第5話 あたしの存在意義



「グスッ・・・グスッ・・・グスッ」



かなで嗚咽おえつが雑木林の中に響いている。

先ほどまでの号泣では無くなっていた。

泣き疲れたのかも知れない。


研一は今は撫でるのを止め、

奏の頭に手を添えているだけだった。


雑木林の中は夕焼けに染まりつつあった。

木漏れ日も色を変えていた。

研一と奏は黄金色こがねいろの世界にいた。


「うっ、うっ」


奏の呼吸が正常な状態に戻りつつあった。

研一は慎重に言葉を選んだ。


「落ち着いた ? 」


「・・・はい」


奏はゆっくりと顔を上げた。

その顔は涙でグシャグシャだった。

研一はハンカチを取り出そうとしたが、昼休みの時に奏に渡したままであった事を思い出した。


研一は自分の肩下げカバンからタオルを取り出した。

そして、優しい手つきで奏の顔をき始めた。

奏は魂が抜けたように、されるがままになっていた。


研一が拭き始めてしばらく経ってから奏がぽそりと呟いた。


「・・・先輩は何も言わないんですね」


研一は無言で拭き続けた。


「・・・黙って、あたしの頭を撫でてくれました」


研一は拭いていた手を止めた。

奏が研一の顔を見つめたからだ。


「・・・あたし、とても嬉しかったです」


「うん」


研一にとって奏の告白は重すぎた。

そして、今は言葉をかけるべきでは無いと判断したのだ。

奏の心の痛みを共有するべきだ、と。


「後は自分でやります」


「うん」


「このタオルも昼休みの時のハンカチも、ちゃんと洗ってお返しします」


「うん」


奏は研一のタオルで涙の跡を拭き取っていった。

そして自分のカバンからポケットティッシュを取り出した。

それから何回も鼻をかんだ。



2人は黙って座っていた。

奏は顔を伏せたままで。

研一は奏を心配そうに見つめていた。


「・・・あたしは」


奏は顔を伏せたまま喋り始めた。

そして、また黙ってしまった。

研一は迷ったが口を開く事にした。


「いいよ。続けて」


奏は黙り込んだままだった。


「僕になら何を言ってもかまわない」


奏の肩がビクッと震えた。

また喋りだしたが、その声も震えているようだった。


「あたし。3年生になるまではあたしは両親が愛し合っていて生まれて来た、と思ってました」


奏は顔を上げて研一を見た。


「でも、そうじゃなかったんですね」


その顔は研一が初めて見る顔だった。

今までの奏の顔では無かった。


マズイ


研一は、そう感じた。

パニック障害が始まってしまったのでは無いか ?

しかし、研一はどうしたら良いのか判らなかった。


「あたしが離婚の原因だったのかも知れません」


「そんな事は無い」


研一は、やっと声を絞り出した。


「ククッ」


奏は笑った。

研一が初めて聞いた冷たい笑いだった。


「・・・先輩に何が判るって言うんですか!」


奏が叫んだ。

また、目に涙が浮かんでいた。

研一は圧倒されてしまった。


「・・・あたしなんか」


ギィィィッ


野鳥の鋭い声が響いた。



「あたしなんか生まれてこなければ良かったんです!」







つづく




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