閑話休題 ガールズトーク



これは、あたしが研一先輩と出会ってから3週間後くらいの時のお話。




「ねぇ、山岸やまぎしさん」


ある日の放課後。

帰宅準備をしているあたしに1人のクラスメイトが話しかけて来た。


「何 ? 」


話しかけて来たのは琴音ことねと言う女の子だった。

サッパリした性格で姉御肌あねごはだの彼女はクラスでは男女を問わず人気がある。

琴音は周囲を見渡してから、そっとあたしに耳打ちした。


「お昼休みにいつも何処に言ってるの ? 」


あたしはドキッとした。

以前のあたしならパニック障害になってしまったかも知れない。

あたしは必死になって研一先輩の事を考えた。


先輩の優しい笑顔。

先輩のあたしをいたわるような声。

あたしの精神がふっと和らいで行くのを感じた。


「うーん。ここではちょっと。もう少し人の居ない場所なら」


「ふーむ。そうだねぇ」


琴音は人差し指を頭に当てて考えていた。


「図書室とかどうかな ? 放課後ならそんなに人は居ないと思うし」


「えー。放課後だから逆に人が多いんじゃないかしら」


あたしの返答に琴音はニヤリとした。


「でも、放課後なら本を借りたり返す人の方が多いと思わない ? 」


「あっ、そうか」


あたしは琴音の言い分に納得した。

やっぱり、この子は頭が良い。と言うか洞察力に優れている。

だけど。


「あの。あたしが話す事は内密にと言うか、その」


「判ってる、って」


琴音はバンと胸を叩いた。


「山岸さん・・うーん。かなでさんって呼んでも良い ? 」


あたしは笑みを浮かべて言った。


「それなら奏で良いよ。クラスメイトなんだし。あたしも琴音って呼んでも良い ? 」


「うん。そうして! 私、さん付けされると何かこそばゆいんだよねぇ」


そう言って琴音はニカッと笑った。


「じゃあ、図書室に行こっか」


「うん」


こうして、あたしと琴音は図書室に向かった。




「私、ずっと奏と話してみたい。出来れば仲良くなりたい、って思ってたんだ」


隣を歩く琴音のポニーテールが揺れる。


「そうなの ? 」


あたしはちょっとビックリした。

この高校に入学してから約2カ月。あたしはクラスメイトとは距離を置いていた。

そんなあたしを気にかけてる子なんて居ないと思っていたのに。


「だって奏は可愛いし。入学してからの小テストだって全部良い点とってるじゃん。それに何て言うのかなぁ。気品みたいなのを感じるのよね。私みたいなガサツな女と違ってさ」


「ガサツって」


あたしはちょっと吹き出した。


「琴音はガサツなんかじゃ無いよ。すごくサッパリしてて裏表の無い人。それでいて誰かの気分を害するような事や他人の悪口は絶対言わない。だから皆から好かれてるんじゃない。テストだって琴音も良い点とってるし」


「フフフ、ありがと。やっぱりね」


琴音は笑いながら納得したようにうなづいている。


「やっぱり、って。何が ? 」


あたしは不思議そうに琴音に尋ねた。


「他人の良い所をきちんと見ていて自分の意見をちゃんと言えるトコ。それってなかなか出来ない事だよ。ま、私に関しての事は外交辞令と受け取っておきますね」


「違うってば。外交辞令なんかじゃ無いよぉ」


「はいはい。ほら、着いたよ」


そう言って琴音のポニーテールは図書室に入って行った。





放課後の図書室は人が結構いたけど、琴音の言った通り殆どの人は本の貸し借りの人だった。

図書委員の人が2人いたけど、かなりの列ができていた。

あたし達は人が居ない図書室の隅を探した。


「あった。こっちこっち」


琴音が手招きする。

行ってみると誰もいない本棚の間に椅子が2つあった。

この図書室には自由に本が読めるようにいくつかの椅子が置いてある。


「あ、ちょうど2つあるね」


あたしは琴音の方へ向かった。

そして、2人で向かい合わせに座った。


「えーと。話をする前に」


「判ってるよ」


琴音があたしに向かって片手を広げた。


「ここで聞いた事は誰にも喋らない。家族にも、先生であろうと。それで良い ? 」


「ありがとう。うーん、何から話そうかしら」


少し考え込むあたしに琴音が少し驚いたような反応をした。


「え ? そんなに長いの」


しかし、すぐに言った。


「良いよ。最後までちゃんと聞くから」


「うん。あのね、あたしの両親は昨年離婚したの」


琴音は真剣な眼差しで聞いてくれている。


「小学校の4年生くらいかなぁ。両親の不仲に気が付いたのは。そして離婚の寸前にはかなりマズイ状態になってたの。正式に離婚した後のあたしは情緒不安定になってパニック障害になってしまったの」


