番外編 2 慌てふためく琴音




カチン 


カチャン



杏子きょうこの手の中にあるグラスが軽い音を立てる。



琥珀色こはくいろのウィスキーの水割りの中の氷が心地よい響きをかなでる。



杏子はリビングで1人静かに水割りを飲んでいる。



酔いつぶれた琴音ことねは何とか客間のベッドに寝かせた。



時計の針は午前零時を指している。



「ふぅ」


グラスの中の水割りを飲んだ杏子は軽く息をつく。


「・・・・しかし、あのの心の中には未だに研一がいるんだねぇ」


杏子の顔に優しい笑みが浮かぶ。


「ホントにあの娘は一途いちずでいじらしい娘だよ。でも」


杏子の眼つきが真剣なものとなる。


「このままじゃ、いけない。あの娘の為にも」


そう言って杏子はグラスの中の水割りを飲み干した。




翌日。


午前10時。



「・・・・おはようございまぁす」


リビングでコーヒーを飲んでいた杏子のところへ琴音があらわれた。

昨夜、杏子が着せてやったパジャマ姿の琴音は誰が見ても二日酔いと言った感じである。

そんな琴音がペコリと頭を下げる。


「・・・・昨夜はご迷惑をおかけしてすみませんでしたぁ」


そんな琴音に杏子は柔らかい笑みで答える。


「良いんだよ、迷惑なんて思って無いから。ちょっと待ってな」


杏子はキッチンに向かうと冷蔵庫からスポーツ飲料のボトルを持って来る。


「はい。二日酔いには、まず水分補給だよ」


そう言って琴音にボトルを差し出す。


「・・・・ありがとうございますぅぅ」


琴音はボトルを受け取ると一気に飲み始めた。


ゴクゴクゴク


琴音の白い喉がスポーツ飲料を吸収して行く。


「ぷはぁ」


琴音はボトルの半分以上を飲み干すと深く息を吐く。


「次は洗面所。熱いお湯で顔を洗って来な」


「・・はぁい、判りましたぁ」


杏子の指示通りに琴音は洗面所に向かう。

しばらくするとバシャバシャと顔を洗う音が聞こえてくる。

その音が止むと琴音が杏子に呼びかける声がする。


「すみません、トイレお借りします」


先程より、しっかりとした声だ。


「あいよ。アルコールを全部出しちまいな」


パタン


杏子の声を確認したらしい琴音がトイレのドアを閉める音がする。


「だいぶ覚醒して来たね」


杏子が呟く。

トイレから出てきた琴音はもう1度、洗面所で顔を洗う。

そして、タオルで顔を拭きながらリビングに戻って来た。


「本当に申し訳ありませんでした」


そう言って杏子に頭を下げる琴音は、ほぼいつもの状態に戻っているようだった。


「アタシらのあいだで、そんな堅苦しい事は言わなくて良いの。ほら、座ってコーヒーを飲みな」


杏子はサイフォンで淹れたコーヒーを新しいカップに注ぐ。


「・・はい」


琴音はおとなしく杏子の前に座るとカップに口をつける。

それはかなり苦いブラックだったが琴音は飲んでいく。

飲み干した頃にはさっきまで朦朧もうろうとしていた頭がスッキリしたように感じられた。


「なんだか頭がスッキリして来ました。ありがとうございます」


「だからアタシらの間では良いって。元々、貴女の肝臓は強いんだから」


杏子はそう言って悪戯いたずらっぽい眼で微笑む。

それを見た琴音も恥ずかしそうに微笑む。

やがてリビングの中に2人の静かな笑い声があふれた。


それから2人は他愛のない話を始めた。

彼氏とケンカ別れをした琴音なのに何故かスッキリとした顔をしている。

そんな琴音を見ていた杏子は「そろそろ頃合い」と爆弾を投下する事にした。


「ねぇ、琴音ちゃん。アタシから言っておきたい事があるんだけど」


「はい ? なんですか、杏子さん ?」



杏子は深く息を吸って言い放った。




「アンタ、研一の事が好きなんだろ ?」




「は ? えっ、えぇぇぇっ! えーーーーっ!? 」




あからさまに取り乱して、慌てふためく琴音であった。









つづく



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