閑話休題3 作戦会議2



「いくら何でも男性用トイレなんて!」




「シッ、黙って」


琴音ことねはロックされた扉に近づいて耳をそばだてている。

しばらくそうしていてから、あたしの口をふさいでいた手を離した。


「大丈夫そうね」


「大丈夫って男性用トイレに入ってる時点で大丈夫じゃ無いでしょ」


あたしが小声で話すと琴音は「フフン」と鼻で笑った。


「私はこの階にはよく来てるの。それでこのトイレを使用している人は滅多にいない事も知ってる」


「何でそんな事が断言できるのよ」


「この場所には男性用トイレしか無いの。男の先生達はもっと職員室に近いトイレを使ってる。私は今までこのトイレに入って行く人を見た事が無い」


なおも抗議をしようとするあたしを琴音がさえぎる。


「私の貴重なお弁当を食べる時間をつぶしてでも相談したい事があるんでしょ?アンタと先輩の事で」


「あ・・・うん」


琴音は扉に背を持たせかけた。

ポニーテールが揺れている。


「ほら、お昼休みは限られてるんだから話してみなさい」


琴音は悠然とした態度を取っている。

それは「どんな事でも聞いてあげるよ」と言っているように見える。

あたしが話しやすいように気をつかってるんだ。ありがとう、琴音。


「・・昨日の夜。先輩から電話があったの」


「うん、それで?」


「天気予報だと今日のお昼は強い雨になりそうだから、お昼休みに会うのは無理だねって。それで、あたし思い切って言ってみたの」


琴音は真面目な顔つきで聞いてくれている。

あたしは言葉を続けた。


「学校が終わってからあたしを TAKE ME HOME してくれませんか?って」


「それってフィル・コリンズの歌のタイトルじゃん。意味は「私を家に連れて行って」 え?えぇ? それってつまり」


琴音がビックリしたように身を乗り出す。


「うん。今日の放課後、先輩があたしの家に来てくれるの」


「ちょっと待って。アンタのお父さんって今はヨーロッパに出張中でしょ?って言う事はアンタと先輩が親のいない家で2人っきりっになるって言う事?」


琴音は今や食い入るようにあたしの両肩をつかんでいる。


「う、うん。そう言う事になるんだけど」


「スゴイじゃん、かなで!これは先輩との関係を次の段階に進めるチャンスだよ。って何かアンタのテンションがいやに低いけど」


琴音がいぶかにあたしを見る。


「・・数日前にお母さんのお姉さん。つまりあたしの叔母さんだった人から電話があったの。お母さんがあたしに会いたがってるって」


琴音は一気に興奮がめたような顔であたしを見た。


「・・つまりアンタは離婚して家を出て行ったお母さんに会うべきかを先輩に相談したい訳ね」


「だってこんな事相談できるのは先輩しか居ないんだもん」


琴音はバリバリと頭をいた。


「あー、もう話が私の考えてる最悪の方向へ行こうとしてるぅ」


ポニーテールもわさわさと揺れている。


「最悪の方向?」


あたしは琴音の言ってる事が理解できない。


「良い?奏」


琴音は再びあたしの両肩を掴むと顔を近づけて来る。

ちょっと距離が近いんですけど。


「アンタはその先輩の事が好きなんだよね?恋愛感情で」


「えっ・・・」


いきなりド直球を投げられて来てあたしは口籠くちごもってしまう。


「もういい加減に自分の気持ちを整理しなさい。好きなんでしょ?」


琴音が更に顔を近づけて来る。

あたしも覚悟を決めた。


「う、うん。そうだと思う」


「思う?」


琴音の眉が吊り上がる。

コワイ。

コワイよ琴音。


「自分の気持ちをハッキリさせなさい。好きなの?そうじゃ無いの?」


「す、好きです。先輩の事が好きです!」


言っちゃった。初めて口に出して言っちゃった。

でも改めて実感できた気がする。そうだ、そうなんだよ。あたしは先輩の事を恋愛感情で好きなんだよ。もうずっと前から。

これが恋愛感情なんだ。何か心の真ん中が暖かくなって幸せな気持ちになる。


「よし。アンタの方はそれで良いとして」


琴音は少し満足気な顔をしてから、再び考え込む。


「何?何か問題あるの?」


「奏。こっからは作戦会議だ」


作戦会議。

何やら気が引き締まるような感じ。

あたし達はトイレの隅に2人して移動する。


「アンタの方はそれで良いとして、問題は先輩の方だ」


「えっ。先輩はいつも優しくてあたしの事を考えてくれてるよ」


琴音は腕組みをして頭を振る。


「それが問題なんだよ。アンタと先輩はアンタが家庭の事情で精神的に闇の中に居る時に出会った。そして先輩はアンタを闇の中から引きずり出してくれた。これで合ってるよね?」


「うん。先輩が居なかったら今頃あたしはどうなっていたか・・・。今、こうやって琴音と話せてるのも先輩のおかげだと思う。それのどこが問題なの?」


琴音はまたも真面目な顔つきになった。


「問題はその先輩って言う人も一種のコミュ障で今まで他人との関わりを避けてた事。特に女子とは。アンタの話からすると多分、その先輩も今まで恋愛感情は持った事は無いと思う」


