第14話 オーバー・ザ・レインボー2



「うわぁ、随分と大きな家だねぇ」



研一はわざとらしいとも言える大きな声を出した。


隣にいるかなでも懐かしそうに見ていたが返事は無い。


「あたしは車を車庫に入れて来るからね。あの子は縁側に居るよ」


そう言って叔母さんは車に乗り込むとエンジンをかけた。



研一は隣にいる奏のてのひらを握った。

奏の身体がビクッと動いた。

研一は努めて優しい声で言った。


「やっぱりお母さんに会うのは怖い?」


奏はゆっくりと頷いた。

握っている奏の掌はじっとりと汗ばんでいた。


「大丈夫。僕はこの手を絶対に離さない」


研一の言葉にハッとしたように奏は研一を見た。

そして自らに言い聞かせるように言った。


「・・・そうですよね。あたしには先輩が、研一さんが側に居てくれるんですから」


奏は意を決したように歩き出した。


それから2人は家屋の左側の方へ歩き出した。

垣根の横を通り過ぎると裏庭のような広い空間に出た。

その縁側に浴衣姿の女性が座っていた。


その女性は40代前半のように見えた。

奏によく似ていたが少しやつれているようにも見えた。

しかし、その女性の美しさは少々のやつれなどは感じさせないものだった。


そして何より。

その女性はとても優しい目をしていた。


奏は研一の手を離すとゆっくりとその女性の方へ歩き出した。

しっかりとした足取りで。


縁側に座っている女性は自分に近づいて来る人影に気がついた。

奏の顔を見た女性は驚いたような表情を見せた。

しかし、その表情は優しい愛情に満ちたものに変わっていった。


「奏ちゃん!奏ちゃんなのね」


「お母さん!」


奏はいつしか駆け出していた。

そして両手を広げる母の胸に飛び込んで行った。


「お母さん!お母さん!」


「ごめんなさい。ごめんなさいね、奏ちゃん」


奏は1年半ぶりに母の顔を見た。

その顔は娘に対する愛情に溢れていた。

奏はそれだけで充分だった。


「本当にごめんなさい」


「いいえ!いいえ!」


2人の目からは涙が溢れていた。

奏の母は娘をいつくしむように抱きしめている。

奏は母の胸に顔をうずめる。母に甘える赤ん坊のように。


2人のあいだには純粋に母と娘の愛情が満ち溢れていた。



しばくして奏の母は言った。


「奏ちゃん。あなたにはどうしても話しておかなければならない事があるの」


「お母さん。それがお母さんにとって辛い事なら無理に話さなくても良いよ」


「いいえ。これはあなたにも関係してくる事だから。あら? あの人は?」


そう言って奏の母は研一を見た。

研一は明らかに動揺した素振りを見せた。


「あの人はあたしの学校の先輩で高見研一さん」


奏は涙をぬぐいながら紹介した。


「あたしの事を心配して一緒に来てくれたの」


それを聞いた奏の母も涙をぬぐって微笑んだ。


「そうなの。奏ちゃんもそう言うお年頃になったのね」


「違うってば。その、先輩はそう言うんじゃなくて、その」


頬を赤らめながらゴニョゴニョ言っている娘を嬉しそうに見ていた母は言った。


「それじゃあ、あの方にも私の話を聞いて貰いましょう」


そう言って奏の母は立ち上がると研一に向かって頭を下げた。


「今日は娘の為に来て下さってありがとうございます。貴方にも私の話を聞いて頂きたいのですが」


「は、はい」


研一は緊張した面持ちで2人の近くまで行った。


「ありがとうございます。それでは、私とあの人との出会いから話しますね」


奏の母もちょっと緊張した様子で話し始めた。


「私は大学を卒業して東京に本社がある日本でも有数の総合商社に就職できました。そして、その商社の海外部門に配属されました。その時の上司があの人でした。あの人は30代前半で課長をしてました。いわゆるエリートと呼ばれるような人でした」


