僕の視線の中で踊る君の髪
北浦十五
第1話 誰だ ?
「あれ ? 」
いつものように昼休みを過ごそうと思ってやって来た彼にとっての秘密の場所。
そこに、ちょっとした異変が起きていた。
「誰かいるのか ? 」
研一は県立高校に通う高校2年生。
彼の通う高校は普通の高校より少しレベルの高い進学校。
その中でも彼は上位に入る成績を残していた。
彼はクラスの中では目立った存在では無い。
これは彼が意図的にやっている事だ。
人嫌いと言う程では無いが、人との付き合いが
クラスメイトとは付かず離れずの関係を維持している。
仲間はずれにされる事も無かったが親しい友人もいない。
これが彼にとってはベストな立ち位置だった。
彼は身長も普通程度で顔立ちも悪くない。
イケメンとも言える容姿だったが、なるべく目立たないようにしているのでその事に気付く者はいないようだ。
そんな彼にとっては昼休みは
午前中の授業で息苦しさを感じていたので、昼休みくらいは1人になりたかった。
そこで彼は1人になれる場所を探した。
1年生の時の1年間は何とか我慢したが、もう限界だと思ったからだ。
部活に入っていない研一は学校の中で1人になれる場所を探していた。
ある日の放課後。
グラウンドの部室棟の裏に目立たない小さな小道を見つけた。
研一の通う高校は小高い丘の上にあって周囲は
部室棟の裏にも沢山の樹々があった。
その小道も樹々の中に隠れるように存在していた。
それほど長くは無い小道を進んでいた研一は舌打ちした。
「ちぇっ。行き止まりか」
前方には錆び付いた白い
「この小道だと部室棟からあまり離れていないから、誰かに見つかる可能性もあるな」
別に見つかっても構わないが、昼休みにこんな所にいる事を
「このフェンスを超えるのは・・ちょっと難しいな」
フェンスの高さは2mくらいだ。
錆び付いている上に
研一はしばらくフェンスに沿って歩いてみた。
「なんだ、あれ ? 」
研一はフェンスに何か茶色いものを発見した。
近寄ってみると、フェンスにベニヤ板が立てかけられている。
立ち入り禁止
ベニヤ板には赤いスプレーでそのように書かれていた。
かなり変色しているから、数年前のものだろう。
試しに持ってみると思いのほか軽かった。
ベニヤ板をずらしてみると、フェンスの柵に人が通れるくらいの
恐らく過去に通っていた生徒が腐食の激しい
運動部の生徒なら、それくらいは出来るだろう。
研一は破損している箇所からフェンスの外に出てみた。
「やっぱりな」
研一の顔に苦笑が浮かんだ。
そこは広場のようになっていてタバコの
いくら進学校と言えども、そのような生徒達はいるものだ。
その生徒達が卒業してしてからは、この喫煙所は使われていないらしい。
研一は奥の雑木林の方へ向かった。
手入れはされていないようで下草が伸びていたが歩くのに邪魔な程では無い。
沢山の樹々が生い茂って新緑の良い香りがした。
野鳥の声も、あちらこちらから聴こえて来た。
しばらく歩くと、ひときわ大きなクヌギの樹があった。
研一はそのクヌギの樹にもたれ掛かって大きく深呼吸をした。
肺の中一杯に新緑の爽やかな空気が入って来た。
自分が浄化されるような感じがした。
ホーー、ホケキョ
鳥の声が響いた。
「
研一は嬉しくなった。
鶯の声を聴くなんて何年振りだろう。
自分を歓迎してくれるように感じられた。
「決めた」
この学校の昼休みの時間は1時間ある。
教室との往復時間を考えても走れば40分はここに居られる。
研一は、ここで昼食を
フェンスを通り抜ける時にベニヤ板を元通りの位置に戻した。
学校側もこの場所の事は知らないだろう。
数年間、人が入った
研一は自分だけの秘密の場所を見つけて満足気に帰宅した。
それから、研一は昼休みを雑木林で過ごした。
最初のうちは
昼食はいつも最初に見つけたクヌギの樹の下で食べた。
昼食と言ってもコンビニで買ったサンドイッチと紙パックのコーヒーだったが。
雑木林の中はいつも新鮮な緑の匂いと野鳥の声で満ちていた。
そんな1人でいる時間が研一をリフレッシュさせてくれた。
彼は、この場所に深い満足感を感じていた。
研一が自分だけの秘密の場所に通い始めてから1カ月が経った。
それは、ある日突然に
連休明けの5月の上旬。
研一はいつものように昼休みを過ごす為に秘密の場所にやって来た。
そして、
フェンスのベニヤ板がずらされている。
研一は動揺した。
落ち着け、落ち着け。
彼は自分に言い聞かせた。
昨日、あそこを出る時には確かにベニヤ板は元の位置に戻しておいた。
つまり、誰かが動かしたと言う事だ。
彼は用心深くフェンスを通り抜けた。
「やっぱり」
彼は初めてこの場所を訪れた時と同じ言葉を呟いた。
全く別の意味で。
あれだけ無数にあったタバコの吸殻が1つも無かった。
誰かが片づけた、としか考えられない。
その人物はどのような目的で、ここに来たのだろうか ?
ここから先に居るのだろうか ?
とにかく誰か居るのか確かめなくては。
研一は重い足取りで雑木林の中へ進んだ。
彼がいつも昼食を食べているクヌギの樹に、その人物は居た。
肩まで伸びている
「女子生徒 ? 」
研一はクヌギの樹の下の横まで来た。
人の気配に気づいた女子生徒がゆっくりと研一の方を向いた。
まるで研一が来るのを待っていたように。
スカーフの色からすると1年生だ。
その顔はあどけなさが残っていたが整った顔立ちに理知的な瞳が印象的だった。
きっと大人になったらスゴイ美人になりそうだ。
その女子生徒は研一の顔を見て何か言いたそうだった。
しかし、言葉が出て来ないという感じだった。
研一は黙って視線をそらし雑木林の奥に向かった。
何より、彼は1人になりたくて来ているのだから。
女子生徒が見えなくなる場所まで移動してから彼はため息をついた。
つづく
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