第22話 ナイーヴ



どうにだってとれるようなお前の声 おやすみって それだけじゃあんまりだぜ

じゃあなんでこんな寝静まった真夜中に 電話なんてしてくるんだ 俺のとこへ

誰にも同じに 夜はナイーヴ 誘うように笑う


熱い熱い想いを 二人が 隠し通さなけりゃ

長い長い眠れない夜も 好きなように思うまま あやつれるだろうに


あやふやな ひとことで またひとつ うやむやに終わらせて またひとり

スピードを上げてく 夜のパレード 目の前で消える


熱い熱い想いを伝える ひとこと だけでいい

長い長い眠れない夜が くらべようもないほど 思いどおり フィナーレ


         ギター・ソロ








「今夜はかなでちゃんは客室で泊まってもらう。アンタも同じ部屋で寝るんだよ」



杏子きょうこ研一けんいちに言う。


研一と杏子はリビングに居た。


奏は今、お風呂に入っている。


杏子は奏をお風呂に入れる際に「お湯はぬるめにしてあるからゆっくりと浸かって身体と精神をリラックスさせなさい」と告げていた。



「えっ? 僕と奏ちゃんが同じベッドで寝るの? それはちょっと」


研一は驚きながらも満更まんざらでもなさそうな顔になる。


「バカか、アンタは」


杏子は息子を呆れたような目で見ている。


「奏ちゃんはベッド。アンタは床にマットレスでも敷いて寝るんだよ」


研一は耳まで真っ赤になりながら慌てたように言う。


「あ、あ、あ、当たり前じゃないか。そ、そ、そ、そんなの」


「どもってるよ」


杏子はピシャリと言ってから大きなため息をつく。


「アンタはあの子が絶望感に押しつぶされされそうになってる、って事をちゃんと理解してるんだろうね」


「・・・それは、判ってるつもりだけど。でも、さっきまでは元気そうだったし」


杏子は「やれやれ」と言う態度をとる。


「アレは色んな事が起こり過ぎて、ナチュラル・ハイになってるだけ。アンタだってそうだよ。骨に亀裂が入ってるのにあれだけ動けてた。痛み止めの注射を打って貰った今の方が痛いだろ? それに」


「それに?」


研一は杏子に尋ねる。

確かに固定されている右腕はズキズキと痛む。


「ドライバーを振り回してくる相手に素手で立ち向かう、なんて正気の沙汰さたじゃない。あの時のアンタは自分の死に対する恐怖感が薄れていた。奏ちゃんの為なら死んでも良い、なんて事も頭の片隅にあっただろ?」


「・・・それは、あったかも知れない」


杏子は真剣な眼差しで研一を見る。


「それをナチュラル・ハイって言うんだよ。安っぽいヒロイズム。アンタはゲームの主人公にでもなったつもりだろうが、これは現実なんだ。死んでしまった人間は絶対に帰って来ないんだ。便利なチート能力なんて無いんだよ」


杏子はここで一旦いったん、言葉を切る。

しばしの沈黙がおとずれる。


研一は思った。


杏子は自分が6歳の時に死んだ父親。

つまり、夫の事を考えているのではないか? と。


「・・・母さん。母さんは父さんの事を」


「あの人の事は今はどうでも良い。いくら考えても、あの人が生き返る事なんて無いんだから。今は現実の事、奏ちゃんの事を考えなきゃいけないんだ」


杏子はバッサリと言う。


「あの子は最後の賭けに出たんだ。何とか父親に改心して欲しい、母親に謝罪して欲しい。そしてかなううのであれば、親子3人でやり直したい。明るく笑う事ができる家庭になって欲しい、ってね」


研一は無言で杏子の言葉を聞いていた。


「でも、それは粉々にくだけ散った。あの子の心の中には絶望感と喪失感で大きな穴が開いてしまっていると思う」


「・・・大きな穴?」


研一は杏子に問い正す。


「あぁ。自分の願いが叶わなかった絶望感と、自分には何も出来なかったと言う喪失感さ」


「そんな!奏は何も悪くないのに」


研一は思わず大きな声を出してしまう。


「人の心なんて、そんなもんだよ。この絶望感と喪失感を誰かのせいにしたい、でも誰のせいにも出来ない。だから自分のせいにして心の穴を埋めたいんだ。アタシだってそうだったからね。あの人の死を頭では受け入れても心は受け入れられない。だから泣いて泣いて、目が溶けるほど泣いて。心の穴を埋めようとしたんだ。結局は時間が解決してくれるしか無かったけどね。それにアタシにはアンタが居てくれたから。アンタをちゃんと育てなきゃいけない。泣いてる場合じゃ無い、ってね」


「・・・母さん」


研一は少し涙声になっていた。

杏子も少し優しい目で研一を見る。

しかし、すぐにその目つきはけわしくなる。


「あの子は、奏ちゃんはまだ15歳だ。それにアタシは裕福とは言えないけど尊敬できる両親に育てられ、それなりに幸福と言える人生を送って来られた。その点が全く違う。奏ちゃんは嫌な言い方になるけど両親に裏切られたようなモノだから」


