第12話 雨に唄えば
ザアアアアアアァ
翌日は予報通りの
しかし、雨のピークはお昼で午後からはかなり小降りになるようだった。
「昨日の先輩からの電話は嬉しかったな」
「でも、それで踏ん切りが付いたんだから」
奏は今日、研一に Take Me Home して貰う約束を取り付けた。
そして、研一に相談事と頼み事をするつもりなのだ。
自分の家の自分の部屋なら話しやすい。
それは奏自身にとっては結構、重い問題だった。
お昼休みという短い時間で相談できる事では無かった。
ちゃんとした場所でちゃんとした時間を取って相談したかった。
研一なら真面目にきちんと聞いてくれるだろう。
そして、研一なら的確な判断をしてくれるだろう。
この点に関しては奏には一片も迷いは無かった。
「かーなーで!」
「うわっ!」
奏はいきなり話しかけられてビックリして顔を上げた。
そこにはクラスメイトの女子生徒が笑っていた。
奏とは最近よく話すようになった女の子だ。
「何よ。いきなり話しかけて来たらビックリするでしょ!」
「ははー。実は山岸様にご相談が」
奏は頬杖をついてため息をついた。
「何 ? またテストのヤマかけ ? 」
「サスガは山岸様。仰せの通りでございます」
その女の子はニヤリと笑った。
奏は苦笑いを浮かべた。
「しょうがないなぁ。ハズレても文句は言わないでよ」
「やった!」
その子は教室じゅうに響き渡るような声で言った。
「みんなー!奏がヤマかけやってくれるって」
教室にいた生徒はざわめいた。
「えっ!マジ ? 」
「山岸さんのヤマかけなら聞いておかなくちゃ」
そう言って奏の周りに数人の人だかりが出来た。
奏は
奏の入学以来からのテストの点数が良い事を皆は知っていたからだ。
「助かったよ。山岸さん」
「ありがとね。山岸さん」
クラスメイト達は奏にお礼を言って散らばって行った。
奏は笑顔で皆に手を振った。
「あのぉ、あくまでもヤマかけだからあまり期待しないでね」
そう言う奏に「うん、了解」とか「山岸さんの説明すごく判りやすかったぁ」と皆は言ってくれた。
「アンタ、変わったね」
最初に声をかけて来た女子生徒は奏に言った。
これは奏にとっては仕方のない事だった。
奏はパニック障害になるのを恐れてクラスメイトから距離を置いていたのだから。
「そうかもね。ありがとう」
「えっ ? 何の事 ? 」
女子生徒は慌てて言った。
「あたしをクラスに
「はは。バレてたか」
そして2人は笑い合った。
奏は思った。
あたしが今こうして笑っていられるのは先輩のお陰なんだ。
奏は改めて研一に感謝していた。
午後3時30分
研一は小降りになった雨の中1人で校門を出た。
校門の外には駅のある市街地に向かう本道と、右手に向かう細い道があった。
研一は右手の細い道を傘をさしながら歩いて行った。
この道を歩いているのは研一を入れても数名しか居ない。
10分ほど下って行くとお
研一は社の前の鳥居で立ち止まった。
しばらく様子を見て道を歩いている生徒達がいなくなった隙を見て鳥居をくぐった。
そして社の方へ歩いて行った。
社の前にピンク色の傘が見えた。
「先輩!」
奏が嬉しそうに駆け寄って来た。
「ゴメン、待たせたかな ? 」
「いえ。アタシもさっき来たばかりですから」
奏は微笑んだ。
しかし、その微笑みは普段よりちょっと硬いように研一には感じられた。
「それじゃ、行こうか」
「はい」
研一と奏は鳥居へと向かった。
「ちょっと、待っててね」
研一は道の様子を伺った。
数名の女子生徒が通り過ぎて行った。
見る限り、他に人影は無い。
「よし、行くよ」
研一と奏は鳥居をくぐって道に出た。
幸い、2人がお稲荷様から出て来たのは誰にも見られ無かったようだ。
2人は並んで道を下って行った。
「校門の塀を飛び降りた時には、この辺で別れたよね」
「そうでしたね。あたしの家はあの辺りです」
奏が指さした方向は駅前の市街地からは少し離れた場所だった。