奏の母はポツポツと言葉を選びながら話している。


「そんなあの人が私には妙に親切にしてくれました。普段はちょっと神経質そうなピリピリした感じの人でしたが私にはいつも笑顔で接してくれました。今から考えるとあの笑顔も作り物だったのですが新入社員の私にはそんな事は判りませんでした。私達は休日にはデートをするようになりました。あの人はいつも一流と言われるレストランや料亭に私を連れていってくれました。こんな田舎で育った私はそれだけで有頂天うちょうてんになってしまいました。ただ」


「ただ?」


奏が質問する。


「ときおり見せる蛇が獲物を狙うような目つきが気になったの。でも、それはほんの一瞬の事だったから見間違いだろう、と私は自分を誤魔化ごまかしていました。そして私が25歳の時に正式にプロポーズされて私達は結婚しました」


「え? お母さん結婚しちゃったの? そんな目つきが気になってたのに」


またも奏が質問する。


「私も若かったから。都会の華やかさに酔いしれてしまっていたんでしょうね。結婚して半年くらいは特に何事も無く新婚気分を味わっていました。しかし、あの人は段々と私に命令して来るようになりました。最初は些細ささいな事でしたけど。それがどんどんエスカレートしていって。結婚して1年が過ぎる頃には私にも判ってきました。この人は私を愛していたんじゃない。私を自分の愛玩物あいがんぶつにしたかったんだ、って」


「愛玩物って何ですか?」


今度は研一が質問した。


「一種のアクセサリーのようなものかしらね」


「・・・そんな!」


研一は絶句した。


「お母さんはそれで良かったの?」


奏の質問に母は優しく奏の頭を撫でた。


「貴女が産まれてくれたから。私はとても嬉しかった。母親になれた事が。貴女と言う娘を持てた事が。奏ちゃん、これだけは信じてね。私は貴女を産んだ事を後悔した事は1度も無い。それからずっと今でも貴女の事を愛している、って事を」


奏は「うん、判ってる」と頷いた。


「お母さんはとてもあたしに優しくしてくれたもん。憶えてる? この縁側であたしはお母さんに抱っこされて一緒にお星さまを観たんだよ。とてもキレイな星空とあたしを抱っこしてくれるお母さんの温かさ。あたしはそのまま寝ちゃってたなぁ」


勿論もちろん、憶えてますよ。貴女は私の宝物だったから。私は絶対にこの子を守らなきゃ、って誓ったわ」


奏と母は見つめ合って幸福そうに微笑んだ。


「その、守るって言うのは?」


研一の質問に奏の母は顔を伏せた。

しかし、再び顔を上げて話し始めた。


「あの人はこの子が生まれた時にはあまり関心は示さなかった。父親としての愛情はあったとは思うけど。私は結婚と同時に退職してたから子育ては全て私がやった。元々、あの人は外国への出張が多かったから家にはあまり居なかったし。それが」


ここでまた奏の母は顔を伏せてしまった。

奏は心配そうに母を見て言った。


「お母さん。本当に辛いならもう喋らなくて良いから」


そんな奏を母は嬉しそうに見つめた。


「ありがとう。貴女は本当に優しい子ね。でも私は喋らなきゃいけない義務があるの。私の罪の贖罪しょくざいと貴女への懺悔ざんげの為に」


「・・・罪」


研一は呟いた。


「そう。私の弱さへの罪」


そう言ってから奏の母は再び話し始めた。


「あの人は貴女が小学校に通うくらいになると急に貴女への関心を示すようになった。私はそんなあの人の目にいつか感じたものを感じてしまった。あの獲物を狙う蛇のような目つきを」


「それって・・・つまり」


研一は次の言葉が出て来なかった。

奏も下を向いて動かない。


「はい」


奏の母は研一を見て頷くと正面を向いた。


「あの人はこの子も。奏も自分の愛玩物にしたかったんだと思います」


それから前よりもはっきりとした口調になった。


「この子が2年生になるとここへ来る事も禁じられました。そして決定的な事が起こりました。この子が4年生になると今の家へ引っ越してしまったのです。新しい住所も電話番号もここへは私の実家へは知らせてはいけないと言われました。その頃には私とあの人はいつも口論になってました。大きな声で怒鳴りあう事もありました。奏にも、この子にもそれは聞こえていたと思います」


