が生えている種族だ。家族は御爺様と二人の兄様でお父さんとお母さんは居ない。

 御爺様は村の長老、人族の村で言うと村長みたいなもので、村で一番偉い人だ。さっき僕とセーラを助けてくれたレオ兄様は僕たち兄弟の一番上で僕とは十歳離れている。もうすぐ成人、大人として認められるらしいけど、すでに大人に混じって森での狩りや魔獣討伐にも参加しているすごい人で僕の憧れの存在だ。二番目の兄様、ジーロ兄様は僕の5個上で身体が弱く病気しがちなので狩りに行ったりはしないけど頭が良くて物知りだし上の兄様とは違った意味で僕は大好きだった。

 お父さんとお母さん、僕はどんな人だったか覚えていない。お父さんは御爺様の一人息子で、お母さんはその幼なじみ、そんな二人は一緒に「冒険者」をしていたらしい。

 冒険者っていうのは街にあるギルドっていうところに登録している人たちのことだ。そこに依頼された魔獣退治とか悪い人を捕まえるとか旅の護衛とか、いろんな仕事をしているんだって。僕らこどもにとっては憧れの存在で、実はレオ兄様も成人したらすぐにギルドに登録したいと言っていた。

 それは僕が生まれて間もなくのこと。村のすぐそばに本来なら森の奥に住んでいるはずの「森の主」と呼ばれている強い魔獣が現れたんだって。村の戦士たちは力を合わせてそれに立ち向かった。冒険者だったお父さんとお母さんは勇敢にも真っ先に森の主に挑み、激戦を繰り広げ、最後は自分たちの命と引き換えに相手に深い傷を与えたらしい。そして弱った森の主は森の奥に逃げ帰り、村はなんとか守られたんだ。

 御爺様は、お酒を飲んで酔っ払ってくると、その日のことを思い出すようで、老いたわしはおまえたち孫三人を守ることで精一杯だった、おまえたちの両親を死なせてしまい申し訳ない、といつも謝ってくる。謝らなくていいのに、僕たち三人を育ててくれることに感謝しているのに、大好きだよ、僕はいつもそう思うのだけれど、御爺様にとってあの日の出来事は一生忘れられない負い目なのだろう。御爺様が自分を許せる日は来るのだろうか、そんなことを考えながら僕は、いや、俺はふと我に返った。

 五歳。俺は五歳だ。でもこれは、本当に五歳のこどもの思考か?

 そして思い出す。先程、誰かに呼ばれた名前。俺の本当の名前。

 光士郎こうしろう

 そう、それが俺の本当の名前。ミケルだって別に嘘の名前というわけじゃない。でも自分には光士郎という名前があった。この世界では聞かない響きの名前。日本人としての名前。日本人? そう、自分は日本という国で生まれ育った。そこには猫人族なんていなかった。猫耳獣人なんて空想の存在、ファンタジー作品に出てくる架空の存在だったはずだ。

 俺は自分の頭に手を伸ばした。猫耳。触っていることがわかる、神経が繋がっている、紛れもなく自分の身体の一部だった。尻尾も動かしてみる。ぴくぴく。変な感じ。前世ではなかった感覚だ。

 ……前世!

 自然と答えが降ってきた。何も根拠はないけど確信があった。

 日本人だった山根光士郎は生まれ変わって異世界で猫になったようだ。

 妙な感じだ。ミケルとして過ごしてきた記憶はそのままに光士郎としての人格を取り戻しているのだから。

 そして自分が光士郎だとわかった今だから断言できることがある。

 セーラ。先程、出会ったばかりの少女。

 初めて会った、そう思っていたが、まさか再会だったなんて。

 彼女は俺の最愛の人、浦部都子うらべみやこ、「みゃーこ」の生まれ変わりだ。間違いない。

 レオ兄様と彼女の姿はもう見えなくなっていた。追い掛けるか、一瞬そう思ったが、混乱する頭が焦る身体に待ったを掛けた。

 彼女になんて声を掛ける? 彼女に前世の記憶はあるのか? 無かったとして自分のことを思い出してくれるのか? もし俺のことなんて覚えていなかったら?

 そう思うと怖くて動けなかった。


「おい、ミケル、どうした? そんなにあの娘のことが気に入ったのか? 大丈夫だよ、また会えるって」


 何かを勘違いしたルロが元気を出せとばかりに俺の肩を叩く。それに反応できないまま俺は呆然と彼女が去った方向を見つめ続けた。



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