この地方都市でも高級住宅地と呼ばれてる地域だ。
「ここからだと歩いて30分くらいかな」
「そうですね。先輩」
奏は傘をさしたまま頭を下げた。
「今日はあたしのワガママに付き合ってくれてありがとうございます」
「別に構わないよ。確かに君の家の場所を知っておかないと助けにいけないからね」
研一はジョークのつもりで言ったのだが、奏は笑ってはいなかった。
どうも今日の奏にはいつもとは違う違和感を感じた。
何か少し緊張をしているようにも感じられた。
研一は奏には何か自分に話したい事があるのでは無いか、と思った。
それは軽々しく話せる内容では無いのだろう、とも。
それなら、奏の話をきちんと聞いてあげよう、奏の事を真正面から受け止めてあげよう。
研一は傘をさして歩きながら、そう考えていた。
道は下り終えると県道と合流していた。
それからJRの踏切を渡ると高級住宅地の中に入って行った。
立派な造りの家がズラリと並んでいる。
幅の広い道路には研一と奏しか歩いていなかった。
奏は足を止めた。
そして、研一から少し離れるとピンク色の傘をくるくる回しながら小さな声で
「 I'm singing in the rain. Just singing in the rain. What a glorious feelin'. I'm happy again. I'm laughing at clouds. So dark up above. The sun's in my heart. And I'm ready for love. 」
奏は唄い終わるとピンク色の傘を少し傾けて研一を見た。
「雨に唄えば、だね」
研一がそう言うと奏は嬉しそうな顔で微笑んだ。
さっきのぎこちない笑顔では無く、いつもの奏の笑顔だった。
「あたし、傘をさすといつもこの唄を唄っちゃうんです」
「有名だし、良い曲だよね」
研一も微笑んだ。
奏は嬉しそうな顔から少し、しんみりした顔になった。
「あたしが幼い頃に・・・」
「え ? 」
「父と母がまだ険悪で無かった頃には3人でよくこの映画を観てたんです」
「・・・そう、なんだ」
研一は何と言って良いのか判らなかった。
奏は慌てて言った。
「先輩、そんな顔しないで下さい。あたしにとっては良い想い出なんですから」
「・・でも」
奏は少し悲し気な顔をしている研一を見て確信した。
この人は本当にあたしの事を考えてくれている。
だから、あたしも勇気を持って先輩に相談しよう。
「それに」
奏は続けた。
「あたし、この唄を唄うと元気が出て来るんです」
そう言って自分の傘をたたむと研一の傘の中に入って来た。
「さ、先輩。あれがあたしの家です」
2人は相合傘で奏の指さす家へと向かった。
奏の家は豪邸と言っても差し支えのない家だった。
奏は玄関の横にあるタッチパネルを操作した。
ガチャリと玄関のロックが解除される音がした。
「スゴイね。暗証番号の鍵なんて」
「昨年父が付けたんです。ホントは
奏は玄関の扉を開けて研一と2人で家の中に入った。
それから彼女は急いで靴を脱ぐと玄関前の廊下を奥へと走って行った。
研一も靴を脱いでいると奏がタオルを持って戻って来た。
「先輩。身体を
「ありがとう。殆ど濡れてないけどね」
「それでは、お上がり下さい」
研一は「お邪魔します」と言ってタオルを手にしたまま廊下に上がった。
奏に続いて廊下を進んだ研一は広い空間に出た。
そこはリビングルームだったが、とても豪華な空間に感じられた。
左側には80インチの液晶テレビがあり値段の高そうな大型ソファが2つと、これも高そうな大きなテーブルがあった。
右側の奥にはキッチンがあり食事用のテーブルと椅子があった。
天井のシャンデリアのような照明器具は人を見下ろすように感じられた。
「先輩はソファに座ってて下さい。あたし、急いで着替えて来ます」
奏はそう言ってリビングの奥の階段をトタトタと登って行った。
研一はしっかりと身体を拭いたがソファには座らなかった。