奏は神妙しんみょうな面持ちで聞いていた。


「私はとにかく奏を守る為に必死でした。そしたら・・・あの人は私に対して虐待ぎゃくたいをするようになりました」


奏の母はこらえきれなくなったのか、その顔を両手でおおった。


「・・・虐待」


「お母さん、あたしそんなの知らないよ!」


研一と奏は同時に声を出した。




「アイツが隠してたのさ」


不意に誰かの声がしたので研一と奏は驚いて声のした方を見た。


そこには叔母さんが立っていた。


「あんたの背中をこの子達に見せておやり」


「背中?」


研一が聞き返した。


「あぁ。アイツがこの子にどんな事をやったのか」


「止めて、姉さん!奏には、奏にだけは見せたくない。あの人はこの子の父親なのよ!」


叔母さんは、やれやれと言った感じで首を振った。


「じゃあ、あんた。こっちへ来な」


「え?」


いきなり呼ばれて研一はビックリした。


「奏ちゃんはちょっと席をはずして」


「嫌です!あたしにだって父が母に何をしたのか知る権利はあります」


「ダメだよ」


叔母さんはこれだけは譲れない、と言った雰囲気だった。


「この子の言う通りアイツは奏ちゃんの父親なんだ。そして奏ちゃんが一緒に暮らしてる肉親だ。それとも」


叔母さんは研一の方を振り向いた。


「あんたは、この先輩って人を信用してないのかい。信頼できないのかい」


「それは・・・信用してます。信頼もしてます」


叔母さんはニカッと笑った。


「それならこの先輩って人に見て貰って、この人の口から聞けば良い。奏ちゃんにどう伝えるかは、この先輩の判断に任せてみたらどうだい?」


そう言って研一の背中をバンと叩いた。


「あたしはこの先輩を信用してるよ。それとも奏ちゃんはあたしよりこの先輩を信用して無い、って言うのかい?」


奏はその場に立ち尽くしていた。

そして、ゆっくりと口を開いた。


「・・・判りました。先輩、いえ研一さん。よろしくお願いします」


そう言ってペコリと頭を下げた。


「よし、良い娘だ。冷蔵庫に冷たいものがあるからそれでも飲んでおいで」


叔母さんは満足そうに言った。


「はい」


奏は再び頭を下げると部屋を出て行った。


「じゃあ、この人にアンタの背中を見て貰うよ。良いね?」


奏の母はゆっくりと頷くと背中を向けて浴衣の帯をゆるめた。

叔母さんは奏の母の背中の首に近い部分を研一に見せた。


「判るかい?」


「・・・これは!」


研一は次の言葉が出て来なかった。


奏の母の背中には火傷やけどの痕のような肉がただれたような傷痕きずあとがあった。


「アイツが煙草の火を押し付けたんだよ」


叔母さんは悲しそうでもあり怒りを抑えるようでもある声を絞り出した。


「そんな!いくら何でも」


研一は唖然とした。

自分の妻に本当にこんな事が出来るものだろうか。

しかし、目の前の傷痕はそれが事実である事を研一に突き付けていた。


「・・この1ヶ所だけじゃ無いんだよ。この子の背中には同じような傷痕がいくつもある」


叔母さんはそう言って浴衣を元に戻した。


「・・・確かにこれは奏ちゃん、いえ奏さんに見せる訳にはいきませんね」


「そうだね。アンタも少なからずショックを受けただろう?」


叔母さんの問いかけに研一は頷いた。

このような事は研一も知識としては知っていた。しかし実際にその傷痕を見せられるとその残虐性ざんぎゃくせいに恐怖感すら感じた。

人に火のついた煙草を押し付けると言う行為は相手にどれだけの苦痛を与えるものだろうか? 研一はそんな事は考えたくも無かった。


「申し訳ありませんでした。奏さんのお母さん。このようなものを見せるのは精神的にも辛い事だったと思います」


研一は奏の母に謝罪した。


「いえ。あの人が実際に私にした事は見ておいて頂かないと、と思いましたから。ただ、あの子にこの傷痕を見せる訳には行きませんからね。そう言った意味では私も貴方の事を信用しています」