琴音はしばらく両手を組んで考え込んでいたが静かに言った。


「それが奏が皆から距離を置いていた理由なんだね」


その眼差まなざしにはあたしをあわれむようなものは見られない。

ただ、事実のみを受け止めてくれている。


「そう。パニック障害の発作が起こってしまったら皆に迷惑をかけるから」


「うん。奏の判断は正しかったと思う。私だって同じ判断をしたと思うから」


琴音は静かな笑みを浮かべて言った。


「でも今の奏にはそんな兆候ちょうこうは見られないけど。それが昼休みの行動と関係あるの ? 」


「そうね。入学して1ヶ月くらいかな。ある人を見つけたのは」


琴音はまた黙って話を聞いている。


「その人も大勢の人と一緒にいるのが苦手な人でね。昼休みになると秘密の場所に行っていたの。そこへあたしが強引に割り込んでしまった、と言う訳なの」


「・・・なるほどね」


琴音が初めて大きな笑顔を見せた。


「その人が奏に良い影響を与えた、って言う事なんだね」


「そうなの!先輩はとっても優しくて。そして思慮深い人で。あたしのこんがらがってた心を解きほぐしてくれたのよ!」


あたしは思わず大きな声を出してしまっていた。


「ちょ!奏、誰かに聞こえちゃうよ」


琴音が慌ててあたしの口を手でふさいだ。


「あ!」


あたしも慌てて自分の口に手を当てた。

図書室の中は特に変わった様子は無い。

幸い、誰にも気づかれ無かったみたいだ。


「ふぅ。でも良かったね、奏。あんたの事を理解して受け止めてくれる人がいて」


琴音は自分の事のように喜んでくれている。


「あたし、琴音に話せて良かった。ありがとう。声をかけて来てくれて」


「そんなお礼を言われる事じゃ無いって。私だって奏とじっくり話してみたいと思ってたんだからさ」


そして、あたし達は笑いあった。


「・・・でもね」


あたしのちょっと沈んだ声に琴音は反応した。


「何 ? 何か問題あんの ? 」


「うーん。先輩はあたしの事、どう思ってるんだろ ? って」


琴音は少しビックリしたように言った。


「え ? あんた達、付き合ってるんじゃ無いの ? 」


「そこが微妙なのよねぇ。先輩はいつもあたしに優しくしてくれるけど」


琴音は頭を抱えた。


「あちゃあ。今度は恋愛問題かぁ」


「ちょっと。あたしは真剣に悩んでるのよ」


あたしがむくれると琴音が謝って来た。


「ゴメンゴメン。その先輩って人は女の子とお付き合いをした事はあるの ? 」


「聞いた事ないけど。多分、無いと思う。そもそもあの先輩に恋愛感情なんてものがあるのかも」


琴音はすごく困ったような顔をしてる。


「奏は今までに恋愛感情を持った事は・・・無いわよねぇ」


「当たり前じゃない」


「威張って言うな!」


そう言って琴音はクスクスと笑った。


「あ、ひどーい」


あたしはまたむくれた。


「まぁまぁ、私達はまだ15歳なんだから。そんなに焦る事ないって」


琴音はなだめるように言った。


「でも、雑誌とかだと高1でまだ、その、か、関係が無いなんて」


あたしは話しながら顔が真っ赤になって来た。

自分でも何を言ってるんだろう ? と思いながら。


「そんな事、他人と比べてどーすんのよ。バカバカしい」


琴音はあたしの背中をバーンと叩いた。


「いったーい。じゃあ、琴音は彼氏いるの ? 」


「黙秘権を行使します」


「ずるーい!」



もはや内緒話では無くなっている事に気付かない2人であった。






おしまい




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