番外編 3 号泣・絶叫・そして独白する琴音




「な、な、な、何を言ってるんですか! 杏子きょうこさん! 」



バンッ



立ち上がった琴音ことねはリビングのテーブルに思い切り両手を叩きつけた。


しかし、杏子は涼しい顔をしてコーヒーに口をつける。


それを見た琴音は持ち前の負けん気に火がついた。


「どう言う事かと、おたずねしているんですっ!」


どうやらいつもの琴音に戻ったようだ。

それを確認した杏子はゆっくりと口を開く。


「言った通りさ。アンタは研一けんいちの事が好きなんだ、今でもね」


「本気ですか ? アタシは研一先輩とかなでの幸せを心から願っています。それは、それはアタシに対する侮辱ですっ!」


琴音の両手がプルプルと震えている。

どうやら本気で怒っているようだ。

しかし、杏子は全く動じずに静かに応対する。


「侮辱 ? 本心から好きでも無い男と付き合ってたアンタに言われたく無いね。アンタは無自覚で研一の事を好きなんだ。それを気づきもしないで男と付き合ってたアンタの方が相手を侮辱してるよ」


「何だとぉ」


琴音は逆上ぎゃくじょうした。


「何、アタシの事を勝手に決めつけてるのよ! いくら杏子さんと言えどもその言い方は許せない。撤回して下さい!」


「少し落ち着きなさい。アンタの言いたい事は理解できるけどアタシの言う事も聞いて欲しいの」


杏子は鋭い眼つきでありながらも優しく語りかける。

面食らった琴音は杏子からの圧力を感じて、渋々しぶしぶとソファーに座る。

そして、杏子に問いかける。


「何ですか ? 杏子さんの言いたい事って ?」


「アンタは数人の男の人と付き合って来た。アンタはとても魅力的な女性だから。アンタが付き合って来た男の人が誠実であった事は認める。でもアンタは男の人と付き合いながらも一抹いちまつ空虚くうきょ感も感じていた。違うかい ?」


これには琴音は反論できなかった。 

確かに杏子の言う空虚感も感じていたからだ。

琴音自身も相手の事を好きだ、と思いながらも空虚感を完全に払拭ふっしょくする事は出来なかった。そして、その事に苦しんでも居た。


「・・・・アタシは、アタシはどうしたら良いのでしょうか ?」


そう訴える琴音の眼から怒りは消えていた。

杏子の眼からも鋭さは消え琴音をいたわるような眼に変わっていた。


「まず眼を閉じて自分の胸に手を当ててゆっくりと深呼吸をするんだ。そして集中力をまして自分の意識を沈めて行くんだ。深くより深く深層意識しんそういしき辿たどり着くまで」


「・・・そんな事がアタシに可能でしょうか ?」


不安気な琴音に杏子は優しく微笑む。


「琴音ちゃんなら出来るよ。それにアタシが一緒に居る。安心してゆったりとやって行けば良い」


そう言って杏子は琴音の手をつかむ。

琴音は掴まれた杏子の手から杏子の想いが流れ込んで来るように感じられた。

自分の事を本当に案じてくれている杏子の想いを。


「判りました。やってみます」


その琴音の眼には一片の曇りも無いように感じられた。

杏子は微笑みながら頷く。

琴音は眼を閉じて深呼吸をしてから意識を集中させた。


深く、より深く。


琴音の意識は深く沈み込んで行った。

そして自分の意識が自分の中の1番深い所に降り立ったように感じられた。

そこには黒い箱のようなモノがあった。


「・・・・杏子さん」


「なんだい ?」


杏子は琴音の問いかけに答える。

掴んでいる琴音の手の脈拍みゃくはくに乱れは無い。

呼吸も正常だ。


「・・・黒い箱があります」


「そのふたを開けるんだ」


琴音は眼を閉じたまま震えている。


「・・・でも、怖いです」


「怖がらなくて良い。琴音ちゃんはアタシが護る」


琴音は微笑んだようだった。

そして自分の心の中の1番深い所にある、これまで押し込めていたものを解き放った。





「あれ ?」


琴音は眼を開けた。

その両眼からは涙があふれていた。

涙はとめどなく溢れ続けていた。


「あれ、あれ ? なんでアタシは泣いてるの」


「琴音ちゃん」


杏子が琴音の肩を軽く揺さぶる。


その時だった。


「ああああああああああああああ」


琴音は絶叫していた。


「琴音ちゃん!」


「うあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


琴音は号泣しながら叫び続けている。

杏子は琴音を抱きしめた。

琴音はビクッとして絶叫するのを止めた。


「ううぅっ、うぅっ。うっ」


そのまま琴音は泣きながらテーブルの上に突っ伏した。

杏子は黙って琴音を見ている。

今はそっとしておいた方が良い、と杏子は判断した。





「ぐすっ、ぐすっ」


しばらくすると琴音は泣き止んだ。

そして。

ぽつりぽつりと喋り始めた。


「・・・・アタシは研一先輩が好きです。それと同時に奏の事も好きです。2人に幸せになって欲しい。これはアタシの本心です。でも」


杏子は琴音の言う事を黙って聞いている。


「心の奥底では、押し込めたアタシの心が叫んでいました」


杏子は黙ったまま、琴音の心の吐露とろを聞いている。



「どうしてアタシは奏より早く研一さんと出会えなかったんだろう。どうしてアタシは研一さんと一緒に歩いていけないんだろう。どうしてアタシは研一さんの子供を身籠みごもれないんだろう」


琴音の眼からまた涙がこぼれだした。



「アタシは研一さんに見つめられたかった。研一さんとキスをしたかった。研一さんと結婚したかった。研一さんに抱かれたかった。研一さんの子供を産みたかった」



琴音は髪をむしる。



「醜い、醜い、醜い、醜い。アタシはこんなにも醜い! 醜いんです ! ! 」




琴音はテーブルに突っ伏して泣いている。




杏子はそっと琴音の肩に手をかけるとその身体を抱きしめた。








つづく



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