第8話 あたしがあたしである為に
「なんですか ? もう1つの問題って ? 」
「もう、校門は閉じている。どうやって校外に出るか」
「何だ。そんな事ですか」
奏は
「そんな事って。この学校は2mの
「大丈夫ですよ」
奏は、あっけらかんと言った。
「あたし、身は軽いんです。へっちゃらですよ」
そう言って奏はニッコリと笑った。
研一は昼休みの時の奏の脚力を思い出した。
この子は運動神経もかなり良いのだろう。
でも、スカートだしなぁ。
「とにかくこの雑木林から出よう」
「えーーっ」
奏は不満そうに頬をぷくっと膨らませた。
この子って本当に表情が豊かだよなあ。
研一は改めてそう思った。
「もう少し、ここに居ましょうよぉ。ほら、星もキレイだし」
「ダメだよ。お父さんが自宅に電話してるかも知れないし。今日で最後じゃ無いんだから」
「・・・・・」
奏は目を開いたまま無言になってしまった。
「ん ? どうしたの ? 」
「・・・先輩」
いつの間にやら両手を前で組んでいる。
「何 ? 」
「・・・もう1度、言って下さい」
「だから、ここから出ようって」
「違います!」
奏は首をブンブンと振った。
「その後です」
「その後 ? お父さんが心配してるかも」
「違いますよぉ!」
奏は
「1番、最後です!」
うーん。
研一は考え込んでしまった。
最後って何を言ったっけ ?
「えーっと・・・今日が最後じゃ無いんだから ? 」
「それです!」
奏はビシッと指さした。
犯人が判った名探偵のように。
「・・えっと ? それって重要 ? 」
「重要です」
奏は
「先輩。もう1度言って下さい」
研一は自分の思考が追い付かなくなっていた。
あの言葉の何が重要なんだろう ?
でも、奏が言って欲しいなら何回でも言ってやろう。
「今日で最後じゃ無いんだから」
「声が小さい!」
「今日で最後じゃ無いんだから!」
「ワンモア!」
「今日で最後じゃ無いんだからぁぁっ!」
最後は絶叫になっていた。
それを聴いた奏は、へなへなと座り込んだ。
さっきのように魂が抜けたようになっている。
またパニック障害か ? そう思った研一に奏が抱き着いてきた。
「ありがとうございます!ありがとうございます、研一さん!」
「え ? え ? 」
訳が判らない研一は混乱したが、ハッとした。
奏の言葉を思い出したからだ。
あたし約束とかはあまり期待し過ぎ無いようにしてるんです
そうだ。
そうだよ。
この子には絶対に
研一は抱き着いて来た奏を両手でしっかりと受け止めた。
「そうだよ。今日で最後じゃ無い。僕らはこれから始まるんだ」
「・・せんぱぁい。ありがとうございますぅ」
奏の目はまたウルウルしている。
「泣かなくて良い。僕はずっと君の側にいる。僕にとっても君は必要なんだ」
「・・せんぱぁい」
「生まれてくれてありがとう」
奏はグスッグスッと泣き止んだ。
「・・先輩こそ。生まれてくれてありがとうございます!」
奏の言葉は研一の胸にも突き刺さった。
「落ち着いた ? 」
研一はおとなしくなった奏に声をかけた。
「・・はい。あたし、今日は何回泣いてるんだろ ? 脱水症になりそうです」
「それは大変だ」
研一は少しおどけて言った。
「良いです。先輩に水分補給して貰いますから。口移しで」
「ええっ!」
研一はドキッとした。
そして、研一も思った。
僕は今日、何回ドキッとしてるんだろう ? と。
「冗談ですよ。さ、ここを片付けましょう」
奏はそう言いながら横を向いて呟いた。
「あたしは、そうして欲しいんだけど」
「何か言った ? 」
「なんでもありません。ほら、先輩もシートを畳むのを手伝って下さい」
こうして2人はゴミ等も拾って後片付けを終えた。
雑木林の中は暗かったが研一には1ヶ月も通った道だ。
奏が付いてくるのを確認しながらフェンスまでたどり着いた。
2人はフェンスを通り抜けた。
「よいしょっと」
研一はベニヤ板を元の位置に戻した。
そして、それを見ていた奏に話しかけた。
「これって女の子には重くなかった ? 」
「あたしはずらしてますから。それよりも」
奏は地面を見た。
「今は暗くて確認できませんけど。足跡も消した方が良いと思います」
「そうだね。それはまた明日にでも相談しよう」
研一が答えると奏は無言になった。
「どうしたの ? 」
「いえ。明日も、って良い言葉だなぁって。明日も先輩に会えるんですから」
奏は感慨深げに言った。
「明日だけじゃないけどね。これからはずっとだよ」
「はい!
奏はペコリと頭を下げた。
研一は苦笑した。
この子って言葉が
それがこの子の良いところでもあり、可愛いんだけど。
「何かそれだと、僕のお嫁さんになるみたいだね」
研一は努めて明るく言った。
「え ? そうですか ? うーん、そうなるのかぁ」
奏は腕を組んで考え込んでしまった。
「いや、そんなに考え込む事じゃないから」
研一は慌てて言った。
「あたし、クラスメイトからも時々言われるんです。その
「そうなの ? 」
「はい。あたしの言葉ってそんなに変ですか ? 」
奏は真剣な顔つきで聞いてくる。
「いや、別に間違って無いし。僕は特に気にならないよ。むしろ可愛い」
「ホントですか!」
奏の顔がパアッと明るくなる。
「先輩がそう思ってくれるなら、あたしはそれで良いです!」
研一はどう言うべきか迷ったが、今は奏を肯定すべきだと思った。
「その。言葉遣いで仲間はずれとかにはされて無いんだよね ? 」
「はい。裏で何か言ってる子も居るかも知れませんが、あたしはそう言うのは気にしませんから」
研一は安堵した。
「それで良いと思う。それは君の個性だし僕はそれを尊重する。誰かを不快にしたり傷つけてる訳でも無いんだし」
「・・・あたしの個性」
研一は少し熱っぽくなっていた。
「そうだよ。君が君である為に大切な事なんだ!」
「・・・あたしがあたしである為に」
奏は顔を輝かせた。
「スゴイです!先輩!」
「え ? 何が ? 」
「先輩はあたしが今までに悩んでいたり迷ったりしてた事に答えを出してくれました!森の
フクロウ ?
また難しい例えだなぁ。
えーと、梟。あっ、そうか。
「森の梟さんはとても賢くて、森の動物の相談相手になってるんだよね」
「そうです。その梟さんです。先輩はあたしの梟さんなんです!」
そう言ってから奏は校門に向かって歩き出した。
「あたしがあたしである為に。あたしがあたしである為に」
そう呟きながら。
それは自分に言い聞かせているようだった。
そんな奏の後を付いて行きながら研一は考えていた。
この子が天然なのは過去を封印する為に、
精神年齢の成長を
自分自身でも気づかぬうちに。
それなら。
僕はこの子の成長を見守ってあげよう。
そうする事によって研一自身も成長していけるのではないか ?
これからは2人で成長して行くんだ。
大人になる為に。
そんな事を考えながら研一は奏と校門へ向かった。
つづく
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