「でも、彼女は母親との間の誤解はけてる」


反論する研一に杏子が答える。


「だから、頭で考える事と心で想う事は違うんだよ」


杏子の声音がかなしみをびたモノになる。


「奏ちゃんが思春期になって1番身近で助けてくれる筈の女性である母親は助けてくれ無かった。そこに事情があって母親を責められ無い事は今の奏ちゃんは頭では判ってるし許してもいる。でも心は、心の中の奥底では助けてくれ無かった母親に対する複雑な想いが残っているかも知れない。そして、あの父親だ。奏ちゃんは頭では無理だ、と考えていても心の中では淡い期待を持っていた。しかし、それも砕け散った」


ここで杏子は少し話を区切る。

そして続けた。


「アタシ達と明るい部屋の中で話している間はまだ良い。しかし、眠る時に暗い部屋のベッドの上で1人になってしまったら?」


「また、パニック障害が起きる?」


研一の問いに杏子は両手を組んでうつむく。


「それくらいで済めば良いんだけどね。奏ちゃんはとても繊細でピュアな心を持っている。アタシの経験上、そう言う心の持ち主は極端な行動をとる事がある。奏ちゃんが自分の存在意義を見失ってしまったら・・・。最初にアンタと会った時よりも、より深く」


「母さんは何が言いたいんだ? まさか、彼女が生きる事を放棄するとでも?」


杏子は重々しい口調で答える。


「その可能性はゼロでは無い、と思ってる。アタシは繊細でピュアな心を持っていたがゆえに、自らの命を絶った学友を知ってるからね。とにかく、問題は今夜だ。今夜さえ乗り切れたら」

 

「・・・僕は何をしたら良いんだろうか」


杏子は研一を見て言葉をつむぐ。


「アンタが奏ちゃんの心の穴を埋めるんだ。具体的にどうしろ、とアタシからは言えない。ただ、今の奏ちゃんの中でアンタが占める比重はとても大きい。さっきは安っぽいヒロイズムなんて言い方をしたけどアンタは奏ちゃんを助ける為に自分を犠牲にしても良い、って思ったんだ。そして、実際にそのような行動をした。アンタの今までの行動は奏ちゃんに勇気を与えてるんだ。確実に。奏ちゃんの心の穴にアンタと一緒に生きて行きたい、って言う希望の火をともすんだ」


「そんな事が僕に出来るのかな?」


そんな研一を見て杏子は微笑む。


「今のアンタなら出来るよ」


研一は不思議そうな顔をする。


「・・・今の僕?」


「そうだよ」


杏子は真正面から研一を見つめる。


「アンタには言わなかったけど、一月ひとつきくらい前からアンタが変わり始めた事に気付いた。奏ちゃんと出会って、あの子を助けたい支えたいってアンタは願った。その想いがアンタを強くしたんだ。それまでのアンタは他人との関わりを避けてたのに。アンタを変えたのは奏ちゃんだ。そして、アンタはちゃんと奏ちゃんを助けて支えている。アンタ達は2人で1つだ。お互いに補完し合って成長している。だから、アンタはもっと自分に自信を持ちな」


「2人で1つ・・・」


研一は自分の左手を見つめてグッと握りしめる。


「判ったよ、母さん。僕が彼女の心の穴を埋める」


「その意気だよ、頑張りな」


研一と杏子はハイタッチをする。


それから杏子は「今夜が長い長い眠れない夜にならなきゃ良いけどね」と、ポツリと言った。






「・・・先輩、起きてますか」


「・・・うん、起きてる」


今は何時頃なのだろう?

暗闇の中で奏の声がする。


「・・・あの。宜しかったら、あたしの隣に来て下さいませんか」


「うん、判った」


研一は床に敷かれたマットレスから起き上がる。

ベッドではごそごそと奏の動く音がする。


「・・・どうぞ」


研一は奏が移動したベッドの空いた空間に横たわる。

固定された右腕をなるべく動かさないように。


「先輩、いえ研一さん」


奏は研一が横たわるのを確認すると研一の胸に顔をうずめるように抱き着いて来た。


「研一さん、研一さん!」


奏は今までこらえていたものを吐き出すように泣き始めた。

その身体はずぶ濡れの仔猫のように震えていた。

研一は黙って奏の頭を髪をで続けた。


奏の泣き声が少し治まってくると研一は言った。


「初めて会った日に僕には、この髪が踊っているように見えたんだ」


奏は泣きながら黙って聞いている。


「その時、僕は思った。ずっとこの髪が踊っているのを見ていたい。ずっと君の側に居たい、って」


「・・・研一さん」


奏は涙声で答える。


「だから、お願いだ。これからもずっと僕の隣にいて欲しい。僕と一緒にこれからの人生を歩んで欲しい。僕は絶対に君の手を離さない」


「・・・・・・・・・」


奏は無言だった。


「僕じゃダメかな」


「いいえ、いいえ!」


奏の眼からまた涙が溢れ出したようだった。


「あたしも研一さんの隣にいたいです。これから先もずっとずっと。ずっと、あたしの髪が踊るのを見て欲しいです!」



そう言った奏は研一を抱きしめる両手に力を込めた。



「ありがとうございます、研一さん。本当に、本当に・・・」



研一も奏の身体を左手で強く抱きしめる。



「お礼を言うのは僕のほうだよ。ありがとう、奏」



2人はお互いの体温と魂を改めてより深く感じていた。








つづく


ナイーヴ


作詞・作曲 いまみちともたか

唄・演奏  バービーボーイズ



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