番外編 5 惜別と出会い 新しい出会いをする琴音
「なんで
琴音は杏子の横で身を
「・・・・琴音、何かあったの ? あたしにも言えない事 ?」
研一の隣で
そのお腹は一目見れば判るほど大きくなっている。
「奏ちゃんが琴音ちゃんを心配する気持ちは良く判るよ。でもね」
杏子は研一の事は無視して奏に声をかける。
同日、午後4時。
ここは高見心療内科の
あれから杏子は
その間に琴音は自分の服に着替えて身だしなみを整える。
杏子は長い通話を終えると研一に「これから行く」とだけ伝えて、琴音と一緒に心療内科の
「でも、なんですか ?」
奏は「納得いかない」といった感じで杏子に続きを
「琴音ちゃんには琴音ちゃんなりの事情があるんだよ。奏ちゃんが薄々感じていた事だよ」
「あたしが ?」
奏はビックリした顔になってから考え込む。
その時。
奏のお腹の中の新しい生命が奏のお腹を蹴った。
「もう。今は大切なお話をしてるんだから、大人しくしてなさい」
奏が自分のお腹をさすりながらハッとした顔になる。
思わず杏子の顔を見た。
杏子はとても優しく微笑んでいる。
奏は全てを理解した。
「何なんだよ! 僕にはサッパリ判らない。大体、母さんはいつも」
「研一さん」
奏はそっと研一の手に自分の
「琴音の意思を尊重しましょう。琴音には琴音の人生があるの。ね、琴音」
そう言って奏は琴音に向かって微笑んだ。
「あ、ありがとう。奏」
琴音はここへ来てから初めての笑顔を見せた。
その眼には光るものがある。
高校時代からの親友2人は静かに、お互いを慈しむ合うように微笑みあった。
「でも医院の経理と会計の方はどうすんのさ? 僕らは琴音さんが居てくれたから患者さんの治療やカウンセリングに専念できたのに」
研一も「何かある」と察したので現実的な事を口にした。
「それなら心配いらないよ。もう手配しておいた」
杏子はゆったりと紅茶を口に運ぶ。
「手配って誰を?」
「アタシの会社の先輩。女の人だよ。定年退職されたけど本人はまだまだご健在。さっき電話したら2つ返事で承諾して頂けたよ」
研一は少し身体を乗り出す。
「その人ってどんな人なの?」
「その、お
杏子はジロリと研一を
「アタシの会社の先輩って言っただろ。アタシも入社した頃はヤンチャな面もあったけど先輩にはいつも
杏子の言葉に研一と奏と琴音は顔を見合わせる。
杏子が頭が上がらない、ってどんな方なんだろ? と。
「・・・・その、ヤンチャって何をしたんですか?」
琴音が
「ん? 大した事じゃ無いよ。会社の経営方針で対立してね。有志を
「ゲッ! 」
「うわ! 」
「・・・・・・」
3人は3者3様の反応をする。
「その時に
「はぁ」と3人は息を吐いた。
「研一、奏ちゃん。ボヤボヤしてる場合じゃ無いよ。さっき電話したらアンタらの面接をしてくれるって言われたから、そろそろお見えになるよ。琴音ちゃん」
「はいっ」
いきなり名前を呼ばれて琴音はビックリして返事をする。
「この医院の経営状態の資料を持って来て」
「判りましたぁ! 」
琴音はビシッと敬礼すると医院の方へ走り出す。
杏子はアタフタしている研一に声をかける。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。アタシも同席するから。アンタらなら先輩のお眼鏡に
「資料、お持ちしましたぁ」
琴音がファイルで整頓された書類の束をテーブルの上に置く。
「おっ、サスガに仕事が早いね」
杏子が嬉しそうな声を出す。
「琴音はこれからどうするの?」
新しい紅茶を用意している奏が尋ねる。
「奏。アタシがやるからアンタは座ってなって」
「良いのよ。今は身体を動かした方が良いんだから」
2人は仲良くキッチンに向かう。
「そうだなぁ、旅行にでも行きたいな。日本中を旅したい」
「ステキね。でもこまめに連絡はして来てね、この子が産まれたら琴音に名付け親になって欲しいから」
奏は明るく笑いながら言う。
「えぇー、それは責任重大だなぁ」
琴音も笑顔で返す。
キッチンに2人の笑い声が響き渡った。
1ヶ月後
「うーん、今日も良い天気」
琴音は日本海側のある街に来ていた。
高見心療内科を辞めてから琴音はすぐに旅行へ出かけた。
特に目的地も決めずに行き当たりばったりの旅だ。
琴音らしいと言えば琴音らしい旅である。
どの街で降りるのか、何処で泊まるのかも気分次第。
ただ、あまり料金が高いところには泊まらない。
どの街にも駅に案内所があるので、そこで照会して貰ったところに泊まっている。
安いから、と言う理由で安易に泊まるとヒドイ目に会う事くらいは判ってる。
26歳の乙女の1人旅なのだから。
今朝は旅館で早く起きて少し溜まっていた洗濯物を旅館の近くのコインランドリーに放おり込んでおいた。
旅館で朝食を頂いてからコインランドリーに乾いた洗濯物を取りに行って、今はその帰り道である。
「やっぱり日本海側はお米が美味しいなぁ」