「うん」


あたしは琴音の話に聞き入った。


「そんな先輩がアンタと出会った。最初はアンタを異性として意識してたかも知れないけどアンタの家庭の事情を聞いてアンタを助けたい、と思った。その先輩がとても優しい良い人だったから」


「うん、うん」


琴音の話は続く。


「その結果として、その先輩はアンタに親愛感情を持ってしまっているのかも知れない。恋愛感情を飛び越して。って言うのが私の危惧してる事」


「何、それ? 親愛感情ってどう言う事?」


話し終えた琴音にあたしは詰め寄る。


「親愛感情ってのは肉親とか幼馴染とかに対して感じる感情。例を出して言えば、その先輩はアンタの事を妹のように思ってるのかも知れない。全力で助けて守るべき保護すべき存在みたいな」


「ちょっと!妹って何よ、妹って!」


あたしは激昂げきこうした。


「妹なんて絶対にイヤ!だって、だって。妹じゃ先輩のお嫁さんになれないじゃ無い!先輩の赤ちゃんだって産めないよ!」


「とう」


琴音があたしの頭をチョップした。


「いったーい」


「アンタの思考は飛躍しすぎ!」


頭を押さえてうずくまるあたしを琴音は呆れたように見てる。


「あのね。さっきのセリフは絶対に先輩には言っちゃダメだからね。って言うかまだ未成年の男子高校生にあんな事言ったらドン引きされるよ」


「ふぁーい。でもあたしはどうすれば良いのぉ」


あたしは涙目で琴音を見つめる。


「だから、今日だよ今日。明日にも関係してくるけど」


「どう言う事ぉ?」


あたしはすがるような目で琴音を見る。


「今日、アンタがお母さんとの事を相談するのは構わないよ。離婚の原因は私は知らないけどアンタのお父さんは会う事を許してくれないかも知れない。だったらお父さんが出張中の今しかチャンスは無い」


「うん、そうなの」


あたしは頷く。


「多分、先輩はお母さんと会った方が良いって言うと思う。そして、先輩も一緒に行ってくれると思う」


「何で、そんな風に思えるの?」


「だってアンタはお母さんと会いたい、と思ってるから。違う?」


あたしはドキリとした。

確かにそうかも知れない。

あたしはもう1度お母さんと会いたいんだ。会って話をしてみたいんだ。


「琴音ってスゴイね。なんでそんな事が判っちゃうの?」


「だって会いたい、って思ってなかったら折角せっかくの2人きりの時にそんな相談しないでしょ。人に何かを相談する時にはその答えはもう決まってる事が多いんだよ。アンタは先輩に背中を押して貰いたいんだ。だけどお母さんとの再会がどんなものになるのか判らない。そんな所へアンタ1人を行かせる訳ないでしょ。先輩って人は」


そう言って琴音はあたしにウィンクした。


「・・・琴音はやっぱりスゴイ。あたしが先輩も一緒に来て欲しい、って思ってる事も判っちゃうなんて」


「そんな事よりそれから先を考えなくちゃ。お父さんの出張だって会社の事情で予定より早く帰国するかも知れない。行くなら明日だけど、お母さんの実家の都合はどうなの?」


琴音はテキパキといて来る。

やっぱり琴音は頼りになる。


「叔母さんは何時いつでも良いって言ってたから。今日、先輩に相談してから電話すれば明日でも大丈夫だと思う」


「よっしゃ。お母さんの実家って遠いの?」


「うぅん。ここの駅から5つ先。駅から叔母さんが車で送ってくれる、って言ってた」


それから琴音はしばらく考え込んでいた。

そして顔を上げた。


「・・・奏」


「はいっ」


琴音はゆっくりとあたしの肩に手をかけた。


「まず、お母さんと会う事だけど。それがどんな結果になろうと覚悟は出来てるね?」


「・・・うん」


あたしは琴音の目を見ながらしっかりと答えた。


「私はその先輩って人を信じてるからアンタが多少のダメージを受けても大事にはならない、って思ってる」


「うん。あたしもそう思ってる」


あたしの言葉を聞いた琴音はニカッと笑った。


「1番の問題はその後だ」


「その後?」


あたしは琴音が笑ってくれたので緊張感がほぐれた。


「そう。アンタは今日のお礼です、と言う事で再び先輩をアンタの家に誘って何かご馳走する。アンタもお父さんの出張で自炊する事が多いから得意な料理くらいあるでしょ」


「それはまぁ、先輩にお礼をするのは当然だけど。それからどうするの?」


琴音はぐっと身を乗り出した。


「そこで先輩にちゃんと言うの。先輩に恋愛感情を持ってます、って」


「えぇーーっ!」


あたしは思わず大声を出してしまった。


「出来ないよぉ。そんな、いきなり」


「アンタねぇ」


琴音は呆れたような顔をしてる。


「このままじゃ、アンタは本当に妹になっちゃうよ」


「イヤだよ。妹なんて」


「このままじゃズルズルとそうなっちゃうって」


「だけど、心の準備が」


「勇気を振り絞れ!奏!」




もはや男性用トイレに入っている事など頭の中に無い2人であった。






おしまい・・・じゃないかもしれない



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