第7話 彼氏の事情



「わっ、マズイ。もうすぐ7時だ」



研一はスマホを見て、あせった声を出した。



研一とかなではビニールシートに寝転がって星空を見ていた。

2人とも何も喋らなかった。

ただ、2人で一緒に寝転がっているだけで不思議な充足感を感じられた。


研一は奏を見た。

奏は目をつむっていた。

寝てるのかな ?


研一が奏の顔に手を近づけようとした時、奏が目を開けた。


「先輩。眠っている女の子に何か悪さでもするんですかぁ ? 」


奏は悪戯っぽい声を出した。

明らかに、ふざけている声だ。


「バ、バカ!そんな事するワケ無いだろ!」


研一の声は少し裏返ってしまった。


「ちぇーっ」


奏は横を向いて小声で言った。


「別にあたしは構わないのに」


「え ? 何だって ? 」


研一にはその声が聞こえ無かったので聞き返した。


「何でもありません。先輩は何を焦っているんですか ? 」


今度は、はっきりした声で奏は尋ねた。


研一は奏にスマホの画面を見せた。


「もうすぐ7時だよ。家の人が心配してるんじゃ無いの ? 」


「ああ。その事ですか」


奏は寝転がったまま答えた。


「大丈夫ですよ。父はいつも9時過ぎでなければ会社から帰って来ません。それより」


奏は続けた。


「先輩の方こそ、ご家族の方が心配されてるんじゃ無いですか ? 」


「いや、僕の家も母は9時過ぎでなければ会社から帰って来ないよ」


「でも、他のご家族の方が」


奏の問いに研一は答えた。


「ウチは母子家庭だからね。そして僕は一人っ子」


「ええっ!」


奏は驚いたように上半身を起こした。


「母子家庭って。それじゃ先輩も」


「あー、ストップ。僕の父は僕が6歳の時に事故で死んだんだ」


奏に不安感を与えないように研一は努めて平静に言った。


「事故って ? 」


「交通事故に巻き込まれたんだよ。それからは母が僕を育ててくれた。もともと共働きだったからね」


奏は悲し気な顔になった。


「そんな顔しないで。もう10年も前の話なんだから」


研一は慎重に言葉を選んだ。


「・・・でも」


奏は悲し気な顔のままだ。


「もう、昔の話だよ。母はたくましい人だからね。常に前向き。だから僕も父が居なくなっても落ち込むような事は無かった。もちろん当時は悲しかったけど」


「・・・先輩のお母さんは強い人なんですね」


「強いと言うか、男勝おとこまさりと言うか。今は役職にいてるよ。小さな会社だけど」


研一は話しながらも奏の様子を気遣きづかっていた。


「先輩のお父さんのお墓はどちらの方角なんですか ? 」


「えっと。うーん、こっちが西だから。えーっと」


「じゃあ、空に祈ります」


そう言って奏は夜空に向かって目を閉じた。

そして両手を合わせた。

研一も奏に習って手を合わせた。


しばしの沈黙が流れた。

しばらくして奏は目を開けた。


「何をお祈りしたの ? 」


研一は恐る恐る尋ねた。


「先輩に。研一さんに出会わせて頂いてありがとうございます」


奏は研一の方を見た。


「そう祈らせて頂きました」


奏は穏やかな顔で言った。



「ありがとう」


「え ? 」


奏は不思議そうな顔で研一の顔を見た。


「僕の父の為に祈ってくれて」


「あたしの為でもあるんですよ」


「ん ? 」


今度は研一が不思議そうな顔になった。


「だって先輩のお父様がいらっしゃら無かったら、先輩はここに居ませんから」


奏は真面目な顔でそう言った。



2人は体育座りになって星空を見上げていた。

この辺りにはあまり大きな都市は無かったので、人工照明の影響を受けずに星がよく見えた。


「・・・あの」


奏が口を開いた。


「先輩にお尋ねしたい事があるんですけど」


「何 ? 」


奏は恐る恐るという感じで聞いてきた。


「先輩はどうして、ここでお昼休みを過ごしてたんですか ? 」


「うーん。君に似てると言えば似てるかな」


「えっ!じゃあ、先輩もパニック・・」


「違う、違う」


研一は奏の言葉をそえぎった。


「僕は大勢の他人の中に居るのが苦痛になる時があるんだ」


奏は黙って聞いていた。


「小学生の頃は、そんな事は感じなかった」


研一は続けた。


「中学の2年生の頃かな。教室の中で大勢のクラスメイトと一緒に居る事に息苦しさを感じ始めたのは」


奏は無言だった。


「高校に入学してから、それが強くなってね。授業は仕方ないとしても、昼休みがキツクなって。あー、1人になりたいって。それで1人になれる場所を探したんだ」


「・・・それが、ここなんですね」


奏が口を開いた。


「そうだね。あれ ? どうしたの ? 」


奏の顔が不安げになった。


「・・・あたし、お邪魔虫じゃまむしでしょうか ? 」


「だから、そうじゃないって!」


研一は少し大きな声になってしまった。


「ずっと言ってるじゃ無いか。君と会えて君と話せて君の髪が踊るのを見て。僕はとても心が安らいだ。1人で居る時よりリフレッシュできた」


「・・・それは本心なんですよね ? 」


奏はなおも不安そうに尋ねた。


「当たり前じゃないか。僕は器用な人間じゃない。それは自分でも自覚してる。嘘はつけないんだ」


しばらくの沈黙の後、奏は満面の笑みで言った。


「良かったぁ。やっぱり先輩は先輩でした!」


「それって、日本語的におかしくない ? 」


研一は苦笑しながらツッコミを入れた。


「良いんです。これからは先輩と一緒にお昼休みを過ごせますね」


ニッコリとした笑顔があどけなさを強調するようで、とても可愛かわいかった。


「うん。その事なんだけどね」


「何か問題でも ? 」


奏はあどけなさが残ったままの顔で聞いてきた。


「ここに2人が来るとなると、誰かにバレてしまわないかな ? 」


「うーん。大丈夫じゃないかなぁ」


奏は両手を頭の後ろで組んだ。


「どうして、そう言えるの ? 」


「だって先輩は1ヶ月も通ってるのに気づいたのは、あたし1人だけなんですよ」


なるほど。

言われてみれば確かにそうだ。

それも奏以外の子だったら、ここまではたどり着けなかったかも知れない。


「そうだね。これからはもっと気を付ければ」


「はい。何とかなりますよ、先輩」


奏は、パンパンと研一の肩を叩いた。

奏の天然ゆえの大らかさが研一にはまぶしかった。

自分には無い、その大らかさが自分に欠けているものかも知れない。


研一は立ち上がって両手を組んだ。


「もう1つ、問題があるんだ」


「もう1つの問題 ? 」


奏は不思議そうな顔で研一を見た。






つづく



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