琴音は微笑んでいた。
今朝の朝食のご飯がとても美味しかったからだ。
おかずも食べずにご飯だけを茶碗一杯分食べてしまった琴音は「おかわり宜しいですか ?」と
小さな旅館なので宿泊客は琴音しかいなかった。
おかわりを持って来てくれた着物姿のおばさんはビックリしていた。
「あんた、ご飯だけ食べちまったのかい ?」
「ハイ! ここのご飯、とっても美味しいですから」
笑顔でハキハキと答える琴音を見て、おばさんも笑顔になる。
「嬉しい事、言ってくれるねぇ。ちょっと待っててね」
そう言っておばさんは厨房の中へ戻って行くと小さなお
「はい、好きなだけお食べ」
「わぁ、ありがとうございます!」
お礼を言った琴音は結局、お櫃の中のご飯を全て食べてしまったのであった。
「サスガにちょっと食べ過ぎたかなぁ。ダイエットは・・・ま、いっか」
もともと琴音は太りにくい体質だったが元カレが「スリムが好き」と抜かしやがったのでダイエットをしていた事もあったのだ。
「男の為に好きなモノも食べないなんてバッカみたい。アタシはアタシの人生を歩むんだぁ」
ガハハと琴音は豪快に笑った。
「チェッアウトまで後1時間半か」
琴音は腹ごなしも兼ねて散歩をする事にした。
日本海側は空気も澄んでいるように感じられる。
しばらく歩いていると前方にキラキラと輝くものが見えて来た。
それは太陽の光を反射しながら、ゆっくりと流れている。
「川だぁ。結構、大きな川だなぁ」
琴音が歩いていた道はその川の土手だったのだ。
川を見たくなった琴音は土手を川の方に降りて行った。
「あれ、誰かいる ?」
琴音は川の近くの草むらに座り込んでいる人影を見つけた。
その人影は川の方を見ながらスケッチブックに何やら描いている。
男の人だった。
「少年かと思ったけど年齢はもう少し上だね」
その人物は20代前半くらいの青年だった。
青年は琴音が近づいて行っても全く気がつかずに鉛筆を走らせている。
声を掛けようとした琴音だが
声を掛けるタイミングを逸した琴音はしばらく、その青年を見ていた。
何か良いな、と思った。
これだけ集中している男性の顔は久しぶりに見るような気がした。
その時、ゴウッと強い風が吹いた。
琴音には青年の髪が踊っているように見えた。
「うわっ」
青年の持っていたスケッチブックが吹き飛ばされた。
「よっと」
琴音は素早い動作で駆け出すとスケッチブックを両手でキャッチする。
しかし、勢い余って転んでしまう。
そこへ青年が駆け寄って来た。
「すみません、大丈夫ですか ?」
手を差し出す青年の顔を見て琴音はドキッとした。
その瞳がとても澄んだキレイなものだったから。
「あー、大丈夫だよ」
スケッチブックを差し出す琴音に青年は少し怒ったように言った。
「バカ ! スケッチブックじゃない、君の方だ」
琴音はムッとして立ち上がる。
「バカってなによ! バカって」
「あ、あぁゴメン。その、ケガとかしてない ?」
琴音は「大丈夫よ」と言いながらスケッチブックを渡した。
数分後。
2人は並んで草むらに座っていた。
青年は相も変わらず鉛筆を走らせている。
風景画を描いているようだ。
琴音はボソリと言った。
「不思議ね」
青年は鉛筆を止めて琴音の方を見る。
「何が ?」
「その絵。風景画なのに何かを訴えかけて来るように感じる。思念って言うか主張みたいなモノ」
青年はビックリしたような顔になる。
「君に判るの ?」
琴音は少し顔を赤らめながら両手を降る。
「あー、いや。そんな風に感じただけよ。アナタは芸大の学生さん ?」
「そうだったんだけどね」
青年は苦笑する。
「僕は大学で絵の勉強をしてたんだ。教授達からは
「ある人って ?」
琴音の問いかけに青年は答える。
「
「ふふっ」
琴音は思わず微笑んだ。
「今のアナタはとっても輝いた顔してる。だから今は自分が本当に描きたい絵を模索してるのね」
「ま、まぁ。そうなんだけど」
スケッチブックに顔を戻した青年の頬も少し赤らんでいる。
「うーん」
琴音は両手を伸ばして掌を太陽に
「ねぇ、今日はまだ此処にいるんでしょ ? アタシ近くの旅館に泊まってるんだ。お昼ご飯におにぎり作ってきてあげる。そこの旅館のご飯、とっても美味しいんだから」
「あ、あぁ。ありがと」
青年はポカンとしている。
主導権は完全に琴音が握っている。
「アタシはこれから旅館に帰って、おにぎり作ってチェックアウトしたらすぐに此処に来るから。待っててね」
笑顔で立ち去ろうとする琴音に青年は慌てて言った。
「うん、待ってる。待ってるよ!」
「よろしい」
琴音は笑顔のまま土手を上って行く。
また一陣の風が吹いた。
その風に揺らめく琴音の髪も踊っているようだった。
番外編 完
僕の視線の中で踊る君の髪 北浦十五 @kitaura
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