浴衣を元に戻した奏の母は研一を見ながらキッパリと言った。


「あの、初対面である僕をどうしてそこまで信用して頂けるのでしょうか?」


「奏が一緒に来た方だからです。そして、今の奏が精神的に不安定な状態で無いのは貴方のご尽力じんりょくだと感じましたから」


奏の母は研一を見ながら微笑んでいた。


「そうだね。あたしもこの先輩は信用できると思ってるよ。こう見えてもあたしは人を見る目はあるつもりだからね。ただ、ちょっと頼りない部分もあるけどね」


そう言って叔母さんはガハハと笑った。


「は、はぁ」


頼りないと言われた研一は返す言葉が無かった。

研一自身も自分にはあまり自信が持てなかったからだ。


「じゃあ奏ちゃんを呼ぶよ。良いね?」


研一と奏の母は頷いた。


「おーい、奏ちゃん!こっちへおいで」


叔母さんの大きな声に応えるように奏の声が響いた。


「はーい!叔母さん、ちょっと待って」


しばらくすると奏がお盆に人数分のコップを乗せて現れた。

コップには冷たい麦茶が注がれていた。


「どうぞ」


奏はお盆を皆の方へ差し出した。


「おっ。さすが奏ちゃんは気が利くねぇ」


「だって叔母さんの家のお台所。昔とちっとも変わっていないんだもん」


奏は嬉しそうに笑った。



それから皆で麦茶を飲むと叔母さんは真剣な眼差まなざしになった。


「この子がアイツにどんな事をされたのかは、この先輩に見て貰った。奏ちゃんは具体的に知りたいかい?」


「いえ。あたしは先輩の意見を聞きたいです」


研一は慎重に言葉を選んだ。


「・・・君のお母さんはお父さんから肉体的にも精神的にもひどいい仕打ちを受けた。これは事実だ」


「・・・そう、だったんですね」


奏はとても悲しそうな顔になった。


「ごめんなさい、奏ちゃん。私が弱かったの。結局、私はお酒に逃げてしまった。それまでもうつの症状はあったんだけどお酒がそれを更に重くした」


奏の母は両手を握りしめて唇を噛んだ。

握りしめた両手は震えて、唇には血がにじんでいた。


「お母さん、自分だけを責めないで!お母さんは悪くない」


「・・・私は貴女が5年生になった時くらいからの記憶がさだかではないの。重度の鬱とアルコール依存症で。貴女に対して酷い言動をとったかも知れない。そんな私を許してくれるの?」


奏は何度も首を縦に振った。


「だって、その時のお母さんは本当のお母さんじゃないもん!あたしだって判ってたよ。お母さんが精神を病んでるのは。今のあたしの目の前に居るのが本当のお母さんだよ」


「奏ちゃん」


母と娘はしっかりと抱き合った。


「・・・温かい。この温かさが本当のお母さんの証拠」


「ありがとう。ありがとう、奏ちゃん」


そんな2人を見ながら叔母さんはそっと涙をぬぐった。


「・・・あの」


研一は迷ったが奏の母に声をかけた。


「何でしょう?」


奏の母は真っ直ぐに研一の顔を見た。


「その。そうなる前に。お母さんの精神がそこまで酷くなる前に離婚と言う選択肢は取れなかったのですか?」


奏の母は悲しそうに言った。


「あの人が許してくれなかったんです」


奏の母の言葉は続いた。


「奏が4年生になる頃には、つまり今の家に引っ越してくる時にはあの人は海外部門の部長になっていたんです。それは異例とも言える昇進です。これはあの人の努力によるものです。それは認めます。しかし、そのような異例の出世をする者はそれをねたんだり恨んだりする人が多くなります。敵が多くなるのです、あのような大きな会社では」