何故か、このリビングが人を威圧するように感じられたからだ。
研一の心は、それに屈服したく無いと感じていた。
「お待たせしました」
奏が白い短パンと大きめの黄色のTシャツ姿で現れた。
髪には赤いリボンをつけている。
制服の奏しか知らない研一には、その姿がとても
「どうしたんですか ? 先輩」
黙って自分を見ている研一に奏は不思議そうに尋ねた。
「あ、いや」
見とれてしまっていた自分をごまかすように研一はゴニョゴニョと言った。
「・・・その。とてもカワイイなって」
「なっ!」
奏の顔が真っ赤になった。
「ゴ、ゴメン」
何故か謝ってしまう研一であった。
「散らかってますけど、どうぞ」
奏は2階の自室のドアを開けた。
花の香りのような良い香りがした。
研一は奏に導かれるように奏の部屋に入った。
「飲み物を取って来ますので、少し待ってて下さいね」
そう言って奏はドアを閉めてトタトタと階段を降りて行った。
女の子の部屋に初めて入った研一はどうしていいのか判らなかった。
あまりジロジロと見るのも失礼だと思って床を見ていた。
床にはクッションが2つ置いてあったが研一はその隣の
子供部屋にしては大きい部屋だった。
さっきのリビングとは違い部屋全体が自分を歓迎してくれるようだった。
「あー、先輩。何で正座なんかしてるんですか」
お盆にグラス2つとペットボトルを持った奏がドアを開いた。
「ちゃんとクッションが置いてあるじゃないですか」
「えーっと。これ座って良いの ? 」
奏は器用にドアを閉めると「クスッ」と笑った。
「クッションは座る為にあるんですよ。ふふ」
奏は嬉しそうだった。
「やっぱり、先輩は先輩ですね」
お盆とペットボトルを絨毯の上に置いた奏は研一の正面のクッションに座った。
「さ、先輩も座って下さい」
「う、うん」
研一はクッションの上に正座した。
奏は思わず吹き出した。
「正座してどうするんですか。もっとくつろいで下さい」
「は、はい」
クッションの上に体育座りをした研一を見て、奏はクスクス笑いながらペットボトルのスポーツ飲料をグラスに注いだ。
「さあ、どうぞ」
「頂きます」
2人はグラスに入ったスポーツ飲料を飲んだ。
とても冷たくて美味しかった。
奏は研一のお陰で少し緊張感がほぐれた。
「先輩。あたしがさっき唄った、雨に唄えばの日本語訳って知ってます ? 」
「うーん。ちょっとだけなら」
「それでは」
奏はスポーツ飲料を一口飲んで喋り始めた。
「僕は唄う雨の中で ただ唄う雨の中で なんて素敵な気分 幸せがこみあげる 雲を見て笑ってる 頭上の暗い雲を 太陽は僕の心にあるのさ 愛する準備はできてる」
奏はふうっと息をついた。
「ステキな歌詞だね」
研一もリラックスして足を崩した。
「はい。あたしはこの唄に勇気を貰ってるんです」
奏は自分の胸に手を当てた。
「それで。僕に話す勇気は貰えた ? 」
「えっ」
奏は一瞬とまどいを見せたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「何だ。先輩は知ってたんですね」
「何となくだけどね」
「あー。やっぱり先輩には
奏は大きく両手を伸ばした。
その顔はとても嬉しそうだった。
それから、奏は真面目な顔つきになった。
「先輩。明日の土曜日って何か予定はあります ? 」
「特に無いけど。何かあるの ? 」
奏は少し下を向いていたが決心したように顔を上げた。
「先日、母の実家から家の固定電話に電話があったんです」
「離婚したお母さんの ? 」
奏は研一の目を真っすぐに見て言った。
「電話をして来たのは母のお姉さん。あたしの
奏は両手を握りしめた。
「先輩!あたしは母と会うべきでしょうか!」
つづく
雨に唄えば
作詞 アーサー・フリード
作曲 ナシオ・ハーブ・ブラウン
唄・踊り ジーン・ケリー
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