番外編 グチる琴音




杏子きょうこさぁぁん、聞いて下さいよぉぉぉ」



琴音ことねがウィスキーの水割りを片手に杏子にクダを巻いている。



今は土曜日の夜。


場所は杏子のマンションのリビング。


琴音から杏子に「今夜、お邪魔しても良いですか ?」のメールが届いたのは3時間くらい前だった。


今の時刻は午後10時を回ろうとしている。


そのメールを見た時に杏子は「妙だな」と思った。

昼間に高見心療内科たかみしんりょうないかに行った時にはかなでが嬉しそうに言っていたからだ。

「今日、琴音はデートなんですよ」と。


琴音は高校時代の奏のクラスメイトであり、親友でもある。

杏子の1人息子である研一けんいちと奏が結婚して高見心療内科を開いてからは琴音に会計と医院自体の経営を任せている。

それだけ琴音は頭の回転も速く臨機応変に動く事が出来る、いわゆる「デキる女」だったからだ。


奏が高校生の時に約2年半、このマンションで一緒に暮らして居た時も琴音は頻繁に来ていたから、自然と琴音と杏子は面識を持つようになった。

2人はすぐに意気投合して仲良くなった。お互いに似た者同士だ、と察したのかも知れない。確かに2人とも男勝おとこまさりの姉御肌あねごはだではあったから。

杏子は自分の娘のように「琴音ちゃん」と呼び、琴音は親しみと尊敬を込めて「杏子さん」と呼んだ。


琴音は本当は「師匠」と呼びたかったのだが杏子にやんわりと拒否られていた。


杏子は琴音からのメールを読んで「何かあったな ?」と思いつつ「良いよ。いつでもおいで」と返しておいた。

午後7時と言えば付き合っている大人のカップルなら、これからが本番と言う時刻だろう。

そんな時刻にウチに来ると言う事は付き合っている彼氏と何かあった、としか思えない。


案の定、やって来た琴音は半ベソの作り笑い、と言う何とも無残な有様ありさまだった。

杏子はなにも聞かずに招き入れリビングに座らせると「飲むかい」と新品のジョニ黒の瓶を琴音に見せる。

琴音は無言のままコクンとうなづいた。


それから2人は無言のままで酒盛りを続けた。

琴音は最初からハイペースで杏子が作る水割りをあおる。

杏子は黙って水割りを作ってやった。


ジョニ黒の瓶の中身が3分の1になる頃、突然に琴音が「うがあぁぁぁ」と叫び出し杏子に向かってクダを巻き始めたのであった。

どうやら、彼氏とケンカ別れをしたらしい。

杏子は何も口を挟まずに「うんうん」と琴音の話を聞いてやっているのであった。



「杏子さぁぁぁん、聞いてくれてますぅぅぅ ?」


「うん、ちゃんと聞いてるよ。琴音ちゃん」


琴音は既に泥酔でいすい状態になっている。

杏子の方もそれなりに飲んでいるが、素面しらふの時と全く変わっていない。


「あーあ、あぁぁ」


琴音は天井を見上げながら独り言のようにつぶやいた。



「なんでアタシには研一先輩みたいな男の人があらわれないんだろ ?」



杏子はそんな琴音を少し複雑な表情で見ている。

高校生の頃から琴音が研一にほのかな恋心を持っている事を杏子は見抜いていた。

琴音は奏と研一の幸せを心から願っていたから、自分の恋心に気づかないフリをしている事も。



「やれやれ。ちょっと厄介な事になりそうだね」




杏子は酔いつぶれた琴音に毛布を掛けてやりながら、1人呟いた。








つづく




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