奏の母は一旦いったん言葉を継いだ。


「そのような人達は出世をした人のあら捜しを始めます。プライベートな事まで。あの時点で離婚をする事はあの人の会社内の立場にとっては不利益な事だったのです」


「・・・そんな。そんな事って」


立ち尽くす研一の肩をポンポンと叔母さんが叩いた。


「それが大人の事情ってヤツさ」


そう言って叔母さんは肩をすくめた。


「お母さんも辛い立場だったのね。それでも何とか、あたしを守ろうとしてくれた。ありがとう、ありがとうお母さん!」


「私はお礼を言われるような母親では無かったわ」


奏の言葉に奏の母は顔をそむけた。


「こっちを向いて、お母さん!あたしの大切な優しいお母さん」


「・・・貴女は本当に良い娘に育ってくれたわね。奏ちゃん」


「だって、お母さんの娘だもん!」


そう言って奏は今度は笑顔で母に抱き着いた。


母も微笑みながら娘を受け止めた。




そんな2人を見つめていた研一の肩を叔母さんがチョンチョンとつついた。


こっちへ来い、と言う素振りだ。

研一は叔母さんに着いて行って抱き合う2人からは距離を取った。


「あの2人はあれで良いとして、問題は」


「奏さんのお父さんですね」


叔母さんは両手を組んでため息をついた。


「あんたも判ってるじゃないか。どう考えてもアイツと奏ちゃんが2人きりで一緒に住む事を辞めさせなくちゃいけない。手遅れになる前に」


研一は奏の言葉を思い出していた。



あたしの胸やお尻を触ってくるんです


あたしの口の中に舌を入れてくるんです



研一はブルブルと首を振った。

本当にそうだ。

何とかしなくてはいけない。取り返しがつかなくなる前に。


「僕は奏さんのお父さんと話をしてみようと思っています」


「話が通じる相手なら、あたしらも苦労はしなかったんだがね」


叔母さんは研一の肩を叩いた。


「アイツと対決する覚悟を決めたんだね。言っておくけど相手は手強いよ」


「それでも。それでも何とかしなきゃいけないんです。奏ちゃんの笑顔を守る為に。あの子の髪がキラキラと踊るのを守る為に」


叔母さんは研一の顔を見て満足気に頷いた。


「よし。良い顔だ。あたしらも全力でサポートするよ。あんたのスマホの番号を聞いておこうかね。これからはちょくちょく作戦会議をしよう」


「はい」


2人はスマホを取り出して番号やメールの交換をした。


「えっと、あんたの名前は高見研一たかみけんいちだったね。高見? どっかで聞いたような?」


叔母さんは「うーん」と考え込んでいる。


「あの、僕の名前に何か?」


研一の問いにも叔母さんは考え込んだままだ。


「うーん。何か大事な事があるんだよ。その高見って言う苗字に」


「あまり無い苗字ですからね」


叔母さんはひとしきり考え込んでいた。


「ダメだ。喉元までは出かかってるんだけどね」


「思い出したらまた連絡してきて下さい。あっ、奏ちゃん達が呼んでますよ」


縁側の前に立っている奏が手を振って何か大きな声を出している。

その横には奏の母が寄り添うように立っている。

幸福そうな、ごく当たり前の母娘に見えた。


「せんぱーい!おばさーん!あれ見て、あれ」


「うわぁ」


「ほう、こりゃ見事だ」


研一と叔母さんは奏の指さす東の空を見た。



そこには鮮やかな虹がかかっていた。


こんな大きな虹を研一は初めて観た。



研一と叔母さんが奏達の横に立つと、奏は静かに歌い始めた。


「Somewhere,over the rainbow,way up high. There's a land that I heard of once in a lullaby 」


すると奏の母も奏に合わせて歌い始めた。


「Somewhere,over the rainbow,skies are blue And the dreams that you dare to dream」


奏と母はお互いに見つめ合い楽しそうに歌い続けた。


「Really do come true . Someday I'll wish upon a star. And wake up where the clouds are far behind me.・・・」




雨がすっかり上がった梅雨のさなかの青空に母娘が歌う「虹の彼方に」が透き通るように流れて行った。








つづく


OVER THE RAINBOW 


作詞 E・Y・ハーバーグ

作曲 ハロルド・アーレン

唄  ジュディ・ガーランド

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